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  • 返信先: アシガール掲示板
    アシガール曲

    国民的支持を受けつつある番組、”ぽつんと一軒家”でも、
    ちょくちょく、アシガール曲を耳にします。
    ”ひまわりさん”だったかな~。
    サントラは未だに入手していなくて、
    おまけに、今まで視聴できていたネットのページが
    何故かクローズしてしまったので、確認できませんが。(;^_^A
    他局の番組で使われているのを聞くと、感激もひとしおですね。

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    返信先: 創作倶楽部
    兎角この世は その2 ~満月はイブの前 こぼれ話 忠清編~

    はじめに
     この物語は、以前、投稿した
     “満月はイブの前”の番外編
     として書きました。
     アシガールSPを背景にして
     いますが、すべて妄想です。
     閨に悩む、ちょっと笑える若君を
     書いてみました。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~

    静かな住宅街の中を、
    忠清と唯は歩いていた。
    毎朝恒例の、素振りを
    忠清が終えた後、
    唯が散歩に誘ったのだ。

    考え事でもしているのか、
    忠清は腕組みをしたまま、
    唯の少し前を歩いている。
    人通りはほとんどない。
    唯は、手を繋ぎたくて、
    早足で近づく。
    すると、忠清は
    何故か、足を速めて先に行く。

      “え?”

    唯は、もっと早く、足を動かす。
    すると、忠清は、また先に行く。

     “はあ?”

    二人で競歩状態になっている。
    距離は全く縮まらない。

    唯は、走った。
    すると、若君も走る。
    さっきより、むしろ、
    二人の距離が延びた。

     “な、何?”

    唯が思わず大きな声を上げる。

      「待って~!
       待ってください~!」

     “ん?このシチュエーション、
    どこかで、前にもあった気が?”

    初めて会ったあの時と同じく、
    朝御飯前で腹ペコだけど、
    幸い、今はスニーカーだ。

    唯は忠清に、何故先に行くのか
    訳を聞こうと、マジでダッシュした。
    やっと忠清に追いつき、
    さらに追い抜く。

    負けず嫌いな若君の事だ。
    絶対、追いかけて来るに違いない。

    ところが、忠清は、急に足を止め、
    走り抜ける唯を見送った。
    追って来ない事に、唯が
    気付いたのは、かなり先まで
    走ってからだ。
    後ろを振り返ると、忠清が、
    唯に向かって手を上げた。

    「所用を思い出した。
     先に戻る故、唯はゆるりと
     散歩を楽しんで来ると良い。」

    そう言い残し、忠清は唯に背を向け、
    一人で家に向かって走って行く。

     “んもう、いったい何なのよ!”

    唯は、その場で右足を強く
    踏み鳴らして叫んだ。

     「わ・か・ぎ・み・様~~~!!!」

    ・・・・・・・・

    唯を戦国に伴いたいと、
    唯の両親と尊に申し入れ、
    許しを得た翌日、
    美香子が、唯に向かって言った。

     「ねえ、唯。
      今までは何とかなってたかも
      しれないけど、
      戦国で、ただ、足が速いって
      言うだけでは、
      いけないと思うの。
      しかも若君の正室ともなれば、
      なおさら。
      でね。
      お父さんとも話したんだけど、
      こちらにいる間に、唯も何か、
      身につけた方が良くない?」

     「何かって、何?」

      「お母さんの知り合いに、
       武道家がいてね。
       まあ、昔の患者さん
       なんだけど。
       さっき、問い合わせてみたの。
       そしたらね。
       喜んで指導して下さるって。
       短期集中で。」

       「ぶ、武道?
        でも・・・」

    唯は思う。

    “何とか、期末試験も終えて、
    やっと、若君との時間をたっぷり
    楽しめると思っていたのに、
    いまさら、習い事とか考えられない。
    しかも、武道って。“

    それを聞いていた若君が
    身を乗り出す。

    「母上、それは、剣術であろうか?
     もしや、弓術?」

      「いいえ、合気道よ。」

    「合気道?
     そ、それはどのような?」

     「そうか!
      戦国にはまだなかったんだ。
      うーーーん。
      柔道はあったのかな?」

    「柔道?
     父上、それはもしや、
     柔術の事であろうか?
     槍や剣を失のうた時の為に、
     組手であれば、
     武士は皆、励むが。」

       「柔道から派生したそうよ。
        もっとさかのぼれば、
        組み手になるのかも。
        違う所はね。
        合気道は、自分からは
        攻撃しないんですって。
        稽古も型が基本でね。
        護身術に近いかな。」

    「それは良いの。
     備えになろう。
     唯、しかと身につけて、
     奥の者たちにも伝授すると良い。
     励め。」

       「えーーーー?
        でも、まだ、若君と
        行きたい所が沢山あるのに、
        稽古で時間をとられるのは
        ちょっと。。。」

     「唯が励むと言うなら、
      永禄に戻る前に、
      ラーメンデートを
      致しても良いのだが?」

       「それならやります!
        明日から行きます。
        なんなら、今からでも!」

         ・・・・・・・・・

    そうして、五日ほどが過ぎた。
    夜空の月が段々と丸くなって行く。
    それを見上げるにつけ、
    忠清自身も、もっと励まねばと思う。
    ここのところ、忠清は、
    尊と一緒にレンタル店を回り、
    歴史ドラマのDVDを借りるのが
    日課になっていた。
    戦記物については、
    アニメや洋画も見た。
    美濃の斉藤や、尾張の織田が使う
    長槍によく似たものを
    スペインの歩兵が
    使うのを見て驚き、
    ローマ兵が、戦車を馬にひかせて
    戦うのを見ては、
    あれを作れぬものかと言って、
    尊を困らせたりした。

    覚からは、保存食の作り方を習い、
    美香子からは、
    病気やけがの手当の仕方や、
    薬についての指導を受ける。

    そんなある夜。
    夜中に喉が渇いて目が覚めた忠清は、
    水を飲みに階下の台所に下りた。
    冷たい水を一口飲んで、
    ふうっと深いため息をつき、
    また二階へ。
    色々な事を一気に詰め込んだので、
    頭が朦朧としている。
    忠清は部屋の扉を開け、
    布団に入ろうとした。

    「ん?」

    敷いてあるはずの夜具が無い。
    うっすらと差し込んでくる
    月の明かりに、
    ようやく目が慣れた時、
    忠清は、思わず、
    何度も目を瞬いた。

    「唯?」

    “何故、わしの閨に唯が?
    もしや、忍んで来たのか?
    なんと、大胆な・・・“

    その時、唯が寝返りを打ち、
    掛けていた布団が落ちた。

    “んん?何故、寝台が?”

    忠清は、今回、客間の和室を
    寝室にしている。
    そこでやっと、忠清は気づいた。

    “マジ、ヤバイ!・・・とは、
     このような折に
     使うのであろうか?”

    ヤバイ時でも、そこは若君。
    驚き方もおっとりしている。

    以前、矢傷を癒していた頃には、
    唯の部屋で過ごしていたので
    うっかり間違えて
    入ってしまったのだ。

    午後八時以降、
    唯と過ごすは御法度。

    “必ずお守り申す。”と父上と母上に
     約束したのに、何という事だ!

    慌てて戻ろうとしたが、ずり落ちた
    唯の夜具が気になった。
    それをそっとかけ直す。

    唯は、寝息を立てて熟睡している。
    一目、寝顔を見ようと、
    唯の前髪に触れた。
    すると、唯の手が、
    忠清の手首をつかみ、
    思いきりひねり上げた。
    いきなり関節技をきめられ、
    忠清は、悲鳴を上げそうになる。
    奥歯を噛みしめて、
    必死でこらえた。

    「唯、わしじゃ。
     起きておるのか?」

    痛みをこらえて囁くが、
    返事がない。
    合気道の稽古の疲れで、
    爆睡しているのだ。

    “これも、稽古の成果かと思えば、
    喜ばねばならぬが、
    まさか、己が技を
    決められようとは!“

    このまま、朝になり、
    唯の部屋に忍び込んだと
    皆に思われるのは、
    まこと、具合が悪い。

    何とか、力ずくで、
    唯の腕から逃れようとするが、
    忠清があがけばあがくほど、
    腕が締め付けられる。

    テレビで見たプロレスをまねて、
    空いている手で唯のベットの端を
    叩いてみるが、
    やはり、唯は腕を放さない。

    “なんとかせねば。”

    焦りまくる忠清の目に、
    唯の本棚の絵本の文字が
    飛び込んで来た。

    「北風と太陽・・・あれは、
     以前、読んだ事のある書物。
     ・・・そうじゃ!」

    忠清は、唯の耳元で、優しく囁く。

    「唯、良いものをやろう。
     アーモンドチョコレートじゃ。
     その手を前に。」

    すると、唯は、
    空いている方の左手を差し出す。

    “くうう・・・違う!
     そちらではない!”

    「唯、今度はチョコボールじゃ。
     沢山あるぞ。
     片手では足りぬ。
     両の手を差し出せ。」

    唯は、今度は両手を出し、
    忠清はやっとの事で、
    関節技から解放された。
    夢の中でチョコを食べているのか、
    唯の口がわずかに動く。

    忠清は足音を忍ばせ、
    唯の部屋から脱出した。
    和室に戻って自分の夜具に
    もぐりこんだが、腕が痛くて、
    なかなか寝付けない。
    やがて、空が白々と明けてきた。

    唯に、散歩を誘われたのは、
    まさに、その朝の事だ。

           ・・・・・・・

    小走りに、速川の家に戻りながら、
    忠清は思い悩む。

    わしのおらぬ隙に、
    妻の寝所に忍び込む不届き者が、
    もし、おったとしても、
    あのような目に合うのだと思えば、
    心安くはあるが・・・

    戦国に戻ったら、
    唯と閨は共にしたい。
    共にしたいとは思うものの、
    昨夜のあの状況が繰り返される
    としたら、身が持たない。

    毎夜、チョコボールで
    済むものだろうか?
    もっと、唯の好きなものを
    知っておかねばならぬのでは。

    合気道の道場と化す閨が、
    脳裏に浮かび、
    忠清は思わず天を仰いだ。

    ”敵陣に切り込むような勢いで、
     腹を決めねばならぬのは、
     わしのほうであったか!
     まこと、悩ましいものよのう。”

     「ち・ち・う・え~。
      如何したらよいのじゃ~!」

    静かな朝の空に、
    忠清の切ない声が響く。

    朝だと言うのに、
    どこかでカラスが鳴いている。
    いや・・・
    笑っているのかもしれなかった。

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    返信先: 創作倶楽部
    寒波

    首都圏は、またまた
    緊急事態宣言ですね~。
    寒波も厳しい。
    そんな中、こちらは、
    ほんわか温かく、嬉しいです。

    ぷくぷく様
    唯が消えて行くシーンは、
    何度見ても切ないっす。
    読んでも切なさがこみ上げます。
    そんな中で、吉乃様と、信近殿が
    結ばれたのは嬉しい事でしたね~。
    唯が戦国に戻った時に、
    ”吉乃様”とあらたまって呼ぶ唯に
    ”おふくろ様で良い。”と、言う
    吉乃様、かわいかったですね。

    夕月かかりて様
    若君が速川家の一員になって行く
    様子がほのぼのと、楽しいですね。
    思わず、
    ♪おさかなくわえた、ドラネコ・・・♪
    とか、歌いだしちゃいそうです。

    カマアイナ様
    長文の作品投稿有ですもの、
    ”長文の感想、ぜんぜんOKっす。”
    って、マスター様も皆様も
    おっしゃると思いますよ~。

    では、新春第二弾、
    おばばも行きますね~。

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    返信先: 創作倶楽部
    ラーメンデート

    千絵様
    ラーメンデートの動画が見つかりました!
    張りますね~?
    https://www.youtube.com/watch?v=PTdwlNw0BS8

    梅とパイン様
    源ちゃんトヨちゃんコンビは永遠ですね~。
    楽しい掛け合いありがとうございます。(^_^)v

    夕月かかりて様
    家族で温泉旅行、良いですよね~。(*^^)v
    早くコロナ終息して欲しい!

    てんころりん様
    おばばも”鐘”使わせて頂きましたよ~。
    小平太の絶叫に併せて、響く鐘の音。(^_^)v
    ぐお~~~んんんんん
    ちょっと低めがいいかも。

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    返信先: 創作倶楽部
     兎角この世は  ~十三夜こぼれ話 小平太編~

    はじめに
     この物語は、私が以前に投稿した
     ”十三夜 
     (序、早、急、結びの段)”の
     番外編として書きました。
     登場する鐘ヶ江家の”二の姫”は
     私の妄想上の姫で、ドラマにも
     原作にも登場しません。
     鈴鳴神社も同様です。
     二の姫は、家の行く末を案ずる
     武芸に秀でた、”男装の麗人”
     としてお読みいただけましたら
     幸いです。m(__)m

    ~~~~~~~~~~~~~~~ 

    漆黒の東の空に、
    うっすらと薄い橙色の光が、
    山の稜線を描き始めた。
    その上の空の色が、
    濃い紫から明るい薄紫へ、
    更に一気に白へと変わる。
    橙色の線の上を、
    紅の絵の具を乗せた筆で
    なぞったかの様に、
    山が姿を現す。
    放射状に白い光を放ちながら、
    山の麓から陽が昇り始めた。

     「なんと、神々しい!」

    手を合わせながら、小平太は、
    朝日から目を離せずにいる。
    凛とした空気の中、
    初日の光を浴び、
    心も体も引き締まる思いがする。

    空が明け切り、
    たなびく雲の中に
    陽が隠れたのをきっかけに、
    小平太は、馬の向きを変えた。

    ゆっくりと鈴鳴神社へ向かう。
    馬を下り、入手水舎の水で
    心身を清めたあと、本殿の前に立ち、
    鈴を盛大に鳴らす。
    二礼二拍手の後、
    今年一年の安寧を祈願した。
    そして、さらに深々と一礼する。

    ふと、横を見ると、
    巫女がこちらを向いて立っていた。
    手に、竹筒を持っている。

       「鈴の音が聞こえまして。
        御祈祷をなされますか?」

     「いや、後ほど改めて参る。
      家人に言わずに参ったので、
      戻らねば。」

       「それでは、こちらを。
        甘酒にございます。
        温まりますゆえ。」

     「これは、かたじけない。」

    あえて引き止め様とはせず、
    頭を下げて見送ろうとする巫女に、

     「ちと、新月の様子を
      見せて貰おう。」

    そう言い残し、本殿の裏手にある
    厩に向かった。

    新月は、羽木家から鈴鳴神社に
    奉納された馬だ。
    小平太が仕えている若君と同じ年に、
    黒羽城の厩で生まれた。
    若君が袴着の儀を済ませた翌年、
    鈴鳴神社に奉納された。
    袴着の儀は五歳で行われる。
    その一年を無事に過ごした
    祝いの印として、
    納められたのだった。

    新年の神事の為か、
    新月の漆黒の毛並みは、前にも増して
    美しく整えられていた。

    弓を射る音が聞こえてきた。
    厩の横には、的場があり、
    近隣の若武者たちの
    弓の教練場ともなっている。
    誘われるように小平太の足が、
    的場に向かう。
    張り巡らされた板塀の隙間から、
    弓を射る人の姿が見えた。
    矢が、的に吸い込まれるように
    真ん中に当たったのを見届けて、
    小平太は中に入り、
    射手に声をかけた。

    「相も変わらず、見事な腕じゃの。」

    弓を射ていたのは、
    鐘ヶ江家の二の姫だった。
    まるで、小平太の声が
    聞こえぬかのように、二の姫は、
    次の矢をつがえる。
    その矢も、
    見事に的の真ん中を捉えた。

    満足げな笑みを浮かべて、
    二の姫が振り向いた。

     「これは、天野小平太殿。
      如何なされた。」

    「この先で初日の出を拝み、
     立ち寄った。」

     「さようか。」

    「まこと、熱心じゃの。
     寒稽古とは。」

     「年明けの、
      初的神事の為じゃ。
      それに・・・」

    「ん?」

     「先日、信茂殿より、
      小次郎殿からの御文を頂いた。」

    「小次郎の?
     嫁がれる佐々殿ではなく、
     今は亡き我が弟、小次郎の文か?」

     「さよう。
      父から、信茂殿がご覧になった
      という夢の話を伺い、
      しかも、信茂殿が婚礼の
      祝いの品は何が良いかと
      お訊ねとの事で。
      小次郎殿からの御文を
      所望いたした。」

    「ほう。」

     「御文に、この病が癒えたら、
      ぜひ、弓の指南をとあったので、
      益々励まねばと。」

    「さようか。
     小次郎も、今頃、
     雲の上で喜んでおろう。
     佐々殿との婚儀は、
     この春と伺ったが。」

     「さよう。」

    「嫁がれても、佐々殿とお二人で、
     鐘ヶ江家の屋敷内に
     住まわれるそうじゃの。」

     「そのように。」

    「何故、佐々家へすぐに
     入られぬのか?」

      「成さねばならぬ事がある故。」

     「如何様な?」

    二の姫は、小平太の問いには答えず、
    着替えに立ってしまった。

    その姿も心意気も、並みの男は
    太刀打ち出来ぬ男前とは言え、
    二の姫がおなごである事には
    変わり無い。
    おなごで、しかも婚礼を
    控えている身であれば
    なおさら、許嫁ではない男と
    二人だけで居るのは
    控えねばならぬ。

    しかし、先ほど聞いた、
    “成さねばならぬ事”とは何か?
    小平太は気にかかって仕方がない。

    小平太は、出直さずに本殿に戻り、
    玉ぐしを捧げる事にして、
    その後、二の姫の話をもう少し
    聞かせて貰えぬものかと考えた。
    禰宜殿に同席して貰えば、
    話し込んでも障りはなかろう。

    着替えを済ませ、
    戻ってきた二の姫に、
    小平太がその旨を申し出る。
    そして、
    巫女から貰った竹筒を渡した。
    姫は素直にそれを受け取る。
    いつもの、
    挑んでくるような圧が無い。
    いささか戸惑いながら、
    二の姫の様子を窺う。
    断られるかと思いきや、
    二の姫からは意外に
    あっさりと返答があった。

     「承知した。」

       ・・・・・・

    小平太は、本殿でお祓いを
    受けた後、脇の小部屋で、
    禰宜を交え、しばしの間、
    二の姫と向き合った。

    「ところで、二の姫殿の
     “成さねばならぬ事”とは、
     如何様なものであろう?
     姫は、我が弟が幼心にも
     お慕い申し上げた御方、
     存命であれば、義妹と
     お呼びしたやもしれぬ。
     何か、お力添えできる事が
     あればと。」

      「ありがたきお言葉、
       痛み入りまする。
       それは、この鈴鳴神社の
       縁起にも深くかかわる事
       でも有り、禰宜殿のお許し
       を頂かねば、私の一存では
       お話しいたしかねまする。」

    「それでは、この鈴鳴神社の
     縁起は私から。」

    そうして、禰宜が語り始めた。

       ・・・・・

    今ではこのように、
    羽木家の御加護のもと、
    荘厳な社殿を誇っておりまするが、
    当初は、小垣の森の片隅に、
    人知れずひっそりと佇む
    小さな祠でありました。
    それを、小垣の領主となられた
    鐘ヶ江家の、当時のご当主が、
    領内の見回りの際に、
    見つけられたのです。
    埋もれていた石碑を
    掘り起こしてみれば、わずかに
    八幡大神の名が読み取れました。

    これは、武家なれば、
    丁重にお祭りせねばならぬ。

    当主は、新たに社をその場に建立し、
    氏神として崇め奉りました。

    ここからは、鐘ヶ江家に伝わる
    昔語りになりますので、二の姫様から
    語られた方がよろしいかと。

    二の姫が、禰宜の言葉を継ぐ。

    鈴鳴神社の八幡大神が、
    鳶に姿を変えられて、小垣の空に
    羽を広げておられた時、
    村の童の仕掛けた罠の近くを、
    野兎が飛んでいるのが見えた。
    逃がそうとして野原に舞い降り、
    その野兎に近づいた。
    驚いた野兎は、逃げるどころか、
    鳶に向かってぴょんとはねる。
    慌てて後ずさった拍子に、
    鳶は不覚にも罠にかかった。
    隠れて見ていた童たちが、
    鳶に石を投げつける。
    野兎を取り損ね、
    その憂さ晴らしを始めたのだ。

    童の声を聞きつけ、娘がやって来た。
    摘んだ若菜を分けてやり、
    童たちを村に帰すと、
    罠を外し、鳶の手当てをした。
    やがて鳶は、黄昏の中、
    鈴鳴神社の森に向かって
    飛び去った。

    娘は、小垣の領主、
    鐘ヶ江家の娘であった。
    ある日、娘が部屋から夕焼けを
    眺めていると、一羽の鳶が
    庭先に舞い降りた。
    あの折の鳶かと、
    娘が思い至った時、
    夕日が、西の山の端に沈んだ。
    すると、鳶は瞬く間に、
    若武者の姿に変わった。
    娘は驚いたが、その場から
    動く事が出来なかった。

    それから、一月ほど、
    その若武者は黄昏時に現れ、
    娘と語らい、夜を過ごした。
    幾日も夕餉に姿を見せない
    娘を当主は案じていた。
    間もなく夜も明けようとする頃、
    娘の部屋から物音が聞こえた。
    そっと部屋を覗くと、
    娘が若武者と手を取り合っている。
    当主は部屋に入り、声を上げた。
     「何者じゃ!」
    その時、朝日が昇った。
    若武者は、鳶に姿を変え、
    朝焼けの空に消えてしまった。

    当主は、妖かと慌てふためき、
    娘の部屋を移し、夕刻が近づくと、
    日の落ちる前から板戸を下し、
    娘を閉じ込める夜が続いた。
    そして、すぐに娘の縁談を整え、
    嫁がせてしまった。

    若武者と引き裂かれた娘の
    嘆きは深く、まもなく病を得て
    とうとう息を引き取った。
    その日は、まさに、鈴鳴八幡の
    例大祭の日であった。
    娘が息を引き取った直後、
    鳶がその家から飛び立った。
    その鳶は、鈴鳴の社の上で
    姿を消したと言う。

    あれは、鈴鳴神社の
    八幡大神であったかと
    悟った当主は、祟りを恐れ、
    神社に籠り、祈りを捧げた。
    すると、夢の中でお告げを得た。
    例大祭には、鐘ヶ江の娘を斎王とし、
    舞を奉納せよと。

    以来、鐘ヶ江家には男子は生まれず、
    生まれたとしても、病弱で短命。

    私は、弟が幼くしてみまかった際に、
    その因果を断ち切る為の願を掛けた。
    一心に武芸に励み、成人した後には
    鈴鳴神社の守り人となる故、
    鐘ヶ江家に男子を授けて欲しいとな。
    その証として、
    いつか流鏑馬奉納にて、
    見事すべての的を射抜くと。

          ・・・・・

    「そのような事が。」

      「佐々殿との婚儀も一度はお断り
       したのですが、佐々殿が、
       私の願掛けを知り、
       御自身も願をかけられて。」

    「如何様な願を?」

    二の姫の代わりに、禰宜が答えた。

    「百度の祈祷の後、
     奥の院と本殿を繋ぐ回廊と、
     更にその先の、脇の鳥居までの
     通し矢を奉納されるという
     ものでありました。
     それを果たした暁には、
     二の姫との婚儀を
     お許し願いたいと。」

     「佐々殿は、それをすべて
      果たされたのか。」

    二の姫が、恥じらいながらも
    小さく頷く。

     「なれば、
      佐々家にお入りになるのも、
      何の障りもなかろう?」

      「私は、一度は八幡大神の
       守り人となる事を決めた者。
       それを覆すは神への裏切り。
       やはりお断りしようと
       したのですが。」

    「なれば、
     二人で守り人を務めようと、
     佐々殿が申されまして。
     私も、そのようにお勧めを。
     お二人のお心が神に届き、
     晴れて男子を授かれれば、
     因果が断ち切れた証とも
     なりましょう。」

    その後、小平太は、二の姫を
    屋敷の前まで送り届ける事にした。
    幼き日の思い出が蘇る。

     「随分と、
      精進してこられたのだな。」

    二の姫は、それに答えず、
    馬の歩みに身を、任せている。
    婚儀を控えているというのに、
    相変わらずの若武者姿だ。

      「小平太殿には、
       思うお方はおられぬのか。」

     「今は、若君にお仕えする事が
      第一じゃ。」

      「小平太殿は、あの頃と
       少しも変わらぬのじゃな。」

     「あの頃とな?」

      「鼻の上に蛙が乗って、
       泣きべそをかいて
       おった頃じゃ。」

    二の姫は、独り言の様に語る。

      「あの頃の私は、
       己がおなごであることが
       悔しくてたまらなかった。
       家老の家柄とはいえ、
       ぬしが若君付きに
       取り立てられた事が
       妬ましかった。」

    「それ故、まるで仇を取るかの様に、
     わしを打ち込んだと?」

     「許せ。幼かったのだ。
      その代わり、私はその日から、
      黒羽城の剣術の教練場には
      出入り禁止となった。」

    小平太は、何故、教練場から
    二の姫が姿を消したのか、
    やっと飲み込む事ができた。
    今までのわだかまりが消えて行く。

    気が付けば、そこは、
    鐘ヶ江家の門の前だった。
    二の姫が、小平太に言う。

     「見送り、かたじけない。
      では、これにて。」

    「おなご故に、その力量が
     認められぬのも辛い事じゃの。」

    門の中に入りかけた二の姫が、
    振り向く。

     「それは、まだ、ましやもしれぬ。
      己の気持ちが全く通じぬ
      鈍いおのこに、出会うよりもな。
      この文の送り手が、
      ぬしであればと
      思わぬでも無かった。」

    「ん?・・・
     それは、ど、どの様な・・・。」

    ちらりと、懐から取り出して見せた
    文を懐に戻すと、二の姫は、
    艶やかな微笑みを残し、
    門の中へ入って行った。

    「は?」

    小平太は、その後姿を
    ぼんやりと見送ったが、
    やがて我に返って絶叫した。

    「え、えええええ???!!!」

    新たな年の、空いっぱいに、
    小垣の鐘の音が響いていた。

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    返信先: 創作倶楽部
    今年もよろしくです!

    夕月かかりて様
     私の年末最後の投稿が消えてしまって、
     ご迷惑をおかけしました。
     遠慮なくご自身のタイミングで
     投稿してくださいね。
     読んだだけで、のぼせてしまいそうなシーン、
     有難うございます!(^_^)v

    カマアイナ様
     お読みいただき、お褒め頂き
     有難うございます。m(__)m
     しばらく前のラフなプランの
     段階で、オニズカ氏の
     エピソードは書こうと決めて
     いました。
     その後、カマアイナ様の
     初書き込みを拝見し、
     これは、すぐに書き上げねばと
     筆が進みました。
     まさか、あの日にコロラドに
     いらっしゃったとは!
     コナコーヒー、初めて知ったのは、
     元の職場の先輩からでした。
     ブラックで一口飲んでから、
     ミルクを入れると劇的に
     風味が変わって、
     二度おいしいよ~。
     と教えてもらい、すっかり虜に。
     でも、日本では
     なかなか手に入らず。
     その後、デパ地下で見つけた時は
     舞い上がりました。
     実は、知り合いのギタリスト氏に
     誘われて、数年前にハワイに行く
     チャンスがあったのですが、
     とある事情で見送りました。
     今は、かなり後悔してます。
     いつか、いけるかな~。

    千絵様
     感想有難うございます!
     そうですね。
     この板の皆様の作品の内、
     どれか一つでも関係者の
     目に留まって、ドラマ化
     されたら、嬉しいですよね。
     励みます!

    皆様
     ”竜の泪”につきましては、
     覚と美香子の初デートの日を、
     よりドラマチックにしたくて、
     当初、2003年の”ハヤブサ”打ち上げの日
     としたのですが、すぐに、
     それでは唯と尊の年齢に合わないと気づき、
     その前の火星探査機”のぞみ”の
     打ち上げの日に変更させて頂きました。
     ”のぞみ”は、成果が芳しくなく、
     ドラマチックさが、やや薄い感じ
     ですが、その後の”はやぶさ”に
     つながる事には違いがありませんので、
     お許し下さい。
     ”のぞみ”の打ち上げとした方が、
     覚氏の実直な感じが出るかもしれないと、
     今は思っています。m(__)m

    では、これより、新年の初投稿を!
    ちょっと残念で笑える愛すべき小平太氏が
    描けていたら良いなと思います。

     

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    返信先: 初書き込み掲示板
    いらっしゃいませ!

    あけましておめでとうございます。
    こくしねる様
    はじめまして!
    キジトラ(愛知)様がご紹介下さった、妖怪千年おばばです。
    主に創作倶楽部に投稿してます。
    ご挨拶が遅くなりすみません。
    年末最後の投稿を編集したところ消えてしまい。(;^_^A
    マスター様にお救い頂いておりました。
    では、私からは”むじなそば”を。
    あ・・・年越しそばには間に合いませんでしたね。
    御餅をいれて、特製お雑煮風に召し上がってくださいな。
    よろしくお願いいたします。m(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    ありがとうございます!

    明けましておめでとうございます。
    ご対応有難うございます。
    今年もお世話になります。m(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    マスター様

    消えましたのは、創作倶楽部の”竜の泪 ~覚と美香子の物語~ ”です。
    よろしくお願いいたします。m(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    マスター様

    今年最後の投稿が、消えました!
    お助け下さいませ。m(__)m
    本年も最後の最後まで、お手間をお掛けし、
    申し訳ございません。
    来年もよろしくお願いいたします。m(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    竜の泪 ~覚と美香子の物語~

    少し早い速川家の
    クリスマスパーティーの最中、
    唯の思いがけない
    ウエディングドレス姿を見て、
    美香子は号泣した、

    “分からぬ時は、
    分かった顔で何も言わぬ。”

    それが信条の忠清も、流石に
    この事態にはうろたえた。

    “確かに、唯の見慣れぬ装束には
    驚いたが、母上は何故このように
    泣き続けるのであろうか?“

    「母上、如何されましたか?」

    忠清が恐る恐る訊ねる。
    唯の母、美香子は、
    答えようとするが、
    嗚咽がこみ上げて言葉にならない。
    その代わりに、
    夫である覚が答える。

    「いや、僕たちも色々あってね。」

    覚が、美香子の肩を抱き、
    なだめる様に言う。

    「母さん、若君が、
     心配するじゃないか。」

    美香子は頷きながら、目頭を抑える。

    尊が、若君の視線を
    そらすように言う。

        「そう言えば、
         父さんたちの結婚式の写真、
         見た事ないよね。」

    覚が困ったような顔をして答えた。

    「ええ?そうだったかな。」

       「無い、無い、
        見た事無い。見せて!」

    唯にせがまれ、覚は、二階に上がると、
    古いアルバムを持って降りてきた。
    そこには、若かりし頃の父が、
    モーニングコート姿で映っていた。
    唯が、ケーキカットの写真を
    指さして言う。

       「これって、なぜ、
        おばあちゃんなの?」

    尊と若君がその写真をのぞき込む。

        「ホントだ!
         おばあちゃんが
         写ってる!」

    「何事?」

    若君は、訳も分からず尊に訊ねる。
    尊が答えた。

       「先ほど若君は、
        お姉ちゃんと
        二人でナイフを持って、
        ケーキを切りましたね?
        実はあれは、現代の
        結婚式の披露宴で、
        新郎と新婦が行う
        ものなのです。
        本来のクリスマスでは、
        その家の主、
        この家の場合はお父さんが、
        切り分けて皆に
        配るのです。」

    「さようであったか。
     父上、申し訳ない事を。」

     「いやいや。
      僕たちがそうして
      欲しかったんだから。
      少しでも、こちらでの
      結婚式の雰囲気を味わって
      貰いたくてね。」

    「では何故、この写真では、
     母上の母御が父上と
     手を携えられておられる
     のであろうか?」

     「実は、この日、美香子の
      患者が急変しましてね。」

    覚は、遠い目をして、
    でも、微笑みを浮かべながら
    語り始めた。

     「当時、美香子は大きな総合病院に
      勤めていまして。
      あの日、式場で
      ウエディングドレスは着た
      ものの、そのまま病院に
      向かったんです。」

        ・・・・・・

    その頃の覚は、
    美香子を妻にする上で、
    とても祝福してもらえる様な
    立場ではなかった。
    なにしろ、闘病中で無職のオヤジ。
    美香子より6才も年上。
    反対されながらも、
    結婚式を上げたのは、
    どちらかというと、覚の、つまりは
    “ケジメを付けたい。“という
    希望からだった。
    美香子のお腹の中に、
    新たな命が宿っていたのだ。

    美香子がやっと取れた休暇に合わせ、
    ささやかな披露宴を開いた。
    覚の家族とお互いの友人たち数人。
    美香子の方は、
    親戚や祖父に猛反対されていたので、
    出席した家族は、彼女の母親だけ。

    それでも、美香子は嬉しそうだった。
    選んだウエディングドレスは、
    シンプルすぎるくらいだったけど、
    美香子の笑顔は、本当に綺麗だった。
    ベールがその笑顔を包んだ時、
    花嫁の控室に置いたバッグの
    中の携帯が鳴り響いた。

      「先生!すぐ来てください!
       患者さんが!」

    美香子は着替えもせず、
    そのままの姿でタクシーに飛び乗ると
    勤務先へ。

    ベールを翻し、病院のロビーを走る。
    外来の患者や受付の職員が驚く中、
    止めようとした守衛の手を
    振り切って、叫んだ。

     「外科の速川よ!
      これから緊急オペ開始!」

      「先生!お待ちしてました!
       早くこちらへ。」

    待ち構えていた看護師の前で
    ベールを脱ぎ捨て、
    美香子は猛然と手術棟に入った。

    数日後、病院のベッドにいたのは
    美香子の方だった。
    緊急手術は10数時間にも及び、
    終了直後、美香子は気を失って
    倒れたのだ。
    そして、そのまま産婦人科病棟へ。
    流産の危機が迫っていた。

    覚は病院に到着したものの、
    美香子のベッドは看護師に囲まれ、
    なかなか近づけなかった。

    うっすら、涙を浮かべて謝る
    美香子の手を取り覚は言った。

    「謝る事なんかないさ。
     君は本当に立派だった。
     今は、とにかく安静が
     一番だそうだ。」

    「美香子、安心して。
     あなたの代理は、お母さんが
     ちゃんと務めましたから。
     本当に、良い披露宴だったのよ。
     お母さん、感動しちゃった。
     覚さんとケーキカット
     させて貰って。
     お父さんともした事
     なかったしねえ。」

       「えええええ?!
        ケーキカット?!
        二人の初めての
        共同作業のはずなのに
        ???!!!」

     「何言ってんの!あなた達、
      共同作業はとうに済ませて・・」

      「す、すみません。。。」

    覚は、ただ頭を搔くしかなかった。

       ・・・・・・・・

    「そのような事が。」
     
     「退院した後、改めて、
      婚礼写真を撮ろうかって
      言ったんだけどさ。」

      「私が、遠慮したの。
       一度は着たんだし、
       その思い出で十分。
       ごめんね。
       その頃の事、色々
       思い出しちゃって。」

       「じゃあ、今、写真撮ったら?
        このドレス着て。」

      「遠慮しとく。
       それは、唯への大切な
       プレゼントだし。
       ただ・・・、
       唯の白拍子の衣装なら、
       着てみたいかな。」

    「では、父上はわしの衣装を
     召されては如何?
     戦国に行ってみたいと
     仰せであったし。」

       「え、良いの?」

    美香子の弾んだ声に忠清がうなずく。

    その後は、
    まるで写真撮影会の様。
    美香子は華やかな衣装を身に着けると
    すっかりはしゃいで踊る真似をした。

     しずやしず 
     しずのおだまき くりかえし
     むかしをいまに なすよしもがな
     いっしゃくのぬの なおぬうべし
     いわんやこれ そうしゃ 
     ひゃくしゃくのいと
     よしのやま みねのしらゆき
     ふみわけて
     いりにしひとの あとぞこいしき

    若君は驚き、そして絶賛した。

    「母上、見事な歌じゃの!」

    皆があっけにとられて見つめる中、
    忠清に真顔で褒められて、
    美香子は恥ずかしそうに言った。

       「これしか、知らないのよ。
        妊娠に気づいた時、
        たまたま、静御前の
        この歌と出会ってね。
        それで、決心したの。
        覚さんと結婚しようって。
        どんなに反対されてもね。」

     「若君ったら。
      私の舞とどっちが素敵?」

    唯が頬を膨らませて忠清に詰め寄る。

    「い、いや、それは・・・。
     唯は唯じゃ。
     比べる事は出来ぬ。」

    唯は忠清をちょっと睨んだが、
    すぐに話を変えた。

      「そう言えば、
       お父さんとお母さんの出会い、
       聞いて無かったよね。」

     「こ、今度はそっち?」

       「うん。聞きたい。
        今、聞きたい!」

    「父上、わしもじゃ。
     先ほどの母上の歌から察するに、
     かなりの困難があったようじゃ。
     それをどのように
     おさめられたのか、
     まこと、興味深い。」

     「話すと、長くなるけど。」

    「遠慮は御無用。
     長い話は、爺で慣れておる。」

    忠清のその一言で、皆が笑った。

     「美香子と出会ったのは、
      実は、予備校の講師と
      生徒としてだったんだ。」

      ・・・・・

    美香子が高校2年生だった頃の事。
    覚は大学院2年目。
    憧れのコロラド大学の
    航空宇宙工学科への留学を夢見て、
    細々と資金をためている頃だった。

    当時は、宇宙開発において
    旧ソ連より、米国が一歩先んじて、
    着々と成果を上げていた。
    覚がコロラド大学を目指したのは、
    そこが、憧れの人の出身校
    だったからだ。

    エリソン・ショージ・オニヅカ氏
    ハワイ出身の日系三世。
    1978年、スペースシャトル計画
    第一期飛行士として選出される。
    1983年6月来日。
    スペースシャトルについて、
    東京で記念スピーチを行う。

    その時、覚は、23才。
    大学院の研究室と
    バイト先の予備校を往復する毎日。
    航空工学を専攻していた覚は、
    もちろんその会場に駆け付け、
    オニヅカ氏のスピーチを、一言も
    聞き漏らすまいと熱心に耳を傾けた。
    大学の教授の紹介もあり、
    少しの間、面会することができた。
    その後は、何度も手紙を送り、
    オニズカ氏もまた、
    丁寧な返事をくれた。
    今でも、それは覚の宝物だ。

    その頃の美香子は、
    いわゆる、“ビリギャル”。
    髪は茶髪。メイクは濃いめ。
    制服のスカート丈は短め。
    少し前の“ツッパリ”と、
    その後の“ヤマンバ”の間の、
    なんともビミョーな服装で、
    たまに友人の家に“プチ家出”する
    高校生活を送っていた。

    そんなある日、
    夏季講習の説明を受けに、美香子が
    覚のバイト先の予備校にやって来た。
    覚は、美香子を一目見るなり、
    その母親に言った。

     「お母さん。
      今回の夏期講習は、
      難関校を目指すクラスで、
      補修指導はしないんです。
      お嬢さんには、
      個別指導をお勧めしますが。」

    「さようでございますか。
     では早速、個別で。」

    言うなり、母親は、
    入室手続きを済ませると、
    さっさと一人で帰ってしまった。

    覚はあっけに取られて、
    しばし立ち尽くす。

    「君のお母さんって、
     いつもあんな調子?」

     「変わってますよね~。
      私が言うのもなんですけど。」

    「あ、いや。まあ、ともかく、
     一学期の成績表を見せて貰おうか。
     持って来た?」

    美香子は、悪びれもせず、
    それを差し出す。
    覚は予想をはるかに上回る事態を
    突き付けられ、言葉が出ない。

    美香子は、教室を眺めまわすと、
    併設されている英語教室の
    出席カードに目を止めた。

    「ねえ、先生。
     私もここに通ったら、
     このシール貰えるの?」

    そこには、女子に大人気のネコの
    キャラクターシールが並んでいた。
    カードの出席した日付け欄に、
    一枚ずつ張って行く。
    お気に入りのシールが増えていくのは
    励みになるらしい。

    「ああ、それ。小学生用だけどね。
     まあ、どうしてもって言うなら、
     どうぞ。」

     「ラッキー!じゃあ、遠慮なく~。」

    美香子は、シールを一枚はがすと、
    右頬に張り付けた。

    「ところで、志望校は?」

     「聞いてどうすんの?
      今、成績表、見たでしょ?」

    「分かっては、いるんだね。
     今の状況。」

    美香子はおおらかに笑った。

     「自分の事は自分が一番、
      よおっく分かってますよ!
      でも、一応、家族の希望を
      言っとくね。」

    「うん。」

     「女子医大!」

    大きな声でそう言い残し、
    彼女は颯爽と帰って行った。

    「女子・・・医???!!!」

    覚は、あんぐりと口を開けたまま、
    その場に崩れ落ちた。

    シール欲しさに、美香子は暫くの間、
    毎日通ってきていたが、
    10日目から、ぷっつりと
    姿を見せなくなった。

    自宅の電話は留守電のまま。
    当然、母親とも連絡が取れない。

    退室手続きを郵送しようと、
    書類を持って郵便局に向かった
    覚の前に、いきなり美香子が
    姿を現した。

    すっかりやつれた様子で、
    まるで別人だ。

    「兄と父が亡くなりました。」

    そのまま放っておいたら、
    消えてしまいそうだ。
    覚は、美香子を連れて
    予備校に戻った。

    美香子はうつろな様子で、
    絞り出すように話し出す。

    彼女の兄は、日本屈指の医大の、
    優秀な学生だった。
    今年、教授の推薦を受けて、
    ドイツで開かれた若手医学研究者向けの
    研究会に派遣された。
    セレモニーや論文発表、
    地元の病院の視察も含めて
    5日間の日程を終え、
    帰国したのが、1週間前の夜。

    父親が車で迎えに行ったが、
    深夜の高速道路で事故に巻き込まれ、
    救急車が到着した時には、二人とも
    もう、心肺停止の状態だったという。

    「とにかく、予備校の席は
     空けとくから。
     落ち着いたら、連絡して。」

    夏なのに、入口の自販機で買った
    ホットココアの缶を、
    美香子は両手で握りしめ、
    放そうとしなかった。

    やがて、2学期が始まり、
    美香子が予備校にやって来た。
    覚は、思わず彼女を
    二度見してしまった。

    黒髪のショートカットにノーメィク。
    制服のスカートは、
    両膝を隠している。

    それからの彼女は、
    指導の無い日でも自習室にこもり、
    参考書と問題集に向かった。
    そして、予備校の出席カードの
    ネコキャラシールが増えて行くのに
    比例して、成績も見事に
    上がって行った。

    それから、1年半後。
    覚は念願の米国留学へ。
    美香子は、
    現役合格は果たせなかったものの、
    上位の成績で高校を卒業し
    一浪の末、見事、
    医大合格を勝ち取った。

    2年間の米国留学も終わりが近づき、
    日本の企業への就職活動と
    帰国準備に追われていたある日、
    覚の電話が鳴った。
    すっかり親しくなったオニヅカ氏の
    明るい声が響く。

    オニズカ氏は、昨年の1月に
    “ディスカバリー号”に搭乗し成果を上げた。
    今度は、“チャレンジャー号”に搭乗すると言う。

    覚は迷わず、打ち上げ基地のある
    フロリダに行くことにした。
    搭乗前に会う事は叶わなかったが、
    覚は、なんとか発射の様子が
    見られる場所を確保した。
    忘れもしない1986年1月28日。
    轟音と共に、ロケットが発射された。
    打ち上げは成功したかに思えた。
    皆が歓声を上げる。
    それが次の瞬間、悲鳴に変わった。
    歓喜からわずか73秒後、
    オニヅカ氏は青い空に散った。

    “竜の泪”
    ロケットが爆発した後の白煙を、
    誰かがそう表した。

    フロリダの陽差しが、
    覚の心に悲しく重く刻まれた。

    その後、覚は日本に帰国した。
    念願の企業に就職し、
    ロケット部品の開発に携わった。
    その後のNASAの
    ロケット打ち上げ計画は、
    当然の事だが中断され、
    事故原因の徹底解明がなされた。

    勤務先のロケット部品製造チーム
    への対応も厳しくなった。
    開発予算は縮小、
    配置転換の検討も進み、
    覚も、その対象になった。
    覚の能力を惜しんだ大学教授の
    勧めに従い、覚は転職した。
    惑星探査用エンジンの開発が
    新たな仕事になった。

    激務が続いた。
    少ない人員の上、研究費は削られる。
    その一方で、
    最大限の成果を求められた。
    覚の体は、とっくに悲鳴を
    上げているにも関わらず、
    覚自身は、自分の体の変調に
    気づく余裕すらなかった。
    そして、とうとう血を吐いて倒れた。

    覚の胃には、特大の穴が開いていた。

    美香子はその頃、とある病院の、
    救急センターに勤務していた。
    父と兄の突然の死が、
    彼女に救急医療の道を選ばせた。

    当直の日、
    仮眠をとろうとしていた所へ、
    急患が運び込まれて来た。
    緊急手術となり、
    美香子が執刀する事に。

    患者の名前を見て驚いた。

     「覚・・・先生?!」

      ・・・・・・

    そうして、僕と美香子は再会した。
    胃潰瘍が落ち着いたにも関わらず、
    体の不調は続いた。

    ある日、美香子が病室に来て、
    心療内科のカウンセリングを勧めた。
    その頃は、まだ、“心療内科”についての
    認知度が低い頃だったから、
    僕はなかなか踏み切れなかった。

    それでも、毎日、熱心に
    美香子が勧めるので、
    受診することにしたんだ。

    それから、暫くして、
    僕はようやく退院することができた。
    暫くは通院が続いたけど。
    でも、正直に言うと、
    その頃の僕には、それが
    たったひとつの楽しみだった。
    医師と患者としてではあっても、
    美香子に会える事が嬉しかった。

    1998年7月、
    僕は美香子を、ダメ元で誘った。
    せめて、手料理で感謝の意を伝えたかった。
    失業中のおじさんの誘いに乗るとは思えず、
    あきらめかけた時、
    僕のおんぼろアパートのチャイムが鳴った。

    「ごめんなさい。遅くなって。
     また、急患が入って。」

    テーブルの上に山盛にした
    レンコンのはさみ揚げを見つけると、
    美香子は嬉しそうに、指でつまみ、
    口に放り込んだ。
    そして、屈託なく笑いながら言う。

     「先生、私もここに通ったら、
      このはさみ揚げ、貰えるの?」

    その日はまさに、日本初の火星探査機
    “のぞみ”の打ち上げの日だった。
    僕は美香子と、元の同僚がパソコンに
    送信してくれる動画で、
    その様子を見守った。
    会社は辞めていたけど、
    自分がかかわった仕事の成果を、
    美香子に見て欲しかった。

    打ち上げが成功し、
    僕と美香子は、歓声を上げながら、
    お互いを抱きしめた。
    僕にとっては、また、
    一生忘れられない日が出来た。
    今度こそ、最高に嬉しい日として。

    なあ、尊。
    僕も、戻れるものなら、
    あの日に戻りたい。
    オニヅカさんが電話をくれた日に。
    でも、無理なのはわかってる。
    たとえ戻れたとしても、
    国家規模のミッションを、
    僕が止められるとは思わないしな。

        ・・・・・

    父が語り終えると、
    母はお茶を入れに行った。

    この速川クリニックは、
    母の祖父、つまりは僕の
    曾祖父が開業したものだ。
    曾祖父は、母の兄を溺愛していて、
    母には素気なかったらしい。
    母の兄、つまりは僕の伯父が
    亡くなった後、
    母が医大に合格しても無関心で、
    母と父の結婚は反対だった。

    曾祖父にアルツハイマーの症状が
    出始め、世話をする人が必要になり、
    父がその役をかって出た。
    曾祖父は、最初は父を
    疎ましく思っていた様だが、
    覚の不器用な優しさに触れるにつれ、
    娘や孫に世話をされるより、
    男同士の方が、気楽な事に
    気づいたそうだ。
    そして、母はこのクリニックを
    継ぐことになった。

    「そのような事が。
     父上も母上も、
     大切な者を失うた心の痛みを、
     生きる力に変えてこられたのだな。
     どの様な困難にも誠実に
     向かわれた故の、今という事か。」

     いっしゃくのぬの なおぬうべし
     いわんやこれ そうしゃ 
     ひゃくしゃくのいと

    忠清は、義母の美香子が歌った詩を
    小さくつぶやいた。

    父の話を聞きながら、
    今度は姉が涙ぐんでいた。

      「お父さんも、お母さんも、
       凄すぎ。
       私も、そうなれるかな。」

    忠清は、優しく唯の涙を指で拭うと、
    力強く頷いた。

    夜空には、
    大きな満月が浮かんでいる。
    二人が戦国に飛ぶ時間が
    迫っていた。

     「向こうに着いたら、
      何とか知らせる。
      必ず、知らせるから。」

    姉が名残惜しそうに言う。

    知らせる方法・・・。
    そんなに簡単に見つかる
    はずもない。
    いつも僕に丸投げの姉の事だし。

    尊は、ため息をつく。

    ”戦国と、平成を繋ぐ物なんて、
    あるんだろうか?”

    その時だった、
    尊の記憶の中で、とある場面が蘇った。
    ”オヤジ狩り”にあった木村先生を助けたあの日、
    若君は木村先生を見て驚いて言った。

    「木村?!」

    若君が驚くくらいだ。
    木村先生は、本当に、
    小垣城代の末裔かもしれない。

    姉の話では、確か、学校の
    歴史の資料室に鎧があったはず。
    あの鎧が、正真正銘、
    木村正秀の物だったら・・・。

    消えかけた姉に向かって僕は叫んだ。

        「お姉ちゃん!
         鎧だ!!
         木村先生の鎧!」

    姉の口元が、“え?”
    の形のまま固まる。
    そして、姉は
    完全に見えなくなった。

     ”頼む、気づいてくれ!
      そして、確かめて。
      木村正秀の鎧を。”

    尊は、身震いしながら外に出ると、
    満月に向かい、
    いつまでも祈り続けた。

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    返信先: 創作倶楽部
    年内最後の

    皆様。
    今年に入りましてから、こちらにお邪魔させて頂くようになり、
    皆様の温かい歓迎を受け、感謝の毎日です。
    来年もよろしくお願いいたします!
    では、これより本年最後の投稿を。
    編集作業で年を越してしまったら、
    笑ってやってください。

    てんころりん様
    感想有難うございます!
    来年も励みます。

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    動画が・・・

    千絵様
    若君と唯のラーメンデートの動画、
    探したのですが見つからず。
    削除されたのかもしれません。
    ごめんなさい。m(__)m
    また、どなたかがアップして
    下さるのを待つばかりです。

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    月光舞

    カマアイナ様
    何故か、前の板の編集ができないので
    (パソコンが固まってしまいます、)
    こちらに張りますね。
    https://www.youtube.com/watch?v=NtXuHPNX8gI

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    SP後半

    カマアイナ様

    後半、行きますね~、(*^^)v
    ・・・・・・・
    後半 ~若君奪還、
        そして新天地へ(再会)~

    ・唯が平成に戻って
     5か月がたったある日、
     唯は木村先生につれられて、
     忠清の墓を見に行った。
     とある寺の古文書が解読され、
     墓の発見に至ったという。
     唯は墓にすがり、小垣城で
     忠清と別れたことを悔やむ。

    ・食事もせずに部屋にこもった娘を
     心配した唯の両親は、尊に
     新しい起動スイッチの
     アイデアメモを渡す。
     二人用。そして、永禄到着は
     満月の一日前。
     行って危ない状況だったら
     すぐに帰って来られるようにという
     親心が溢れたものだ。

    ・唯はひどく落ち込んでいたが、
     ふとある事に気づく。
     別れたのは小垣城。
     でも、忠清の墓には、黒羽城で
     自害したと刻まれていた。
     木村先生から貰った古文書の
     コピーを、唯は尊に見せて頼む。
     “別れてから、黒羽で自害するまで
     半年たっている。(自害は11月)
     その間に何かがあったはず。
     一日で良い、
     忠清が自害する前の
     永禄に戻りたい。“
     尊は、無理だと拒むが、
     唯の必死な一言でひらめく。
     “私は戦国で命をかけて来た。
     あんたは、未来で仕事しろ!”
     “未来の僕?!”

    ・実験室に家族を集め、
     尊は説明を始める。
     “僕は、新しい起動スイッチの
     アイデアメモをこれからもずっと
     持っている。
     そして、未来でそれを
     完成させる。“
     尊は、そのメモに、
     “今日の日付と到着時刻”、そして、
     ”平成の自分に送る”と書き込む。
     家族全員で、目覚まし時計を
     見つめ固唾を飲む。
     カウントダウンするお父さん。
     “ゼロ”になった瞬間、
     “新しい起動スイッチ”が
     目の前に現れた。
     尊の実験室は歓喜の渦。
     そして、唯はまた、戦国へ。
     お父さんが、
     レンコンのはさみ揚げを
     渡す間すらなかった。

    ・着いたのは、黒羽から逃れた
     羽木一族が暮らす、
     野上領内の山の中。
     舞い戻った唯に対し、悪丸を含め
     足軽たちの態度は冷たい。
     粗末な建屋の中で、唯は、
     殿を始め、家老たちと対面する。
     (詮議を受ける。)
     唯は、殿に挨拶した後、
     忠清の消息を訊ねる。
     黒羽城にいるが、休む間もなく
     戦に駆り出されている事や、
     小垣城開城の様子を聞く。
     忠清が生きていると、
     一瞬は喜んだものの、
     おふくろ様から、
     心得違いも甚だしいと
     厳しく叱責され、悩む。

    ・翌朝、殿が、唯を含む一同を集め、
     殿の大叔父が治める緑合の地に
     向かう事を宣言する。
     若君を残して行くなら自害すると、
     小平太と源三郎が申し出る。
     唯がそれを止める。
     成之が相賀からの手紙を広げ、
     忠清が相賀の娘と今夜祝言をあげ、
     “相賀忠清”となる事を告げる。
     家臣たちに動揺が広がる。
     唯は一旦は諦めかけるが、
     “若君が私たちを裏切るはずがない。
     相賀の言うままになっている若君は
     若君じゃない。
     私がここに、皆の元に取り戻す。“
     と、言う。
     庭に座っていた三之助と孫四郎が
     立ち上がり、“行け!”と叫ぶ。
     “若君を我らに取り戻すのは
      お前しかおらん。”と木村、
     “さっさと走れ!”と小平太。
     “シャー!”と一声気合を入れ、
     唯は走り出す。
     悪丸や千吉たちが、
     “頼んだぞ!”と見送る。

    ・忠清は、黒羽城で
     婚礼の装束を整え、
     爺と向き合っている。
     自分が相賀の婿となり
     織田に組する事で、羽木を
     守ろうと考えているのだ。
     やがて迎えが来て、
     式場に着座すると、
     宗熊が月光舞を披露すると言い、
     ニューカマーの
     “あやめ姐さん”率いる一座を
     式場に呼び入れる。
     舞が始まり、相賀が喜んでいると、
     あやめ姐さんと入れ替わった唯が、
     白拍子姿で現れる。
     不審に思った相賀の家臣が、
     唯に切りかかろうとする。
     それを若君が止め、
     一発触発の雰囲気になる。
     爺が取り成し、
     相賀の家臣が着座した隙に、
     他の舞手に囲んでもらい、
     大きな布で若君を隠し、
     婚礼の場から連れ去る。

    ・忠清は、再会を喜ぶが、
     唯だけを逃がそうとする。
     “自分が逃げれば、織田は
     どこまでも追ってきて、
     二度と羽木を許すまい。”
     それを聞いた唯は、新しい
     起動スイッチが二人用である事、
     羽木一族は緑合の御月家へ
     向かっている事、
     相賀の目の前で、
     できるだけ派手に消えれば、
     誰も月までは追ってこない
     と説得する。
     やがて相賀の追手が近づき、
     忠清は唯の手を取り逃げようと
     するが、取り囲まれる。
     刀を振りかざし迫ってくる
     相賀の手先たちを刀の鞘で
     払って応戦する。
     唯も、でんでん丸を使って
     戦おうとするが、
     でんでん丸は壊れたままで
     使えない。
     切りかかられ、
     よけたはずみで転び、
     相賀に刀を突き付けられ
     唯は身動きできなくなる。
     相賀が唯に刀を振り上げる。
     それを鞘で払い、忠清はついに、
     相賀に向かって刀を抜く。

    ・忠清は、唯に平成へ逃げよと
     言うが唯は聞き入れない。
     いっそのこと、忠清の手で切って
     と叫ぶ。
     覚悟を決めて固く目をつぶる唯。
     すると、朝から何も食べて
     いなかった唯のお腹が、
     大きな音を立てる。
     思わず、忠清が笑う。
     “お前は、まこと、面白い。”
     忠清は、抜いた刀で、
     相賀とその家臣の“髷”を
     切り落とす。
     慌てた相賀たちの隙をつき、
     唯の手を引き、
     追手を振り払いながら、
     櫓に上がる。
     そして下から見上げる相賀に告げる。
     “妻が迎えに来たゆえ、
     月に戻らねばならぬ。”
     自分の刀を月に向かって
     投げ上げると、唯を抱き、言う。
     “唯、参るぞ”
     唯は起動スイッチを抜き、
     二人は平成へ。

    ・平成では、唯の夢だった
     “制服デート”を楽しむ。
     しばらくの間、
     平穏な生活を送るが、
     尊から、タイムマシンを
     もう一度使えば、確実に時空に
     亀裂が入ると告げられる。
     どちらで生きるか
     選択しなければならない。
     学校帰りに、黒羽城公園で
     唯は忠清を見かける。
     忠清は、唯に己の墓を
     見てきたことを告げる。
     唯は、忠清を後ろから
     抱きしめる。
     “案ずるな。
     わしはどこにも行かぬ。”
     忠清の言葉に、唯は
     “戦国に戻りましょう。”
     という。
     唯の覚悟を聞いた忠清は、
     急いで速川家に向かい、
     両親と尊の前に手をつき、
     “唯を伴い、永禄に戻りたい”と
     申し出る。

    ・満月の日、速川家では早めの
     クリスマスパーティーが開かれる。
     そして、二人は、再び永禄へ。

    ・緑の美しい山道。
     颯の前で忠清が微笑んでいる。
     唯は走り寄り、ジャンプして
     忠清の腕の中に飛び込み、
     二人は幸せを噛みしめる。

    ・・・・・

    唯が若君を取り戻す”月光舞”のURLを張りますね。

    次回か、その次の作品では、
    ハワイの日系の方のヒーローが
    登場する予定です~(*^^)v

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    ドラマ・アシガールSPの

    千絵様
    相賀役の西村さん。
    憎々しい中にも、
    とぼけた味のある演技で
    面白かったですよね。
    若君に武士の誇りの
    ”まげ”を落とされ、
    唯と忠清が消えた櫓門を、
    ”まさか、本当に月に”
    と見上げるシーンが最高でした。

    カマアイナ様
    SPの要約を書いてみました。
    沢山のエピソードが
    盛り込まれているので、
    長くなります。
    ひとまず前半部分を投稿しますね。

    おばばが、書いた”黒羽の守護神”では、
    唯は野上領内にある羽木の仮の館に、
    若君は黒羽城で相賀の囚われの身、
    しかも、翌日は、相賀の養女との
    祝言を控えている状況なので、
    残念ながら、
    再会は果たしていないんです。

    若君と唯の心が一つになって、
    お互いを”ぎゅっ”とするシーンは、
    SPの最後になります。
    このシーンは、
    唯役のゆいなちゃんの
    アイデアが取り入れられたそうで、
    名シーンです。
    演技している二人の笑顔が、
    幸せに満ち溢れていて、
    本当に素敵でした。
    ・・・・・・・・・・・・・
    アシガールSP あらすじ

    前半 ~高山の裏切りと、
        小垣城最後の夜
     (永禄での忠清と唯の別れ)~

    ・唯と忠清の祝言の五日前。
     忠清は、高山宗熊からの密書で、
     織田が高山をそそのかし、
     羽木に攻め入ろうとしている
     ことを知る。
     小垣城代、木村正秀の開戦を
     止める為、源三郎を伴い、
     小垣城へ馬を走らせる。

    ・唯は、寝間着姿のまま、
     その後を追い、
     自分も一緒に行こうとするが、
     山道で忠清に諭される。

     以下は、忠清が唯に託した事。
     殿の出陣を兄、成之と共に
     止めて欲しい。 
     織田の強大な力の前では、
     生き延びる事こそが、真の勝ち。
     羽木の者は誰一人死なせない。
     五日後の祝言までには必ず戻る。

    ・忠清が源三郎と小垣城近くに到着。
     すでに一万五千の高山・織田軍が
     小垣城を取り囲んでいる
     殿に知らせる為、
     源三郎を黒羽城に戻す。

    ・出陣しようとする殿と家老たちを、
     成之と唯が止めようとするが
     聞き入れられない。
     そこへ、源三郎が到着。
     殿は、忠清がその存念を
     唯に託した事を知り、
     唯の話を聞き出陣を取りやめる。
     黒羽城を高山兵が取り囲み、
     羽木家は、籠城戦を覚悟する。

    ・天野信茂と千原元就が
     高山の陣に夜討ちに出る。
     唯が最後の一つの“煙玉”を使い
     救出に向かうも千原が命を落とす。
     千原は唯が忠清の正室になるのを
     良く思っていなかったが、
     最後には、認める言葉を残す。

    ・“誰も死なせない。”という
     忠清の言葉を守れなかったと
     落ち込む唯に、
     おふくろ様がタイムマシンの
     起動スイッチを渡し、
     忠清の言葉を伝える。
     ”許せ。頼む。”
     ”許せ”は、唯が池に投げ入れた
     起動スイッチを探し出して
     隠していた事。
     (おふくろ様に預けていた。)
     ”頼む”は、起動スイッチを使って
     平成に逃げて欲しいという意味。

    ・唯が、朝の軍議でこの城から
     羽木家総勢で消える事を提案。
     家老たちの反対にあう中、
     如己坊と、野上家の惣領が到着。
     忠清が野上家と和平協定を
     十日前に結んでいた事、
     野上家では羽木家を迎える
     意向がある事を知り、
     殿は、城を離れる事を決意。

    ・退却準備が進む夜、
     松丸城へと去ったはずの阿湖姫が、
     黒羽城に戻り、
     成之についていくと告白。
     成之も、阿湖姫を案じつつ、
     “生き延びたあかつきには
     (結婚しよう。)”と、
     受け入れる。

    ・唯は小垣城に向かうが、
     目前で高山兵に捉えられる。
     槍で突かれる寸前、
     宗熊がそれを止める。

    ・唯は、高山の使者として
     小垣城に入り、忠清と対面。
     忠清は羽木が総勢で
     野上に向かった事を知り、
     高山に下る事を決意。

    ・唯は、忠清が切腹するのでは
     と察するが、それは口に出せない。
     黒羽城で上げるはずだった祝言を
     小垣城で上げさせて欲しいと
     懇願する。
     躊躇する忠清に、木村が、
     最後を祝い事で飾れるならば、
     この城にとって最上のはなむけ
     と進言する。
      
    ・満月の下、忠清と唯は、
     木村夫妻の立ち合いのもと、
     祝言を上げるが、
     忠清は、唯を平成に戻すことを
     決意している。

    ・唯は、祝言の喜びを胸に、
     寝所で忠清を待ちつつ、
     忠清を平成に送る為、密かに
     持ち込んだタイムマシンの
     起動スイッチを布団に隠す。
     二日眠らずに走って来た
     疲れが出て、寝落ちして
     しまいそうになる。
     眠気覚ましに倒立前転をした所に、
     忠清登場。

    ・忠清にお姫様抱っこで
     布団に運ばれるが、
     腹を決めたはずが、
     決まっておらず、
     泣き出してしまう。
     密かに思い描いていた
     平成での忠清との夢のデート
     を語る唯を、忠清は優しく
     抱きしめながら聞き、
     髪を撫でながら、眠らせる。

    ・ふと、唯が目覚めると、
     満月は空高く上がり、
     忠清はすでに着替えて、
     外廊下に座っている。
     
    ・唯が取り出そうとした
     起動スイッチは
     忠清の手の中にあり、
     忠清は、
     “唯が平成に戻れば、自分も生きる”
     と唯を説得。
     唯は忠清がいきてくれるならと、
     平成へ戻る。

    素敵なYOUTUBEがあるので、張りますね。
    皆様、お許しを!
    https://www.youtube.com/watch?v=q4Xq-p_JUDk
    この曲は、小垣城から唯が消えていくシーンで流れます。
    若君の唯への気持ちを歌った名曲です。
    英語なので、私よりも、カマアイナ様の方が
    味わい深く聞いてくださるのではないかと
    思います。

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    返信先: 創作倶楽部
    ありがとうございます!

    カマアイナ様
     お読みいただき、また、
     最大級のお褒めの言葉、
     ありがとうございます!
     起動スイッチについては、
     千絵様のご説明通りです。
     SPの中で登場します。
     未来から平成に、新しい
     起動スイッチが届いた時は、
     ”そんな、無理やりな展開”
     とか、思いつつ、凄く
     ワクワクしました。
     おばばの前の作品、
     ”満月はイブの前”に、
     尊が”未来の自分に託した、
     課題”で悩むシーンを
     ちょこっと書きましたが、
     その課題が、それに当ります。

     ”お味噌汁”は、確かに
     ”朝”のイメージですよね。
     ただ、これは、木村様が
     語り終えた後に皆で頂いた
     事になっています。
     寝る前の”ホットミルク”
     のようなものです。
     冷え切った体を皆で
     温めたとご理解ください。

    夕月かかりて様
    千絵様
    お読みいただき、
    有難うございます。

    取り急ぎ、お礼まで。

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    マスター様

    投稿した、”黒羽の守護神”を編集しましたところ、
    消えました!
    フィルターに引っかかっていましたら、
    復活させてください。
    よろしくお願いいたします。m(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    黒羽の守護神

    未来の尊が平成に送ってくれた、
    新しい起動スイッチを使い、
    唯が戦国に戻った夜の事。
    野上の領内の山中、
    今にも崩れ落ちそうな廃屋の中で、
    羽木忠高は家臣を集め、
    唯と対面した。

    “忠清が小垣城から逃した、
    ならばそれでよい。
    しかし、この苦境の中、
    この娘は、何故に戻ってきたのか。“

    “殿ご自身の眼で、お見極めを。”
    唯を正室とするか、
    考えあぐねていた時、
    そう進言した、
    天野信茂の声が蘇った。

     「木村様、あの後、
      何があったんですか?」

    唯の言葉に、木村正秀は、
    小垣城開城の朝の様子を語り始めた。

    陣に戻る為、若君の愛馬、颯に
    騎乗しようとした相賀は、
    若君を四つん這いにさせ、
    背中を踏みつけた。

    それを聞いた足軽たちは、
    声を上げて泣いた。

       「そんな!私は、ただ、
        若君が生きて
        くれればと。」

        「恥を知りなされ!」

    唯の言葉に、
    吉乃の厳しい声が、飛ぶ。

    その声を遮る様に、
    木村正秀が言葉を続けた。

     「実は、まだ、
      皆に語っておらぬ事がある。」

    正秀は、一呼吸おき、
    足軽一人一人に視線を送った。
    足軽たちは、涙をぬぐいつつ、
    身を乗り出す。

     「相賀が鞍に跨り、
      若君が立ち上がった
      その時であった。
      突然、颯が大きくいななき、
      後ろ足で立ち上がると、
      相賀を振り落としたのじゃ。」

        「おお!」

         「な、なんと!」

    足軽たちから、驚きの声が漏れた。

    ものの見事に落馬し、
    あおむけに倒れ込んだ相賀は、
    咄嗟に脇差を抜いた。
    颯はそれを後ろ足で蹴り飛ばす。
    そして、踵を返すと歯をむき出し、
    前足を振り上げ、ここぞとばかり、
    相賀の腹を踏みつけようとした。

    「まて!それまでじゃ!」

    忠清の鋭い声に、颯は向きを変え、
    相賀の体すれすれに前足を下した。

     「おおお!
      とても馬とは思えぬ。
      まるで、荒武者の様じゃ。」

    驚いた宗熊が、声を上げた。

    相賀の家臣が、太刀を抜こうとする。
    それを宗熊が制した。

    忠清は膝をつき、
    相賀を抱き起そうとする。
    背中と腰を強く打った相賀は、
    顔をゆがめながら、こう言った。

    「今、わしの首をとれば、
     勝ちはぬしのものじゃ。」

    忠清は、静かに答えた。

     「戦は、すでに
      終わっておりまする。」

    忠清は、相賀を広間に運ぶ様、
    木村に言った。
    相賀の家臣が、すぐさま駆け寄り、
    相賀の両足を抱える。
    そこへ、木村の妻女が現れ、
    案内に立った。

      「お前、戻っておったのか?」

       「私は、貴方のお側を離れる
        つもりはございませぬ。」

    妻の言葉に、木村は思わず涙ぐむ。
    妻は優しく微笑みながら、
    小袖で夫の涙をぬぐった。

    一方、忠清は、愛馬、颯にむかい、
    こう言った。

     「颯よ、お前をこれより
      黒羽城の城代とする。
      急ぎ、城に向かえ。」

    忠清が、颯の脇腹を叩く。
    颯は、首を大きく振ると、
    小垣城の大手門を抜け、
    走って行った。

    城山を駆け下り、
    戦場を走る栗毛の馬の後を、
    織田や高山の兵が追うが、
    誰も捉える事は出来なかった。

    颯は、ただひたすらに
    黒羽を目指した。
    城下に入った後も、
    その足を止めようとはせず、
    城を一巡すると、
    西側にある空堀を一気に斜めに下り、
    さらに、その倍の高さの土塁を
    駆け上る。
    馬場先門脇のやや低くなった土塀を
    ひらりと飛び超え、馬場をつっきり、
    その先にある厩門に体当たりをした。

    厩門の先は、厩が連なっている。
    そこには、まだ、
    数頭の馬が繋がれていた。

    颯がいななくと、
    他の馬も一斉に声を上げる。

    野上の領地から密かに戻り、
    馬屋の隅に身を潜めていた天野信茂は
    そのいななきを聞きつけ、
    何事かと、厩門に走った。
    隠し小窓を開け、外を覗くと、
    栗毛の馬が、荒い息を吐いている。

     「これは・・・颯ではないか!」

    信茂は、厩門を開けると、
    颯を迎え入れた。
    鞍に目をやると、書付が一枚、
    はさんであった。

     “この馬は、黒羽城の城代なり。”

    それは、まさしく、
    忠清の筆によるものだった。

       ・・・・・・・

    その後、相賀は、半月ほどで、
    立ち上がれるまでに回復した。
    小垣城で手厚い介護を受けた相賀は、
    信長に宛て、
    羽木は反旗を翻す恐れなしと、
    書状を送った。
    やがて、織田勢は、わずかの兵を残し
    今川攻めの戦場へと移動して行った。
    高山の兵も、退いていき、
    残ったのは二百程。

     「では、我が城より輿を
      運ばせますゆえ、
      それにお乗り下され。」

    宗熊の進言に従い、
    相賀は高山の輿に乗り、
    黒羽城へ入城する事になった。
    小垣城の馬に乗った若君と、
    木村正秀が先導する。
    宗熊と高山の家老、相賀の家臣が、
    輿の脇を固めた。
    その後を、百名程の織田と
    高山の兵が続く。

    青い空に浮かぶ白い雲が、
    鳥の影を映していた。
    その影が、
    一羽、また一羽と増えて行く。

    大鷹の森が見えてきた頃、
    にわかに黒い雲が立ち込め、
    湿った風が吹き抜けた。

      「これは、いけませぬ。
       一雨、来るようですな。」

    「そうじゃの。
     今宵の宿と決めた寺は、
     まだ、先じゃ。
     木村、急ぎ大鷹の宮に使いを出し、
     一夜の宿を頼んで参れ。」

    雷鳴が近づいて来た。
    神仏をも恐れぬという、
    信長の威光を借りた相賀が、
    輿に乗ったまま、大鳥居を
    くぐろうとした、まさにその時、
    輿の真上で、轟音が鳴り響き、
    鋭い閃光と共に、鳥居の手前の
    銀杏の大木が、真っ二つに割れた。

    羽木の足軽たちが、口々に叫ぶ。

       「この皐月に雷とは、
        大鷹様のお怒りじゃ!」

     「このままでは、祟られるぞ!」

    それを聞いた忠清は、
    すぐに相賀の乗った輿の後ろに回り、
    兵たちに手を上げると、
    声を張り上げた。

     「静まれ!
      大鷹の神は、
      常に我らと共におられる!
      その慈愛の雨で、
      身を清めよ!」

    忠清の言葉のすぐ後に、事実、
    大粒の雨が一行を打ち付けたが、
    怯える者は、もう誰一人いなかった。

    輿の中で身を縮め、
    様子をうかがっていた相賀は、
    それを見て唸った。

    “なんと、巧みな事よ。
    ただ一言で、兵を静める。
    忠清は、なんとしても、
    わが手の内に置かねば。”

    やがて雨が上がり、
    本殿までの長い階段を、
    木立から差し込む西日が照らした。
    相賀は、家臣に背負われ、
    その階段を昇った。

    宮司が、本殿の前で出迎える。
    巨木が立ち並ぶ深い森が、
    夕闇にその姿を隠していた。

    翌朝は、みごとな五月晴れとなった。
    一行は早朝に大鷹の宮を出立した。
    すると、その後を追うように、
    巨木の森から次々と鳥が飛び立つ。
    それらは、やがて大群となり、
    まるで黒雲の様に、
    はるか上の空を進んだ。

    一行が城下に入ると、
    あちらこちらの町筋から、
    声が上がった。

      「おお、あれは!」
        「若君様じゃ!」
       「よう御無事で!」
        「若君様のご帰還じゃ!」

    小屋で息を潜めていた物売りや、
    町家の者たちが、
    わらわらと表に出て来る。
    城下に陣取っていた高山兵が、
    押し戻そうとするが、
    黒羽城の大手門に続く道は、
    あっという間に城下の者で
    埋め尽くされた。

    遠くに
    開け放たれた大手門が見える。
    その前に、
    栗毛の馬が巨漢の武者を乗せ、
    立っている。
    武者は、威風堂々、
    鋭い眼光を放っていた。

     「あれは・・・颯?
      いや、しかし、颯は
      わししか騎乗させぬはず。」

    訝しんだ忠清が、
    後方の木村正秀を呼ぼうとした。
    すると、巨漢の武者は踵を返し、
    大手門の中へと消えてしまった。

    忠清は馬を止め、大手門を見上げた。
    そこには、大鳥が
    びっしりと止まっている。
    天野信茂が門の中から駆け寄った。

      「若君~!」

    信茂は忠清を見て声を詰まらせる。

     「爺、野上に向かったのでは
      なかったのか?」

      「どうにもこの城が気にかかり、
       引き返した次第。
       若君が、お帰りになる前に、
       盗賊どもに荒らされてはと。」

     「さようであったか。」

      「小垣より戻りました颯、
       いやその・・・城代と共に、
       昼夜の見回りを欠かさず、
       高山兵をも、一兵たりと
       城内に踏み入れさせては
       おりませぬ。」

     「ようやってくれた。
      それにしても、爺、
      何故、このように大鳥が
      集まっておるのか。」

    忠清の言葉の通り、
    大手門にとどまらず、
    城壁にも櫓にも、
    城内、ありとあらゆるところに
    大鳥が止まっていた。

    天野信茂は、ふと、
    黒羽城築城にまつわる、
    とある言い伝えを思い出した。

      「これだけの大鳥を
       目にするのは、
       この信茂も初めての事。
       思い当たるとすれば、
       幼き頃に耳にした
       昔語りが一つ。」

     「さようか。では、
      後ほど聞かせて貰おう。」

    忠清は木村を呼び、
    城開け渡しの儀のしつらえを
    申し付けた。

    式場が整い、家臣を従え、
    居丈高にやってきた相賀は、
    苦虫をかみつぶしたような顔で、
    忠清に問うた。

     「これは、羽木家の作法に
      のっとっての事であろうか。
      なれば、常とは随分と
      異なるようじゃ。
      本丸御殿ではなく、
      何故、この様な場で?」

    そこは、東門脇に作られた、
    馬出と呼ばれる曲輪であった。
    そこに陣幕が張られ、
    式場となっている。

      「城代に目通りなされば、
       ご納得頂けましょう。」

    忠清が、脇の陣幕を上げさせた。
    そこには、錦の絹の房で飾られた、
    颯が控えていた。
    颯は、相賀を見るなり、
    歯をむき出す。
    慌てた相賀が、よろめきながら、
    刀に手をかけようとした。
    すると、大鳥の大群が舞い降り
    颯の周りを取り囲んだ。
    そして、一斉に鳴きかわす。
    まるで、それは、
    武者の上げる鬨の声だ。
    それに応じるかの様に、一羽の大鷹が
    相賀の眼前に現れた。
    鋭い嘴で、相賀に向かう。
    相賀が、思わず両手で顔を覆い、
    しゃがみこむと、
    大鷹は翼をひる返し、
    颯の背の上に降り立った。
    忠清は、一瞬、そこにまた、
    鋭い眼光の巨漢の武者を
    見たように思った。

     「た、忠清殿、
      こ、これも羽木家の、
      な、習わしでござるか。」

    大鷹と大鳥の黒い大群に肝をつぶし、
    相賀の声が裏返る。
    大鷹の眼光に射すくめられ、
    腰を抜かさんばかりの有様だ。

    よほど早く、
    切り上げたかったのだろう。
    領地や領民、捕虜となっている
    羽木の兵の扱いなど、
    向後の事のほとんどを、
    忠清の申し出通りに飲み、
    気もそぞろに儀式を終えると、
    相賀は逃げる様に
    本丸御殿へと姿を消した。
    相賀は、その後もなかなか、
    落ち着きを取り戻せずにいた。
    家臣に囲まれての酒宴も
    早々に切り上げ、
    夜具にくるまったが、
    夢の中にも大鷹が現れたので
    脂汗を流しつつ朝を迎えた。

    忠清は、信茂と木村を伴い、
    異母兄の成之が使っていた
    居間に入った。
    ささやかな夕餉の後、
    信茂が語り始めた。

    羽木の初代当主が
    この地を治め始めた頃の事。
    城を築く場所を求めて、
    馬を走らせていると、
    雛の啼く声が聞こえた。
    藪の中にいたのは、
    孵ったばかりの鷹の雛だった。
    親鳥のいない間に、先に孵った雛が、
    まだ孵らない卵を巣から
    蹴り落とす事がある。
    当主は、その雛を拾い上げ、
    懐で温めてやりながら、
    屋敷に連れ帰った。
    弱っていた雛は、
    何とか命を繋ぎ、大きく育った。
    そのまま手元に置く事も出来たが、
    大空高く羽を広げる事こそ、
    鷹のあるべき姿と考えた当主は、
    雛を見つけた藪にほど近い、
    巨木の森に鷹を放した。
    それから暫くして、
    当主は遠乗りに出かけた。
    すると、目の前にあの鷹が現れ、
    馬の前を飛び始めた。
    導かれるまま檜の森を抜けると
    小高い山の頂上に着いた。
    一望のもとに領地が広がる。
    鷹は再び飛び立ち、
    少し離れた所にある、
    杉林の上を旋回すると、
    また戻ってきた。
    その杉林の近くには、
    川が流れている。
    まさに、自然の堀の様に見えた。
    当主は大いに喜び、
    鷹と共に上った檜の山に本城を、
    杉林には砦を築く事にした。
    整地の為に森や林を切り開けば、
    倒した木は、そのまま城の資材となる。
    城が完成すると、当主は、
    鷹を放した森に大鷹の宮を建て、
    祭ったのだった。

    信茂の語りは、あちらこちらに飛ぶが
    忠清は止めもせず、
    ただじっと聞き入った。

    “なれば、己が見たあの巨漢の武者は
    大鷹の化身であろうか。”

    忠清は、改めて城の名を噛みしめた。

     ”あの大鷹は、
     羽木の初代当主に成り代わり、
     城明け渡しの立ち会いに
     現れたのか。”

    忠清は、大鷹宮の方向に一礼し、
    祈りを捧げた。

    夢うつつで一夜を過ごし、
    気がつけば、
    東の空が紅に染まっている。
    ふと軒に目をやると、
    つばくらめの巣がかかっていた。
    陽が高くなれば、親鳥が巣に
    餌を運ぶ姿も見られるだろう。

     “ここにも黒い羽根の
      ものがおるとは。”

    ある日、突然現れてやがて消える。
    まるで唯の様だと、忠清は思った。

    “この戦さえなかったなら、
    わしも子を授かり、
    親鳥の様に立ち働いたやもしれぬ。”

    忠清は庭におり、
    そこに一輪咲いていた菖蒲を摘むと、
    成之が残した花瓶に、
    その花を立てた。

          ・・・・・

    「よう、語ってくれた。」

    殿が、木村正秀に声をかけた。

      「殿は、ご存じで
       あられまするか?
       大鳥の正体を。」

    「うむ。
     にわかには、信じられぬがの。
     黒羽の当主には
     確かに伝えられておる。
     戦で命を落とした者の念は、
     大鳥に宿るとな。
     黒羽の行く末を見届けたい、
     その一念で、散って行った
     武士どもが、
     城に戻ったのやもしれぬ。」

    身を切るような空気が、
    心の中まで染み入る。
    何かを振り切る様に、
    殿が言葉を継いだ。

    「だが、忠清も、
     考えたものじゃの。
     颯を城代にするとは。」

    久方ぶりに、
    殿の豪快な笑い声が響き、
    それにつられて、
    家臣からも笑い声がもれた。

    「己を振り落とした馬なれど、
     黒羽城代とあれば、
     相賀も手は出せぬ。
     役目を果たした颯も、
     見事なものじゃ。
     そして、その颯を育てた
     馬番衆も、また、あっぱれ。」

    闇の中、冷え込む庭に座り、畏まって
    聞いていた馬番足軽たちの目が、
    その一言で輝いた。

    「皆をねぎらいたいものじゃ。
     馬番衆は特にの。
     厨に何か残ってはおらぬか?」

      「味噌の汁なれば、すぐに。」

    吉乃が答える。

    「それは良い。
     大鍋で、皆にふるまえ。」

       「私も手伝います!」

    唯が、勢いよく立ち上がった。

    薄い味噌汁にはわずかばかりの
    大根の葉が浮いているだけ。
    それでも、湯気の立つ鍋を囲み、
    小さな椀で、互いに分け合う
    足軽たちの笑顔は、
    夜空の月よりも明るく輝いていた。

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    返信先: 創作倶楽部
    なんだか・・・すみませんm(__)m

    素敵な歌詞も紹介されて、ほんわりと、あたたかな雰囲気の中、
    おばば、投稿に、ちょっとビビりました・・・(;^_^A
    正座・・・
    あ、いやその、おばばの物語は、
    真っ黒けな鳥が、沢山、出まくるんですけど・・・(;^_^A
    申し訳なさすぎ・・・(;^_^A
    でも、勇気を振り絞って投稿しますね~。
    正座の後は、美しい星座を見上げてお口直ししてくださいね~(;^_^A

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    返信先: 創作倶楽部
    冬至

    レンコンも美味しいですが、
    冬至と言えばかぼちゃですね。
    永禄に、かぼちゃは
    あったんでしょうか?
    後で調べてみようかと。
    ”信長のシェフ”を読む限り、
    永禄には、日本が誇る万能調味料、
    ”醤油”はなかったそうで。。。
    何故そこにこだわるかって?
    実は、貧しく、苦しい暮らしにも、
    幸せを感じるシーンを
    書いてみたくて。

    夕月かかりて様
    ハッピーな速川家のシーン、
    楽しく読ませていただいてます。
    割り込む形になってしまって、
    ごめんなさいね。
    今夜、おばば、投稿します~。

    カマアイナ様
    SPを見ていらっしゃらないご様子なので、
    今夜、投稿予定のおばばの物語は、
    分かりにくいかもしれません。
    ごめんなさい。m(__)m
    SPは、和議を結んだはずの
    高山の裏切りから始まります。
    黒羽城は、信長の家臣、
    相賀の手に落ちます。
    おばば、ドラマには描かれなかった、
    黒羽城の明け渡しのシーンを
    書いてみました。
    ドラマの中で、
    相賀が若君の背中を踏みつける
    シーンが有るのですが、
    それが、とっても悔しくて。(;^_^A
    ちょっと、相賀を懲らしめて
    やりたくなりました。
    お読みいただけましたら、
    嬉しいです。

    ぷくぷく様
    大作、お疲れさまでした。
    宗熊の成長ぶりが、嬉しいですね。

    皆様
    投稿前のご挨拶が長くなり、、
    早、出勤の支度にとりかからなければ
    ならない時間となりました。
    では、今宵、またお邪魔いたしまする。
    (^_^)vm(__)m

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    返信先: 初書き込み掲示板
    いらっしゃいませ~!

    カマアイナ様
    はじめまして!
    つたない作品をお読みいただき、
    光栄です!
    私は、ハワイの言葉は全く
    わかりません。
    お名前の意味を教えて頂けたら、
    とても嬉しいのですが、
    如何でしょう?

    少し前に、映画”フラ・ガール”を
    見まして、感動しました。
    ジェイク・シマブクロさんの
    ウクレレの音色が、
    とても美しかったです。
    ハワイの海の波の音を
    いつか聞いてみたいです。

    まずは、”むじなそば”をどうぞ~。
    ”お揚げ”と”揚げ玉”と、大根おろしと、
    ”おかか”と”玉子”が入った、
    具沢山のおそばです。
    たっぷり召し上がってくださいね。

    投稿フォームへ

    返信先: 初書き込み掲示板
    いらっしゃいませ~

    桜と薔薇様
    はじめまして、妖怪千年おばばです。
    もののけをこよなく愛する、遊び妖怪で、主に創作倶楽部に出没しております。
    桜と薔薇・・・懐かしい響き。
    暫く前に開催された、おばばが所属しているとある舞踊団体の大会テーマと同じですね。
    おばばは、先日、アシガールの名曲、”ワイルドフラワー”をもとに、
    歌詞と振付を構成し、1曲仕上げました。
    いつか、皆様にご披露できることを夢見ています。
    では、私からは”むじなそば”を。
    ”むじなそば”はおあげと、揚げ玉、削った鰹節と、卵入りのおそばです。
    召し上がれ~。、

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    満月はイブの前 後編

    気まずい数日の後、
    約束の日曜日がやって来た。
    岩谷さんに連絡を取りたくても、
    ラインもメアドも、
    電話番号すら、交換していない。
    僕は、迷いに迷った末、
    黒羽城公園に向かった。

    “来ないかも。”

    約束の時間はもう15分過ぎている。
    その間、僕は、資料館の外の、
    入口の脇にある自販機の前で、
    コイン占いをしていた。

    ”26勝74敗。ボロ負け”

    そして、101回目。
    親指で上にはね上げた百円玉を
    取り損ね、落としてしまった。
    銀色のそれは、コロコロ転がって、
    無情にも自販機の下に潜り込んだ。
    仕方なく、僕は、両膝をついて
    自販機の下に腕を突っ込んだ。

    すると、その時、
    資料館のドアが開いて、
    誰かが、中から出て来る気配がした。
    頭の上から、声が降って来る。

      「な、何してるの?」

     「え?」

    振り向くと、そこには、
    丸い銀縁メガネの岩谷さんが
    立っていた。

      「こ、来ないと思って、
       か、帰ろうかと思っ・・・。」

     「ま、待って。中にいたの?
      いつから?
      あ、何か飲まない?
      今日は、僕がおごるよ。」

    膝をついたまま、泥だらけの手で
    100円玉を握りしめている僕を見て
    岩谷さんがクスリと笑った。

    資料館の隅の、
    小さなテーブルをはさんで、
    数学の問題をいくつか解いた後、
    僕たちは、また、ドレスの話をした。

    岩谷さんは、学校帰りに、
    問屋さんや、古着屋、
    バーゲン中のブテイックを回って、
    予算を立ててくれていた。

    僕は僕で、父さんに相談し、
    クリスマスパーティーの費用から、
    ドレスの製作費を補助してもらう事に
    成功したが、僕の貯金箱を
    空にしても、岩谷さんの予算には、
    まだ足りなかった。

     「あと、少しなんだけどなあ。
      う~ん・・・。あ、そうだ!」

    僕は、父に電話した後、岩谷さんと
    トシさんの店に向かった。

    「おお、尊君。いらっしゃい。
     おやおや、今日はデートかい?
     隅におけないねえ。」

     「あ、いや、そうじゃなくて。
      ちょっとお願いが。
      この間、予約したケーキ
      なんですけど、少し小さいのに
      変えて貰えますか?」

    「え?そりゃあ良いけどさ。何で?」

     「そ、それが、
      ちょっとした訳があって。」

    「そう言えばさ、受取日、
     イブじゃなかったよね。
     この間、お父さんが来て、
     確認してったんだ。
     なんか、特別なお客さんの為の
     パーティなんだって?
     それなのに、小さくしちゃって
     良いの?」

     「父さんがそんな事を?
      あ、いや、
      確かに豪華にしたくて、
      いつもより大きいのを
      頼んだんですけど。
      食べきれなかったら、
      勿体ないって、
      さっき父とも話して。
      それで。」

    トシさんは、さりげなく
    岩谷さんを眺めてから、こう言った。

    「じゃあさ、こうしないか?
     ケーキの大きさは、
     そのままにしてさ。
     そのかわりに、尊君が、
     イブにここを手伝うってのは?
     そこの彼女さんも
     一緒にどうですか?
     店を閉めた後には、
     お好きなケーキ、
     御馳走しますよ。」

    トシさんは、ひそひそ声で、
    僕だけに付け加えた。

    「そうすりゃ、
     イブのデート代もいらないし。」

     「あ、いや、
      そういう事じゃなくって。」

    僕が小遣いのほとんどを、
    発明につぎ込んでいるのを、
    トシさんは知っている。
    で、完璧に勘違いをしてるって訳だ。
    ケーキを小さくするのは、
    イブのデート代の為だと。

    トシさんの誤解を解こうと、
    アワアワしている僕の後ろから、
    思いがけない声が響いた。

       「わ、私で良かったら、
        ぜ、是非!」

      「え、ええー?!」

    思いがけない展開に、
    僕はますます焦った。
    そんな僕の気持ちをよそに、
    店の奥の厨房から、
    奥さんの嬉しそうな声がした。

     「助かるわ~、尊君。
      あれからまた、
      駅前のホテルの注文が入ってね。
      手が足りないのよ~。
      なんなら、今からでも、どう?」

      「い、今から?」

       「やります!
        やらせてください!!!」

    岩谷さんが、
    キッパリ、ハッキリ、引き受けた。

    “やっぱり、そこは、
    どもらないのね。”

    全くの予定外だったが、僕たちは、
    それからしばらく、
    クリスマスツリーのセッティングや、
    ケーキの予約注文の整理をして、
    店を手伝った。

    岩谷さんは、ケーキの下に敷く紙で、
    器用に雪の結晶を切り抜いて、
    奥さんとトシさんを喜ばせた。
    このシーズン中、
    カフェコーナーのケーキは、
    その切り抜きの上に載せるという。

    そんなこんなで、店を出た時には、
    二人とも数時間分のバイト料を
    手にしていた。

     「よ、良かったね、尊君。
      こ、これで、ド、ドレスの
      材料費、クリア!」

    “速川君”が、いつの間にか、
    “尊君”になっている。
    思わず、顔が赤らむ。

     「あ、いや、
      岩谷さんの分は
      ちゃんと受け取って。」

      「い、いいよ。
       そ、その代わり、
       また、教えて。
       こ、今度は、
       ぶ、ぶ、ぶ、“物理”。」

    その翌日、
    僕たちは放課後に待ち合わせ、
    ドレスの材料を買いに行った。

       ・・・・・・・

    少し早いクリスマスの
    パーティー当日。
    つまりは、満月当日。

    姉と若君は、朝早くから
    出かけて行った。

    あの姉の事だ。
    半餃子か半炒飯がつく
    ランチタイムを狙って、
    ラーメンデートをするのは確実。
    早くても帰ってくるのは
    14時半過ぎだろう。

    母は、診察室にいる。

    岩谷さんは、大きな袋と、
    小さいミシンを抱えてやって来た。
    キッチンのドアから、
    そっと家に入って貰い、
    足音を忍ばせながら、
    二階にある僕の部屋に行った。

    早速、二人で
    ドレスの仕上げに取り掛かる。
    バーゲンで買ったミニの
    キャミソールに、円形のフリルを
    縫い付けると、
    ロングドレスに早変わり。
    さらにその上に、チュールレースを
    何枚も重ねる。
    すると、透ける羽がオーロラ色に
    輝く、妖精ドレスになった。

    百円均一で買った白いシュシュを
    レースに縫い付けると、
    あっという間に袖が出来上がる。

    サテンの端切れはバラの花に。
    それをビロードのリボンにつけると、
    チョーカーになった。
    もう一つ作って、ヘッドドレスに。

    僕は、言われるままに、布を切り、
    糸を引いてギャザーを寄せる。
    それを、岩谷さんは手際よく
    形にしていく。
    まるで、ディズニー映画の
    魔法使いだ。
    感心していると、
    岩谷さんの声が飛んできた。

      「尊君、試着して!」

     「えええ?ぼ、僕が?」

      「チュ―ルのボリュームを、
       確かめたいの。
       私が着ると、
       手直しできないし。」

     「はああ???」

    暫くして、廊下から、
    父の声が聞こえた。

    「どうだ?間に合いそうか?」

    “な、何で、今? 
     わああああ・・・・!”

    止める間もなく、
    絶望的なタイミングで、
    部屋のドアが開いた。
    そして、父が目にしたのは、
    輝くウエディングドレスに身を包み、
    恥じらいの笑みを浮かべる娘・・・
    ではなく、
    ひきつりまくっている僕・・・
    だった。

    「た、たけるう???!!!」

    絶叫する父の口を、
    僕は、慌てて押えた。

       「なあに、どうしたの?」

    いつの間にか、
    診察室から戻っていた母の
    足音が聞こえる。

     「まずいよ、父さん。
      何とかしないと!」

    「あ、ああ。」

    我に返った父が、
    部屋のドアから顔だけ出して
    母に言った。

    「あ、いや、何でも無い。
     そうだ、母さん。忘れてた。
     君の大好きな、
     スパークリングワイン。
     一緒に、買いに行かないか?
     僕が銘柄を間違えたりしたら、
     がっかりだろ?」

    二人が出かけて行くのを確かめた後、
    僕は、さっきの父の様子を思い出し、
    大笑いした。
    岩谷さんも、
    お腹を押さえながら笑っている。

    笑いがやっと収まった頃、
    買っておいたサンドイッチを
    二人でつまんだ。
    岩谷さんが、念を押すように言う。

     「先にドレスの本体を
      着て貰ってから、
      腕に袖を通してあげてね。
      このデザインは、
      袖を縫い付けない所が、
      ポイントなの。
      バレエのチュチュ
      みたいでしょ?」

    「チュチュ?」

     「えっと、衣装の事。
      バレリーナの。」

    「そうなんだ。覚えとくよ。
     ありがとう。きっと、皆、喜ぶ。」

     「こちらこそ。
      尊君のお蔭で、数学の期末試験も
      なんとかなったし。
      それに・・・

    「それに?」

     「私ね。尊君の前では
      話せるみたい。
      その・・・普通に。」

    魔法使いの岩谷さんは、
    循環バスに乗り、帰って行った。
    父のレンコンのはさみ揚げを抱えて。
    別れ際に、
    彼女から渡されたポーチには、
    僕が思いつきもしなかった、
    メイク道具が入っていた。

    “ホントに、何から何まで。。。”

    お姉ちゃん、許して欲しい。
    僕の心が、この時一瞬、
    イブに飛んだのは、仕方ない。

       ・・・・・・

    空には、煌々と月が輝いていた。

    少し早いクリスマスパーティーも
    終盤になり、
    トナカイのカチューシャと
    赤い鼻を付け、
    おどけた顔で若君との
    ケーキカットを済ませた姉に向かい、
    父は、一つ、咳ばらいをしてから、
    こう言った。

    「唯、今日は、お父さんと尊から、
     特別なプレゼントがあります。
     それは、唯だけではなく、
     母さんも若君も、きっと喜んで
     くれるはずです。」

      「特別な、プレゼント?」

     「やあだ、なあに。
      私にも内緒にしてたの?」

    父は、ぎこちない笑顔で姉を呼ぶと、
    二階に上がって行った。

       「しばし、お待ちを。」

    僕は、若君と母さんに
    そう言い残し、二人に続く。

    父は、僕の部屋の前で、
    姉に目をつぶらせた。
    僕は、先に部屋に入って
    ドレスの覆いを外した。

    父に手をひかれ、部屋に入ると、
    姉は、恐る恐る目を開ける。
    そして、ゆっくりと、
    その場に座り込んだ。

       「これって・・・。
        尊とお父さんが、私に?
        夢みたい。
        綺麗・・・。」

    着付けも終わり、
    うっすらとお化粧をした姉を見て、
    父は、感無量の様だった。
    そして、自分もジャケットを羽織ると
    姉の手を取り、腕を組む。

     「さあ、行こう。
      母さんと、若君が待ってるから。
      バージンロードを娘と歩く日が、
      こんなに早く来るなんて、
      思ってなかったけど。」

    僕は、ノートパソコンに
    ダウンロードしておいた、
    ミュージックファイルを
    クリックした。

    廊下と階段に、
    メンデルスゾーンが流れる。
    それは、階下のリビングルームにも
    届いているはずだ。
    僕は、思いっきり大きな声を
    張り上げた。

       「花嫁と、その父の
        ・入・場・で~す!」

    僕は、姉のドレスの裾を持ち、
    オーケストラに併せて、
    ウエディングマーチを口ずさんだ。

     「唯!」

      「唯・・・?」

    母と、若君の驚く声が、
    姉の背中の向こうから聞こえる。
    僕は心の中で叫んだ。

    “サプライズ・大・成・功~!!!”

         ・・・・・・・・・

     「それから、それから?」

    看板の明かりを消した、
    トシさんの店の隅で、
    特製ケーキをほおばりながら、
    岩谷さんは、満月パーティの様子を
    詳しく聞きたがった。
    イブのケーキ屋は、
    滅茶苦茶忙しくて、
    疲れてはいたけれど、
    僕と岩谷さんは、
    長い間、しゃべり続けた。

    あの夜、
    家の階段を、急遽、
    バージンロードに見立てた父の事。
    母が、姉のウエディングドレス姿
    を見て、号泣した事。

    実は、その時、
    今まで知らなかった、我が家の両親の
    結婚秘話も知ったのだが、
    岩谷さんが一番興味をもったのは、
    姉がぞっこんの、親戚の子・・・
    つまりは、若君の反応だった。

    それは、僕が
    一番答えにくい事だった。

     「そ、それがさ。
      実は、そのう、何と言うか。
      信じて貰えないかも
      しれないけど。」

       「何、何?」

     「連れてった。
      姉を。
      い、一緒に。」

       「え???」

    岩谷さんは、
    クリームがたっぷりついたフォークを
    口に入れたまま、目を見開いた。

       「うっそー!ホントに?」

    なんとなく昭和な、
    岩谷さんのリアクションに、
    僕は引き気味に頷く。

       「凄~い!
        お姉さんの願いが
        叶ったのね。
        素敵~。」

    僕は、それから、岩谷さんを
    バス停に送って行った。
    バスのドアが閉まる前、
    僕は彼女から白い封筒を渡された。
    クリスマスカードだ。
    バス停の明かりの下で、
    カードの金色の星が光った。
    何気なく、その星を押した。
    ジングルベルが流れる。
    カードの隅に、何か書いてあった。
    僕は、それをスマホに打ち込むと、
    直ぐにメッセージを送った。

    何て送ったかって?
    それは、今は、内緒。

    シングルベルのリズムに乗りながら、
    自宅までの長い坂を走る。
    本屋のベンチで、缶コーヒーを
    落としたあの日の様に。

    夜空には、満天の星。
    トナカイの引くソリの跡の様な雲が、
    淡く、流れていた。

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    返信先: 創作倶楽部
    満月はイブの前 前編

    実験室で、僕は、
    でんでん丸を修理していた。
    相賀の手に落ちた黒羽城で、
    でんでん丸が使えずに、
    危うく切られかけたと、
    姉からクドクド言われたのだ。
    でも、それが、
    二人で現代に帰ってくる
    きっかけには、なったらしい。

    若君の、姉との結婚の申し出、
    というか、
    姉を戦国に連れて行くという、
    決意表明を聞いた時は、正直、
    “やっぱり、そっちか~・・・。”
    と、かなりがっかりした。

    一緒に、“若君の墓”を見に行った時、
    しゃがみこんで、墓石に刻まれた
    日付を確認した若君は顔色も変えず、
    ただ、頷いただけだった。
    でも、僕は、“黒羽城址”に案内した
    あの日より、若君の気持ちを
    読めるようになっていた。

    若君は、いつでも、自分の事より、
    ”領民と家臣と家“を第一に考える。
    その、羽木家一族が、新天地で
    新たな道を切り開こうとしていると
    知った今は、“姉にとってベスト”
    なのはどちらかと、考えるだろう。

    この時点では、若君は、
    現代で生きていく事を
    かなりの確率で覚悟して
    いたんじゃないかと思う。

    僕は、自分でも驚くほど、若君と
    一緒にいる事が楽しかったし、
    嬉しかったので、正直、二人が
    このまま、こちらの時代で暮らして
    くれる事への期待値が、
    かなり高かった。

    何よりも、そうなれば、
    “尊~!お願い!!!”
    という、姉の無茶ぶりも、
    当面は無くなるから、
    次の発明に没頭できる。

    でも、まてよ。
    もし、そうなったとして、
    若君が、自分の時代を気にかけない
    はずもなく、姉以上に、木村先生に
    張り付いて、羽木家一族に関わる
    一大事でも掘り起こしたりすれば、
    “尊、一日で良い。永禄に戻りたい。”
    なんて、言い出すかもしれない。

    ま、無茶ぶりが、姉と若君、二人に
    パワーアップする事を思えば、
    永禄で、なんとか無事に
    暮らしてくれる方が、
    僕にとっては、まだ平和
    なのかもしれなかった。

    そうだ!大変な事を忘れてた!
    未来の自分に託した二人用の
    起動スイッチは、これからの自分に
    掛かっているんだ!
    どうする、自分???
    無理!!!少なくとも今は!!!

    堂々巡りの自問自答を打ち破る様に、
    突然、実験室のドアが開いた。

    「尊、ちょっといいか?」

     「何?」

    「トシさんの店に行って、
     予約してきて欲しいんだ。
     クリスマスケーキ。」

     「は?
      電話か、ネットじゃだめなの?」

    「繋がらないんだ。
     さっきから小一時間も。
     ネット予約は、やめたらしい。
     去年、トラブルがあったそうだ。
     直前キャンセルで、入金無し。
     来店希望で、住所も登録なし
     ってやつ。」

     「ふ~ん。」

    「あ、それから、受取日は、
     わかってるよな?」

    トシさんの店は、
    駅前商店街のはずれにある。
    立地はイマイチだし、
    店は昭和のにおいがするし。
    エキナカのおしゃれな店に、
    客をとられても仕方がない。
    ただ、この店の
    ショートケーキは絶品だ。
    僕的にはアップルパイも捨てがたい。
    もう滅多に手に入らない、
    紅玉というリンゴの酸味と、
    カスタードクリームの甘さの
    バランスが絶妙なのだ。
    サックサクのパイ生地に
    チョコアイスを添えた究極の一皿を、
    ゲットできるかどうかは、いつも、
    学期末の成績表にかかっていた。

    手押しの自動ドアを開けて
    店に入ると、店主のトシさんと、
    奥さんは、何やら、大きなケーキの
    飾りつけをしていた。

      「こんにちは!」

     「あら、尊君、いらっしゃい。」

      「なんか、忙しそうですね。」

    「急に、ウエディングケーキの
     注文が入ったんだよ。」
     駅前のホテルのパティシエが、
     急病で倒れたとかで。」

     「式場の張りぼてのケーキじゃ
      嫌だって新婦が
      言ってるんですって。」

       「張りぼてって、あの、
        ケーキカットするとこだけ
        カステラの?」

      「そうそう、正しくは、
       スポンジケーキだけどね。」

     「悪いな、尊君。
      そこの、箱、取ってくれるかい?
      サンタクロースじゃない方。」

    店は、入口の脇がカフェスペースに
    なっている。
    そのテーブルの上に、
    小さな白い箱が二つあった。
    開けてみると、片方に、
    新郎新婦のミニチュア人形が
    入っていた。

    僕は、その箱をそっと持ち上げると、
    店主のトシさんに渡した。
    人形の衣装の白いレースを
    広げながら、奥さんが言う。

     「あら、かわいい。
      私もこんなドレス、
      着てみたかったわ~。」

    クリスマスケーキの予約を済ませ、
    店を出た僕は、自分でも、何故か
    良く分からないまま、気が付けば、
    駅前のホテルの前にいた。
    ホテルのドアが、
    僕を誘い込む様に開く。

    ロビーの横に、
    パンフレットが置いてあった。
    花嫁姿のモデルの笑顔が目に留まる。

    “永禄で、祝言は済ませたって
    言ってたけど、お姉ちゃんも、
    もしかして、こういうの、
    着てみたいのかな。“

    パンフレットに見入っている僕に
    気づいたフロントの女性が、
    声をかけてきた。

     「御婚礼受付を、御案内
      致しましょうか?」

      「あ、いや、いいです。」

    僕はパンプレットを握りしめたまま、
    ホテルを飛び出した。

    本屋の前を通りかかると、
    女性向けの結婚情報誌の
    ポスターが目についた。
    店に入って、棚を覗くと、
    アイドル雑誌の最新刊を
    手にしながら、制服姿のJK達が、
    女子会トークで盛り上がっている。

    ここで、もし、僕が結婚情報誌に
    手をのばしたら、確実に、
    “ヤバイヤツ”と思われるだろう。

    僕は本屋の前にあるベンチに座り、
    トシさんから貰った、予約サービスの
    缶コーヒーのプルタブを開けた。

    “今度の満月の夜、
     若君とお姉ちゃんが永禄に
     飛んだら、もう会えないんだな。”

    数日後に控えている別れを想って、
    僕は、急にしんみりした。

    コーヒーはまだ、
    ほんのり温かかった。
    僕は両手で缶を包み込んだ。
    ぬくもりを少しでも
    留めておきたかった。

    突然、冷たい風が、横に置いた
    パンフレットを吹き飛ばした。

    慌てて立ち上がった弾みに、
    缶を落とした。
    飲みかけのコーヒーが道路に飛び散り
    缶が、パンフレット追いかけるように
    転がって行く。
    向こうから歩いて来た人が立ち止まり、
    その両方を拾い上げた。

     「あ!す、すいません。」

    「は、速川・・・君?」

     「えっ???」

    ”だ、誰?・・・知らないし・・・
     こんな・・・美人。”

    直ぐには、気づかなかった。
    そこに立っていたのは、
    同じクラスの女子だった。
    いつもは、長い髪で顔を半分隠し、
    どう考えても似合うとは思えない、
    古臭い銀縁の丸眼鏡を掛け、
    教室の隅で本を読んでいる。

    ところが、今、
    目の前にいる彼女は、
    髪をアップにして、
    キラキラの髪飾りを付け、
    淡いクリーム色のワンピースに、
    柔らかそうな白いコートを
    羽織っている。
    足元は、リボンを足首に巻いた
    ハイヒール。
    襟元はふわふわの毛皮。
    もちろん、あのメガネは無し。
    唇は、うっすらピンク色だ。

    「も、もしかして、
     お岩・・・じゃなくて、
     い、岩谷・・・さん?」

    答える代わりに、
    彼女はにっこりと微笑むと、
    風に飛ばされたパンフレットを
    差し出した。
    僕は、慌ててそれを受け取る。
    岩谷さんは、
    僕の落としたコーヒー缶を、
    本屋の横にある、
    空き缶回収BOXに入れると、
    財布を取りだし、
    自販機に硬貨を入れた。

    「は、はい。ま、まだ、
     の、飲みかけだったんでしょう?」

     “どもる所は、
      いつもと変わらないんだ。”

    僕は、ちょっとほっとした。

    「ありがとう。
     あ、今、お金を。」

    差し出されたアツアツの
    コーヒー缶を受け取ると、
    ジーンズのポケットを探る。

     「あ、あれ?」

    “すっかり忘れてた!自分の財布、
     持ってこなかったんだ。“

    父から預かった、ケーキの代金の
    入った紙袋だけ、ダッフルコートの
    内ポケットに突っ込んで、そのまま、
    出て来たのだった。

     「ごめん。。。」

    「き、気にしないで。
     わ、私が勝手に、
     か、買ったんだから。」

     「でも、悪いよ。それじゃあ。
      ああ、そうだ。
      明日、売店で買って返すよ。
      昼休みに。
      コーヒーで良い?
      それとも何か、別のにする?」

    「え?ええっと。
     な、何が、あ、あるんだっけ?
     あ、あんまり、い、行った事が、
     な、無くって。」

     「じゃあ・・・一緒に行く?」

    「う、うん。い、一緒に行く。」

    自分で誘っておきながら、
    僕は急に照れ臭くなった。

    「あ、あのう・・・。
     き、聞いてもいい?」

     「ん?」

    「そ、それ、どうして?」

     「え、ああ・・・これ?」

    “何て言おう?アヤシイヤツと
     思われても困るし。”

     「実はさ、
      ウエディングドレスって、
      どんなのかなって思って。
      あ、いや、その。
      ちょっとした、訳があって。
      高いんだろうね。
      レンタルするの。
      どのくらいするか知ってる?」

    「え、ええっと。
     お、お母さんの話では、
     か、かなりするみたい。
     じ、実は、今日、従妹の
     け、結婚式だったの。
     え、駅前の、そのホテルで。」

     「そ、そうなんだ。
      やっぱり、無理か。」

    「無理って、まさか、速川君、
     そういう趣味が?!」

    “そこは、どもらないんだね。”
    と、僕は思った。

    岩谷さんが、
    みるみるうちに怯えた目になる。

    “マジヤバイ!このままじゃ、
     僕は、明日から確実に、
     クラス中から“ヘンタイ”目線を
     投げつけられる。“

     「え、あ、いや。違うんだ。
      じ、実は今、
      し、親戚が家に来ててさ。
      近々、遠くに移住することに
      なったとかで。
      当分、会えなくなるんだよね。
      姉が、その親戚の子に、
      ぞっこんでさ。
      せめて、思い出に、
      ウエディングドレス姿で、
      その子と写真をとって
      あげようかな、なんてさ。
      プリクラなら、
      そんなの簡単だろうけど。
      なんか、もうちょっと、リアルに
      してやりたいなって。」

    「そ、そうなんだ。
     な、なんか、意外。
     は、速川君、
     お、お姉さん思いなのね。」

    怯えていた岩谷さんの目が、和む。

     「そうなんだ。
      急に思いついてさ。
      自分でも、驚いてる。
      でも、凄く高そうだから、
      無理かな。」

    「ま、まずは、お、お母さんに
     相談してみたら?
     お、お母さんも、お、お姉さんの
     気持ちを分かってるなら、
     き、協力してくれるんじゃない?
     む、娘の花嫁姿を、
     い、一番見たいのは、
     お、お母さんじゃないかな。」

     「そうかもね。
      でも、だからこそ余計に、
      母さんにも内緒にしたいんだ。」

    「か、家族中に、
     サプライズって事?」

     「うん。できれば。」

    「で、でも、
     サプライズを成功させるには、
     ひ、一人くらいは、
     手伝ってくれる人がいないと、
     う、上手く行かないんじゃない?」

     「そ、そうだね。
      じゃあ、父さんがいいかな。
      帰って、相談してみるよ。」

    「う、う、うん。
     わ、私も考えてみる。」

    循環バスで帰るという岩谷さんを、
    僕は、バス停で見送った

    “今まで、話したことなかったけど、。
    なんか、楽しかったな。
    それに、き、きれいだし。。。“

    突然、バスに乗る岩谷さんの
    後ろ姿が浮かんで、
    何故か、耳まで赤くなった。

    足首に結ばれたリボンが、
    瞼にちらつく。

    気が付くと、僕は、走っていた。
    自宅までの、長い坂を。

       ・・・・・・

    翌日、僕は、学校の売店の外の階段で、
    岩谷さんを待っていた。
    岩谷さんは、密かに、
    “お岩”さんと呼ばれている。
    もっとも、古臭い日本の“怪談”を
    知らない奴らには、“何それ?”
    のレベルだし、彼女がクラスで
    注目を集めるのは、
    地味な“古文”の、試験問題が
    返されるとき位だ。

    それでも、1年の時、半年以上、
    通学せずに引きこもっていた
    自分に比べれば、知名度は上だった。

    「ご、ごめん、お、お待たせ~!」

    やっぱり、昨日は別人だったんじゃ
    ないかと思うほど、今日の岩谷さんは
    いつもの“お岩さん”だ。
    なのに、声だけは、
    昨日の“岩谷さん”だった。

    ”なんか、妙に、はじけてる?”

    昨日の缶コーヒー代しか
    渡してないはずなのに、
    岩谷さんは、何故かプリンを
    二つ持って戻ってきた。
    その一つを渡され、僕は戸惑った。

     「あ、ああ。僕の分とか、
      良かったのに。
      足りなかっただろ?お金。」

    「い、いいの。」

     「良くないよ。
      足りない分、今・・・」

    「じ、じ、じ、じゃあ、
     その代わり、こ、こ、今度、
     す、数学の、か、課題、教えて。
     に、に、苦手で。
     び、微分とか。。。」

     「いい・・・けど。」

    「ホントに?」

    “そこは、どもらないんだ。”

    僕は、思わず笑ってしまった。

     「じゃあ、今度の日曜日、
      黒羽城公園の資料館に行く?
      あそこなら、ここの生徒は
      ほとんど来ないし。
      教室で教えて、
      誰かに何か言われたら、
      メンドクサイだろ?」

    「う、う、う、うん。」

     「嫌・・・なの?」

    「う、う、ううん。行く。」

    僕は、また、笑った。

     「そうだ、昨日の話なんだけど。
      ドレスを借りるのは、
      やっぱり無理みたいだ。
      うちの父、実は、専業主夫でさ。
      つまりは、無収入。
      コツコツ貯めたヘソクリも、
      この間、庭にピザ窯作って、
      使っちゃったって。」

    「そ、そうなんだ。ピ、ピザ窯・・・
     す、すごいね。お父さん。
     で、でも、な、なんか、
     ざ、残念。」

     「仕方ないよ。
      クリスマスケーキで、
      ケーキカット位はできるさ。」

    「そ、そう。。。
     そ、それも、す、素敵。
     で、で、でも、でもね。
     ゆ、ゆうべ、書いてみたの。
     ド、ドレスの、デ、デザイン。
     み、見てくれる?」

     「え???」

    岩谷さんは、小脇に抱えていた
    ノートを取り出し、ページをめくると
    遠慮がちに差し出す。

    そこには、
    ふわふわのレースに包まれた、
    妖精の様な花嫁さんが描かれていた。

     「かわいい。
      上手なんだね。イラスト。」

    「あ、ありがとう。
     そ、それなら、何とか
     作れる・・・かも。」

    「えっ?
     作れる?これを?
     岩谷さんが?ホントに?」

    僕は驚いて、そのイラストと、
    岩谷さんを何度も何度も交互に見た。

    岩谷さんは、大きくうなずいた。

     「私、衣装係なの。演劇部の!」

    岩谷さんは前髪をかき上げて
    微笑んだ。
    僕は思わず声に出してしまった。

    「そこは、どもらないんだ。」

    岩谷さんは、口を両手で抑えると、
    走って行ってしまった。

    「あ、待って!ご、ごめん!
     そうじゃな・・・」

    慌てて追いかけようとしたが、
    階段を踏み外し、僕は、
    したたか腰を打って転んだ。

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    返信先: 創作倶楽部
    もうすぐ12月

    12月といえば、思い浮かべるのは、
    やはり、SPですよね。
    緊張感あふれる立ち回りのシーンから
    速川家でのパーティシーンへの流れが
    とっても楽しかったですね。
    閨のシーンで、唯が願った若君との
    デートも実現して、見ている方も
    ウキウキ気分を分けて貰った様に
    思いました。

    でも、きっと多くの皆さんが
    思ったんじゃないでしょうか?
    もしかしたら、唯ママが一番、
    唯ちゃんの花嫁姿を
    見たいんじゃないかって。

    夕月かかりて様は、写真館での
    家族写真と言う形に
    されるようですね。素敵です~。
    速川家の幸せいっぱいな笑顔が、
    目に見えるようです。(^_^)v

    私も実は、唯ママに
    唯の花嫁姿を見て欲しくて、
    暫く前から、その物語の構想を
    練ってました。

    12月に入る前に仕上げたいと
    思っていまして、昨日、なんとか
    かき上げました。
    これから、投稿します~。

    夕月かかりて様のストーリーと、
    かぶる所があるとは思いますが、
    お許しくださいね~。

    ご一読頂けましたら、
    嬉しいです~(*^^)vm(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    デビューおめでとうございます!

    夕月かかりて様
    デビューおめでとうございます!

    ぷくぷく様
    猪熊君の物語、ついに投稿ですね。
    楽しみにしてました。
    途中で割り込む形になるので、
    書き込むのを迷ったのですが、
    忘れないうちにと思いまして。

    お二人の作品に共通する、唯
    と若君のラブラブなシーンを
    読ませて頂いて、思い出した動画があります。
    ユーザーエリアの掲示板にURLを
    張りましたので宜しければご覧ください。

    では、では、お二人の次の投稿を
    楽しみにしています。

    梅とパイン様の作品も
    楽しかったです~。

    有難うございます!

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    てんころりん様

    いつも感想をありがとうございます。
    m(__)m
    前に書いて頂いた感想を拝見し、、
     ”小平次”も良かったな~”
    と思っていました。(^_^)v
    原作の10巻には、
    SPのラストシーンを彷彿とさせる
    場面も描かれていますね。

    今、”十三夜”の後の物語の
    構想を練っています。

    高山と武田、両軍に取り囲まれた、
    小垣城に若君がどのように入ったのか
    その謎ときをしようかと。
    それに、ふきちゃんがどう関わるのか、
    楽しみにしていてください。(^_^)v

    では、しばし、お時間を!

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    ありがとうございます!

    早速のご対応、ありがとうございます!

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    度々申し訳ございません

    マスター様
    先ほど、”十三夜 結びの段”を投稿し、
    編集して再送信しようとしましたら、消えました。汗
    もし、可能でしたら、復活させて頂きたく、
    よろしくお願いいたします。m(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    十三夜 結びの段

    居間で眠りこけている信茂を、
    当主の天野信近が揺り起こした。

    「父上、ここで居眠りをされては、
     風邪を召されますぞ。」

     「ん・・・ううん。」

    「祭りの酒が、まわりましたか。」

     「お、おう。
      ちと飲み過ぎたかのう。」

    そこへ、長男、小平太が狩衣姿で
    やって来た。

      「ただ今 戻りました。」

    「おお、小平太。よう戻った、
     して首尾は?」

      「それが、そのう・・・」

     「首尾とな?な、何の事じゃ?」

      「は?」

    「は?」

    信近と小平太が、顔を見合わせる。

    「何を寝ぼけておられるのです。
     鈴鳴八幡の流鏑馬に
     決まっておりましょう。」

     「おお、そうじゃった。
      で、如何じゃった?」

      「そ、それが、
       まことに面目ない事に、
       勝ちは鐘ヶ江殿でござる。」

     「なんと、
      此度も鐘ヶ江の巴御前か?
      二度もしてやられるとは
      情けない。
      で、小次郎は?
      まだ戻らぬのか?」

      「は?」

    「は?」

    また、信近と小平太が、
    顔を見合わせる。

    「小平太、着替えて参れ。
     それから、誰ぞに、
     濃いめの茶を持たせよ。」

       「は、直ぐに。」

    信近は、信茂の顔を
    しげしげと覗き込む。

    「夢でも、見て
     おられたのですか?
     小次郎は、とうに・・・」

    「戻っておるのか?
     では、早うこれへ。
     二の姫との話も進めねば。」

    「はあ?
     ですから、父上、小次郎は・・・」

      「茶をお持ちしました。」

    信茂の様子を案じた小平太が、
    自ら茶を運んできた。

      「爺様、鐘ヶ江殿の、
       流鏑馬披露は、此度が初の事。
       決戦に持ち込みましたが、
       一心同体の見事な馬さばき、
       寸分もぶれぬ矢で、
       全て見事に射抜かれました。」

     「此度が初・・・とな?
      して、小次郎は?」

      「ご存じだったのですか?
       小次郎殿の事を?
       小次郎殿も、決戦に
       臨まれましたが、かろうじて、
       私が一枚上となりました。」

     「さ、さようであろう。
      わしは、
      夢など見ておらぬわ。」

    信近が、小平太になにやら囁く。
    それを聞いた小平太が、
    信茂に茶を進めながら、
    つとめて穏やかに言った。

       「爺様、小次郎殿と言うは、
        佐々小次郎殿。
        鈴鳴八幡の禰宜殿の、
        遠い縁者に当たられるとか。
        ゆえあって、射手を辞退した
        源三郎の代役として、
        禰宜殿が、弓の上手を
        呼ばれたのです。」

     「な、なんと。」

    「我が家の小次郎も、存命であれば
     元服も済み、
     流鏑馬も披露できる年頃。
     八幡大神が、父上に、
     夢で会わせて下されたのでは。」

     「夢で・・・とな?
      う、ううむ・・・。
      さよう・・・か。
      さようであったの、
      我が孫の小次郎は、
      すでに・・・」

    信茂は、渋い茶を飲み終えると、
    夜空の月を振り仰いだ。

    百本の矢を的に当て、
    額に汗を浮かべたまま、
    晴れやかに微笑んだ、
    小次郎の顔が浮かぶ。

     「信近、夢の中の小次郎は、
      瓜二つじゃった。
      ぬしの若き頃にの。」

    信茂の声に、信近も月を見上げた。
    つられて小平太も月をみて、
    こう言った。

      「思い出したことが・・・。
       確か、小次郎が
       亡くなる前に、書いた文が
       あったはず。
       文箱を探して参ります。」

      ・・・・・・・・・・・・・

    それから、間もなくの事。
    城内がにわかに慌ただしくなった。
    高山に送り込んでいた間者が、
    知らせて来たのだ。
    密かに高山が、小垣に攻め入る
    準備をしていると。

    城主、羽木忠高は、惣領の忠清を伴い
    小垣の近くに馬を走らせた。
    田にはまだ、
    刈り取られていない稲が残っている。

    「いよいよ、お前も初陣となろう。」

     「望む所にござりまする。」

    「頼もしい事じゃ。
     だが、忠清、将と言うものは、
     相手に深手は負わせても、
     深追いはならぬ。
     手柄を上げようと逸る家臣を、
     押さえるのも、将の役目ぞ。」

     「心得ました。」

    「それと、もう一つ。
     戦場は選ばねばならぬ。
     刈り入れ前の田を踏み荒らすは、
     己の首を絞めるのと同じじゃ。
     戦の前には、必ず、おなごと童は、
     村の世話役や庄屋の元に集めよ。
     村の者は、おなごも童も
     大切な働き手じゃ。」

     「童も働き手。。。」

    忠高は、深くため息をつく。

     「如何なされたのですか?」

    「忠清。心せよ。
     ぬしの代には、村の者にも、
     城下の物売りの者にも、
     皆、武芸を仕込まねば
     ならぬやもしれぬ。」

     「皆?それは何ゆえに?」

    「都の将軍の力が弱まっておる。
     荒れた時代が来る事になろう。」

    忠清は、父の横顔を見つめた。
    “父上は、常に時代を
    読んでおられる。見習わねば。”

    秋風が、稲穂を波打たせている。

    「おお、そうじゃ。松枝村の
     すすきが原へも参ろう。」

     「すすきが原?」

    「お前は、覚えておらぬのか?
     あれには、まこと、
     皆が肝をつぶしたものじゃ。」

    忠高は、幼い日の忠清を思い出し、
    高らかに笑った。
    忠清は、訝しみながらも、
    馬を進める。

    草原に出ると、忠清は、
    なぜか懐かしい思いにとらわれた。

    吹雪が首を上げ、小さくいななく。
    忠清は思い出した。
    “そうじゃ。ここは・・・”

    「父上、しばし、吹雪を
     走らせて参りまする。」

    忠高は黙って、うなずいた。

    7年前の十三夜の事だった。
    忠清とまさに同じ日に生まれた
    白馬、吹雪は、
    鈴鳴八幡に奉納されるはずだった。
    吹雪は、何事かを察したように、
    数日前から落ち着かず、
    馬番をてこずらせた。
    その日、空が白み始めた頃、
    忠清は、一人、部屋を抜け出すと、
    厩に向かった。
    馬番は吹雪の毛並みを整えていた。
    気持ちが良いのか、さすがに
    吹雪もおとなしくしている。
    馬番よりも早く、忠清の気配に
    気づいた吹雪が、首を伸ばす。

     「こ、これは、若君様。」

    「吹雪と別れを惜しみたい。
     しばし、外してくれぬか。。」

     「恐れながら、吹雪は、今、
      気が荒れておりまする。
      若君様に何事かありましては。」

    「これでもか?」

    吹雪は、若君の胸に頭をつけ、
    甘えている。
    馬番は、飼葉を取りに
    行くことにした。

    「吹雪、案ずるな。
     お前はどこにもやらぬ。」

    厩の柵につないだ縄を解くと、
    吹雪は、前足を折って屈んだ。
    忠清は、水桶の淵に足をかけ、
    すばやく吹雪の背に乗り、厩を出た。
    吹雪を鈴鳴神社に送る為に、
    早々と開いていた厩門を
    一気に駆け抜けると、
    黒羽城から一番遠い、
    国境の小垣城を目指した。

    すすきが揺れる草原を、
    吹雪と共に駆け抜ける。
    まるで、一陣の風の様に。

    小垣城では、城代の木村が
    陽の落ちた空に浮かぶ一番星を
    見上げていた。
    そこへ、門番が突然、
    若君の来訪を知らせて来た。
    何事かと、木村が自ら迎えに出る。
    そこで、目にしたものは、
    鞍もつけずに白馬に跨り、
    満面の笑みを浮かべている、
    幼い忠清の姿だった。

    「正秀、思い立って月見に参った。
     今宵は小垣で過ごすと、
     黒羽に使いを頼む。」

    木村正秀は、驚きのあまり
    危うく腰を抜かす所だった。

    “天賦の才とはこの事か。
    わずか六才で供も連れず、
    馬を操り、駆けて来るとは。”

    空は、あの日の様に青く澄んでいる。
    白い雲の下に、小垣城を認めると、
    忠清は、手綱を引いた。

    「吹雪、今日はここまでじゃ。
     お前との思い出の地、
     何としても守ろうぞ。」

    ひと月後、忠清は初陣を飾った。
    家臣はいつにも増して士気高く、
    忠清の周りを固め、
    高山軍は、攻め込んだことを
    悔やむ様に、退いていった。

       ・・・・・・・・・・・・・

     「天野殿も参られたのですか。」

    鈴鳴八幡の大社で、信茂は
    鐘ヶ江久政に声をかけられた。

    「やや、これは鐘ヶ江殿。」

      「せっかくの事です。
       こちらでしばし、
       ゆるりとされては如何?」

    禰宜の言葉に、
    天野信茂と鐘ヶ江久政は、
    大社から渡り廊下で続く建屋に入った。
    巫女が、お神酒を運んで来る。

    信茂も久政も、
    此度の勝ち戦のお礼参りに、
    来たのだった。

    信茂にとっては、大切な
    若君の初陣でもあったので、
    格別な喜びであった。

    「鐘ヶ江殿、伺いましたぞ。
     二の姫殿が、見事な流鏑馬を
     御披露されたと。」

    「お恥ずかしい限りでござる。
     あれには、いつも冷や汗を
     かかされましてな。
     こちらの禰宜殿が
     お許し下さったから良いものの。」

    「まこと。頼もしきおなごじゃ。
     実は、あの日、
     わしは夢を見ましてのう。」

    ほろ酔い気分で、
    信茂は夢の子細を語った。

    「先日、我が孫、小次郎が
     亡くなる直前に書いた文が
     見つかりました。
     二の姫殿に宛てた文でしてな。
     兄の小平太から
     二の姫殿のお噂を伺って、
     密かに憧れておった様で。
     この病が癒えたら、
     弓の指南をお願いしたいと。」

     「さような事が。
      なんとも、不思議な事じゃ。」

      「実は、天野殿。
       射手を務めた佐々小次郎は、
       此度の戦の間、
       こちらにとどまり、
       この八幡宮の警護に
       当たっておりましたが。」

    禰宜は、一呼吸おいて言葉を続けた。

      「只今、二の姫殿との縁談を
       進めておりまして。」

    「な、なんと。
     それはまことでござるか?」

     「まことでござる。のう、天野殿、
      これも八幡大神が下さった
      御縁やもしれぬ。
      無事、婚礼と成りました折には、
      是非ともお立ち合い下され。」

    巫女が、禰宜を呼びに来た。
    他にも、玉串を捧げに来たものが
    あるらしい。

    鐘ヶ江久政は、
    禰宜が退出するのを見届けると、
    信茂の耳元で、声を潜め、
    何事かを打ち明けた。

    信茂は、驚きを隠せなかったが、
    咳ばらいを一つすると、
    おもむろに立ち上がった。

    「では、その儀は、いずれまた。」

    信茂は、ふと思い立ち、
    境内の裏手に回った。
    そこには、
    吹雪の代わりに奉納された、
    新月の厩がある。
    新月は、吹雪と同じ年に生まれたが、
    こちらは、漆黒の毛並みを持つ。
    性格は穏やかで、
    斎王行列の先頭を飾る馬として、
    申し分が無い。
    戦には向かぬかと思えたが、
    此度は、甲冑姿の守り人を背に乗せ、
    大社の鳥居の前に立ちはだかり、
    動じなかったと禰宜から聞いた。

    「お前も、ようやったの。」

    信茂は、新月に優しく声を掛けた。
    まるで、今は亡き小次郎に
    語りかける様に。
    紫に変わる雲の上に、晩秋の陽の光が
    うっすらと残っていた。

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    返信先: 創作倶楽部
    ”十三夜” タイトル変更

    原作ファンの皆様、ごめんなさい。
    10巻を読み直した所、天野家次男は、
    10才にならないうちに
    病死とありました。
    ”十三夜”は、漫画版を想定してます。
    そこで、今までの”上、中、下の段”
    を”序、早、急の段”と訂正しました。
    これから、”結びの段”を投稿します。

    10巻の原作者のあとがきを拝見。
    ドラマのSP終了後、漫画も終了予定
    だったんですね。ドラマと原作が、
    本当に良い関係で、原作の続投に
    つながったのかと、感動しました。
    これも、先輩アシラバ様達の
    お蔭ですね。
    ありがとうございます!

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    マスター様

    す、すみません。
    移動のお願いは取り下げます。
    アシガール掲示板のno.2400は、移動せずに
    そのままにしておいてください。
    m(__)m

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    返信先: アシガール掲示板
    てんころりん様

    早速のご案内、ありがとうございます。
    テンコロリン様、凄い行動力ですね!
    HPや掲示板の再公開は、息の長い活動が必要かと。
    そこで、管理人様と皆様にご提案がひとつ。
    公式掲示板の”ミラー版”をこちらに作っていただけないものかと。
    こちらに集っていらっしゃる方々が、
    ご自身の投稿の内容を保存されているのでしたら、
    それを任意で、その”ミラー版”に投稿して頂ければ、拝見できますし。
    如何でしょう?
    最も、その際には、あくまで、ご自身が投稿されたものに
    限られるとはおもいます。

    投稿フォームへ

    返信先: アシガール掲示板
    てんころりん様

    希望を繋げるコメントありがとうございます。
    ただ、現時点では、おばばの”心配”は別のところにあります。
    おばばは、今年の再放送でアシラバになったのですが、
    その際には、すでにそのことをNHK公式に伝えるすべがありませんでした。
    ”コロナ禍”で、ドラマの収録もままならず、人気番組の再放送となったのは、まったく業界を知らないおばばにも想像はつきます。
    局内で、何を”再放送”するかも、検討されたでしょう。
    その状況の中で、押して下さったスタッフが、今、局内でどのような状況に置かれていらっしゃるのか、おばばは、その方たちの立場や心情を考えてしまいます。
    伝わらないかもしれませんが、多くの名作がある中で、SPを含め、アシガール、の再再再々?放送
    を決断して下さったNHKの皆様、本当にありがとうと伝えたいです。

    投稿フォームへ

    返信先: 出演者情報板
    個人と”作品”

    NHKドラマのサイトを見ました。
    ”十二単の・・・”の上演決定の記事を見ました。
    そして、沢山の記事も読みました。

    一つだけ、彼の役者としての姿勢が
    書かれているものを見つけました。
    コピーはしなかったので、若干、
    表現が違っているかもしれませんが、
    書かせて下さい。
    「若手は、主役を食おうとする事が
     あるが、彼は、自分の役どころを
     理解し、立ち位置を把握する
     能力に優れている。
     映画○○でも、見事に
     主役を引き立てる演技をしていた。」

    個人と”役”、
    個人と”作品”
    切り分けは難しいです。
    事故の重大さを伝えつつ、
    それを煽ることなく、
    役に取り組む真摯な姿も
    伝えてくれた記事と記者に
    感謝したいです。

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    十五夜と十三夜

    こんばんは!
    先日、帰宅途中に、
    大変美しい三日月を見ました。
    昔、母が、十五夜にお供え物を
    したら、十三夜も必ずするものだと
    言っていたのを思い出しました。
    母は、お団子ではなく、
    お饅頭を供えていました。
    十五夜には15個。
    十三夜には13個。
    ススキは、稲穂の代わりの様ですね。
    団子は、里芋に見立てたものだとか。

    唯ちゃんを十五夜に例えると、
    ふきちゃんは十三夜かなと。
    そんな気がして、物語を書きました。
    黒羽城に呼ばれた後の事も、
    書きたかったのですが、
    あまりにも長くなってしまうので、
    それはまた、別の機会に。

    てんころりん様
    感想有難うございます!
    楽しんで頂けたようで、
    嬉しいです。(^_^)v
    続編もまた書いてみますね。

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    ぷくぷく様

    感想、有難うございます!
    漫画の様に感じて頂けたなんて
    感激です!
    天野家次男の名前は、
    今年、健太郎氏が演じるはずだった
    役名から頂きました。
    ”巌流島”いつか上演できる日が
    来ると良いですね。
    ぷくぷくさんの投稿も、
    是非、また読ませてくださいね。
    ラブラブなシーンがお得意で、
    羨ましい~。(*^^)v

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    十三夜 急の段

    屋敷に戻る道すがら、つるは探る様に
    ふきに話しかけた。

      「ふき様、
       ようございましたなあ。
       お母様にお会いになれて。」

     「これも、
      二の姫様のおかげじゃの。」

    ”これまで、二の姫様は、ふき様に
    全く関心の無いご様子だったのに。”

    つるは、二の姫の心遣いに、
    ふきよりも驚いていた。

      「先ほど、
       お手にされていた物は?」

     「手に?
      ああ、あれは、七つの頃の、
      十三夜の約束の。」

      「お約束?」

    鐘ヶ江の家に引き取られた
    翌年から、弥五郎はふきの母に、
    みみずくを届けるようになった。
    もしや、ふきが戻って来ては
    いないかと、思いつつ。
    母は、鈴鳴八幡の祭りの日に、
    森のはずれの鬼子母神にお参りし
    そのみみずくを納めていたのだ。
    娘の無事を願って。

      「そのような事が。」

     「持ち帰ろうかと思いもしたが。
      此度も納めてもらう事にした。」

    つるは、ほっと胸をなでおろした。
    ふきに里心が付いて、村に帰りたいと
    泣くのではないかと案じたのだ。

    ふきは、思った。
    “あのみみずくを受け取っていたら、
    この夢から覚めたやもしれぬ。”

    だが、今のふきは、もう少し
    夢にとどまっていたかった。
    そう、黒羽城の若君様に、
    一目会えるその日まで。

     ・・・・・・・・

    若君の部屋から戻る途中、
    天野信茂は、千原元次に出くわした。

    「隠居の身で、若君様に日参とは
     忠義な事じゃの。」

     「にゃ、にゃにおう。
      未だ隠居もできぬ、ぬしに
      言われる筋合いではなかろう。」

    「ふん。
     大殿のお言葉があっての事じゃ。
     まだこの元次が退くには早いとな。
     此度の鈴鳴八幡の流鏑馬では、
     ぬしの孫殿は、揃いも揃って、
     鐘ヶ江にしてやられたとか。」

     「か、勝ちを譲ったまでの事よ。
      初披露の、しかも、おなごに
      本気で向かうほど、
      無粋に躾てはおらぬ。
      ぬしの方こそ、その二の姫から、
      斎王役を譲られたと聞いたが?
      今頃は、
      良縁が舞い込んでおろうの。
      ぬしの縁者の、斎王殿に。」

    「何を言う。
     鐘ヶ江殿に懇願されて引き受けは
     したが、そのおかげで、ぬしの孫の
     小次郎に射手が
     回ったのではないか。
     源三郎が譲ったものを、
     無駄にしおって。」

     「それも、
      ぬしらが難癖をつけられぬ為
      であろう?
      源三郎が勝ちを手にすれば、
      射手の順を決めるくじに、
      何か細工をしたのではと、
      言われかねぬからのう。」
          
    「ほ、ほう、射手の順とな?
     馬場の荒れた三番手の鐘ヶ江殿が
     勝ちを手にするとは、
     誠、あっぱれ。」

    際限もなく繰り広げられる舌戦を、
    通りがかった、信近が止めに入った。

     「父上、ここにおられたのですか?
      これは、千原殿も御一緒に。
      千原殿、礼を申し上げまする。
      此度の流鏑馬以来、我が次男、
      小次郎が励むようになりまして。
      誠にありがたきことにござる。」

    流鏑馬は、三番勝負で行われた。

    一番目、板の的。
    二番目、扇。
    三番目、小旗。

    風に揺れる小旗を射抜くのは
    特に難しく、吹く風の運もあり、
    ほぼ、ここで勝敗が決まる。
    ところが、今年は三人の射手、
    いずれも外さず、異例の決戦に
    もつれ込んだ。

    陽もとっぷりと暮れ、
    揺れる篝火に照らし出された的は、
    掌に収まるほどの素焼きの皿。
    それが、馬場の三か所に立てられ、
    その間隔も同一ではない。

    一番手の小平太、一の皿は見事命中、
    二の皿はやや外し、三の皿は命中。
    二番手の小次郎、一は命中、
    二、三を外した。

    勝ちは小平太と誰もが思った。
    そこへ、前出の二人の射手の馬を
    はるかにしのぐ速さで、
    葦毛の馬が駆け抜けた。
    次々と、かわらけが砕けて宙に舞う。
    三枚見事に命中し、
    見物人が、どよめいた。

    小次郎は、我を忘れて葦毛の馬に
    かけより、馬上の射手に尋ねた。

     「御身の名は、何と申される?」

    「先に名乗らぬとは、
     無礼であろう。」

     「そ、それがしは、天野小次郎。
      天野信近の次男にござる。」

    馬上の射手は、被り物を取ると、
    涼やかな声で答えた。

    「鐘ヶ江久政の次女じゃ。
     我が名は小次郎殿の
     兄上にお訊ねあれ。」

    豊かな黒髪が、狩衣の上に流れ、
    汗に濡れた前髪が、その白い額を
    際立たせている。
    その笑顔は、まるで、
    コウロゼンと呼ばれる
    昇る朝日を表す
    蘇芳染めの色の様。

     「鐘ヶ江殿の、じ、次女?!」
     
    艶然と微笑む馬上の人を、
    瞬く間に見物のおなご衆が取り囲み、
    小次郎は、
    もはや近寄ることもできない。

    呆然と見送る小次郎に、
    小平太が声を掛けた。

    「お前は初対面であったのう。
     あの者は別名、鐘ヶ江の“巴御前”
     “おのこであれば、将に”と、
     大殿が惜しんだ“おなご”じゃ。」

    鈴鳴八幡の神事は、
    巫女と斎王の舞で幕を閉じた。

    禰宜の計らいで、その舞には、
    鐘ヶ江の二の姫も加わった。
    純白の狩衣で舞う二の姫は、
    この世のものとも思えぬ美しさ。

    その姿が、小次郎の心の臓を
    射抜いた事は言うまでもない。
    屋敷に戻った小次郎は、
    いてもたってもいられず、
    兄の小平太に打ち明けた。

     「惚れ申した。
      鐘ヶ江の二の姫を
      我が妻に迎えたい。」

    小平太は、驚きのあまりのけぞり、
    声を上げた。

    「小次郎、気を確かに持て!
     は、早まってはならぬ!」

       ・・・・・・

    ある日の朝、
    自分の後を追っては、転んで
    泣いていた幼い小次郎の姿を、
    小平太は思い出していた。
    その弟は、今、
    一心不乱に弓を引いている。

    若君に仕え始めて数年たった頃、
    小平太は、二の姫に剣の稽古で
    打ち負かされた事があった。
    打ち込まれ、悔し涙が止まらず、
    鼻水を盛大にすすり上げた所、
    容赦なく胴を打たれ、倒れ込んだ。
    その小平太の鼻の上に、
    蛙がぴょんと飛び乗った。
    炸裂する、鐘ヶ江の笑い声。
    あまりの屈辱に小平太は、
    屋敷まで駆け戻った。
    それからしばらくの間、
    小平太は父を相手に、自宅の庭で
    猛烈に剣の稽古に励んだ。
    半月後、稽古場に出向き、
    勝負を挑もうと鐘ヶ江を探したが、
    姿が無い。
    あくる日も、その次の日も、
    鐘ヶ江は現れなかった。
    “おなご”と知ったのは、
    小平太が元服した後の事だった。

    “分からぬ。
    男に勝つ事を喜ぶ様な、
    めっぽう気の強いおなごの、
    どこが良いのじゃ。”

    あきれながらも、つい声が出る。

    「小次郎、息を整えよ。顎、引け!」

    鈴鳴八幡の例大祭の後、小次郎は
    鐘ヶ江の二の姫に文を届けるも、
    受け取る事さえ拒まれた。
    使いの者から伝え聞いた事に、

    “わが身は鈴鳴八幡に捧げるつもり故
    文は受け取れぬ。”とか。

    それでも、小次郎は諦められない。
    毎日やってくる小次郎の使いに
    根負けしたのか、ある日、二の姫は、
    “弓矢の技を鍛え、一矢も外さず、
    百本的に当てたら、受け取ろう。”
    と伝えた。

    やがて、その事は、
    それぞれの当主の耳にも入り、
    双方の家で、共に同じ問題を
    抱える事になった。

    第一に、二の姫は小平太の一つ年上。
    小次郎の三才上になる。
    小平太にすれば、年上の姫を義妹と
    呼ぶのは、いささか具合が悪い。

    第二に、両当主は二番目の子を、
    それぞれ分家に出すつもりでいた。
    鐘ヶ江家では婿を、
    天野家では嫁を望んでいたのだ。
    特に、天野家は、戦ともなれば、
    先陣を仰せつかる事が多い。
    当主の信近、長男の小平太が、
    同じ戦で何事かあれば、
    後を継ぐのは次男、小次郎。
    鐘ヶ江家への婿入りに難色を示すのは
    当然の事だった。

    二か月が過ぎ、新年を迎えた。

    小次郎は、大晦日も年明けも、
    祝いの膳すら手に付けず、
    弓を引き続けた。

     「のう、信近よ。そろそろ、
      許してやってはどうじゃ。
      年が離れていようとも、睦まじく
      暮らす夫婦は数々ある。」

    「それは、私も存じております。
     だが、小次郎を婿入りさせる訳には
     参りますまい!」

     「そこは、それ。あちらは、姫が
      たくさんおられるでの。
      話次第ではないかの?」

    「いかような話に持ち込むと?」

     「まあ、この信茂に
      思う所がない訳ではない。」

    「いずれにせよ、二の姫の心が
     小次郎にむかねば、
     どうにもなりませぬ。」

    信茂と信近は、
    七草の入った粥をすすっていた。
    そこへ、当の小次郎より早く、
    小平太が駆け込んできた。

      「や、やりました!
       こ、こ、小次郎が!ついに!」

    「ま、まことか!」

     「あ、ああっちっち!!!」 

    驚いた信茂が、
    粥の椀を取り落として、騒ぎ立てる。 
    小平太が、水を汲みに行こうとした。
    そこへ、小次郎が手桶と手ぬぐいを
    持ってきた。

       「爺様の声が、
        庭まで聞こえましたゆえ。」

    「よう気づいたの、小次郎。
     さ、早う冷やさねば。」

    信茂は、申し訳なさそうに、
    赤くなった手を水に浸す。
    小平太が、信茂の膝にこぼれた粥を
    手ぬぐいで拭きとった。

      「足は、熱うは
       ございませぬか?」

    「おお、すまんの。
     大したことは無い。
     それより、小次郎、でかしたの。
     精進の賜物じゃ。」

    汗が浮いたままの小次郎の顔を見て、
    信茂の目頭が熱くなる。
    ”寒風の中、
    どれほどの矢を射たものか。。。”

     「善は急げじゃ。小次郎、
      早う文を書け。
      わしが、届けに参ろう。」

       「爺様が?」

    「そ、それは、
     まだ早うございましょう。
     あの“巴御前”の事じゃ、
     またどの様な難題を
     言い出すやもしれませぬ。」

     「望むところじゃ。我が孫なれば、
      どの様な難題も受けて立つ。
      のう、小次郎?」

       「無論、受けて立ちまする!」

      「よう申した。
       では、爺様のお共は、わしが。
       小次郎は早う文を。」

     「年の初めの嫁取り合戦じゃ。
      仕損じるまいぞ。小平太よ。」

    信茂と小平太は衣装を整え、小次郎が
    射抜いた百本目の矢に文を結び、
    意気揚々と、鐘ヶ江家に向かった。

       ・・・・・

    五月晴れのその日、端午の節句の事。
    青空には、鳶が輪を描いていた。

    鐘ヶ江家では、下男、下女が
    いつにも増して、
    忙しく立ち働いている。
    母屋の庭は、特に念入りに清められ、
    大ぶりの花瓶が台の上に
    しつらえられた。

    当主、久政は、
    朝からそわそわと落ち着かない。
    一方で、その妻は、
    あれこれと指図しながら、
    姫たちの支度に気を配っていた。

    やがて、天野家一行が到着したと
    知らせが入った。
    久政が、自ら迎えに出る。
    姫たちは、几帳越しに庭の見える、
    母屋の部屋に集められた。

    三の姫が、ふきに
    ひそひそ声で話しかける。

      「小次郎殿は、
       見事に的を射抜けようか?」

       「私は、射抜いて欲しくは
        ございませぬ。
        二の姫様が嫁がれるのは、
        さみしゅうございます。」

      「では、ふきは、二の姫様が、
       鈴鳴八幡の守り人となるのを
       望んでおるのか?」

       「いえ、それは、
        尊いお志とは存じますが、
        望みはいたしませぬ。
        今まで通り、ここでご一緒に
        過ごしたいと願うばかり。」

      「それなれば、
       案ずることは無い。
       暫くは、共に暮らせる。」

       「それは、まこと?」

      「二の姫様の事は、
       お父様もお母様も、
       色々と考えておられた。
       その武勇を頼もしく
       思いながら、
       “おなご”としての幸せを
       失なわせるのも
       良きことではないとな。
       そこで、
       いずれ天野を名乗るとしても、
       小次郎殿が、
       身を立てるまでは、
       この屋敷内で暮らすのは
       如何かと、天野様に
       申されたのじゃ。」

    実は、久政がこの縁談を
    承知する為に、信茂にした交渉事は
    他にもあったが、それを知るのは、
    まだ、妻だけであった。

    当の二の姫は、一人自室で
    衣装に迷っていた。
    母が整えた打掛は、
    身になじまぬ気がする。

    弟を失った翌年、早々と
    父が用意していた弟の肩衣を着て、
    父母の前に立った日の事が、
    未だに忘れられない。
    あの端午の節句の父母の涙と笑顔。
    その為に、今日まで武芸に
    励んできたのだ。

    “太郎丸、私は”おなご“になっても
    良いのだろうか?”

    二の姫は、弟の面影に語りかけた。

    “小次郎殿の成果を見届けるまでは、
    これまでの姿でいよう。”

    二の姫はそう決めると、
    袴を身に着けた。

    年明けの七日に受け取った、
    小次郎の文に対し、
    二の姫はこのように書き送った。

     ~今年の端午の節句に、我が庭で、
      みごと柏の葉を打ち抜いたら、
      お望みをかなえましょう。~
     

       「二の姫様、
        すべて整いました故、
        そうぞ、お出ましを。」

    いつもは、ふきから離れないつるが、
    迎えに来た。
    つるは、松の枝を捧げ持っている。
    二の姫はそれを受け取ると、
    母屋の庭に向かった。

    小次郎は、狩衣姿で庭に控えていた。
    やがて、肩衣姿の二の姫が、
    松の小枝を手に現れた。
    その白い指先が、わずかに震える。

    花瓶に小枝が斜めに活けこまれ、
    その枝の先には、
    餅粉と砂糖で作られた柏の葉が
    下げられていた。

     “あれが、的か!”

    小さく息をのみ込んだ小次郎の喉が
    わずかに動く。
    振り向いた二の姫の
    かすかな微笑みを、
    小次郎は見逃さなかった。

     “勝機は、我に有り。”

    小次郎は、ゆっくり立ち上がり、
    ただ一点を見つめ、弓を引き絞った。
    その場の誰もが息を止めた。
    弓は、一瞬にして松の枝を払い、
    その先に置かれた板に突き刺さった。
    柏の葉が、揺れている。
    砕け散りはしなかったが、
    菓子の端に当たった様には見えた。
    二の姫が確かめようと進み出る。
    すると、突然、その上に、
    黒い影が急降下した。

       「蘇芳殿!」

    皆が騒然とする中、小次郎が二の姫に
    覆いかぶさった。
    鋭い痛みが、小次郎の左腕を貫く。
    赤い血が狩衣ににじんだ。

    「鳶じゃ!」

    立ち会っていた天野信茂が叫ぶ。

      「おのれ!」

    後ろで弟を見守っていた小平太が、
    弓をつがえて鳶を狙う。
    しかし、黒い影は、上空に高く
    飛び去ってしまった。

    駆け寄った鐘ヶ江久政が、
    二の姫を抱き起そうとするが、
    小次郎が姫にしがみついて
    離そうとしない。
    久政は、鳶よりも
    小次郎をいまいましく思った。

      「小次郎殿、御放し下され。
       息が詰まる。」

    二の姫の言葉に、
    我に返った小次郎が、
    名残惜しそうに腕の力を抜く。

    「さあ、二の姫、こちらへ。」

    父の言葉を耳にはしたが、
    二の姫はその場から離れず、
    肩衣から右腕を引き抜き、
    その下の白い衣の袖をちぎると、
    小次郎の腕に巻いた。

    そして、自ら小次郎の手をとると、
    自室に向かう。

      「まずは、手当じゃ! 
       誰ぞ、湯とさらしと、
       薬を早う!」

    意外な事の成り行きに、
    皆が立ち騒ぐ中、
    信茂だけは、ただ一人、
    空を見上げていた。

    「あの鳶は、鈴鳴八幡の
     使いかもしれぬのう。」

      ・・・・・

    今年も、また十三夜がやって来た。

    ふきの居間のあった離れ座敷は、
    今は二の姫の住まいとなった。
    新たに、
    厨と湯殿が建て増されている。

    ふきは、母屋に続く三の姫の部屋に、
    三の姫はその向かい、以前の二の姫の
    部屋にいる。
    その中庭で、ふきと三の姫は、
    焼き栗をほおばっていた。

       「二の姫様は、どの様な衣装に
        なさるのでしょう?」

      「御婚礼の?
       烏帽子姿かもしれませぬ。」

       「そ、それでは、
        婿殿がお二人に。」

      「それでも良いと、小次郎殿が
       申されておられるそうじゃ。
       あの、流鏑馬の日に、
       白い狩衣で舞われた二の姫が
       忘れられぬとか。」

       「まあ、それでは、
        いっそのこと、
        小次郎殿が打掛を
        お召しになられたら。」
         
    二人の笑い声に誘われたのか、
    庭の虫の音が大きくなった。

      「それにしても、
       縁談と言うものは、
       なかなか思うようには
       進まぬらしいの。」

       「何かさわりでも?」

      「実はの。
       何やら、お母様の
       意に添わぬ事が
       あるらしい。」

       「まあ、いまさら?
        お二人のお気持ちが
        第一では?」

      「なんとか収めようと、
       天野の御隠居様に
       父上がご相談なさって
       おるそうじゃ。」

    その頃、天野家では、信茂と信近が、
    月見酒を交わしていた。

    「で、若君は、何と?」

     「それが、なかなかでの。
      それは、そうじゃろう、
      非の打ち所の無い母御が
      おられるのじゃ。 
      おなごを見る目は高くなろう。」
     
    「では、その御方様に御相談は
     できぬものでしょうか?
     鈴鳴八幡への御信仰も
     お厚い方ゆえ。
     八幡神宮の守りは、
     小次郎と二の姫で固めると
     お約束すれば、
     奥方様もお口添え下さるのでは。」

     「ううむ。
      それも一手になろうか。」

    ”この目の黒いうちに、
    若君のお子をこの腕に抱いてみたい。”

    それには、やはり、
    鐘ヶ江の、秘蔵の娘を、
    若君のお側に置くのが
    良いのではないか。

    鐘ヶ江は、小垣の元領主。
    縁者をたどれば、
    高山や松丸の領地にも、
    繋がるものが少なからず居る。

    それは、高山や松丸の動きを
    いち早く知るには好都合なのだ。

    信茂は、祈るような気持ちで
    盃に映る月を眺めた。

    七歳のふきの十三夜の願いが叶うのは
    もう少し先の事。
    今宵も、
    月では兎が黄金色の餅をついていた。

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    返信先: 創作倶楽部
    やっとやっと

    十三夜、下の段、
    やっと書き上げました。
    かなり、長いです。
    途中で飽きたら飛ばしてね。
    最後まで読んでくださる方には、
    大感謝!
    かなり詰め込みすぎたかと、
    反省しきり。
    反省しつつも投稿って、どうなのよと
    自分に突っ込み。(;^_^A
    よろしくお願いいたしまする。
    m(__)m
    スマホで読みやすくなってると
    良いな~。

    てんころりん様
    アドバイス有難うございます!
    (;^_^A
    スマホによっても表示される文字数が
    違うのかも。
    おばばのは、今のところ17文字が
    MAXのようなので、当分それで
    対応させて頂きますね。(^_^)v

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    ぷくぷく様

    唯と若君のラブラブなシーン
    ありがとうございます。
    唯を正室とするお許しを頂く頃の
    設定なのかなあなどと、
    勝手に妄想させて頂きました。
    (^_^)v
    次の投稿も、お待ちしてますね。

    おばば、どうしてもパソコン画面の、
    右側、3/2近く空白になってしまう
    事に、未だ、葛藤してます。
    パソコン愛用者の、
    ビジュアル的な欲求と、
    申しますか。。。

    例えば、スマホ画面を意識して、
    会話文の先頭行を整えようとして、
    パソコン画面で数文字分スペースを
    打って編集しても、
    そのスペースが何故か無視されて、
    次の行の先頭1文字目に
    表示されてしまったりするのは、
    ブログの頃から経験してまして。

    設定上の、バグ???

    などと、勝手に想像してました。

    これは、もう、読んでくださる方々の、
    寛容なお心に頼るしかないなと。

    物語ではなく、
    詩・・・
    だと思えばいいのかしらね。
    おばばの悩みも、
    結構、深いです。

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    悩みどころ

    ぷくぷく様
    パソコンで読む場合の画面と、
    スマホの画面の見え方の違いは、
    確かに悩みどころですよね。
    物語を投稿するには、
    スマホ入力は向きませんし。
    おばば、実は、
    以前は自分のブログに
    自作の物語を発表してました。
    ある日、
    知人に読んでねとメールしたら、
    ”原稿用紙なら”と返信がきて、
    大慌て。大汗
    会話形式で進む
    ぷくぷく様の物語には、縦書きの、
    横長画面の方が向くのでは、
    などと、思ったりもしています。
    いつか、クリック一つで、
    書式が自由自在に変えられるように
    なると良いですね。
    宗熊君のロマンス、
    とっても楽しみにしてるんですよ。
    投稿、待ってますね。
    (^_^)vm(__)m

    月文字様
    パロデイ、楽しませて頂きました!
    三ちゃんと孫ちゃん、
    ぎゅっとしたいですね。

    てんころりん様
    感想ありがとうございます!
    下の段も励みます!
    もう少し、あと少し!
    若君様~~~!!!(;^_^A
    先にお詫びしときますね。
    今回は、唯は全く登場しません。
    天野家の皆様、何故か、当初は
    若君のお相手に関して、
    ”ふきちゃん押し”
    だったような気がしまして。
    それが何故だったのかに
    迫ってます。
    (;^_^A

    皆様
    ふきちゃんがおばばに言うんです。

     おばば、ふきは、
     若君が、唯に会うの嫌なのだ~。
     ふきには、
     ”タイムマシーン”の
     起動スイッチもないし。
     21世紀の科学の力もないし。
     若君の運命も見えないし。
     なんだかんだ言いながら、
     助けてくれる弟もいないし。
     戦場を走る脚力もないし。

    そ、そだね~。(;^_^A
    でも、ふきちゃん。
    幸せってのは、一つじゃない。
    ふきちゃんの幸せ探し、
    おばばは、
    それを見届けたい。(^_^)v

    投稿フォームへ

    返信先: 雑談掲示板(2001-3000)
    またまたフィギュアスケート

    本田まりんちゃんが!
    とある大会で、まさかのCD間違い提出!
    エキジビション用のCDを提出してしまい、コーチが競技用のCDを取りに走るも間に合わないと判断。
    (出番の開始1分過ぎると失格とか)
    エキジビション用の曲で、振付はほぼアドリブで7位!
    いやあ、これは凄い!
    まりんちゃんに、3あっぱれ差し上げたい!

    投稿フォームへ

    返信先: 雑談掲示板(2001-3000)
    メープル様

    フィギュアスケート最新情報~!
    紀平りかちゃんのコーチに、ランビエール氏が就任?!
    日本人選手に、絶大な人気と信頼があるようです。
    ランビラバのおばば、とっても嬉しいです。(^_^)v

    投稿フォームへ

    返信先: 雑談掲示板(2001-3000)
    メープル様

    返信ありがとうございます!
    感激です。(^_^)v

    アンの物語は、もう忘れかけているものが多いのですが、
    いくつか、思い出しました。
    ギルバートと結婚した後の事だったと思うのですが、
    ”庭に小川がある”のを、アンがすごく喜ぶ場面がありましたよね。
    当時の私は、”小川がある庭”の想像が全くつかず、
    田んぼの横を流れる水路を眺めては、
    これじゃないよねえ・・・とため息。笑
    原語で読む力はないので、機会があったら、また、
    日本語訳を読み返してみたいと思います。
    ご紹介いただいた、邦訳されていないものにも、
    どこかで出会えたらいいな~。
    翻訳ソフト片手に、四苦八苦しながら、
    1行ずつ読み進むのも、良いかも。(^_^)v

    カナダで、マツタケご飯ですか!
    香りを味わいながら、お月見、最高ですね~♪
    カナダのきれいな空のお月様・・・
    見てみたいです!
    次の旅行記も楽しみにしていますね。(^_^)v

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    ありがとうございます

    マスター様
    さっそく解除していただき有難うございます。
    読み返すと、つい、いろいろ、修正したくなりまして。
    時間を置くように、気をつけますね。
    下の段の投稿の際に、またお世話になるかもしれません。
    よろしくお願いいたします。

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    消えました!

    マスター様
    投稿を編集していましたら、また消えました。
    創作倶楽部の、タイトルは”十三夜 中の段”です。
    フィルターにかかっているようでしたら、
    一番新しいものの解除をお願いします。
    m(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    十三夜 早の段

    瞬く間に、五年が過ぎた。
    ふきは、今日も文机に向かっている。

       「ふき様、菊の花を摘みに
        参りましょう。」

      「菊?」

       「まもなく、重陽の節句に
        ございますので。」

    ふきは、筆の手を止めて外を眺めた。

      「なれど、これを書き上げねば、
       一の姫様にまた叱られよう。」

       「もうよろしいのでは?
        これだけあれば。」

    つるは、半ばあきれ顔で、
    文箱を見る。

      「昨日も百首おとどけしたのに、
       お褒めの言葉は一つも無い。
       三の姫様は、いつも、面白いと
       言うて下さるのに。」

    ふきは、唇を尖らせて、
    頬を膨らませる。
    つるはあきれながらも、
    つい、吹き出してしまう。

       「ほんに、三の姫様は、
        ふき様がお気に入り。」

      「つる、
       お義母様方のお気に召すには、
       どのようにしたら良い?」

       「では、菊の花を沢山摘んで、
        菊枕を作って差し上げるのは
        如何でしょう?」

      「菊枕?」

       「はい。花びらを干して、
        袋に詰めるのです。
        枕の上に置くと、
        よう眠れまする。」

      「さようか。
       では、小布を繋いで、
       袋にしようかの。
       ひな様の着物にしようと、
       沢山集めたので。」

       「それは、ようございます。
        きっと、皆様、
        お喜びになりましょう。」

    ふきは筆をおくと、
    すぐに布選びを始めた。

      「お父様には、松重。
       お義母様には、紅菊。
       一の姫様には、紅葉。
       二の姫様には、萌黄。
       三の姫様には、今様。
       つるは、どれが良い?」

        「まあ、私にも?」

    布選びが終わると、
    ふきは、つると共に
    離れ座敷の外に出た。
    大きな籠を抱えて、
    下女が一人ついてくる。

    高い空には、刷毛ではいたような雲が
    浮かんでいた。
    屋敷の裏門から出て、
    しばらく歩くと、つるは、
    二股の道の左を行こうとする。

      「つる、
       道が違うておらぬか?」

       「はい。
        実は、出入りの反物売りが、
        教えてくれましてな。
        この先に良い菊畑があると。
        草木染の匠が、
        菊作りも始めたとかで。」

    やがて道は、
    ゆるやかな上り坂になった。
    脇を流れる小川に陽の光が反射して、
    きらきらと輝いている。
    坂を登りきった先に、
    大きな岩と、欅の木があった。

       「もう間もなくかと。
        あの木まで行けは、
        見えるはず。」

    その時だった。
    突然、
    馬のひづめの音が聞こえてきた。
    つるは咄嗟にふきの手を引き、
    下女を促すと、岩陰に隠れた。

       「声を上げてはなりませぬ。」

    ふきは慌てて、口元を両手で隠した。
    欅の木と岩の向こうを、
    ひづめの音が通り過ぎて行く。
    そのすぐ後をもう一頭、
    馬が追って行った。

    声が聞こえた。

     「若君様!どこまで
      行かれるのですか?」

    「この先に、見事な菊が
     あるそうじゃ。
     母上に差し上げたい。」

     「では、私が
      取って参りますゆえ。」

    「かまわぬ。わしが行く。」

    ひづめの音が、
    聞こえなくなるのを待って、
    つるが言った。

       「ふき様、戻りましょう。
        菊は、また明日に。」

      「な、なにゆえ?」

       「今、
    お通りになられたのは、
        黒羽城の若君様かと。
        ここは、ご遠慮せねば。」

    岩の隙間から見えた馬の、
    真っ白な美しい毛並み。
    ふきの胸に、遠い思い出が蘇る。
    もしや、あの日に見た白馬では。
    と、なれば、あの青い着物は・・・。

      「黒羽の若君様?」

    突然、
    体の力が抜けてしまったふきを、
    つると下女が支える。

       「ふき様、ふき様!
        どうなされました?」

    ふきは、思わず、
    自分の頬をつねった。
    “イタクナイ、ヤハリ、
     コレハ、ユメ?”

    つるの頬をつねってみる。

        「な、なにを
         なさるのです?!」

    つるは、あまりの痛さに、
    思わずふきの手を打ってしまった。

       「いたあい!!!」

    痛いのに、なぜか嬉しい。
    胸が高鳴り、頬が染まる。
     ドキドキ・ワクワク
     ドキワク・ドキワク

    下女にふきを背おわせ、
    つるは、籠を担いで坂を下りた。
    そして、離れ座敷にかけこむと、
    ふきを寝かしつける。
    これが“恋の病”とは、
    さすがのつるも、気づかなかった。

    遠くで誰かの歌う声が聞こえる。

     ♪ おいしゃさまでも、
       くさつのゆでも~ 
      ほれたやまいは~、
       こりゃ、なおりゃせぬよ ♪

    ふき、12歳の“春”!
    あ、いや・・・“秋”だった。

       ・・・・・・・・・・

     「つる、ふきの様子は
      如何じゃ?」

       「これは、これは、
        二の姫様。」

     「ふき、出て参れ。
      気鬱になるのは、
      部屋に籠ってばかり
      おるからじゃ。」

    小窓から外を覗いて、ふきは驚いた。
    若武者の後ろ姿が見える。
    おそるおそる外廊下に出ると、
    その若武者が振り向いて、微笑んだ。

      「今から、
       鈴鳴八幡に弓の稽古に参る。
       ふきも行かぬか?」

    二の姫は、男勝りで武芸の腕も立つと
    聞いてはいたが、その出で立ちを
    目の当たりにするのは初めてだった。

       「二の姫様?そのお姿は?」

      「ふふ、実はの。
       八幡様の例大祭で、流鏑馬を
       披露することになったのじゃ。
       ふきがくれた菊枕の
       おかげやもしれぬ。
       夢が叶うた。
       さあ、早う支度を。」

    葦毛の馬の手綱をとる、
    凛々しい二の姫の後ろで、
    ふきは、“青い着物の若君”と共に、
    “白い馬”の背に揺られている自分を、
    思い描いていた。

    同じ頃、鐘ヶ江の奥方は、
    菊枕を手に取りながら、
    一の姫に尋ねた。

     「手先は器用な様じゃが、
      筆は如何じゃ?」

      「文字は、まずまず。
       なれど、歌は・・・のう」

    一の姫は、
    顔をしかめて三の姫を見る。

       「なかなかでございますよ、
        ふきの歌は。
        少し風変わりで。」

    三の姫は、
    笑いをこらえながら答えた。

      「少しどころか、かなりじゃ。
       どちらかと言えば、
       あれは狂歌かの。」

    あきれたように、
    一の姫が言葉を添える。

     「狂歌とな?
      それでは、歌会には、
      まだ出せぬか。」

       「よろしいのでは? 
        かえって、
        座が和みましょう。」

    三の姫は、
    おおらかに笑い声を立てる。
    昨日届いたふきの歌を思い出し、
    こらえきれずに一の姫も笑い出した。

     “痩せ馬の 目ばかり
      大きゅうなりたるを 
       振り返り見て 我かとぞ思う”
     メバカリオオキクナッタ
     ヤセウマヲ 
     フリカエッテミテ 
     ワタシカトオモイマシタ

     「これこれ、
      そのように笑うでない。
      どうしたものかのう。
      羽木の奥方様の
      お目に留めるには、」

    気丈な奥方が、めずらしく、
    へなへなと座り込んだ所へ、
    久政がやってきた。

    「何やら、賑やかな事じゃの。
     如何した?」

    奥方が、すねた娘の様に、
    素っ気なく答える。

     「尋ねておりましたのじゃ。
      娘たちに。
      ふきの手習いの様子を。」

    妻の不機嫌な声にかまわず、
    久政が言う。

    「ふきの? 近頃は、随分と、
     娘らしゅうなって来たではないか。
     こちらに来たばかりの頃は、
     屋敷中を駆け回っておったが。」

     「さよう。
      借りてきた猫の様だったのは、
      ほんの二日ほど。」

    母の言葉に、二人の姫が笑い転げる。

     「で、何か?」

    「おお、そうじゃ。急な話が。
     あ、お前たちは、厨に行くと良い。
     祭りの菓子を味見して参れ。」

    二人の娘が下がるのを見届けて、
    久政は、妻にささやいた。

    「若君の初陣が、近いやもしれぬ。」

           ・・・・・・・・・

    鈴鳴八幡の例大祭当日。

      「兄上、なにやらあちらで、
       おなご衆が誰ぞを取り巻いて、
       騒いでおりますが、何事?」

     「ああ、あれか?
      おそらく、鐘ヶ江の者じゃ。」

      「鐘ヶ江?
       いや、しかし、
       昨夜の清めの場には
       おられなかったが。」

    小平太は、それには答えず、
    社に向かう。
    弟の小次郎が、慌てて後を追った。

    鈴鳴八幡の大社では、
    神事が大詰めを迎えていた。
    静々と進み出た斎王が、
    射手の順を決めるくじをひく。
    奉行は、うやうやしく
    それを受け取ると、
    張りのある声で名を告げた。

      「一番手~ 天野小平太殿~
       二番手~ 天野小次郎殿~、
       三番手~ 鐘ヶ江・・・」

    大歓声で、奉行の声がかき消される。

       “ええい、肝心の 
       名が聞き取れぬ!”

    小次郎は、何故か“鐘ヶ江”が
    気にかかって落ち着かない。
    小平太が小次郎に声を掛けた。

     「相手が誰であろうと、
      己の力を尽くすまでの事。」

    その頃、ふきはつると共に、
    社の裏手にいた。
    二の姫に、流鏑馬の勝敗の占いを
    頼まれたのだ。
    小さな祠に手を合わせ、
    白い紙を湧き水に浸す。
    すると、
    紙の上に文字が浮かび上がった。

      「吉じゃ。」

    ふきが、嬉しそうな声を上げる。
    つるが、素早く
    その紙をすくい上げた。
    ふきが顔を上げると、
    少し離れた所に、人影が見えた。

      「あれは?!」

    人影が、遠慮がちに近づいてくる。
    ふきは、懐かしさで、
    胸がいっぱいになった。

      「かか様!」

    駆け寄って、胸に飛び込む。

      「何故、ここに?」

       「二の姫様が、
        お呼び下さったのじゃ。」

    母と子は、
    時がたつのも忘れて語り合う。
    流鏑馬神事の大歓声が、
    大社から聞こえてきた。
    西の空が茜に染まるまで、つるは、
    ふきとその母を見守り続けた。
    ふきの指先で、
    すすきみみずくが、揺れている。
    雲が、うっすらと、白い月を
    映していた。

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    返信先: 創作倶楽部
    月を眺めて

    皆様、こんばんは!
    昨夜は、大変美しい月を眺めました。
    思いがけず、ふきちゃんの物語が、長くなりまして、
    前・後編では収まらないので、先に投稿したものは、
    ”上の段”に修正しました。

    それにしても、ぷくぷく様、凄いパワーですね。
    素晴らしい!!!
    なかなか、公式には行けないのですが、
    少しずつ、読ませて頂きますね。(^_^)v

    では、鐘ヶ江家で過ごす”ふきちゃん”を
    これから投稿いたします。
    よろしければ、”中の段”、ご一読願います。m(__)m

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    返信先: 創作倶楽部
    スペース

    てんころりん様
    スペース、そうなんですか・・・。
    スペースは、会話部分で使用してまして。
    ストーリーと会話を分ける為、
    また、会話も、基本的には、位の順位、
    もしくは、最初に話す人と答える人を区別するために
    空けてました。
    でも、かえって分かりにくいんですね。
    考えてみます。m(__)m

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