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94
~稲荷~
https://www.youtube.com/watch?v=T1WW3TL2v0I
このCMを見て、つい、“かまたま” を
食してしまったおばばです。笑
日清、ずるい!
でも、かまたまならば、
やはり、麺は太麺のほうが良いですな。
食した後、以前投稿した、
“月食”、“星降る夜に”
の続編を書いてみました。
梅とパイン様、
“トヨ”ちゃんお借りします~(^^♪
~~~~~~~~~~~~~
いつもの様に、籠を携え、
部屋から出ようとした成之は、
不意に、忠清に呼び止められた。
「兄上、どちらへ?」
「木の実を探しに。
花材にしようと思うての。」
「これでは、足りませぬか?」
忠清は、摘んだばかりの草花が
入った手桶を差し出す。
「野ぶどうか。尾花もあるの。」
鋭いまなざししか向けぬ成之が
僅かに見せた微笑みを、
忠清は見逃さなかった。
「部屋へお待ちしましょう。」
「うむ。」
先に、外へ出ていた如古坊は、
その様子を、塀の陰から見ていたが、
やがて、城の裏門に向かって
歩き始めた。
源三郎が、その後を付けている事には
全く気付かずに。
部屋に戻った成之は、
次の間の棚から、花器を一つ選ぶと、
庭に面した外廊下に運んだ。
忠清は、その斜め後ろに座り、
兄を見つめる。
成之は、花を手桶から取り出すと、
広げた紙の上に、丁寧に並べ始めた。
桔梗を手にした成之は、
薄紫の花弁に、しばし目を止める。
そこへ、忠清が声を掛けた。
「それは、茎が細すぎましょう。」
成之は、黙したまま、
桔梗を2輪、尾花に添えると、
短く切ったフキの茎に通す。
そして、それを花器の
中央に立てた。
「ほう。これは、見事な。」
忠清は、言葉を続ける。
「兄上と私も、その桔梗の様に
有りたいものです。」
「何を申される。
忠清殿は、すでに大木の風情。
このような小さな器には、
収まりきらぬ。」
「私など、古木の枝の小さな
新芽にすぎませぬ。」
「忠清殿が新芽であれば、
私は、さしずめ、
切り捨てられた小枝であろう。
たまたま拾われて、
僅かな水で命を
繋いだだけの。」
「庭師の頭に問うた事が
ありまする。
古木に新たな力を与えるには、
どの様な策があるかと。」
成之が、花を選ぶ手を止めた。
その肩に緊張が走る。
成之の顔色が変わったのが、
忠清には手に取るように分かった。
「して、その答えは?」
成之が乾いた声で訊ねた。
忠清は、静かに息を吐く。
「接ぎ木にございまする。
手法は幾通りかあるそうな。
日を改めて、より良い策を、
兄上と語りたいものです。」
忠清が声を強めた。
「台木の切り所を見誤れば、
下から出た新芽の勢いで、
継いだ枝が枯れる事も
あるとか。」
成之は、花器を見つめたまま、
野ふどうの葉をちぎる。
そして、血の気の引いた指先を、
その弦で隠した、
「花材であれば、
花園に満ちておりまする。
されど、兄上は山に向かわれる。
それは、何故?」
「花はの。
開いた場により、趣が異なる。
崩れ落ちそうな崖の中腹で、
凛と頭を上げる花もあれば、
藪の中で、うつむいて咲く
可憐な花もある。
その有り様を知り、
花器に写すのじゃ。」
「兄上は、野趣を
好まれるのですね。」
「山深い寺で育ったからの。
加えて申せば、
花園などに出向こうものなら、
あらぬ疑いをかけられよう。」
「疑いとは?」
「知れた事。
花園は薬草園と続いておる故。」
「目当ては、花ではないと?」
成之は、是も非も無く、
花器に向かう。
忠清は、兄の背から眼を放さず、
なおも語りかける。
「実は、本日は、礼を申し上げに
参ったのです。」
「礼とは、何の事かの?」
「探索に奔走して下さったと
伺いました。
吉田城で姿を消した私の。」
「確かに。
しかし、探し出せなんだ。
礼には及ばぬ。」
「お気持ちが嬉しいのです。
宜しければ、これを。」
忠清は、懐から包みを取り出した。
成之が、ゆっくりと振り返る。
見慣れぬ透けた薄い紙の中には、
細い棒の先に留められた、
小さな風鈴が入っていた。
透明なガラスには、
赤とんぼが描かれている。
それは、平成の黒羽城址の
売店にあった、
園芸用のピックだった。
羽木家滅亡を知った際、
忠清は食事もせず、唯の部屋に
籠ってしまったのだが、
忠清の気を晴らそうと、
尊が買って来てくれたのだ。
永禄に戻る前、これを
兄への土産にしたいと尊に伝えた。
尊は、驚いた様だった。
忠清の命を狙った黒幕は、
兄の成之かもしれないのにと。
尊は、暫く考え込んでいたが、
それが、成之との対話の
きっかけになるのならと、
承知してくれたのだ。
「ギヤマンか?」
「流石、兄上。ようご存じ。」
「これを手に入れたとなれば、
忠清殿の隠れ屋は、
堺辺りの、商家であったか。
医術に長ける伴天連も
おると聞くが。」
「隠れ屋の事は、またあらためて。
この城の向後の事、兄上と
語りあり合いたいと、
私は心より願ごうて
おりまする。」
手にした小さな風鈴を、
頭上にかざし、成之は、
その小さな音に耳を傾ける。
無邪気に赤とんぼを追った、
幼い日の思い出が、うっすらと
成之の脳裏をよぎった。
虫籠を持った母の声が蘇る。
「さあ、お城へ戻りましょう。」
「父上は喜んで
下さいましょうか?」
「ええ、必ず。
素早い蜻蛉を、成之がその手で、
みごとに捉えたのですから。」
空一面に広がる夕焼けが、
母の頬を染めていた。
幸せに包まれた、優しい微笑み。
成之の記憶の中の穏やかな母は、
ほどなく、床に臥せ、
苦悶する姿に変わった。
“あの笑みは、二度と戻らぬ。”
懐かしい夕景を、
苦い思いが黒く塗り潰す。
「兄上、もし宜しければ、
花園の東屋で
茶会を致しませぬか?
秋の七草も、
咲き揃うておりまする。」
忠清の声で、我に返った成之は、
唇を強くかんだ。
“わしが探しておったのは、
お前の骸じゃ!“
今にも叫び出しそうな己を、
必死で押しとどめる。
退出した忠清の足音が遠ざかり、
やがて消えた。
成之の震える拳の中で、
小さな風鈴が砕ける。
指の間から、血が滴る。
それは、まるで、赤とんぼの
涙の様だった。
~~~~~~~~
裏門を抜けた如古坊は、
振り返りもせずに、山に向かった。
その道は、野上との国境を守る、
砦に続いている。
源三郎は、柴を刈る村人の姿を装い、
少し後ろを歩いた。
鬱蒼とした木々の間には、
村人が踏み固めた、
横道が幾つかあり、その一つに
如古坊は足を踏み入れる。
この山には、至る所に
鳴子が仕掛けてあるのだが、
気に止める様子は全く無い。
どうやら、通い慣れているらしい。
“このまま、後を追えば、
枯れ葉を踏む音で、気付かれる。“
源三郎が、ためらっていると、
不意に後ろから声がした。
「そこで何をしておる!」
慌てて振り向いた源三郎の頬に、
細い人差し指が刺さる。
悪ふざけがまんまとはまり、
娘が、笑い声を立てた。
幼馴染のトヨだ。
素早くトヨの脇に
体を寄せた源三郎は、
その口を手で覆った。
驚いたトヨが、もがく。
「静まれ!」
空いた片方の手で、
トヨの背を押すと、
足早に山道を上がる。
「ここまで来れば、良かろう。」
やっと手を放した源三郎を、
トヨが睨んだ。
「何の真似じゃ!」
「すまぬ。
ちと、子細があっての。
それより、ぬしの方こそ、
何故、ここに?」
「薬師堂に参る途中じゃ。」
「薬師堂なれば、
下の道ではないか。」
「下からでは、本堂までの
段がきつい。
この少し先の、脇道を
下る方が楽じゃ。
「しかし、遠回りであろう?」
「薬師堂に下りる途中で、
ノアザミの葉を摘む。」
「ノアザミ?」
「干して、煎じれば、
寝付の薬湯になる故。」
「ほう。良う存じておるの。」
「薬師堂の御坊が
教えてくれたのじゃ。
若君様が、
行方知れずになった折にの。」
「左様か。
では、その薬湯は天野の
信茂様の為か?
守役であられたお方じゃ。
御心痛は誰よりも
深かったであろう。
千原家の元次様も、夜も眠らず、
案じておられた。」
「信茂様はの。
自害なさろうとして。
唯之助に止められたのじゃ。
未だ、眠りは浅い。
せめて、薬湯をと思うての。
誤って、他の葉が
混じっておらぬか、
必ず御坊に確かめて貰うのならと
ご当主の信近様が特別に
お許し下さった。」
「忠義な事よ。
ぬしも、すっかり
天野家の者じゃの。」
「下女ではあるがの。
して、源三郎の子細とは?」
「今は、語れぬ。
それよりも、遅うなっては、
咎められよう。
早う行け。」
源三郎はトヨを促し、踵を返す。
が、すぐにまた振り返った。
「トヨ、手を出せ。」
源三郎は、懐から取り出した
手拭いの端を口に咥えると、
細く裂く。
それを手慣れた様子で
トヨの右手に巻き付けた。
「これで良い。
ノアザミには棘がある故。」
トヨが礼を言う間もなく、
源三郎は、来た道を駆け下りる。
そして木陰に身を隠し、
如古坊が戻って来るのを待ったが、
やがて諦めて、城に戻った。
その夜、トヨが千原家を訪ねて来た。
元次も不眠と知った天野信茂が、
薬草を届けさせたのだ。
何かと張り合う元次と信茂だが、
数々の難局を、共に乗り越えて来た
“戦友”でもある。
「これは、忝い。
元次様は、ここ暫く酒量が増し、
案じておったのじゃ。」
「されば今宵はこれを
一服盛って、ころりと。」
トヨは、おどけて男の様な
口振りで言う。
「たわけたことを申すな。」
源三郎は、たしなめながらも、
思わず笑ってしまうのだった。
「そう言えばの。
あの後、薬師堂で
見慣れぬ僧を見た。」
「僧とな?
それは、如何様な?」
「袈裟には似合わぬ、
がっしりとした体つきの。
まるで、
高野山におるという、、、」
「僧兵の様な?」
トヨは、キッパリと頷いた。
“如古坊やもしれぬ。”
勢い込んだ源三郎は、
思わずトヨの両肩を掴んだ。
「トヨ。
折り入って、頼みがある。」
「頼み?」
トヨは、ぶっきらぼうに問い返す。
しかし、その目は少女の様に
輝いていた。
いつもなら、すぐに振り払うはずの
源三郎の手も、そのままにして。
~~~~~~~
「源三郎さ~ん!」
聞き覚えのある微かな声に、
源三郎は足を止めた。
辺りを見回すが、誰もいない。
“空耳か、、、”
源三郎は石段を上がり、
稲荷の社に手を合わせた。
真新しい絵馬が、目の前に
置かれている。
何気なく手にすると、
子狐が描かれていた。
源三郎の口から
とある名がこぼれる。
「どんぎつね殿」
「呼びました?」
思わず顔を上げると、
社の屋根の上に
愛らしく動く耳が見えた。
その上に、ふっくらとした尾が
揺れている。
“幻か?”
源三郎は、何度も己の目を擦った。
どんぎつねは、社の裏から出て来て
源三郎の前に立つと、その手を握る。
「幻じゃありませんよ。
此処に居ます。」
「無事で・・・あったか。」
「はい。」
「あの夜、お前は天の川に、
飲み込まれたはず。」
「驚きましたよね。
でも、あれは、私を
助けに来てくれた
白狐なんです、」
「白狐とな?」
「はい、伏見稲荷の。」
「清少納言も参拝したと言う?」
「ええ、良くご存じですね。
伏見は、稲荷の総本宮。
白狐は、妖狐族の
総取締役でもあるんです。」
源三郎は、どんぎつねの尾に
素早く目をやる。
どんぎつねは、その視線を追い、
訝し気に首を傾けたが、
直ぐに、あの夜、自分の尾が
裂けかけたのを、思い出した。
「あ、大丈夫ですよ。ほら。」
どんぎつねは、ふさふさとした尾を
揺らす。
「危うく、闇落ちしかけ
ましたけどね。
ぎりぎりの所で、
裂けた尾の先を、
白狐が切り落として
くれたんです。」
「闇落ち?」
「あ、、、ええと。
“九尾の狐”はご存じですか?」
「あの、殺生石として
封じられたという、狐の事か?
確か、美女に化けて
帝をたぶらかしたとか。
名は、確か、、、」
どんぎつねは、目を伏せ、
小さな声で答えた。
「“玉藻の前”です。
その前は、“妲己”でした。」
「殷王朝を滅ぼしたという
傾国の美女も、九尾の狐?」
「妲己の尾が幾つあったかは、
分かりません。
人に化けた狐の尾が裂けるのは
その狐の心の傷が、
引き金になるんです。」
どんぎつねは語る。
裂けた尾の数は、妖狐が受けた
裏切りの数なのだと。
「九尾の狐が哀れに思えるの。」
「源三郎さんは、優しい。
私は、源三郎さんの真心に
救われました。」
「わしの真心?」
「はい。あの夜、源三郎さんが、
私の姿を恐れて逃げ出せば、
私は、貴方を餌食にしたはず。
闇落ちする妖狐は、
人の血を浴びて、
妖気を増すのです。
あの夜、せまる闇に抗うのに
私も必死でした。」
「確かにお前は、苦しみながらも、
わしに、後姿を見せるな
と言った。」
「そして、源三郎さんは
逃げなかった。
その一瞬の間に、微かに残る
私の正気を感じて、
白狐が助けに
来てくれたんです。」
どんぎつねは、なおも語る。
総取締役の白狐でさえ、
人の血を浴びた妖狐の闇は、
祓えないのだと。
恨みを生み出すのは、
裏切られた者の深い悲しみ。
それは、狐も人も変わりはしない。
気が付けば、どんぎつねは、
巫女の様な装束を身に着けていた。
その姿を見直して、源三郎が問う。
「白狐の元におれば、ぬしは
二度と闇に落ちる事はあるまい。
何故に、戻った?」
「源三郎さんに、
お礼を言いたかったの。
親切にして下さって、
本当にありがとうございます。
もし宜しければ、これを。」
どんぎつねは、源三郎の手を離し、
何やら、モフモフしたものを
差し出す。
それは、小さくはあるが、
どんぎつねの美しい尻尾に
瓜二つだ。
「白狐が切り落とした、
私の尻尾の先です。」
思わず後ずさりした源三郎を見て、
どんぎつねは悲しそうな顔をする。
「やっぱり気持ち悪いですよね。
でもこれには、
妖力は有りません。
その代わり、
危険には敏感なので、
お守りになります。」
「お守り?」
「はい。
殺気を感じると、
毛が逆立つのです。」
源三郎は、恐る恐るその尻尾の先を
手に取った。
薬草園で枕にした、
どんぎつねの尻尾の感触が蘇る。
源三郎は思った。
“むしろ、安らぐ気がするが。”
「なれば、ありがたく。」
尻尾の根元には、
細い紐が付いている。
源三郎はそれを脇差の柄に下げた。
どんぎつねは、満面の笑顔で、
尻尾をぐるぐる回す。
「他に何か、
お役に立てる事は?」
「いや。もう充分。
ぬしが無事でおったのが、
何よりじゃ。」
その時だった。
源三郎の脇差に下げた尻尾が
急に揺れ始めた。
「これは、何とした事!」
どんぎつねの耳が、
伏せ気味に尖る。
「ただならぬ気配がします。」
~~~~~~~
やがて、馬のひずめの音が
聞こえてきた。
源三郎は、どんぎつねの手を取り、
社の裏手にある、
杉の御神木の陰に隠れる。
走り去る馬上の人を見て、
源三郎は、目を見張った。
“あれは、成之様!”
実はこの日も源三郎は、
如古坊の後を追っていたのだ。
高山との国境近くのこの山に入ると
すぐに、谷間を流れる川の淵に
馬を置いたまま、如古坊は
姿を消してしまった。
かなりの距離を置き、
馬の足跡を頼りに
追っていたのだが、
すでに気付かれていたのかも
知れなかった。
“またしても見失のうたか。”
源三郎は仕方なく、
引き返す事にしたのだが、
口惜しい思いは胸に増すばかり。
ふと、近くに稲荷神社があるのを
思い出し、気を鎮めようと、
立ち寄ったのだった。
どんぎつねを案じる思いもあった。
そして、まさかの再会。
それは、源三郎に
思わぬ力を与えた。
「どんぎつね殿、ちと訊ねるが、
鼻は効くか?」
「もちろんです!
今、通ったお方は、
着物から白檀の香りが。」
「その香りを、辿れ様か?」
「お任せ下さい。」
「では、頼む!」
社の裏に廻り、つないだ馬を
引きだそうとする源三郎を、
どんぎつねが止める。
「馬は置いて行きましょう。
さほど遠くはなさそうです。」
源三郎はどんぎつねの言葉に従い、
並んで歩き始めた。
どんぎつねの耳としっぽは
気になるものの、この際、
かまってなどいられない。
「源三郎さん。あの方は?」
「羽木家惣領、忠清様の兄上じゃ。
腹違いではあるが。」
その一言で、どんぎつねは
何かを悟ったらしい。
「先程、ぬしが申した
ただならぬ気配とは?」
「あの方は、濃い灰色の靄に
取り巻かれています。
あのままでは、危ない。」
「危ない?
成之様が?」
どんぎつねは、黙ったまま、
かすかな香りを追う。
源三郎もそれ以上は訊ねず、
その横を歩きながら、
トヨが聞き出してくれた
薬師堂の小僧の話を思い返した。
如古坊は、月毎に薬師堂を訪れ、
薬を受け取っては、何処かへ
届けているらしい。
しかも、時には貴重な
高麗人参まで携えて。
源三郎はそれを聞いて、
腑に落ちた気がした。
如古坊は、鳴子の張り巡らされた
あの横道の先で、
人参を育てているに違いない。
“しかし、いったい何の為に?”
「もうすぐです。
この道の奥。」
どんぎつねがさす指の先に、
笹竹に囲まれた小屋の屋根が
小さく見えた。
“如古坊が姿を消した場所とは
まるで方向が違う。
やはり、気付かれていたか。“
「よし。
わしが行って、探りを入れよう。
ぬしはここで、待っておれ。」
「駄目です。それでは
靄の正体が分かりません。
私も行きます。」
「しかし、、、」
「源三郎さんは、この藪の葉を
茎ごとたくさん切って、
持って来て下さい。」
「何故?」
「カモフラージュです。」
「鴨?」
「ええっと。あ、、、隠れ蓑。
そう。隠れ蓑にするんです。」
そう言い残すと、
どんぎつねは走り出した。
足音は全く立たない。
“唯之助にも劣らぬの。”
どんぎつねの見事な走りっぷりに、
源三郎は、舌を巻く。
言われた通りに、源三郎は
藪の小枝を小刀で切り出した。
そして、それを小脇に抱え、
足音を忍ばせて、小屋に近づく。
笹竹の間で、手招きするように
どんぎつねの尾が揺れていた。
源三郎は、素早くその横に
体を滑り込ませる。
広縁に人影が見えた。
話し声がかすかに聞こえる。
「母上の容態は?」
「先ほど、手当は済ませた。
ほどなく落ち着かれよう。」
「あれ程、出歩いてはならぬと、
申し伝えておいたものを。」
「まあ、まあ、ここは。。。
お前の為に、山竜胆を
探そうとなされたのじゃ。」
源三郎は、耳を疑った。
“母上?”
「源三郎さん。
部屋の奥に黒い靄が
見えます。
成之様の物より、
もっと暗くて濃い。」
「奥にいるのは、
成之様の母御らしい。」
「母御?それは、
お母様の事ですね。
でも、何故、このような
山奥の小屋に?」
「子細はわからぬ。
殿がご正室を迎える折に、
城から追われたと聞いておる。
成之様はすぐに寺に入られ、
母御のその後は、誰も語らぬ。」
「ひどい!
それではお母様が
恨みの念を抱いても
仕方がないです。」
「ううむ。何とか、姿を
確かめられぬものか。」
小屋の奥を覗き込もうと、
源三郎が身を乗り出す。
そのはずみに、
笹竹がザワッと揺れた。
その音に驚いて、庭先の鶏が、
けたたましく泣き騒ぐ。
“あっ!!!”
源三郎が息を飲む。
どんぎつねの形相が
見る間に変わった。
「この、チキンめが―――!」
飛び出そうとするどんぎつねの袖を
源三郎が咄嗟に抑えた。
「どんぎつね殿!気を確かに!」
「え?あっ!
私ったら、つい私情が。」
その時、如古坊の大音声が轟いた。
「誰じゃ、そこにおるのは?!」
「これは、したり!
逃げるぞ!」
袖を引く源三郎の腕を、何故か、
どんぎつねの白い指が抑えた。
「ここは、私の出番です!
源三郎さんはこの枝を被って
先に逃げて!」
「ならぬ!」
「中にいる方を
確かめないと。
任せて!私、女優なんで。」
そう言うやいなや、どんぎつねは、
笹竹の間をするりと抜け、
肩を怒らせている如古坊の
目の前に立った。
不意に現れた巫女姿の女子に、
如古坊は一瞬、たじろぐ。
「な、何者じゃ?」
「私は、伏見稲荷の
巫女にございます。」
どんぎつねは、緋色の袴の両脇を
両手で広げ、膝を屈めて、
優雅にお辞儀をした。
まるで、ディズニー・プリンセス
の様に。
だが、しかし、悲しいかな、
ここは永禄。
プリンセスなんて、
だあれも知りゃしない。
袴を思いっきり広げたのは
源三郎を隠す為だったのだが、
当の源三郎にはさっぱり伝わらず。
尻尾を払う様に動かして、
合図を送るが、
立ち去る気配は全く無かった。
“ん、もう!!!
こうなったら、仕方ない。
大切な非常食だけど。“
どんぎつねは、
衣の袖に手を入れると、
スナック菓子を数粒、掌で握り、
粉々に砕いて、足元に落とした。
“関西限定、カール薄塩味。。。
やっと見つけたのにい!“
そう。
“東京”では、今や幻の
スナック菓子なのだ。
小屋の床下に逃げ込んでいた鶏が、
目ざとくそれを見つけて、
近寄ってくる。
“カールうすしお”のかけらを
ついばみ始めた所で、
どんぎつねは、ここぞとばかりに
鶏を蹴り上げた。
鶏は、羽をばたつかせ、
盛大に叫び声を上げながら、
小屋の屋根に吹っ飛ぶ。
“ナイス・シュート!!!”
そう。
それは、令和なら
ナデシコ・ジャパンから、
オファーが来るレベル。
如古坊は、口をあんぐりと空け、
屋根を見上げた。
すかさず振り返り、どんぎつねは
源三郎を促す。
「早く!今のうちに!」
どんぎつねの言葉に押され、
源三郎は、身をひるがえし、
笹竹の中から姿を消した。
~~~~~~~
稲荷の社に戻った源三郎は、
なかなか、馬を引き出せずにいた。
早く城に戻って、若君に報告をと
思いつつ、やはり、
どんぎつねが気にかかる。
やがて、日が暮れて、
辺りは闇に包まれた。
“遅い。遅すぎる。。。”
源三郎は焦った。
“如古坊に捕らえられたか?
なれば、助けに行かねば。
いやしかし、
伏見に戻ったのやもしれぬ。
それなれば良いが。
やはり、ここは確かめに。。。“
暗闇の中で、隠れ蓑はいらぬはず。
なのに源三郎は、
袴に、長めの枝を差し込み
胸元まで葉で覆う。
社を出ようとした所で、
鳥居の下に、金色の星が二つ、
輝いているのが見えた。
源三郎は、目をしばたく。
その星は、真っ直ぐに
こちらに向かって来る。
思わず目をつぶった源三郎の耳に、
柔らかな声が響いた。
「今から、何処に行くの?」
目を開けると、そこにあったのは、
愛らしく動く狐の耳。
「どんぎつね殿!」
源三郎は我を忘れて、どんぎつねを
抱きよせた。
笹の葉に鼻をくすぐられ、
どんぎつねが大きなくしゃみをする。
源三郎は、あわてて胸を引き、
どんぎつねを離した。
「すまぬ。案じていた故、つい。」
その後、源三郎とどんぎつねは、
月明かりを頼りに、枯枝を集め、
焚火をしながら、夜を過ごした。
正しくは、源三郎の馬も一緒に。
源三郎は、枯葉を集め、
馬の寝床を作ってやり、
馬は前足を折って、
その上にじゃがみ込んだ。
源三郎は、優しく馬の首を撫でる。
馬が落ち着いたところで、
どんぎつねをそばに呼んだ。
「この馬は大人しいゆえ、
ぬしが触れても暴れはせぬ。」
源三郎は、どんぎつねの手を取ると、
首筋を触らせた。
どんぎつねは、馬のたてがみに、
頬を寄せる。
馬のぬくもりが心地良い。
「これで、寒さはしのげよう。」
馬の体に上体を預けてくつろぐ
どんぎつねの姿に、なぜか源三郎の
心もほぐれて行くのだった。
焚火が、時折小さく爆ぜて、
火の粉が舞い、炎が揺らめく。
馬とどんぎつねに背を向け、
源三郎は、焚火を見つめたまま、
どんぎつねの話に聞き入った。
けたたましい鶏の声を聞きつけて、
顔を出した成之に、
狐の絵馬を渡した事。
病人の願い事と名前を書いて、
稲荷神社に奉納すれば、
病は癒えると伝えた事。
「もし、お母様が私の話を
聞いておられたなら、
ご自身が、絵馬に願いを
託すかもしれません。
弱った者ほど、神仏に
すがりたくなるもの。」
「お前の耳と尻尾をみて、
成之様や如古坊は
不審に思わなかったのか?」
「狐が稲荷神の使いである事は、
皆様、良くご存じです。
伏見稲荷では、新たに神官を
迎える事になり、
その儀式の為の時別な衣装だと
伝えました。
ここに私が来たのは、
儀式に使う杉の葉を
取りに来たのだと。
通りがかりに、話し声が聞こえ、
なにやら困り事の様だと思い、
足を止めたと申し上げました。」
“平成の東京だったら、
振り向きもされないんだけど。
コスプレ天国だから。“
「杉の葉?その御神木の?」
どんぎつねがうなづく。
「この稲荷神社は、伏見稲荷の
八百八十八番目の末社なのです。
八は末広がりで縁起が良いので、
この御神木が選ばれました。」
どんぎつねの話は、
まんざら嘘でもないらしい。
小さな火の中で、
また枯れ枝がはぜた。
その音が、だんだん遠くなる。
やがて、源三郎は、
浅い眠りに落ちて行った。
夜明け前、
体が揺れるのに気付いた源三郎は、
思わずわが目を疑った。
いつの間にか、馬の背に乗っている。
馬は城を目指している様だ。
源三郎は手綱を引き、
稲荷神社に戻ろうとするが、
馬は向きを変えようとしない。
まるで、何かに操られている様に。
馬の鼻先に、小さな火が
おぼろに揺れている。
“あれは、もしや、狐火?”
突然、源三郎の全身から力が抜ける。
手綱を取ろうとしても、
指に力が入らない。
源三郎は、なすすべもなく、
狐火に導かれる馬に、
その身をゆだねた。
~~~~~~
「高山との国境の小屋で、
いったい、何をして
おられるのか。」
若君と共に、源三郎の報告を聞いた
小平太が、成之への
不信感を露わにする。
源三郎は、成之の母の事は、
この時はまだ、語らずにいた。
「若君、直ぐに如古坊を
問いただしては?」
思案を重ねていた忠清が、
やっと口を開いた。
「小平太。早ってはならぬ。
今は、源三郎とともに、
花園での茶会の準備を進めよ。」
忠清は思い返していた。
此度、源三郎が突き止めた小屋は、
唯が見たと言う、成之と高山の
坂口との密談の場であろう。
今思えば、大手柄であったのに、
逆上して唯を責めた。
忠清は、いまさらながら、
あの夜の己を、恥じた。
“それにしても、兄上が未だ、
あの小屋を使うておるとは。
わしに知られた事は、承知のはず。
何故じゃ?“
若君の部屋を退出した後も、
小平太は不服な様子。
「若君は、いったい何を
考えておられるのか!」
一方で、源三郎はすぐにも
稲荷神社に戻りたかったが、
若君の言葉に従って納戸に向かい、
茶会の為の茶器を揃え始めた。
さらに数日が過ぎた。
茶会を二日後に控え、花園の東屋で
会場を整えている源三郎のもとに、
何故か、トヨがやって来た。
小平太の使いだと言う。
「小平太殿は、本日は参れぬ。」
「何故?」
「三之助と孫四郎を送って行く事に
なったのじゃ。
先に戻った、梅谷村の
おふくろ様の元への。」
「天野の屋敷で、養うはずでは?」
「三之助がの、
母を守るは、自分の役目じゃと
言い張って聞かぬらしい。」
「何と、けなげな事よ。」
「今日の務めを、
ぬし一人に任すは心苦しいが、
よろしく頼むと。」
「承知した。伝言ご苦労。」
「それと。。。これを。」
トヨは真っ白な晒を源三郎に渡す。
手ぬぐいほどの大きさで、
端には千原家の家紋が
染められていた。
「これは?」
「先日の礼じゃ。
薬師堂の小僧に、草木染の
手ほどきをうけての。」
「薬師堂?では、この紋は、
ぬしが染めたのか?」
しばらく前の事。
ノアザミの葉を摘むと言う
トヨの手に、手ぬぐいを巻いて
やったのを、源三郎は思い出した。
「あのような事、
気にせずとも良いものを。
それに、わしはまだ
許されておらぬ。
千原を名乗る事は。」
トヨは聞こえぬふりで言う。
「首に巻けば、汗止めになろう。
襟も汚れまい。」
源三郎は、小さく頷くと、
うつむいたままそれを首に巻いた。
トヨは嬉しそうに、その様子を見て
いたが、源三郎が顔を上げると、
慌てたように後ろを向き、
走って行ってしまった。
“相変わらず、せわしい奴じゃ。”
源三郎は、礼も言えぬまま、
トヨを見送る。
やがて、東屋の作業に戻った。
明後日の茶会では、茶を味わう前に、
この東屋で、成之が花を立て、
披露する趣向になっている。
東屋の柱に朽ちた所が無いか、
源三郎は、その一つ一つを
掌でなぞって確かめた。
その後、花器をしつらえる為の
花台を東屋に運び入れる。
布で丁寧に花台を拭き清めた所へ、
庭師の頭が、縁台の組み立てが
終わったと、報告に来た。
「奥御殿の方々の御席には、
紗の天蓋をお付けする事に
なっているはずじゃが。」
「抜かりございませぬ。
床の緋毛氈と、天蓋の紗は、
明日、運び込む手筈にて。」
「左様であったの。ところで、
成之様の花器は決まったか?」
「野点であれば、青銅の壺が
よろしかろうとの仰せ。」
「左様か。
その壺の運び込みも
明日になろうの。
であれば、明日の夜も
わしが番を致そう。」
「連夜のお役目では、
お身体に触りが。
今宵は、わしらが見張ります、
どうか、お屋敷にお戻りを。」
「いや、大事無い。
野営は戦で慣れておる。」
庭師らを帰し、東屋に戻る。
西に傾く夕日が目に染みる、
源三郎は、ふと思い出した。
“どんぎつね殿に、
袴をはかせたのも、
ここであった。“
脇差に下げた小さな尻尾を、
指でそっと撫でる。
源三郎は、声に出してみた。
「姫、おみ足をお上げ下され。」
「は~~い。」
驚いて振り向くと、
当のどんぎつねがおどけた顔で
片足を上げていた。
「な、何故分かった?
わしがここにおると。」
「だって、それ、
私の分身ですから。」
「分身。。。」
「ずっと、お守りします。
源三郎さんが
持っていて下さる限り。」
「それは、、、心強いの。」
どんぎつねは、満開の花の様な
笑顔を見せる。
源三郎は、眩しそうな顔で、
目をそらした。
「源三郎さん?」
「あ、いや、その。
折角参ったのじゃ。
紅葉を見せてやろう。
今が、見ごろ故。」
「あ、いえ、それよりも、
これを。」
どんぎつねは、衣の袖から、
杉の葉に包まれたものを、
そっと取り出す。
「これは、もしや。」
「はい。絵馬です。
今朝、社で見つけました。
これにも、黒い靄が
かかっていたので、
御神木の葉で封じています。」
絵馬を受け取る源三郎の指が震える。
これを書いたのは、成之様か?
それとも母御か?
その願いとは、いったい。。。
「ご覧になる時も、杉の葉は
付けたままにして下さい。
そして、その葉が枯れる前に、
稲荷の社に戻して。」
「承知した。
早う若君にお届けせねば。
いや、しかし、これは困った。
わしは、明後日の朝まで、
ここを離れられぬ。」
「少しの間でしたら、
私がここに。」
「それは、ならぬ。
ぬしは、城の者では無い。」
源三郎はため息をつき、天を仰ぐ。
空には一番星が瞬き始めた。
その時、どんぎつねの耳が
ピクリと動いた。
「誰か来ます!」
源三郎が、どんぎつねを
花台の下に押し込む。
砂利を踏む音とともに
聞こえてきたのは、
良く知った声だ。
「源三郎、ご苦労。」
「これは、小平太殿。
梅谷村へ参られたのでは?」
「急ぎ戻ったのじゃ。
珍しき梅が枝を手に入れた故。
今、庭師の頭に預けて参った。」
「梅?この季節に?」
小平太は、得意げに語る。
「それがの、咲いておったのじゃ。
滅多に見られぬ故、
若君様の茶会にと、
母上が申されての。」
「母上?」
聞き返されて、小平太は慌てた。
「あ・・・いやその、
母上じゃ。三之助と、孫四郎の。」
小平太の顔が、見る見るうちに
朱に染まる。
普段、生真面目で無骨な小平太の
思わぬ一面を見て、源三郎は驚く。
“?乃殿を慕っておられるのか。”
小平太は、照れくさそうに
背を向けると、
今宵の番を代わると言う。
役目を放り出し、“おふくろ様”に
会いに行ったとは、
思われたくないらしい。
小平太は、茶会当日の警備役
なので、その前夜の番には、
付けぬ決まりになっていた。
「なれば、ありがたく。」
引き継ぎはないかと問う小平太を、
刈込の足りない柴垣に案内しながら、
源三郎は、さりげなく東屋に
視線を送る。
どんぎつねは、そっと花台の下から
這い出すと、源三郎に手を振り、
すぐにその姿を消した。
~~~~~~
そして、茶会当日。
源三郎は、稲荷の社の前で、
手を合わせていた。
「茶会に出なくて良いの?」
どんぎつねが、無邪気な顔で言う。
「わしは、列席を許される様な
身分ではない。」
「身分?
それならば、その身分とかに、
感謝です。」
「感謝?」
「はい。そのおかげで、
今日また、ここで
会えたんでしょう?」
源三郎は、戸惑いを隠せない。
誰もが、立身出世を望むもの。
それなのに。。。
どんぎつねは、屈託なく続ける。
「で、分かりました?
何が望みか。
絵馬を書いた人の。」
「いや。
ただ、“大願成就”とのみ
記されていた故。
つまびらかにはなっておらぬ。」
「そうですか。
筆跡は?」
「それは判明した。
成之様の母御のものと。
歌会の古い短冊が、
残っておっての。
照らし合わせたのじゃ。」
「凄い!
源三郎さんって、
名探偵ですね。」
「めい?」
「私ね。思うんです。
成之様は、冷静沈着に見えて、
お母様への思いは、
人一倍お強い。
そのお母様の暗い念が払えれば、
成之様にまとわりついている
暗い靄もきっと晴れます。」
「しかし、どのようにすれば?」
「まずは、お母様の体を癒す事。
それから、過去に何があったのか、
慎重に調べて、こじれた原因を
洗い出すんです。」
「お、おお。不思議じゃの。
ぬしの言葉を聞くと、その通りに
成せそうな気がする。」
いつの間にか、辺りは
夕闇に包まれていた。
小さな火が、
一つ、また一つと、
稲荷の社を囲み始める。
「どんぎつね殿、この火は?」
「白狐の迎えです。」
「迎え?
では、伏見稲荷へ戻るのか?」
「はい。」
「急すぎるではないか。
留まれぬのか?ここへ。
つまりその・・・
こ、こ、このわしの・・・」
思いもしなかった突然の別れに、
源三郎の頭は真っ白になる。
驚きのあまり舌がもつれる。
“妻”という文字が目の前に
浮かぶが、言葉に出来ない。
「私、闇払いになる事に
したんです。」
「闇払い?」
「はい。闇落ちする人を、
助けたいんです。
それには、白狐の元で
修行しないと。」
「その修業とは、
ここでは成せぬのか?
救わねばならぬものが、
目の前におるではないか。
ここに納めた絵馬のお方の。
この稲荷の巫女となり、
その方の闇を払うが、
ぬしの役目では。」
「成之様のお母様は、
まだ夜叉にまでは
落ちていません。
今なら、人の力で救えます。
たぶん夫であったお殿様なら。
お母様が救われれば、
成之様も救われます。」
狐火がどんぎつねの周りを
ゆっくりと飛び始めた。
「私、実は、“葛の葉”様に
憧れていました。
安倍晴明様のお母様の。」
「篠田の森に消えたと言う?」
どんぎつねは、微笑みながら頷く。
「でも、私には無理だと
悟ったんです。
これからは、人に恋せず、
人を救う修行に励みます。」
どんぎつねの決意は固い様だ。
源三郎の目の前から、
“妻”という言葉が消えて行く。
肩を落とす源三郎に、
どんぎつねは優しくこう言った。
「源三郎さん、
気づいてないんですか?
あんなに慕われているのに。」
「わしが?」
「その、首のものは?」
源三郎は、慌てて晒を首から外す。
「見ておったのか、花園で。
こ、これは、礼にと。
それにあれは、
妹の様なものじゃ。
あ、いや、時に、
姉の様でもあるが。」
「妹?」
源三郎は語った。
故あって、源三郎はとある村で
生まれたのだが、急に母の乳が
出なくなり、困り果てた所へ、
見かねたトヨの母が、
乳を含ませてくれたのだと。
「トヨさんって
おっしゃるんですね。
私だったら、肌に着けるものは
好きな人にしか
贈りませんけど。」
「そのような事、申すでない。」
源三郎は、何とか話をそらそうと
躍起になる。
「そうじゃ。
あれは見事じゃったの。
伏見稲荷の巫女は、
蹴鞠もたしなむのか?」
「蹴鞠?」
「まさか、鶏があのように
宙に舞うとは。」
「ああ、あれですか。
やりましたよね~。」
どんぎつねが自慢げに
尻尾をぐるぐる回す。
それを見て、源三郎が笑った。
「実は私。
あれから考えたんです。
私の前世はポンスキーで、
子供だった源さんと
ボールで遊んでたのかなって。」
「ぼおるとは?」
「あ、鞠です。」
「その後に、狐に
生まれ変わったと。」
「はい。」
「源殿も、罪な事をしたものじゃ。
人に生まれ変わるよう、
願えばよかったものを。」
「源三郎さんは、そう願って
下さるんですか?」
「願う。」
「良いんですか?
そんなこと言って。
ホントに、生まれ変わるかも。
例えば、源三郎さんと、
誰かさんの娘としてとか?」
「誰かさんとは、誰であろう。」
源三郎が寂しそうな顔をする。
どんぎつねは、
慌てて言葉を添えた。
「男の子として、
生まれたりして。」
「男?いや、やはり娘が良い。」
「そう?
じゃあ、考えておいて下さい。
名前を。」
「どんぎつねでは不服か?」
「不服では無いですけど。
折角なら、もっと、
娘らしいのが。」
「心得た。」
「今、決めてもらえます?」
「何故に?」
「生まれ変わった時に、
思い出せるかも。
今日の事。」
「承知した。」
腕組みをした源三郎の指が、
脇差に下げたモフモフに触れる。
やがて、どんぎつねを見つめて、
こう言った。
「美緒」
どんぎつねの尻尾が、
嬉しそうに揺れる。
「ぬしの尾は、美しい故。」
「えーーー?尻尾だけ?」
どんぎつねは嬉しさを隠して、
わざと口を尖らせる。
「あ、いや。そういう訳では。」
どんぎつねは、思う。
“やっぱり源三郎さんカワイイ。”
気が付けば、どんぎつねは
沢山の狐火に取り巻かれていた。
夜空には美しい星が瞬いている。
どんぎつねは空を見上げた。
「もう、行かなくちゃ。」
「もう。」
どんぎつねは、源三郎が左手の中に
丸めて持っている晒を
そっと自分の手に取ると、
静かに広げて、それを源三郎の
首に巻きなおした。
「どうか、お幸せに。」
「美緒。」
源三郎が呟く。
狐火に導かれる様に、どんぎつねは
稲荷の社と御神木の周りを
ゆっくりと廻ると、やがて、
鳥居の向こうに消えて行った。
“これを、“狐の嫁入”と
呼ぶのやもしれぬ。“
白狐の元に戻るどんぎつねの、
美しい尾が、目の奥で揺れる。
源三郎は、朝日が昇るまで、
その場に一人、
たたずんでいた。
https://www.youtube.com/watch?v=ZPsZj6_udmE
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