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  • 返信先: 創作倶楽部
    ~稲荷~

    https://www.youtube.com/watch?v=T1WW3TL2v0I
    このCMを見て、つい、“かまたま” を
    食してしまったおばばです。笑
    日清、ずるい!
    でも、かまたまならば、
    やはり、麺は太麺のほうが良いですな。
    食した後、以前投稿した、
    “月食”、“星降る夜に”
    の続編を書いてみました。

    梅とパイン様、
    “トヨ”ちゃんお借りします~(^^♪
    ~~~~~~~~~~~~~

    いつもの様に、籠を携え、
    部屋から出ようとした成之は、
    不意に、忠清に呼び止められた。

    「兄上、どちらへ?」

     「木の実を探しに。
      花材にしようと思うての。」

    「これでは、足りませぬか?」

    忠清は、摘んだばかりの草花が
    入った手桶を差し出す。

     「野ぶどうか。尾花もあるの。」

    鋭いまなざししか向けぬ成之が
    僅かに見せた微笑みを、
    忠清は見逃さなかった。

    「部屋へお待ちしましょう。」

     「うむ。」

    先に、外へ出ていた如古坊は、
    その様子を、塀の陰から見ていたが、
    やがて、城の裏門に向かって
    歩き始めた。
    源三郎が、その後を付けている事には
    全く気付かずに。

    部屋に戻った成之は、
    次の間の棚から、花器を一つ選ぶと、
    庭に面した外廊下に運んだ。

    忠清は、その斜め後ろに座り、
    兄を見つめる。
    成之は、花を手桶から取り出すと、
    広げた紙の上に、丁寧に並べ始めた。
    桔梗を手にした成之は、
    薄紫の花弁に、しばし目を止める。
    そこへ、忠清が声を掛けた。

    「それは、茎が細すぎましょう。」

    成之は、黙したまま、
    桔梗を2輪、尾花に添えると、
    短く切ったフキの茎に通す。
    そして、それを花器の
    中央に立てた。

    「ほう。これは、見事な。」

    忠清は、言葉を続ける。

    「兄上と私も、その桔梗の様に
     有りたいものです。」

     「何を申される。
      忠清殿は、すでに大木の風情。
      このような小さな器には、
      収まりきらぬ。」

    「私など、古木の枝の小さな
     新芽にすぎませぬ。」

     「忠清殿が新芽であれば、
      私は、さしずめ、
      切り捨てられた小枝であろう。
      たまたま拾われて、
      僅かな水で命を
      繋いだだけの。」

    「庭師の頭に問うた事が
     ありまする。
     古木に新たな力を与えるには、
     どの様な策があるかと。」

    成之が、花を選ぶ手を止めた。
    その肩に緊張が走る。
    成之の顔色が変わったのが、
    忠清には手に取るように分かった。

     「して、その答えは?」

    成之が乾いた声で訊ねた。
    忠清は、静かに息を吐く。

    「接ぎ木にございまする。
     手法は幾通りかあるそうな。
     日を改めて、より良い策を、
     兄上と語りたいものです。」

    忠清が声を強めた。

    「台木の切り所を見誤れば、
     下から出た新芽の勢いで、
     継いだ枝が枯れる事も
     あるとか。」

    成之は、花器を見つめたまま、
    野ふどうの葉をちぎる。
    そして、血の気の引いた指先を、
    その弦で隠した、

    「花材であれば、
     花園に満ちておりまする。
     されど、兄上は山に向かわれる。
     それは、何故?」

     「花はの。
      開いた場により、趣が異なる。
      崩れ落ちそうな崖の中腹で、
      凛と頭を上げる花もあれば、
      藪の中で、うつむいて咲く
      可憐な花もある。
      その有り様を知り、
      花器に写すのじゃ。」

    「兄上は、野趣を
     好まれるのですね。」

     「山深い寺で育ったからの。
      加えて申せば、
      花園などに出向こうものなら、
      あらぬ疑いをかけられよう。」

    「疑いとは?」

     「知れた事。
      花園は薬草園と続いておる故。」

    「目当ては、花ではないと?」

    成之は、是も非も無く、
    花器に向かう。

    忠清は、兄の背から眼を放さず、
    なおも語りかける。

    「実は、本日は、礼を申し上げに
     参ったのです。」

     「礼とは、何の事かの?」

    「探索に奔走して下さったと
     伺いました。
     吉田城で姿を消した私の。」

     「確かに。
      しかし、探し出せなんだ。
      礼には及ばぬ。」

    「お気持ちが嬉しいのです。
     宜しければ、これを。」

    忠清は、懐から包みを取り出した。
    成之が、ゆっくりと振り返る。

    見慣れぬ透けた薄い紙の中には、
    細い棒の先に留められた、
    小さな風鈴が入っていた。
    透明なガラスには、
    赤とんぼが描かれている。

    それは、平成の黒羽城址の
    売店にあった、
    園芸用のピックだった。
    羽木家滅亡を知った際、
    忠清は食事もせず、唯の部屋に
    籠ってしまったのだが、
    忠清の気を晴らそうと、
    尊が買って来てくれたのだ。

    永禄に戻る前、これを
    兄への土産にしたいと尊に伝えた。
    尊は、驚いた様だった。
    忠清の命を狙った黒幕は、
    兄の成之かもしれないのにと。
    尊は、暫く考え込んでいたが、
    それが、成之との対話の
    きっかけになるのならと、
    承知してくれたのだ。

     「ギヤマンか?」

    「流石、兄上。ようご存じ。」

     「これを手に入れたとなれば、
      忠清殿の隠れ屋は、
      堺辺りの、商家であったか。
      医術に長ける伴天連も
      おると聞くが。」

    「隠れ屋の事は、またあらためて。
     この城の向後の事、兄上と
     語りあり合いたいと、
     私は心より願ごうて
     おりまする。」

    手にした小さな風鈴を、
    頭上にかざし、成之は、
    その小さな音に耳を傾ける。

    無邪気に赤とんぼを追った、
    幼い日の思い出が、うっすらと
    成之の脳裏をよぎった。

    虫籠を持った母の声が蘇る。

    「さあ、お城へ戻りましょう。」

     「父上は喜んで
      下さいましょうか?」

    「ええ、必ず。
     素早い蜻蛉を、成之がその手で、
     みごとに捉えたのですから。」

    空一面に広がる夕焼けが、
    母の頬を染めていた。
    幸せに包まれた、優しい微笑み。
    成之の記憶の中の穏やかな母は、
    ほどなく、床に臥せ、
    苦悶する姿に変わった。
    “あの笑みは、二度と戻らぬ。”

    懐かしい夕景を、
    苦い思いが黒く塗り潰す。

    「兄上、もし宜しければ、
     花園の東屋で
     茶会を致しませぬか?
     秋の七草も、
     咲き揃うておりまする。」

    忠清の声で、我に返った成之は、
    唇を強くかんだ。
    “わしが探しておったのは、
    お前の骸じゃ!“
    今にも叫び出しそうな己を、
    必死で押しとどめる。

    退出した忠清の足音が遠ざかり、
    やがて消えた。

    成之の震える拳の中で、
    小さな風鈴が砕ける。

    指の間から、血が滴る。
    それは、まるで、赤とんぼの
    涙の様だった。

      ~~~~~~~~

    裏門を抜けた如古坊は、
    振り返りもせずに、山に向かった。
    その道は、野上との国境を守る、
    砦に続いている。

    源三郎は、柴を刈る村人の姿を装い、
    少し後ろを歩いた。

    鬱蒼とした木々の間には、
    村人が踏み固めた、
    横道が幾つかあり、その一つに
    如古坊は足を踏み入れる。

    この山には、至る所に
    鳴子が仕掛けてあるのだが、
    気に止める様子は全く無い。
    どうやら、通い慣れているらしい。

    “このまま、後を追えば、
    枯れ葉を踏む音で、気付かれる。“
    源三郎が、ためらっていると、
    不意に後ろから声がした。

     「そこで何をしておる!」

    慌てて振り向いた源三郎の頬に、
    細い人差し指が刺さる。
    悪ふざけがまんまとはまり、
    娘が、笑い声を立てた。
    幼馴染のトヨだ。
    素早くトヨの脇に
    体を寄せた源三郎は、
    その口を手で覆った。

    驚いたトヨが、もがく。

    「静まれ!」

    空いた片方の手で、
    トヨの背を押すと、
    足早に山道を上がる。

    「ここまで来れば、良かろう。」

    やっと手を放した源三郎を、
    トヨが睨んだ。

     「何の真似じゃ!」

    「すまぬ。
     ちと、子細があっての。
     それより、ぬしの方こそ、
     何故、ここに?」

     「薬師堂に参る途中じゃ。」

    「薬師堂なれば、
     下の道ではないか。」

     「下からでは、本堂までの
      段がきつい。
      この少し先の、脇道を
      下る方が楽じゃ。

    「しかし、遠回りであろう?」

     「薬師堂に下りる途中で、
      ノアザミの葉を摘む。」

    「ノアザミ?」

     「干して、煎じれば、
      寝付の薬湯になる故。」

    「ほう。良う存じておるの。」

     「薬師堂の御坊が 
      教えてくれたのじゃ。
      若君様が、
      行方知れずになった折にの。」

    「左様か。
     では、その薬湯は天野の
     信茂様の為か?
     守役であられたお方じゃ。
     御心痛は誰よりも
     深かったであろう。
     千原家の元次様も、夜も眠らず、
     案じておられた。」

     「信茂様はの。
      自害なさろうとして。
      唯之助に止められたのじゃ。
      未だ、眠りは浅い。
      せめて、薬湯をと思うての。
      誤って、他の葉が
      混じっておらぬか、
      必ず御坊に確かめて貰うのならと
      ご当主の信近様が特別に
      お許し下さった。」

    「忠義な事よ。
     ぬしも、すっかり
     天野家の者じゃの。」

     「下女ではあるがの。
      して、源三郎の子細とは?」

    「今は、語れぬ。
     それよりも、遅うなっては、
     咎められよう。
     早う行け。」

    源三郎はトヨを促し、踵を返す。
    が、すぐにまた振り返った。

    「トヨ、手を出せ。」

    源三郎は、懐から取り出した
    手拭いの端を口に咥えると、
    細く裂く。
    それを手慣れた様子で
    トヨの右手に巻き付けた。

    「これで良い。
     ノアザミには棘がある故。」

    トヨが礼を言う間もなく、
    源三郎は、来た道を駆け下りる。
    そして木陰に身を隠し、
    如古坊が戻って来るのを待ったが、
    やがて諦めて、城に戻った。

    その夜、トヨが千原家を訪ねて来た。
    元次も不眠と知った天野信茂が、
    薬草を届けさせたのだ。
    何かと張り合う元次と信茂だが、
    数々の難局を、共に乗り越えて来た
    “戦友”でもある。

    「これは、忝い。
     元次様は、ここ暫く酒量が増し、
     案じておったのじゃ。」

     「されば今宵はこれを
      一服盛って、ころりと。」

    トヨは、おどけて男の様な
    口振りで言う。

    「たわけたことを申すな。」

    源三郎は、たしなめながらも、
    思わず笑ってしまうのだった。

     「そう言えばの。
      あの後、薬師堂で
      見慣れぬ僧を見た。」

    「僧とな?
     それは、如何様な?」

     「袈裟には似合わぬ、
      がっしりとした体つきの。
      まるで、
      高野山におるという、、、」

    「僧兵の様な?」

    トヨは、キッパリと頷いた。
    “如古坊やもしれぬ。”
    勢い込んだ源三郎は、
    思わずトヨの両肩を掴んだ。

    「トヨ。
     折り入って、頼みがある。」

     「頼み?」

    トヨは、ぶっきらぼうに問い返す。
    しかし、その目は少女の様に
    輝いていた。
    いつもなら、すぐに振り払うはずの
    源三郎の手も、そのままにして。

       ~~~~~~~

    「源三郎さ~ん!」

    聞き覚えのある微かな声に、
    源三郎は足を止めた。
    辺りを見回すが、誰もいない。
    “空耳か、、、”
    源三郎は石段を上がり、
    稲荷の社に手を合わせた。
    真新しい絵馬が、目の前に
    置かれている。
    何気なく手にすると、
    子狐が描かれていた。
    源三郎の口から
    とある名がこぼれる。

    「どんぎつね殿」

     「呼びました?」

    思わず顔を上げると、
    社の屋根の上に
    愛らしく動く耳が見えた。
    その上に、ふっくらとした尾が
    揺れている。
     “幻か?”
    源三郎は、何度も己の目を擦った。

    どんぎつねは、社の裏から出て来て
    源三郎の前に立つと、その手を握る。

     「幻じゃありませんよ。
      此処に居ます。」

    「無事で・・・あったか。」

     「はい。」

    「あの夜、お前は天の川に、
     飲み込まれたはず。」

     「驚きましたよね。
      でも、あれは、私を
      助けに来てくれた
      白狐なんです、」

    「白狐とな?」

     「はい、伏見稲荷の。」

    「清少納言も参拝したと言う?」

     「ええ、良くご存じですね。
      伏見は、稲荷の総本宮。
      白狐は、妖狐族の
      総取締役でもあるんです。」

    源三郎は、どんぎつねの尾に
    素早く目をやる。
    どんぎつねは、その視線を追い、
    訝し気に首を傾けたが、
    直ぐに、あの夜、自分の尾が
    裂けかけたのを、思い出した。

     「あ、大丈夫ですよ。ほら。」

    どんぎつねは、ふさふさとした尾を
    揺らす。

     「危うく、闇落ちしかけ
      ましたけどね。
      ぎりぎりの所で、
      裂けた尾の先を、
      白狐が切り落として
      くれたんです。」

    「闇落ち?」

     「あ、、、ええと。
      “九尾の狐”はご存じですか?」

    「あの、殺生石として
     封じられたという、狐の事か?
     確か、美女に化けて
     帝をたぶらかしたとか。
     名は、確か、、、」

    どんぎつねは、目を伏せ、
    小さな声で答えた。

     「“玉藻の前”です。
      その前は、“妲己”でした。」

    「殷王朝を滅ぼしたという
     傾国の美女も、九尾の狐?」

     「妲己の尾が幾つあったかは、
      分かりません。
      人に化けた狐の尾が裂けるのは
      その狐の心の傷が、
      引き金になるんです。」

    どんぎつねは語る。
    裂けた尾の数は、妖狐が受けた
    裏切りの数なのだと。

    「九尾の狐が哀れに思えるの。」

     「源三郎さんは、優しい。
      私は、源三郎さんの真心に
      救われました。」

    「わしの真心?」

     「はい。あの夜、源三郎さんが、
      私の姿を恐れて逃げ出せば、
      私は、貴方を餌食にしたはず。
      闇落ちする妖狐は、
      人の血を浴びて、
      妖気を増すのです。
      あの夜、せまる闇に抗うのに
      私も必死でした。」

    「確かにお前は、苦しみながらも、
     わしに、後姿を見せるな
     と言った。」

     「そして、源三郎さんは
      逃げなかった。
      その一瞬の間に、微かに残る
      私の正気を感じて、
      白狐が助けに
      来てくれたんです。」

    どんぎつねは、なおも語る。
    総取締役の白狐でさえ、
    人の血を浴びた妖狐の闇は、
    祓えないのだと。
    恨みを生み出すのは、
    裏切られた者の深い悲しみ。
    それは、狐も人も変わりはしない。

    気が付けば、どんぎつねは、
    巫女の様な装束を身に着けていた。
    その姿を見直して、源三郎が問う。

    「白狐の元におれば、ぬしは
     二度と闇に落ちる事はあるまい。
     何故に、戻った?」

     「源三郎さんに、
      お礼を言いたかったの。
      親切にして下さって、
      本当にありがとうございます。
      もし宜しければ、これを。」

    どんぎつねは、源三郎の手を離し、
    何やら、モフモフしたものを
    差し出す。

    それは、小さくはあるが、
    どんぎつねの美しい尻尾に
    瓜二つだ。

     「白狐が切り落とした、
      私の尻尾の先です。」

    思わず後ずさりした源三郎を見て、
    どんぎつねは悲しそうな顔をする。

     「やっぱり気持ち悪いですよね。
      でもこれには、
      妖力は有りません。
      その代わり、
      危険には敏感なので、
      お守りになります。」

    「お守り?」

     「はい。
      殺気を感じると、
      毛が逆立つのです。」

    源三郎は、恐る恐るその尻尾の先を
    手に取った。

    薬草園で枕にした、
    どんぎつねの尻尾の感触が蘇る。
    源三郎は思った。
    “むしろ、安らぐ気がするが。”

    「なれば、ありがたく。」

    尻尾の根元には、
    細い紐が付いている。
    源三郎はそれを脇差の柄に下げた。

    どんぎつねは、満面の笑顔で、
    尻尾をぐるぐる回す。

     「他に何か、
      お役に立てる事は?」

    「いや。もう充分。
     ぬしが無事でおったのが、
     何よりじゃ。」

    その時だった。
    源三郎の脇差に下げた尻尾が
    急に揺れ始めた。

    「これは、何とした事!」

    どんぎつねの耳が、
    伏せ気味に尖る。

    「ただならぬ気配がします。」

       ~~~~~~~

    やがて、馬のひずめの音が
    聞こえてきた。
    源三郎は、どんぎつねの手を取り、
    社の裏手にある、
    杉の御神木の陰に隠れる。

    走り去る馬上の人を見て、
    源三郎は、目を見張った。
    “あれは、成之様!”

    実はこの日も源三郎は、
    如古坊の後を追っていたのだ。
    高山との国境近くのこの山に入ると
    すぐに、谷間を流れる川の淵に
    馬を置いたまま、如古坊は
    姿を消してしまった。

    かなりの距離を置き、
    馬の足跡を頼りに
    追っていたのだが、
    すでに気付かれていたのかも
    知れなかった。
    “またしても見失のうたか。”

    源三郎は仕方なく、
    引き返す事にしたのだが、
    口惜しい思いは胸に増すばかり。
    ふと、近くに稲荷神社があるのを
    思い出し、気を鎮めようと、
    立ち寄ったのだった。
    どんぎつねを案じる思いもあった。

    そして、まさかの再会。
    それは、源三郎に
    思わぬ力を与えた。

    「どんぎつね殿、ちと訊ねるが、
     鼻は効くか?」

     「もちろんです! 
      今、通ったお方は、
      着物から白檀の香りが。」

    「その香りを、辿れ様か?」

     「お任せ下さい。」

    「では、頼む!」

    社の裏に廻り、つないだ馬を
    引きだそうとする源三郎を、
    どんぎつねが止める。

     「馬は置いて行きましょう。
      さほど遠くはなさそうです。」

    源三郎はどんぎつねの言葉に従い、
    並んで歩き始めた。
    どんぎつねの耳としっぽは
    気になるものの、この際、
    かまってなどいられない。

     「源三郎さん。あの方は?」

    「羽木家惣領、忠清様の兄上じゃ。
     腹違いではあるが。」

    その一言で、どんぎつねは
    何かを悟ったらしい。

    「先程、ぬしが申した
     ただならぬ気配とは?」

     「あの方は、濃い灰色の靄に
      取り巻かれています。
      あのままでは、危ない。」

    「危ない?
     成之様が?」

    どんぎつねは、黙ったまま、
    かすかな香りを追う。

    源三郎もそれ以上は訊ねず、
    その横を歩きながら、
    トヨが聞き出してくれた
    薬師堂の小僧の話を思い返した。

    如古坊は、月毎に薬師堂を訪れ、
    薬を受け取っては、何処かへ
    届けているらしい。
    しかも、時には貴重な
    高麗人参まで携えて。

    源三郎はそれを聞いて、
    腑に落ちた気がした。
    如古坊は、鳴子の張り巡らされた
    あの横道の先で、
    人参を育てているに違いない。
    “しかし、いったい何の為に?”

     「もうすぐです。
      この道の奥。」

    どんぎつねがさす指の先に、
    笹竹に囲まれた小屋の屋根が
    小さく見えた。
    “如古坊が姿を消した場所とは
    まるで方向が違う。
    やはり、気付かれていたか。“

    「よし。
     わしが行って、探りを入れよう。
     ぬしはここで、待っておれ。」

     「駄目です。それでは
      靄の正体が分かりません。
      私も行きます。」

    「しかし、、、」

     「源三郎さんは、この藪の葉を
      茎ごとたくさん切って、
      持って来て下さい。」

    「何故?」

     「カモフラージュです。」

    「鴨?」

     「ええっと。あ、、、隠れ蓑。
      そう。隠れ蓑にするんです。」

    そう言い残すと、
    どんぎつねは走り出した。
    足音は全く立たない。
    “唯之助にも劣らぬの。”
    どんぎつねの見事な走りっぷりに、
    源三郎は、舌を巻く。

    言われた通りに、源三郎は
    藪の小枝を小刀で切り出した。
    そして、それを小脇に抱え、
    足音を忍ばせて、小屋に近づく。
    笹竹の間で、手招きするように
    どんぎつねの尾が揺れていた。
    源三郎は、素早くその横に
    体を滑り込ませる。

    広縁に人影が見えた。
    話し声がかすかに聞こえる。

    「母上の容態は?」

     「先ほど、手当は済ませた。
      ほどなく落ち着かれよう。」

    「あれ程、出歩いてはならぬと、
     申し伝えておいたものを。」

     「まあ、まあ、ここは。。。
      お前の為に、山竜胆を
      探そうとなされたのじゃ。」

    源三郎は、耳を疑った。
    “母上?”

     「源三郎さん。
      部屋の奥に黒い靄が
      見えます。
      成之様の物より、
      もっと暗くて濃い。」

    「奥にいるのは、
     成之様の母御らしい。」

      「母御?それは、
       お母様の事ですね。
       でも、何故、このような
       山奥の小屋に?」

    「子細はわからぬ。
     殿がご正室を迎える折に、
     城から追われたと聞いておる。
     成之様はすぐに寺に入られ、
     母御のその後は、誰も語らぬ。」

     「ひどい!
      それではお母様が
      恨みの念を抱いても
      仕方がないです。」

    「ううむ。何とか、姿を
     確かめられぬものか。」

    小屋の奥を覗き込もうと、
    源三郎が身を乗り出す。
    そのはずみに、
    笹竹がザワッと揺れた。
    その音に驚いて、庭先の鶏が、
    けたたましく泣き騒ぐ。
    “あっ!!!”
    源三郎が息を飲む。
    どんぎつねの形相が
    見る間に変わった。

      「この、チキンめが―――!」

    飛び出そうとするどんぎつねの袖を
    源三郎が咄嗟に抑えた。

     「どんぎつね殿!気を確かに!」

      「え?あっ!
       私ったら、つい私情が。」

    その時、如古坊の大音声が轟いた。

    「誰じゃ、そこにおるのは?!」

     「これは、したり!
      逃げるぞ!」

    袖を引く源三郎の腕を、何故か、
    どんぎつねの白い指が抑えた。

      「ここは、私の出番です!
       源三郎さんはこの枝を被って
       先に逃げて!」

     「ならぬ!」

      「中にいる方を
       確かめないと。
       任せて!私、女優なんで。」

    そう言うやいなや、どんぎつねは、
    笹竹の間をするりと抜け、
    肩を怒らせている如古坊の
    目の前に立った。

    不意に現れた巫女姿の女子に、
    如古坊は一瞬、たじろぐ。

    「な、何者じゃ?」

      「私は、伏見稲荷の
       巫女にございます。」

    どんぎつねは、緋色の袴の両脇を
    両手で広げ、膝を屈めて、
    優雅にお辞儀をした。
    まるで、ディズニー・プリンセス
    の様に。
    だが、しかし、悲しいかな、
    ここは永禄。
    プリンセスなんて、
    だあれも知りゃしない。

    袴を思いっきり広げたのは
    源三郎を隠す為だったのだが、
    当の源三郎にはさっぱり伝わらず。
    尻尾を払う様に動かして、
    合図を送るが、
    立ち去る気配は全く無かった。
    “ん、もう!!!
    こうなったら、仕方ない。
    大切な非常食だけど。“

    どんぎつねは、
    衣の袖に手を入れると、
    スナック菓子を数粒、掌で握り、
    粉々に砕いて、足元に落とした。
    “関西限定、カール薄塩味。。。
    やっと見つけたのにい!“

    そう。
    “東京”では、今や幻の
    スナック菓子なのだ。

    小屋の床下に逃げ込んでいた鶏が、
    目ざとくそれを見つけて、
    近寄ってくる。
    “カールうすしお”のかけらを
    ついばみ始めた所で、
    どんぎつねは、ここぞとばかりに
    鶏を蹴り上げた。
    鶏は、羽をばたつかせ、
    盛大に叫び声を上げながら、
    小屋の屋根に吹っ飛ぶ。
    “ナイス・シュート!!!”
    そう。
    それは、令和なら
    ナデシコ・ジャパンから、
    オファーが来るレベル。

    如古坊は、口をあんぐりと空け、
    屋根を見上げた。
    すかさず振り返り、どんぎつねは
    源三郎を促す。

      「早く!今のうちに!」

    どんぎつねの言葉に押され、
    源三郎は、身をひるがえし、
    笹竹の中から姿を消した。

        ~~~~~~~

    稲荷の社に戻った源三郎は、
    なかなか、馬を引き出せずにいた。
    早く城に戻って、若君に報告をと
    思いつつ、やはり、
    どんぎつねが気にかかる。

    やがて、日が暮れて、
    辺りは闇に包まれた。
    “遅い。遅すぎる。。。”
    源三郎は焦った。
    “如古坊に捕らえられたか?
    なれば、助けに行かねば。
    いやしかし、
    伏見に戻ったのやもしれぬ。
    それなれば良いが。
    やはり、ここは確かめに。。。“

    暗闇の中で、隠れ蓑はいらぬはず。
    なのに源三郎は、
    袴に、長めの枝を差し込み
    胸元まで葉で覆う。
    社を出ようとした所で、
    鳥居の下に、金色の星が二つ、
    輝いているのが見えた。

    源三郎は、目をしばたく。
    その星は、真っ直ぐに
    こちらに向かって来る。
    思わず目をつぶった源三郎の耳に、
    柔らかな声が響いた。

     「今から、何処に行くの?」

    目を開けると、そこにあったのは、
    愛らしく動く狐の耳。

    「どんぎつね殿!」

    源三郎は我を忘れて、どんぎつねを
    抱きよせた。
    笹の葉に鼻をくすぐられ、
    どんぎつねが大きなくしゃみをする。
    源三郎は、あわてて胸を引き、
    どんぎつねを離した。

    「すまぬ。案じていた故、つい。」

    その後、源三郎とどんぎつねは、
    月明かりを頼りに、枯枝を集め、
    焚火をしながら、夜を過ごした。
    正しくは、源三郎の馬も一緒に。
    源三郎は、枯葉を集め、
    馬の寝床を作ってやり、
    馬は前足を折って、
    その上にじゃがみ込んだ。
    源三郎は、優しく馬の首を撫でる。
    馬が落ち着いたところで、
    どんぎつねをそばに呼んだ。

    「この馬は大人しいゆえ、
     ぬしが触れても暴れはせぬ。」

    源三郎は、どんぎつねの手を取ると、
    首筋を触らせた。
    どんぎつねは、馬のたてがみに、
    頬を寄せる。
    馬のぬくもりが心地良い。

    「これで、寒さはしのげよう。」

    馬の体に上体を預けてくつろぐ
    どんぎつねの姿に、なぜか源三郎の
    心もほぐれて行くのだった。

    焚火が、時折小さく爆ぜて、
    火の粉が舞い、炎が揺らめく。
    馬とどんぎつねに背を向け、
    源三郎は、焚火を見つめたまま、
    どんぎつねの話に聞き入った。

    けたたましい鶏の声を聞きつけて、
    顔を出した成之に、
    狐の絵馬を渡した事。
    病人の願い事と名前を書いて、
    稲荷神社に奉納すれば、
    病は癒えると伝えた事。

     「もし、お母様が私の話を
      聞いておられたなら、
      ご自身が、絵馬に願いを
      託すかもしれません。
      弱った者ほど、神仏に
      すがりたくなるもの。」

    「お前の耳と尻尾をみて、
     成之様や如古坊は
     不審に思わなかったのか?」

    「狐が稲荷神の使いである事は、
     皆様、良くご存じです。
     伏見稲荷では、新たに神官を
     迎える事になり、
     その儀式の為の時別な衣装だと
     伝えました。
     ここに私が来たのは、
     儀式に使う杉の葉を
     取りに来たのだと。
     通りがかりに、話し声が聞こえ、
     なにやら困り事の様だと思い、
     足を止めたと申し上げました。」
     “平成の東京だったら、
     振り向きもされないんだけど。
     コスプレ天国だから。“

    「杉の葉?その御神木の?」

    どんぎつねがうなづく。

     「この稲荷神社は、伏見稲荷の
      八百八十八番目の末社なのです。
      八は末広がりで縁起が良いので、
      この御神木が選ばれました。」

    どんぎつねの話は、
    まんざら嘘でもないらしい。

    小さな火の中で、
    また枯れ枝がはぜた。
    その音が、だんだん遠くなる。
    やがて、源三郎は、
    浅い眠りに落ちて行った。

    夜明け前、
    体が揺れるのに気付いた源三郎は、
    思わずわが目を疑った。
    いつの間にか、馬の背に乗っている。
    馬は城を目指している様だ。

    源三郎は手綱を引き、
    稲荷神社に戻ろうとするが、
    馬は向きを変えようとしない。
    まるで、何かに操られている様に。

    馬の鼻先に、小さな火が
    おぼろに揺れている。
    “あれは、もしや、狐火?”

    突然、源三郎の全身から力が抜ける。
    手綱を取ろうとしても、
    指に力が入らない。
    源三郎は、なすすべもなく、
    狐火に導かれる馬に、
    その身をゆだねた。

      ~~~~~~

    「高山との国境の小屋で、
     いったい、何をして
     おられるのか。」

    若君と共に、源三郎の報告を聞いた
    小平太が、成之への
    不信感を露わにする。

    源三郎は、成之の母の事は、
    この時はまだ、語らずにいた。

     「若君、直ぐに如古坊を
      問いただしては?」

    思案を重ねていた忠清が、
    やっと口を開いた。

    「小平太。早ってはならぬ。
     今は、源三郎とともに、
     花園での茶会の準備を進めよ。」

    忠清は思い返していた。
    此度、源三郎が突き止めた小屋は、
    唯が見たと言う、成之と高山の
    坂口との密談の場であろう。
    今思えば、大手柄であったのに、
    逆上して唯を責めた。
    忠清は、いまさらながら、
    あの夜の己を、恥じた。
    “それにしても、兄上が未だ、
    あの小屋を使うておるとは。
    わしに知られた事は、承知のはず。
    何故じゃ?“

    若君の部屋を退出した後も、
    小平太は不服な様子。

     「若君は、いったい何を
      考えておられるのか!」

    一方で、源三郎はすぐにも
    稲荷神社に戻りたかったが、
    若君の言葉に従って納戸に向かい、
    茶会の為の茶器を揃え始めた。

    さらに数日が過ぎた。
    茶会を二日後に控え、花園の東屋で
    会場を整えている源三郎のもとに、
    何故か、トヨがやって来た。
    小平太の使いだと言う。

     「小平太殿は、本日は参れぬ。」

    「何故?」

     「三之助と孫四郎を送って行く事に
      なったのじゃ。
      先に戻った、梅谷村の
      おふくろ様の元への。」

    「天野の屋敷で、養うはずでは?」

     「三之助がの、
      母を守るは、自分の役目じゃと
      言い張って聞かぬらしい。」

    「何と、けなげな事よ。」

     「今日の務めを、
      ぬし一人に任すは心苦しいが、
      よろしく頼むと。」

    「承知した。伝言ご苦労。」

     「それと。。。これを。」

    トヨは真っ白な晒を源三郎に渡す。
    手ぬぐいほどの大きさで、
    端には千原家の家紋が
    染められていた。

    「これは?」

     「先日の礼じゃ。
      薬師堂の小僧に、草木染の
      手ほどきをうけての。」

    「薬師堂?では、この紋は、
     ぬしが染めたのか?」

    しばらく前の事。
    ノアザミの葉を摘むと言う
    トヨの手に、手ぬぐいを巻いて
    やったのを、源三郎は思い出した。

    「あのような事、
     気にせずとも良いものを。
     それに、わしはまだ
     許されておらぬ。
     千原を名乗る事は。」

    トヨは聞こえぬふりで言う。

     「首に巻けば、汗止めになろう。
      襟も汚れまい。」

    源三郎は、小さく頷くと、
    うつむいたままそれを首に巻いた。
    トヨは嬉しそうに、その様子を見て
    いたが、源三郎が顔を上げると、
    慌てたように後ろを向き、
    走って行ってしまった。
    “相変わらず、せわしい奴じゃ。”

    源三郎は、礼も言えぬまま、
    トヨを見送る。
    やがて、東屋の作業に戻った。

    明後日の茶会では、茶を味わう前に、
    この東屋で、成之が花を立て、
    披露する趣向になっている。
    東屋の柱に朽ちた所が無いか、
    源三郎は、その一つ一つを
    掌でなぞって確かめた。

    その後、花器をしつらえる為の
    花台を東屋に運び入れる。
    布で丁寧に花台を拭き清めた所へ、
    庭師の頭が、縁台の組み立てが
    終わったと、報告に来た。

    「奥御殿の方々の御席には、
     紗の天蓋をお付けする事に
     なっているはずじゃが。」

     「抜かりございませぬ。
      床の緋毛氈と、天蓋の紗は、
      明日、運び込む手筈にて。」

    「左様であったの。ところで、
     成之様の花器は決まったか?」

     「野点であれば、青銅の壺が
      よろしかろうとの仰せ。」

    「左様か。
     その壺の運び込みも
     明日になろうの。
     であれば、明日の夜も
     わしが番を致そう。」

     「連夜のお役目では、
      お身体に触りが。
      今宵は、わしらが見張ります、
      どうか、お屋敷にお戻りを。」

    「いや、大事無い。
     野営は戦で慣れておる。」

    庭師らを帰し、東屋に戻る。
    西に傾く夕日が目に染みる、
    源三郎は、ふと思い出した。
    “どんぎつね殿に、
    袴をはかせたのも、
    ここであった。“

    脇差に下げた小さな尻尾を、
    指でそっと撫でる。
    源三郎は、声に出してみた。

    「姫、おみ足をお上げ下され。」

     「は~~い。」

    驚いて振り向くと、
    当のどんぎつねがおどけた顔で
    片足を上げていた。

    「な、何故分かった?
     わしがここにおると。」

     「だって、それ、
      私の分身ですから。」

    「分身。。。」

     「ずっと、お守りします。
      源三郎さんが
      持っていて下さる限り。」

    「それは、、、心強いの。」

    どんぎつねは、満開の花の様な
    笑顔を見せる。
    源三郎は、眩しそうな顔で、
    目をそらした。

     「源三郎さん?」

    「あ、いや、その。
     折角参ったのじゃ。
     紅葉を見せてやろう。
     今が、見ごろ故。」

     「あ、いえ、それよりも、
      これを。」

    どんぎつねは、衣の袖から、
    杉の葉に包まれたものを、
    そっと取り出す。

    「これは、もしや。」

     「はい。絵馬です。
      今朝、社で見つけました。
      これにも、黒い靄が
      かかっていたので、
      御神木の葉で封じています。」

    絵馬を受け取る源三郎の指が震える。
    これを書いたのは、成之様か?
    それとも母御か?
    その願いとは、いったい。。。

     「ご覧になる時も、杉の葉は
      付けたままにして下さい。
      そして、その葉が枯れる前に、
      稲荷の社に戻して。」

    「承知した。
     早う若君にお届けせねば。
     いや、しかし、これは困った。
     わしは、明後日の朝まで、
     ここを離れられぬ。」

     「少しの間でしたら、
      私がここに。」

    「それは、ならぬ。
     ぬしは、城の者では無い。」

    源三郎はため息をつき、天を仰ぐ。
    空には一番星が瞬き始めた。
    その時、どんぎつねの耳が
    ピクリと動いた。

    「誰か来ます!」

    源三郎が、どんぎつねを
    花台の下に押し込む。
    砂利を踏む音とともに
    聞こえてきたのは、
    良く知った声だ。

    「源三郎、ご苦労。」

     「これは、小平太殿。
      梅谷村へ参られたのでは?」

    「急ぎ戻ったのじゃ。
     珍しき梅が枝を手に入れた故。
     今、庭師の頭に預けて参った。」

     「梅?この季節に?」

    小平太は、得意げに語る。

    「それがの、咲いておったのじゃ。
     滅多に見られぬ故、
     若君様の茶会にと、
     母上が申されての。」

     「母上?」

    聞き返されて、小平太は慌てた。

    「あ・・・いやその、
     母上じゃ。三之助と、孫四郎の。」

    小平太の顔が、見る見るうちに
    朱に染まる。
    普段、生真面目で無骨な小平太の
    思わぬ一面を見て、源三郎は驚く。
    “?乃殿を慕っておられるのか。”

    小平太は、照れくさそうに
    背を向けると、
    今宵の番を代わると言う。
    役目を放り出し、“おふくろ様”に
    会いに行ったとは、
    思われたくないらしい。
    小平太は、茶会当日の警備役
    なので、その前夜の番には、
    付けぬ決まりになっていた。

     「なれば、ありがたく。」

    引き継ぎはないかと問う小平太を、
    刈込の足りない柴垣に案内しながら、
    源三郎は、さりげなく東屋に
    視線を送る。

    どんぎつねは、そっと花台の下から
    這い出すと、源三郎に手を振り、
    すぐにその姿を消した。

       ~~~~~~

    そして、茶会当日。

    源三郎は、稲荷の社の前で、
    手を合わせていた。

     「茶会に出なくて良いの?」

    どんぎつねが、無邪気な顔で言う。

    「わしは、列席を許される様な
     身分ではない。」

     「身分?
      それならば、その身分とかに、
      感謝です。」

    「感謝?」

     「はい。そのおかげで、
      今日また、ここで
      会えたんでしょう?」

    源三郎は、戸惑いを隠せない。
    誰もが、立身出世を望むもの。
    それなのに。。。

    どんぎつねは、屈託なく続ける。

     「で、分かりました?
      何が望みか。
      絵馬を書いた人の。」
     
    「いや。
     ただ、“大願成就”とのみ
     記されていた故。
     つまびらかにはなっておらぬ。」

     「そうですか。
      筆跡は?」

    「それは判明した。
     成之様の母御のものと。
     歌会の古い短冊が、
     残っておっての。
     照らし合わせたのじゃ。」

     「凄い!
      源三郎さんって、
      名探偵ですね。」

    「めい?」

     「私ね。思うんです。
      成之様は、冷静沈着に見えて、
      お母様への思いは、
      人一倍お強い。
      そのお母様の暗い念が払えれば、
      成之様にまとわりついている
      暗い靄もきっと晴れます。」

    「しかし、どのようにすれば?」

     「まずは、お母様の体を癒す事。
      それから、過去に何があったのか、
      慎重に調べて、こじれた原因を
      洗い出すんです。」

    「お、おお。不思議じゃの。
     ぬしの言葉を聞くと、その通りに
     成せそうな気がする。」

    いつの間にか、辺りは
    夕闇に包まれていた。
    小さな火が、
    一つ、また一つと、
    稲荷の社を囲み始める。

    「どんぎつね殿、この火は?」

     「白狐の迎えです。」

    「迎え?
     では、伏見稲荷へ戻るのか?」

     「はい。」

    「急すぎるではないか。
     留まれぬのか?ここへ。
     つまりその・・・
     こ、こ、このわしの・・・」

    思いもしなかった突然の別れに、
    源三郎の頭は真っ白になる。
    驚きのあまり舌がもつれる。
    “妻”という文字が目の前に
    浮かぶが、言葉に出来ない。

     「私、闇払いになる事に
      したんです。」

    「闇払い?」

     「はい。闇落ちする人を、
      助けたいんです。
      それには、白狐の元で
      修行しないと。」

    「その修業とは、
     ここでは成せぬのか?
     救わねばならぬものが、
     目の前におるではないか。
     ここに納めた絵馬のお方の。
     この稲荷の巫女となり、
     その方の闇を払うが、
     ぬしの役目では。」

     「成之様のお母様は、
      まだ夜叉にまでは
      落ちていません。
      今なら、人の力で救えます。
      たぶん夫であったお殿様なら。
      お母様が救われれば、
      成之様も救われます。」

    狐火がどんぎつねの周りを
    ゆっくりと飛び始めた。

     「私、実は、“葛の葉”様に
      憧れていました。
      安倍晴明様のお母様の。」

    「篠田の森に消えたと言う?」

    どんぎつねは、微笑みながら頷く。

     「でも、私には無理だと
      悟ったんです。
      これからは、人に恋せず、
      人を救う修行に励みます。」

    どんぎつねの決意は固い様だ。
    源三郎の目の前から、
    “妻”という言葉が消えて行く。
    肩を落とす源三郎に、
    どんぎつねは優しくこう言った。

     「源三郎さん、
      気づいてないんですか?
      あんなに慕われているのに。」

    「わしが?」

     「その、首のものは?」

    源三郎は、慌てて晒を首から外す。

    「見ておったのか、花園で。
     こ、これは、礼にと。
     それにあれは、
     妹の様なものじゃ。
     あ、いや、時に、
     姉の様でもあるが。」

     「妹?」

    源三郎は語った。
    故あって、源三郎はとある村で
    生まれたのだが、急に母の乳が
    出なくなり、困り果てた所へ、
    見かねたトヨの母が、
    乳を含ませてくれたのだと。

     「トヨさんって
      おっしゃるんですね。
      私だったら、肌に着けるものは
      好きな人にしか
      贈りませんけど。」

    「そのような事、申すでない。」

    源三郎は、何とか話をそらそうと
    躍起になる。

    「そうじゃ。
     あれは見事じゃったの。
     伏見稲荷の巫女は、
     蹴鞠もたしなむのか?」

     「蹴鞠?」

    「まさか、鶏があのように
     宙に舞うとは。」

     「ああ、あれですか。
      やりましたよね~。」

    どんぎつねが自慢げに
    尻尾をぐるぐる回す。
    それを見て、源三郎が笑った。

     「実は私。
      あれから考えたんです。
      私の前世はポンスキーで、
      子供だった源さんと
      ボールで遊んでたのかなって。」

    「ぼおるとは?」

     「あ、鞠です。」

    「その後に、狐に
     生まれ変わったと。」

     「はい。」

    「源殿も、罪な事をしたものじゃ。
     人に生まれ変わるよう、
     願えばよかったものを。」

     「源三郎さんは、そう願って
      下さるんですか?」

    「願う。」

     「良いんですか?
      そんなこと言って。
      ホントに、生まれ変わるかも。
      例えば、源三郎さんと、
      誰かさんの娘としてとか?」

    「誰かさんとは、誰であろう。」

    源三郎が寂しそうな顔をする。
    どんぎつねは、
    慌てて言葉を添えた。

     「男の子として、
      生まれたりして。」

    「男?いや、やはり娘が良い。」

     「そう?
      じゃあ、考えておいて下さい。
      名前を。」

    「どんぎつねでは不服か?」

     「不服では無いですけど。
      折角なら、もっと、
      娘らしいのが。」

    「心得た。」

     「今、決めてもらえます?」

    「何故に?」

     「生まれ変わった時に、
      思い出せるかも。
      今日の事。」

    「承知した。」

    腕組みをした源三郎の指が、
    脇差に下げたモフモフに触れる。
    やがて、どんぎつねを見つめて、
    こう言った。

    「美緒」

    どんぎつねの尻尾が、
    嬉しそうに揺れる。

    「ぬしの尾は、美しい故。」

     「えーーー?尻尾だけ?」

    どんぎつねは嬉しさを隠して、
    わざと口を尖らせる。

    「あ、いや。そういう訳では。」

    どんぎつねは、思う。
    “やっぱり源三郎さんカワイイ。”

    気が付けば、どんぎつねは
    沢山の狐火に取り巻かれていた。

    夜空には美しい星が瞬いている。
    どんぎつねは空を見上げた。

     「もう、行かなくちゃ。」

    「もう。」

    どんぎつねは、源三郎が左手の中に
    丸めて持っている晒を
    そっと自分の手に取ると、
    静かに広げて、それを源三郎の
    首に巻きなおした。

     「どうか、お幸せに。」

    「美緒。」

    源三郎が呟く。

    狐火に導かれる様に、どんぎつねは
    稲荷の社と御神木の周りを
    ゆっくりと廻ると、やがて、
    鳥居の向こうに消えて行った。

    “これを、“狐の嫁入”と
    呼ぶのやもしれぬ。“

    白狐の元に戻るどんぎつねの、
    美しい尾が、目の奥で揺れる。

    源三郎は、朝日が昇るまで、
    その場に一人、
    たたずんでいた。
    https://www.youtube.com/watch?v=ZPsZj6_udmE

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    返信先: 創作倶楽部
    トヨちゃん

    梅とパイン様
    夕月かかりて様

    源ちゃんトヨちゃん、実は、私も今、書いてまして。
    もう少しで書きあがるので、アップしますね。
    よろしくお願いします~(*^^)v

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    返信先: 雑談掲示板
    真夏のおやつ

    皆様、こんにちは~(*^^)v
    暑さ対策、どうされてますか?

    緊急事態宣言や、
    ”まんぼう”は出されても、
    おばばの利用する電車内は、
    結構、混んでます。

    ワクチン接種が進んだ分、
    逆の影響が出てるのかななんて、
    思ってしまったりも。(;^_^A

    食欲もイマイチな中、
    先日、スーパーで、
    ちょっと懐かしい”夏のおやつ”を発見!
    その名は ”ところてん”

    子供の頃、夏になれば、
    十円玉を握りしめ、
    八百屋さんのおばちゃんが
    付いてくれる”ところてん”を、
    割り箸ですすったもの。

    何故か、箸は1本でしたね、
    酢と、醤油と七味をかけて。

    スーパーで、プラスチックの
    「ところてん突き」が
    セットになった、棒状のところてん
    を売っていた時期がありましたが、
    今ではさっぱり見かけません。

    最近発見したのは、パック入り。
    お味は、 ”黒蜜”に”抹茶”とスイーツ化。
    かなり迷って、結局、三杯酢をチョイス。
    黑酢を使っているのか、ほんのり甘みが!

    独特の”テングサ臭”もほとんどなくて、
    美味でございまする~。

     「久米吉 伊豆 ところ天」

    おすすめです!

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    返信先: 雑談掲示板
    ビビりまくりで

    まずは、マリトッツオ!
     とある千葉県内のスーパーで発見!
     白いクリームと茶色のクリーム。
     生クリームとチョコクリーム
    らしく、美味しそう♡。
     でも、結局、
     そのクリームの量にビビり、
     購入を断念しました。
     パン屋さんにお願い!
     プチ・マリトッツオを是非!

    次に、”小夜子”
     TVはつけていて、
     ところどころ、映像は視界に。
     ところが、睡魔おそわれ、
     あえなくノックダウン。

    クリームの量と、睡魔に
    ビビりまくりの週末。。。
    でも、皆様の書き込みは、
    しっかり、楽しませて
    頂きました~。
    (;^_^A(*^^)v

    板違いではありますが、
    ”逃げ上手の若君”
    読みました。
    確か、連載は”ジャンプ”なので、
    かなり、強烈な場面もありますが、
    展開が早くて、飽きません。
    よろしければ、どうぞ~。
    (*^^)v

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    返信先: 出演者情報板
    ゴロンドリーナ

    ここに、この投稿をさせて
    頂くのは、随分迷いました。
    今日から、某氏が再起を
    目指して、色々、計画を
    されているとか。。。
    ほぼ同じ年頃の息子を持つ母
    として、また、
    ”アシガール”のドラマを見て
    アシ沼入りし、こうして皆様と
    楽しく過ごさせて頂いております
    立場から、やはり、この場で
    お祝いのメッセージを
    贈らせて頂きたいと思います。
    とあるフラメンコの歌詞をもとに、
    私が書きました詩を一つ。

     青葉の頃 燕たちが
     遠い空の幸せ 運んで
     今年もまたやってくる 
     私に会いに

     緑の風 翼に受け 
     蒼い海の恋心 運んで
     今年もまたやってくる 
     あなたに会いに

    *元の歌詞:
      家の軒下に燕が巣を作ったよ 

    追記:以前、創作倶楽部の板に
       ”黒羽の守護神”という作品を
       アップさせて頂きました。
       その物語の終盤に、
       つばめ(つばくらめ)を
       登場させました。
       ”若君が、燕を見て
        唯の様だと思う”場面。
       そのシーンを描く際には、
       上記の詩が念頭にありました。
       偶然にも、
       某氏のファンクラブの名前が、
       ”つばめ”と知り、
       嬉しかったです。
        
     

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    返信先: 雑談掲示板
    大河ドラマファンのアシラバの皆様へ

    月文字様
    千絵様

    動物園は地元!
    なるほど~。(覚さん風に)
    子供の頃に、時々行った公園に、
    ミニ動物園的なものがあったような気が。
    叔母がすんでいた街で。
    某氏が出演した映画の舞台にも。
    ”悪の華”ですね。
    たしか、パンツが落ちる衝撃シーンで、
    その公園の入り口が写ってます。

    話は変わりますが、
    先日もご紹介した某ブログで、
    徳川家最後の将軍が愛飲したという
    コーヒーが紹介されていましたので、
    ご紹介しますね~。
    ぷくぷく様
    こちらのブログを書かれているのは、
    同郷の方の様です。(^_^)v ↓
    https://blog.goo.ne.jp/mugiide/e/2c9a663bc6ce3e78768a8e4bb15dfdda

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    返信先: アシガール掲示板
    おーーー!輪島!

    メゾフォルテ様
    情報、ありがとうございます!
    輪島でしたか!!!
    私が見たのは、
    TVのバラエティー番組だったかと。
    浜辺で、焼いた石を、大鍋に
    投入するというものでした。
    漁師めし、海女さんめし?
    などと、思っていたのでした。
    輪島、独身時代に一人旅しました。
    金沢で兼六園に行き、
    輪島で朝市ぶらり散歩。
    朝市のおばちゃんの、
    たくましい商魂に
    タジタジになったり。笑
    輪島塗の茶さじをお土産に買って。
    漆は、”JAPAN”と言うくらいで、
    各地に名産品がありますよね。
    個人的には、山中塗が好きです。
    派手過ぎず、控えめな感じで。

    陣笠も、漆塗りだったとは!
    知らなかったです。
    てんころりん様、
    いつも、ありがとう(*^^)v

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    返信先: 雑談掲示板
    高低差が・・・

    千絵様
    そうでした!
    旭山動物園は、山の斜面を利用
    した施設でしたよね。
    うーーーーん。
    ”孫”を授かったとしても、
    夫君の膝が持たないかもですね~。
    実は、今でも
    ”一人膝カックン”状態なんですよ。笑
    やっぱり、行っておけばよかった!
    く~~~。惜しい事をしました。
    それにしても、”北斗星”、
    九州で大人気の”ななつぼし”に
    代表される、”豪華列車”の走りだった
    はずなのに、一晩眠れなかったなんて。
    辛過ぎましたね。
    部屋を変わらなかったなんて、
    母親の鏡!

    私と夫君は、ホテルの部屋で、
    息子たちから締め出された
    思い出がありますよ~。笑

    息子の小学校卒業記念に、
    USJに行きまして。笑
    ホテルのラウンジで、夫君と、
    海に浮かぶ関空の夜景を
    しばし眺め、部屋に戻った所、
    ゲームをしながら待っているはずの
    息子たちが寝落ちしていまして。
    チャイムを鳴らし続けても、
    一向に鍵を開けてくれる気配なし。
    仕方なく、フロントに連絡して、
    合鍵で開けて貰いました。大汗

    ”イカせん”、美味しそうですね。
    ”エビせん王国”は初耳です!
    エビの王冠被った王様を
    妄想してしまいました。笑
    おひげがイセエビ。汗
    ”エビせん”はカルビーか、
    名古屋の坂角しか
    知らなかったので
    メモしときます!

    坂角と言えば、数年前の事。
    名古屋城に行ったら、
    すでに閉館時間。
    城の周りをウロウロしていたら、
    野良猫が寄って来まして。
    かわいいので何度か、
    携帯カメラのシャッターを
    切ったのですが、切るたびに
    何故か、横を向く。
    携帯を下ろすと、こちらを向いて、
    可愛い声で、猛アピール。
    で、また携帯を構えると、
    プイッと横を向く。
    その繰り返し。
    結局、ベストショットならず。
    諦めて、歩き出して、
    ふと気づきました。
    あの野良ちゃんは、
    エサが欲しかったんだ!って。笑
    今でも時々思い出します。
    お土産に買った、エビせん上げたら、
    写メとらせてくれたのかしらって。
    ギャラ払わないと、
    ポーズを決めてくれない。
    君は、プロのモデルなのかね?
    なあんて。

    その、つれない横向き野良ちゃんは、
    しばらくの間、
    私の携帯の待ち受けになって
    くれました。笑

    投稿フォームへ

    返信先: 雑談掲示板
    江ノ島グルメ

    千絵様
    書き忘れていたことが一つ。
    グルメ・・・とまではいきませんが、
    大人気のスナック菓子?が!
    その名も、えびせんではなく、”たこせん”
    小ぶりのタコを、鉄板でプレスした、
    大きなおせんべいです。
    プレスする時に、
    ”ぎゅぎゅぎゅーーーーー”
    というタコの悲鳴が。(;^_^A
    でも、美味でございまする~。(*^^)v

    水族館!
    いいですよね。
    息子がおさかな大好きだったので、
    良く行きました。
    品川プリンスホテルの水族館に、
    ジャンプの下手な、イルカがいまして、
    なにをやっても
    ダメダメちゃんなんですが、
    これが、大人気!!!
    つい、自分を見ている様で、
    応援せずにはいられなくなる。(;^_^A
    もっとも息子のお気に入りは、
    ”オジサン”という名の魚でしたが。
    (;^_^A

    ”しなすい”、”とばすい”、”海遊館”
    行きましたよ~(*^^)v
    ”ジンベイザメ”大迫力~!
    ジンベイがま口、息子が最近まで
    使ってました。( ´艸`)
    私が、このサメを知ったのは、
    とあるドラマで。
    先日亡くなった、”古畑任三郎”さんが
    ”ジンベイ”というニックネームの教授役。
    血のつながっていない娘役が
    松たか子さんでした。

    名古屋の水族館は
    こちらのブログで拝見しました。
    http://ryuji-yarimakuri.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_03ec.html
    ”夢の共演”と書かれているのは、
    ナポレオンフィッシュらしいです。

    葛西臨海水族館もいいですね。
    マグロの回遊、大人気。
    敷地内に淡水魚館があり、
    ゆったりできて好きです。

    朝日山動物園に家族で行くのを
    楽しみにしていましたが、
    ”北斗星”も運行終了し、
    子どももあっという間に
    大人になってしまい。
    後は、”孫”に期待ですが、
    その前段階の気配すらないので、
    無理かな~。(;^_^A

    ではでは、千絵様が、感想を下さった、
    ”竜の泪”のこぼれ話、
    覚と美香子の鎌倉デート、
    いつか書きますので、
    楽しみにしていてくださいね~(*^^)v

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    返信先: 雑談掲示板
    江ノ島

    千絵様
    江ノ島に行かれるなら、
    ”えのすい”、おススメです。
    江ノ島水族館ですね。
    コロナの前には、
    なかなか粋な企画がありました。
    七夕の日に、カップル限定で、
    夜間入場できたんです。
    今はどうかな~?
    多分、中止。。。?
    珍しいクラゲがいるそうです。
    クラゲと言えば、
    ”海月姫”面白かった。
    これは、漫画も映画も見ました。
    菅田将暉君(だったと思うけど・・・。)
    女装最高でしたね。笑

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    返信先: アシガール掲示板
    ありがとうございます!

    月文字様
    早速のご連絡ありがとうございます!
    鹿之助は、幸盛!!
    戦国武将、イケメンNO.1とか!
    原作者に、若君のモデルについて
    質問してみたいですが、
    如何に、読者に想像を
    膨らませて貰うかも、
    作家の狙いかと。
    ですので、きっと、
    語らないんでしょうね。
    私の中では、山中幸盛説が、
    徐々に膨らんでます。
    山中幸盛は、城持ち大名では
    無かったかもしれないけれど、
    なかなか魅力的な人物の様ですね。
    今のところの情報では、
    若君との共通点は、
    兄に代わり、家督をつぐ
    文武両道、秀でた美貌
    月のイメージ
    (ただし、幸盛は
     満月ではなく三日月)
    城、炎上
    という位ですが。

    キジトラ様
    山中幸盛は、一時、名刀
    ”三日月某”を所持
    していた様です。

    投稿フォームへ

    返信先: アシガール掲示板
    月文字様~

    お願いがあります。
    前に確か、尼子氏といえば、
    山中しかのすけと
    書かれていたような。
    板が違ったかな?

    私、お恥ずかしい限りですが、
    この尼子氏や鹿之助の事、
    ほとんど知らないんです。
    できましたら、しかのすけの
    エピソード、もう少し、
    教えて頂けませんか?
    よろしくお願いいたします。

    投稿フォームへ

    返信先: 雑談掲示板
    歐林洞が?!

    キジトラ様
    歐林洞、廃業?!
    ビックリです!!!
    鎌倉のお店は、
    瀟洒な洋館でしたよね。
    歐林洞の鎌倉店でも、
    時々、演奏会が
    有った様なんですが。
    残念~!

    ”かいひん荘鎌倉”の近くには、
    ”長谷寺”もあります。
    そこの仏様には、奇跡的な
    いわれがあります。
    奈良の長谷寺の仏様と対なんです。
    対・・・言い方が正しくないかな。
    一本の木から、二体作られ、
    一体は奈良の長谷寺に、
    もう一体は川に流され、
    それが、鎌倉近くの湾に漂着。
    そして、鎌倉の寺に祭られて、
    そこが長谷寺になったんです。
    この長谷寺は、アジサイと、
    展望台からの海が絶景です。
    最近、レストランが出来た様で、
    寺のカレーとして評判の様です。
    実際に、お坊さんが作っているかは、
    分かりませんが。

    少し、足を延ばすと、
    鎌倉大仏があります。
    アメリカの某大統領が
    来日された時に、ソフトクリームを
    食されたそうですが、確か、
    そのお店もあったはずですね。

    大仏は、はじめは伽藍に中に
    安置されていたのですが、
    大昔に、津波で流されて以来、
    再建されていません。
    大仏の肩のあたりに、
    その津波の名残があるそうです。
    伽藍の礎石が、むき出しで
    並んでいますが、
    東北の震災の後に行った時は、
    その昔の鎌倉の津波を、
    リアルに想像してしまいました。

    稲村ケ崎の夕日も絶景ですよね。
    新田義貞が、剣を投じた
    という浜ですが、桑田佳祐さんの
    ”稲村ジェーン”でも
    有名になりました。
    つぶれそうでつぶれない、
    ”江ノ電”にのり、(笑)
    駅の近くの肉屋でメンチカツと、
    フランクフルトを買い、
    公園のベンチに座って食べながら、
    夕日を堪能したことがあります。
    若い頃なら、ロマンチックな
    ムードになったんでしょうが。
    お互い無言で、もぐもぐするだけ。
    いやはや、結婚して数十年たつと、
    会話もろくにありませんね。笑
    おまけに、夫君の
    「で、今夜の夕飯何?」の一言に、
    「それ、メンチ食べた後に
     言うセリフ??」
    と、あきれ果てました。笑

    いつか、ドラマ版の、
    覚さんと美香子さんの、
    結婚前の、鎌倉デートを
    書いてみましょうかね。

    ホルトハウス房子さんのお店に
    行かれたんですね。羨ましい~。
    確か、鎌倉山にあるんですよね?
    違ったかな?
    結婚記念日に、一度だけ、
    鎌倉のローストビーフの有名店に
    夫君が連れて行ってくれたんですが、
    確か、その近くにあった様な気が。
    違っていたらごめんなさい。

    書いていたら、本当に
    行きたくなりました。笑
    ああ、コロナさえなかったら。

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    返信先: 雑談掲示板
    やはりこちらに

    キジトラ様
    漫画部に行こうかと思ったのですが、
    やはり、こちらにしました。
    「海街diary」、原作は漫画だったんですか!
    映画の方を見ました。
    舞台が鎌倉ですよね。
    鎌倉は大好きで、よく、行きました。
    山形にも縁があり、凄く身近に感じました。
    私が書いた、”十三夜”の物語中に出て来る”流鏑馬”は、
    鎌倉の鶴ケ岡八幡宮の流鏑馬がモデルです。
    今は、ひたすら我慢。
    由比ガ浜に、かいひん荘という、旅館があります。
    会社(?)の社長さんの自宅を改装した宿です。
    そこに、素敵なサンルームがありまして、
    年に数回、コンサートが開かれてました。
    休憩時間には、お茶とケーキのサービスが有り、
    それも楽しみの一つでした。
    帰りに鎌倉文学館に立ち寄ったりして。
    5月頃は、薔薇が見事です。
    すっかりご無沙汰。
    ああ、また行きたい。
    映画では、ダントツに、広瀬すずちゃんが
    可愛かったですね。
    樹木希林さんは、さすがの存在感でした。

    メゾフォルテ様
    拍手、実践されているんですね。
    凄いですね。
    本当に、早く収まって欲しいですね。
    私は近々、在宅ワークになりそうです。
    通勤は、怖いのですが、仕事はやはり、
    会社のオフィスの方が、効率は良いです。
    オリンピックがらみで、
    政府が在宅ワークを推し進めているので、
    なんだかなあ。。。です。

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    返信先: 雑談掲示板
    医療関係者への拍手

    知人の、コロナ禍の様子の動画を見つけました。
    海外のアシラバ様方が書いてくださった、”医療関係者への拍手”、
    を、映像と音声で確認して頂けます。
    ただし、スペインのセビージャ(セビリア)の物ですので、
    お国によって、違いがあるかもしれません。
    陽気で、とにかく、夕刻には、広場に繰り出して、
    知人を見つければ、おしゃべりに花を咲かせる、”パセオ”(散歩)が習慣になっている、
    セビリアの方々が、自宅に籠るのは、大変な忍耐力が必要なのではないかと、
    思ったりします。*動画は昨年3月の物です。
    https://www.youtube.com/watch?v=7ax8qSNY9aA、

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    返信先: 雑談掲示板
    足利城址

    キジトラ様
    ご覧頂けて良かった~。
    室町時代、室町幕府、室町の文化、それらのルーツが足利城です。
    極端な話、金閣寺や、銀閣寺の源流。
    私は、再建を祈るのみ。なんだか情けない。

    「BANANA FISH」は残念ながら読んでいません。
    どんな物語ですか?

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    返信先: 雑談掲示板
    キジトラ様~追伸

    ブログの写真を下りてとお願いしましたが、
    URLをクリックすると、記事の一番下に出てしまうようなので、
    上がってください。汗

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    返信先: 雑談掲示板
    キジトラ様~

    突然すみません。
    焼けてしまった御獄神社ではないかと思われる写真を
    アップして下さったブログ記事を見つけました!
    良かったら、この記事をずっと下までおりて、
    ご確認ください。
    再建して欲しいですよね。
    https://blog.goo.ne.jp/mugiide/e/165742d21bd4a2dd29375f916cc388f1?st=0#comment-form

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    返信先: アシガール掲示板
    お邪魔しま~す

    大変、遅くなりましたが、2周年おめでとうございます!
    マスター様、皆様、作品の投稿の場を作って下さり、大感謝です。
    これからもよろしくお願いします。
    「時空の彼方に」、アシガールにぴったりの表現ですね。
    綺麗な言葉ですよね。素敵~。
    話題を変えてしまうかもしれませんが、
    小平太のモデルかな?
    と思われる武将について紹介されている動画を見つけたので、
    貼りますね。
    戦国イケメントップ5のno.3だそうです。
    no.1は若君の雰囲気あります。
    よろしければ、ご覧ください。
    https://www.youtube.com/watch?v=cLbjbedBLvI

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    返信先: 創作倶楽部
    星降る夜に ~月食 続編~

    はじめに
    “月食”の続編を書きました。。
    まずは、この曲をどうぞ。
    https://www.youtube.com/watch?v=BqFftJDXii0

      ~~~~~~
    それは、若君が唯を平成に
    送り返した翌朝の事。

    「源三郎。」

     「は?」

    「様子が常と
     異なる様じゃが?」

    言われた源三郎は、慌てた。
    うかつにも、夕べの事を、
    悟られたのだろうか?

     「いえ、その様な事は。」

    「なれど、この鉢の蕾は、
     みな、固う閉じた
     ままに見えるが。 」

    それを聞いて、
    源三郎は胸を撫で下ろす。

    “月下美人の事であったか。”

    改めて、鉢を見ると、
    確かに、蕾はどれもまだ固い。

    一輪咲いた鉢を、
    若君にお持ちするのが、
    習わしであるのに、
    何とした事。

     「こ、これは!」

    「確かに昨夜、咲いたのを
     見届けたのじゃな?」

    源三郎は、うろたえる。
    花びらが開く瞬間は、
    見ていなかったのだ。

    「あ、は、はい。
     あ、いや、
     鉢を取り違えました。
     只今、替えまする。」

    源三郎は、言葉を濁して
    部屋を辞そうとする。

    若君は、怪訝な顔で、なおも尋ねた。

    「源三郎らしゅうもない。
     如何した?」

     「そ、それがそのう。
       昨夜、にわかには、
      信じがたい事が。」

    「もしや、ぬしも見たのか?」

     「では、若君様も?」

    「うむ。では、あれは、
     夢では無かったのだな。」

     「私も、幻かと。
     まさか、あの様な。」

    「さよう。
     まさか、月が消えるとは。」

     「月。。。」

    “そちらであったか。“

    源三郎は、小さく息を吐いた。

    若君の見たものは、月隠れ。
    どんぎつねでは無いと知り、
    源三郎は、何故か、ほっとした。
    そして、取り違えた鉢を
    下げようとする。

    すると、若君がそれを止めた。

    「それは、そのままで良い。
     じきに咲くであろう。」

     「はっ。
      では、咲いた鉢をすぐに。」

    若君の部屋を退出し、
    源三郎は、薬草園に向かって
    走り出した。

     「源三郎さん。」

    女子の声に呼び止められて、
    立ち止まる。
    すると、仄かな香りとともに、
    どんぎつねが現れた。

    源三郎は、咄嗟に、
    どんぎつねの肩を押し、
    塀の影に隠れる。

    「よう、ここまで
     来れたの。」

     「はい。塀を伝って。」

    「塀を?
     まるで、軽業師じゃ。」

    どんぎつねは、
    クスッと笑うと、
    月下美人の鉢を差し出した。

     「はい。これ。」

    「これは、忝ない。
     持って来てくれたのか。」

    つい先ほどの、薬草園での事。
    鉢が違うと、
    直ぐに気付いたどんぎつねは、
    何度も源三郎を呼んだ。

    しかし、源三郎は、上の空。
    足元が覚束ない様にも見える。

    どんぎつねは、
    呼び止めるのをやめ、
    咲いた鉢を抱えて、
    後を追う事にしたのだ。

     「よかった。お渡しできて。」

    源三郎は、すぐに若君の元へ
    戻ろうと、一旦は背を向けたが、
    やはり気がかりで、振り返った。

    「ぬしはこれから如何する?」

     「唯さんの所へ行こうかと。」

    「いや、しかし、唯之助は
     生れ故郷に帰ったはずじゃが。」

     「え?」

    「先程、若君様が
     そう申されておった 。」

     「そんな。。。」

    途方にくれるどんぎつね。

    「兎に角、そのなりでは
     人目につく。
     急ぎ、薬草園に戻り、
     待っておれ。」

    源三郎は、そう言い残すと、
    若君の元へと急いだ。
    花を届けると、踵を返し、
    自室に戻る。
    そして、頭巾と袴を取り出すと、
    布にくるんで、薬草園に向かった。

    「どんぎつね殿、
     何処におられる?
     どんぎつね殿!」

    源三郎は、月下美人の棚の前で、
    どんぎつねを呼ぶが、返事がない。

    あちらこちらを探してみたが、
    一向に姿が見えなかった。

    “いったい、何処に?
    もしや、花園か?“

    花園は、薬草園の隣にある。
    どんぎつねは、花園の入口に
    ある松の木の下にいた。
    無邪気に松ぼっくりを拾っている。

    源三郎は、そっと近付く。
    気配に気付いて、
    どんぎつねが振り返った。

    源三郎は、はっとして立ち尽くす。

    どんぎつねは、慌てて、
    頬に伝わる涙を拭った。

    「あ、あの。
     薬草園で待っていたら、
     お坊さんの姿が見えたので、
     こちらに。」

    どんぎつねは、
    ぎこちない笑顔を作る。

    「薬師堂の小僧であろう。
     見られなかったのであれば、
     それで良い。
     兎に角、これを。」

     「これは?」

    「耳と尻尾を隠せば、人目を
     憚らずに歩けよう。」

     「ありがとうございます。
      ええっと。」

    どんぎつねは、あたりを
    キョロキョロ見回す。

    源三郎は、それを訝しげに
    見ていたが、ふと思い当たり、
    どんぎつねを花園の中にある
    東屋に連れて行った。

     「あのう、これはどうすれば?」

    東屋の外で後を向いていた源三郎は
    遠慮がちに東屋に入り、
    頭巾をどんぎつねに被せる。

    そして、袴を手に取り、
    その場にかがむと、
    肩につかまる様に促した。
    源三郎は、おどけて言う。

    「姫君、おみ足をお上げ下され。」

    どんぎつねは言われるまま、
    源三郎に袴もはかせてもらう。

    「これで良い。男子に見える。」

    源三郎は、微笑むと
    ゆっくりと東屋を出た。

     「戻られるのですか?」

    「いや、今日は、非番じゃ。
     寝ずの番の明け故。」

    そう言った後、
    源三郎は顔を赤らめた。
    昨夜の事を思い出したのだ。

    野草園の見回りは、城勤めの若手に
    割り振られている。
    薬草は、高く売れるので。
    不埒な盗人から、
    守らなければならない。

    それに加えて、昨夜は忠清が
    大切にしている、月下美人が
    咲くかもしれない夜だった。

    そんな大切な役目の夜に、
    源三郎は、気を失って
    しまったのだ。

    どんぎつねを薬草園に
    連れてきた唯之介は、
    見慣れぬ椀を押し付けると、
    どこかに走り去った。
    どんぎつねが、開花を
    見たいというので、
    月下美人の鉢の前に案内した。
    しばらく、蕾を眺めていたが、
    ふいに、どんぎつねは、
    その椀のものを、食すように勧めた。
    そして、驚いた事に、
    袖から取り出した箸で
    夜空の月をつまみ、
    椀に入れたのだ

    その後の事は、覚えていない。
    気が付いた時には、なんと、
    どんぎつねの尻尾を枕にしていた。
    目に映ったのは、
    心配そうに覗き込む、
    どんぎつねの大きな瞳。

    跳ね起きた源三郎は、
    すぐに、夜空を振り仰ぐ。
    そこには、消えたはずの月が、
    浮かんでいた。

    “月が戻っている。
    だが、今宵は満月のはず。
    なぜ、欠けているのじゃ?“

    源三郎は、この状況を
    受け止めきれぬまま、
    夜空を見つめ続けた。

    欠けた月は徐々に丸みを
    取り戻して行く。

    ふと、どんきつねに目をやると、
    なにやら、姿がぼやけていた。

     「源三郎さん、
      お願いがあるんです。
      これを、一口、
      食べてくれませんか?」

    「これを?」

    どんぎつねはうなずく。

    「食さぬとどうなるのだ?」

     「消えます。」

    「消える?」

     「食べて貰えないと、私、
      ここにはいられないんです。」

    源三郎は、差し出された箸の先の
    油揚げの切れ端を口に入れ、
    急いで飲み込んだ。

    すると、薄くなっていた
    どんぎつねの姿が、また、
    くっきりと闇に浮かんだ。
    まるで、姿を取り戻した
    満月の様に。
    いや、むしろ、月より輝いて。

     「ありがとう。
      これで、暫く、居られます。」

    源三郎と、どんぎつねは、
    その時、やっと
    月下美人の香りに気づいた。

     「あ、花が!」

    「咲いておる!」

    そうして、そのまま日が昇るまで、
    肩を並べ、香る花を眺めて
    過ごしたのだった。

       ~~~~~~

    袴姿のどんぎつねを連れ、
    源三郎は、花園の中を
    そぞろ歩く。

    藤袴や女郎花を見つけるたびに、
    どんぎつねは、足を止めて見入る。
    萩が群生する一角では、
    歓声を上げた。

    「ここは、この季節では
     一番の見所じゃ。
     庭師が特に力を入れて、
     世話をしておる。
     “萩”の名が、
     “羽木”に通ずる故。」

     「羽木?」

    「この城の、御当主一族の
     御名じゃ。」

    どんぎつねは、その萩に
    魅入られた様に、
    離れようとしない。

    源三郎は、小刀で枝の先を切り、
    どんぎつねの頭巾を取ると、
    耳の横にそれを差してやった。

    どんぎつねの耳の先が動く。
    その愛らしさに、源三郎は、
    微笑まずにはいられなかった。

    東屋に戻った源三郎は、
    どんぎつねを座らせた。

    「腹が減っておろう。
     これを食すと良い。」

    源三郎は、懐から取り出した
    握り飯を二つ、差し出した。
    寝ずの番を終えた者に、
    渡される朝飯を、食べずに
    持って来たのだ。

    どんぎつねは、それを素直に
    一つ手に取ると、
    うつむきながら口に含む。
    ほんのりと塩味がした。

    源三郎の心使いが、身に染みて、
    また涙がこみ上げて来た。

    源三郎は、気づかぬふりをし、
    横を向いて咳ばらいをすると、
    残った握り飯にかぶりつく。
    そして、どんぎつねが
    食べ終わるのを待ち、
    切り出した。

    「何か、子細があるようじゃが。
     語ってみぬか?
     力になれるやもしれぬ。」

    どんぎつねは、しばらくの間、
    迷っていた。
    やがて、ぽつり
    ぽつりと、話し始めた。

    恋人だと思っていた人が、
    突然、他の女性と結婚する事になり、
    落ち込んでいる事。
    些細な事でやきもちを焼いて、
    山に戻っていたのだが、
    戻ってみたら、彼の部屋に、
    絵本が残されていた事。
    この絵本に描かれている事が、
    自分の記憶と違うので、
    混乱している事を。

    「その絵本とは、どのような。」

    どんぎつねは、着物の袖から、
    小さなタブレットを取り出すと、
    源三郎に見せた。
    https://www.youtube.com/watch?v=cZaBAN-Xj1w

     「私には、この記憶しか無いの。」
    https://www.youtube.com/watch?v=cJL9KWzJXwY

    源三郎は、見た事も無い、動く絵と
    奇妙な板を見せられて、
    仰天したが、努めて平静を装う。

    「その“源”とやらの妻となる
     女子は、ぬしの見知った者か?」

     「会ったことは無いの。
      会いたかったけど、
      間違えてゆいさんの所に
      来てしまって。
      その方は、源さんと
      お仕事をご一緒されて
      いたんです。」

    どんぎつねは、タブレットを操作し、
    彼女の写真を見せる。

    源三郎はそれを眺め、こう言った。

    「心なしか、ぬしに似ておるの。」

     「えっ???」

    それから、かなり長い間、
    二人は黙っていた。

    日は高く昇り、
    辺りを明るく照らしている。
    とこからか、
    もずの鳴き声が聞こえてきた。

    「源殿に、恩返しに来たとは、
     言わなかったのじゃな?」

     「わざわざ言ったりしたら、
      恩着せがましいでしょう?」

    「源殿は、その幼き日を
     思い出したのではないかの。
     そして、幼かったとはいえ、
     とんでもない事を
     願ってしまったと、
     悔いたのでは。」

     「悔いた?どうして?」

    「うむ。
     ぬしがポンなんとやらであれば、
     術は使えぬはず。
     なれど、こうして女子に化けた。
     どの様な事があったのかは
     分からぬが、
     その苦労は、並大抵では
     無かったはずじゃ。」

     「苦労なんて、源さんの
      笑顔一つで、忘れます。
      第一、そんな覚え、無いし。」

    「そうじゃの。
     だが、ぬしは、拗ねて
     山に帰ったのであろう?
     己の思いが満たされぬ故。」

     「それは、そうです。」

    「ポンなんとやらであろうが、
     キツネであろうが、
     帰る所があるのなら、
     そこで暮らすが一番と、
     源殿は思い至ったのでは
     ないかの。
     ぬしを思った上での事と、
     わしには思えてならぬが。」

     「でも、追いかけて来て
      欲しかった。
      探しに来て欲しかったの。
      あの時みたいに。」
    https://www.youtube.com/watch?v=6PHJkZP8aO0

    「気持ちは分からぬでは無いが。」

     「甘えてたんですね。私。」

    「恩返しであれば、
     すでに果たしたのでは。」

     「果たした?」

    「源殿の孤独は癒された。
     ぬしによって、もう充分に。
     そして、ぬしの面影を宿す、
     “人”の女子と結ばれる。
     晴れて、男になったのじゃ。
     一人前のな。」

     「私の役目は、もう終わり?」

    「源殿は、幸せになろう。
     それは全て、ぬしのお蔭じゃ。
     そうよ。
     ぬしの手柄じゃ。
     胸を張って、誇れば良い。
     そして、次は、ぬしが
     幸せをつかむのじゃ。」

     「今度は、私が。。。」

    それから、源三郎とどんぎつねは、
    また、長い間、黙っていた。

    夕日が西の空を赤く染め始めた。

    「昨夜は、ぬしも眠っておらぬ。
     疲れておろう?
     今宵はゆるりと休まねば。
     もし、障りが無ければ、
     屋敷に来ぬか?」

     「屋敷に?源三郎さんの?」

    「わしの親代わりの方の屋敷じゃ。」

     「でも、ご迷惑では。
      何処かにお稲荷さんのお社は
      ありませんか?
      私は、そこで。」

    「稲荷神社はあるにはあるが、
     高山との国境の山の奥。
     今から向かうは、あまりにも無謀。
     山には、熊もおる。
     もっと恐ろしいのは、熊打ちじゃ。
     今は収穫の時。
     畑を荒らすきつねやむじなでさえ、
     あやつらは容赦せぬ。
     ぬしのみごとな尻尾をみれば、
     必ず、狙うであろう。
     その様な所へ、行かせる訳には
     いかぬ。」

    熊打ちと聞いて、
    震えあがったどんぎつねは、
    源三郎に付いて行く事にした。

    源三郎は、久方ぶりに、
    旧友が旅の途中に立ち寄ったと、
    当主の千原元次に伝え、
    どんぎつねを自室に通した。
    自ら、夕餉の膳を運び、振る舞う。
    どんぎつねは、膳のものを
    美味しそうに残さず食べた。

    そこへ、元次が酒を手に
    やって来た。
    どんぎつねは、咄嗟に几帳の陰に
    隠れる。

    源三郎は、冷や汗をかきながら、
    迎えた。

     「これば、これは。
      如何なされましたか?」

    「いや、ぬしの友なれば、
     一献、進ぜようと思うての。
     おや、何処におられる?」

    元次は、遠慮もせずに、
    部屋を覗き込む。

    「長旅の途中にて、
     大層疲れておる様で、
     すでに、床につきまして
     ございまする。」

    「さようか。」

    いささか、不服そうな元次を、
    源三郎はさりげなく、
    外廊下に誘い出す。

     「されば、それは、私が
      頂戴いたしましょう。
      今宵は、満天の星。
      庭の虫の音に耳を澄ますのも、
      一興にて。」

    元次は、源三郎の誘いに、
    気を取り直し、外廊下に座ると、
    盃を酌み交わし、星を眺めた。

    「こうして虫の音を聞いておると、
     昔の事ばかりが、思い出される。」

     「それは、どの様な。」

    「やはり、子らの事かの。
     しかし、今はこうして
     ぬしがおる。
     ありがたき事よ。」

     「この源三郎、肝に銘じて、
      励みまする。」

    「若き頃には、妻と共に、
     よう星を眺めた。」

     「奥方様は、私の様な者にも、
      良うして下さいました。」

    「あれには、苦労をさせた。
     優しい言葉の一つも
     かけなんだのが、悔やまれる。」

     「何を申されます。
      睦まじい夫婦と評判の仲で
      あられたものを。」

    「左様であったかの。」

    元次は、まんざらでもない様子で、
    盃を重ねる。

    やがて、なにやらそわそわと、
    落ち着かない源三郎の様子に、
    こう言いつつ、腰を上げた。

    「これは、したり。
     長居をした。許せ。
     ぬしも早う、良き
     嫁御を迎えねばのう。」

    “良き嫁”

    その言葉に、思わず、しなやかな
    尻尾を思い浮かべてしまい、
    源三郎は、それを払うように
    激しく頭を振りながら、
    部屋に戻った。

    そっと、几帳の陰を覗くと、
    どんぎつねは、膝を抱えて丸くなり、
    小さな寝息を立てていた。

    ”きつねと聞けば、
    確かにそうじゃ。
    そう、この者はきつねじゃ。”

    源三郎は、己にそう言い聞かせる。
    しかし、知らず知らずのうちに、
    頬は緩んでしまうのだった。

    几帳を部屋の中程に移し、
    その横に夜具を延べる。
    抱え上げたどんぎつねを、
    その上にそっと下し、
    薄手の綿入れを掛けると
    また、外廊下に出て、
    部屋の障子を閉めた。

    まだ秋とはいえ、夜半は冷え込む。
    源三郎は、夜具を体に巻き付け、
    柱に寄りかかって目を閉じた。

    屋敷の者も、皆、寝静まった頃、
    源三郎は、苦しそうなうめき声で、
    目を覚ました。
    それは、障子越しに聞こえて来る。
    源三郎は、迷うことなく
    部屋に入った。

    「如何なされた、どんぎつね殿」

    どんぎつねは、苦悶の表情で、
    唇を噛みしめ、低く唸っている。
    手足を縮め、耳は硬直し、
    豊かな尻尾の毛が、針の様に
    鋭く尖り、逆立っている。
    何よりも驚いたのは、
    膨れ上がった、尾の先が、
    裂け始めている事だ。

    “これは、どうしたことじゃ!
     何故、このような事が!“

    「どんぎつね殿!
     どんぎつね殿!」

    血のにじみむ唇から、
    悲し気な声が漏れる。

     「来ないで。
      私から、離れて。
      そっと、そのまま後ろに
      下がって。
      背中を見せちゃ、駄目。
      でないと、私、
      貴方を噛みこ・・」

    その時だった、この刻限には
    見えるはずのない天の川が、
    夜空に現れたかと思うと、
    それは、源三郎に向かい
    流れ下りてきた。
    そして、たちまちのうちに、
    どんぎつねを飲み込むと、
    一瞬のうちに消えてしまった。

    星屑のような光の中に、
    源三郎は、白狐の鋭く光る眼を見た。

    「どんぎつね殿!!!」

    源三郎は必死で叫ぶが、
    それは声にならない。
    まるで、魔術にかかった様だ。
    源三郎は、足の力を奪われ、
    追いかける事も出来ず、
    崩れる落ちる様に、
    その場に倒れ込んだ。

      ~~~~~~

    「源三郎、早いの。
     何処へ行くのじゃ?」

     「若君の朝のお世話に。」

    「早すぎはせぬか?」

    源三郎は、思い詰めたまなざしで
    立っている。

    「いや、留め立てはせぬが。
     されど、客人は?
     誰ぞに接待を
     申し付けたのか?」

     「すでに、旅立ちまして
      ございまする。」

    「なんと。」

     「元次様に、ご挨拶も
      致しませず、
      私が代わりに御詫び
      申し上げまする。」

    「まあ、よい。」

    青白い顔の源三郎を見て、元次は、
    深くは尋ねずにおいた。

    “久しぶりに会うたと聞いたが、
    仲違いでもしたのであろうか?“

    気になりながらも、元次は、
    屋敷の奥に戻った。

    源三郎は、とても自室で
    過ごす気にはなれなかった。

    たった二日間ではあるが、
    信じがたい事が立て続けに起こり、
    己を保つ事すら、危うい。

    特に、昨夜の一件は凄まじかった。

    明け方、吹き込んだ風の冷たさに、
    我に返った源三郎は、
    几帳を見つめ、己に言い聞かせた。

    “あれは、夢じゃ。“

    この向こうには、
    愛らしいどんぎつねが、
    すやすやと眠っておる。
    必ずおる。

    両頬を叩きながら、
    我が身を奮い立たせ、
    几帳を外した。
    だか、そこに有ったのは、
    蝉の脱け殻の様な、
    夜具だけだった。

    枕元に何かが落ちている。
    源三郎は、それを、
    そっと、拾い上げた。
    それは、昨日、花園で
    どんぎつねに差してやった
    萩の小枝だった。

    源三郎は、その小枝に頬を寄せた。
    涙が一粒、朝露の様に
    花を濡らした。

    昨夜の出来事が、繰り返し、
    思い出される。
    若君の部屋の外廊下に坐した後も、
    源三郎は、悔やみ続けた。

    どんぎつねが思いを
    断ち切る為には、
    壮絶な苦しみに
    耐えねばならなかったのだ。

    それを、昨夜、まざまざと
    見せつけられた。

    あまりにも、”もののけ”と
    いうものを知らなかった
    自分を責めた。

    外廊下に、朝の光が強く差し込む。
    若君の起床の刻限がせまっていた。

    源三郎は、我に返り、
    障子越しに声をかける。

      「若君様、お着替えを。」

    「入れ。」

    若君は、部屋の中央に
    座っていた。

    源三郎は、水を張った手洗を
    その前に置く。
    洗顔を終えた若君から、
    手拭いを受けとり、
    面を上げた若君を見て、
    源三郎は、驚いた。

      「如何なされました?
       お目が腫れて。」

    「そう言うお前も、
     眼が赤いが?」

    実は、若君も、眠れぬ夜を
    過ごしていたのだ。
    ただじっと、
    唯の写真だけを見つめて。
    ”今頃は、腹を立てておろうの。
    わしのたばかりを。”

    後一度しか使えない
    タイムマシンの起動スイッチを
    二度使えると言い、忠清は
    唯を平成へ帰したのだった。

    忠清は、月下美人を
    寝所に入れ、まるで共寝を
    するように、その香りに
    包まれて眠るが常であった。

    ところが、その鉢は、
    次の間に置かれたままだ。

    「何事があった?」

      「若君様には、
       如何されましたか?」

    「この世の不思議を・・・」
      「この世の不思議を・・・」

    同じ言葉に、二人は、
    顔を見合わせる。
    しかし、それ以上は
    言葉にできず、ただ、
    その場に座っていた。

    どれ程、経っただろうか。
    小平太が、足音を立てながら、
    やって来た。

     「若君様、見まわりの刻限に
     ございまする。」

    部屋の中をみて、小平太は、
    声を張り上げた。
    若君は、まだ、髪さえ
    結い上げていない。

     「何をしておるのじゃ、
      源三郎!
      早う、整えて差し上げよ。」

    その夜、若君は、夕餉を
    源三郎、小平太と共に
    摂る事にした。

    三人で酒を酌み交わす。
    小平太は、一人、
    高山との戦の備えを語っていた。
    若君と、源三郎は
    静かに盃を傾けながら、
    夜空を見上げる。

    清らかな瞳の様な、
    大きな星が一つ、
    尾を引きながら、
    流れて消えた。

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    返信先: 連絡掲示板
    ありがとうございますm(__)m

    マスター様
    お手数をおかけしました。
    ほんの少しの修正でも、
    複数回続けるのは、
    良くないみたいですね。
    今後ともよろしく
    お願いいたします。

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    消えたのは

    マスター様
    慌てて復活のお願いをしまして、
    どの板か、お伝えしておりませんでした。
    すみません。
    創作倶楽部です。
    タイトルは”月食”
    よろしくお願いいたします。m(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    消えました!

    マスター様
    一度は編集に成功した投稿を、
    再度修正しましたら、消えたようです。
    復活をお願いします。m(__)m

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    返信先: 創作倶楽部
    月食 ~ドラマ・満月よ、もう少しだけ 番外編~

    スーパー月食は
    見られませんでしたが
    こんな物語を妄想しました。
    梅とパイン様
    源三郎さん、お借りします。
    (*^^)v m(__)m
    ********************
    お袋様の言葉に力を貰い、
    先走り過ぎた自分を悔やみつつ、
    唯は若君の元へ向かった。
    忠清の部屋の障子は、
    閉じられている。

    “もう開くことは無いのかな。”

    不安に苛まれ、唯は、
    直ぐには声をかけられない。

    “怒髪衝天“

    四文字熟語は得意じゃない。
    でも、今はこの言葉が、
    くっきりと頭に浮かび、
    ぐるぐる回る。

    まさに、夕べの若君そのものだ。

    部屋の様子を伺う唯の足裏に、
    尖った小石が突き刺さった。
    草鞋を履く間も惜しんで、
    飛び出してきた唯だったが、
    小石一つの事で、
    心が折れそうになる。

    「痛!」

    唯は、思わず声を上げた。
    すると、突然、障子が開いた。

    姿を見せた忠清に
    話しかけようとするが、
    緊張のあまり、喉はカラカラ。
    舌も固まって動かない。

    “私がこれから伝える事は、
    確実に若君様を傷つける。
    でも、言わなきゃ。
    今、直ぐに。“

    唯の葛藤には気づきもせず、
    昨夜、声を荒らげた事を詫び、
    若君は、その場を去ろうとする。

    “待って!
    大切な話が!
    実は、、、成之様が。。。“

    ~~~~~~~~~~

    「おや、泣いたからすは、
     もう笑うたようじゃの。」

    戻って来た唯に、
    お袋様はそう言って微笑みかけた。

    「夕べは寝ておらんのであろう?
     城へは三之助を使いに出した故、
     しばし、横になりなされ。」

    言われるままに、唯は、
    敷かれた夜具に潜り込む。

    兄の陰謀を予見していたのか、
    高山と成之のたくらみを知っても
    若君は動じなかった。

    むしろ、意外だったのは
    若君の言葉の方だ。

    “今一度、女子姿を
    見せてはくれまいか。“

    平成に戻る唯を見送ろうと
    言ってくれた若君の、
    まさかのリクエスト。

    その言葉に心が沸き立つ。
    まるで、台風の後の
    青空の下にいるようだ。
    唯は、なかなか寝つけず、
    寝返りばかりを繰り返した。

    暫くして、
    三之助が戻ってきた。

    寝落ちした唯之助の顔を
    覗き込み、笑い出す。

     「唯之助が涎を
      垂らしておる!」

    「これ、その様に笑うでない。」

    三之助を諌めながら、
    吉乃もつい笑みをこぼす。

    「甜瓜をもろうた夢でも
     見ておるのかのう。」

    それを聞いた孫四郎が、
    唯の枕元で囃し立てた。

    ま、ま、まくわうり、
    そっちのうりは、苦いぞ、
    こっちのうりは、あまいぞ~♪

    その時、夢の中で、唯は
    しとやかに若君の後を
    歩いていたのだが、
    振り向いた若君の顔が
    大きな甜瓜だったので、
    ビックリ

    飛び起きるやいなや、
    “まくわうり!”
    と絶叫する唯を見て、
    三之助と孫四郎の笑いが爆発した。

    まだ明るい空には、うっすらと
    甜瓜色の月が浮かんでいる。
    まるで賑かな離れ座敷を
    温かく見守るかの様に。

    ~~~~~~~~

    翌日、暗いうちから
    起き出した唯は、厨に立ち、
    お袋様や三之助たちの
    朝餉を整えた。
    平成に戻る前に、少しでも
    感謝の気持ちを伝えたかった。

    粥が炊き上がると、
    一口だけ味見をし、厩へ向かう。

    いつもなら気の重い馬糞の始末さえ、
    今日は、軽々とこなせる。

    「唯之助ではないか。
    もう、 具合は良いのか?」

    馬番頭が声をかけてきた。

     「はい。もうすっかり。
      昨日の分まで働きます!」

    「良い心がけじゃ。」

     「颯の寝藁を替えて来ますね。」

    ぐったりした唯之助が、成之様に
    抱えられていたと噂に聞き、
    馬番頭は、内心、案じていたのだ。
    それを見た若君様が激怒したとか。

    にもかかわらず、今朝の唯之助は、
    いつもより溌剌として見える。
    その後ろ姿を、
    頭は、目を細めて見送った。

    厩の仕事に追われ、気が付けば、
    日が傾きはじめていた。

     「いけない。
      早くあやめ姐さんの所へ
      行かなくちゃ。」

    唯は、足軽の衣しか持っていない。
    おふくろ様に相談すれば、
    用意してくれたかもしれないが、
    女子姿で、小垣の寺に
    忍び込んだ事は、
    知られたくなかった。

    そこで、城下にある
    芝居小屋の衣装を、また
    借りる事にしたのだ。
    衣装選びに、着付けにお化粧。
    女子姿には何かと時間がかかる。
    ふと、体についた馬の匂いが
    気になった。
    湯浴みは出来なくても、
    せめて、汗は拭いておきたい。

    “ウェットティッシュ、
     残ってたかな。“

    直ぐにも城下に
    駆け出したかったが、
    唯は、一旦、居候中の
    天野家の離れ座敷に戻る事にした。

    平成から持ってきた
    リュックの底を探る。
    目当ての汗拭きティッシュは
    干からびていた。

    “まあ、濡らせば、使えるかも。”

    もう一つ無いかと、動かした指先に
    何かが当たった。

    “ん?”

    直ぐに取り出す。
    出てきたのはなんとも意外なもの。

    “どん兵衛きつねうどん?!”
     これ、入れたっけ?
     あ、もしかして、尊が?

    途端に、唯のお腹が大きく鳴った。
    そう言えば、
    今日食べたのは、粥一口。
    あやめさんの所で着付けした後に、
    戻って夕餉をとる時間は無い。
    それに、女子姿は、
    若君だけにしか見せたくなかった。

    厨の棚の影で湯を注ぎ、三分待つ。
    出汁の匂いが食慾をそそる。
    そっと蓋をあけ、立ち上る湯気に
    思わず頭を下げた。

    “尊~、ありがとう~!”

    頭を上げた唯の目に、
    何かが写った。

    “えっ?何?”

    二つの耳の先が、ピクピク動く。

    “もしや、むじな?”

     「いえ、きつねです。
      ゆいさんですか?」

    「は?あ、はい。
     確かに私、ゆいですけど。」

    目を擦りつつ、唯は、
    突然現れた影を、
    まじまじと見つめた。

    “どこかで、見たことある様な。
    あ、もしかして、ど!“

      「そうです。
       どんぎつねです。」

    “な、何故、ここに!
    ここは、ドラマでCMじゃない!“

     「突っ込むとこ、そこですか?」

    「あ、あはは。そうだよねえ・・・
     じゃなくて、心、読めるの?
     てか、何故、アシガール?」

     「えっ?アシ?
      “逃げ恥”じゃ無いんですか?

    「“逃げ恥”?
     ちがう、ちがう~。
     それに、どんぎつねって、
     源さんに憑いてるはずじゃ。」

     「そうなんです。
      実は、実はね。。。。」

    涙ぐむどんぎつね。
    唯は、時間が気になり、
    そわそわしつつも、話を聞いた。
    https://www.youtube.com/watch?v=ogb2RLj9j4s

    「そうなんだ~。
     つい意地を張って、
     山に帰った隙にねえ。
     うん。うん。
     でも、逃げた男、
     追ってもしょうがないでしょ。
     あんまり、逃げ足、
     早そうじゃないから、
     捕まえられるとは思うけど。
     また、こんなことしてみる?
    https://www.youtube.com/watch?v=tlvk6jHoq9o

     でも、黙秘権発動されて
     終わりかも。
     それに、お相手に会ってみた所で
     虚しくなるだけじゃない?
     それにしても、ねえ。
     随分、動揺してたのね。
     “ゆい”と“ゆいな”を
     間違えるなんて。」

     「ゆいなさんは、
      役名もゆいで。
      ウチナンチューだし。
      でも、良く考えてみれば、
      あちらのゆいさんが、
      食べるのは、
      チキンラーメンだけかも。」

    「だよね~。」

    相槌を打って笑う唯を、
    どんぎつねは、ちょっと睨んだが、
    その悪気の無い笑顔を見て、
    つられて微笑む。

    「そうだ!
     ここにも、源さんいる!」

     「え?ここに?」

    「源は源でも、源三郎だけどね。
     真面目そうな所は、似てるかな。
     今日は、たしか、
     薬草園の見回りに出てるはず。」

    唯は、どん兵衛のカップを
    持ったまま、薬草園に向かった。
    その後を、どんぎつねが追う

     「待って!
      待ってくださ~い!」

    ~~~~~~~~

     「あ、いたいた。
      源三郎さああああん!」

    薬草園の入り口で、
    唯は、大きく手を振る。
    どんぎつねは、
    どん兵衛カップを持ったまま、
    唯の上げた腕の下から、
    おそるおそる覗き込む。

     “思ってた人と違う~。。。
     でも、控えめそうな雰囲気は、
     ちょっとだけ似てるかも。“

    どんぎつねがそう思った瞬間、
    唯は源三郎に猛ダッシュ。

     「時間、無いんで。」

    言うなり、源三郎の袖を
    つかんで引っ張る。

     「ちょっとこっち来て。」

    源三郎は、訳が分からない。

     「どんぎつね、何処?」

    唯に呼ばれて、
    スイカズラの繁みに隠れていた
    どんぎつねが、
    おずおずと出てきた。

    源三郎は、驚きを隠せない。
    “何故、耳としっぽが?”
    でも、もっと驚いたのは、
    その愛らしさだ。

    「唯之助、このお方は?」

     「どんぎつね。
      いろいろあって、
      ちょっと凹んでるの。
      なぐさめてやって。」

    唯は、どんぎつねに預けた
    どんカップを、今度は
    源三郎の前に突き出す。

     「これ、あげるから。
      後はよろしく。」

    「え、ちょ、まてよ!」

    “ん?なんで、そこでキムタク?!”

    思わず振り返って、
    突っ込もうかと思ったが、
    これ以上時間をとられたら、
    若君のリクエストに
    答えられなくなる。

    唯は、どんぎつねに、
    “平成の事は内緒で”
    とささやき、二人、いや、
    一人と、一なんとかを
    薬草園に残し、城下へと走った。
    ところで、もののけを
    数える単位って何?

    後に残された源三郎と、
    どんぎつねは、しばらくの間、
    お互いをちらちらと盗み見た。

    やがて、どんぎつねが訊ねた。

      「源三郎さんは、
       いつも此処に?」

    「いや、そういう訳では。
     今日は、当番での。
     それに、若君様が
     大切になさっている
     “月下美人”が、
     そろそろ咲く頃なのじゃ。
     蕾が一つ開くと、次々に開くゆえ
     一つ咲いたら、すぐに
     若君の元にお持ちせねば。」

     「まあ、私も見てみたい。」

    「花が咲くのは、真夜中での。
     女子が見るには遅すぎる。
     蕾で良いなら、案内しよう。」

     「はい。」

    どんぎつねの尻尾が
    ゆらゆら揺れる。
    嬉しい時の印だ。
    源三郎は、どんカップを
    両手に乗せたまま、
    薬草園の奥へと進んだ。

    いつの間にか、陽が落ち、
    あたりは夕闇に包まれていた。

    甘い香りが漂って来る。

    「やはり、今宵の様じゃ。」

     「え?何故わかるんです?」

    「蕾が開く前には、
     香りが強うなる。」

     「それなら、
      なおさら、見たいです。」

    「しかし、女子を真夜中まで
     留め置く事は出来ぬ。」

     「今夜は、帰りたくないの。」

    「えっ?!」

    源三郎は、思わずどんカップを
    取り落としそうになった。
    カップの中の汁が揺れて、
    良い匂いが鼻をくすぐる。

    源三郎は、さっきの唯の言葉を
    思い出した。
    その言葉に、どんぎつねの
    言葉が繋がる。

    “なぐさめてやって+帰りたくない=
    もしや、??“

     「今は、何も聞かないで。
      花を見たら、
      元気になれそうだから。」

    心を読まれ、源三郎はうろたえた。
    ざわつく胸を押さえようと、、
    大きく息を吸い込む。
    そして、小さくうなずくと、
    月下美人の鉢が並んでいる棚の
    前に進んだ。
    そして向かいの石に腰かける。
    どんぎつねは、遠慮がちに
    その横に座った。
    二人は黙って蕾を見つめる。

    空には月が、明るく輝いていた。

     「食べないんですか?それ。」

    「しかし、これは唯之助の。」

     「ゆいさん、さっき
      言ってたじゃないですか。
      あげるって。」

    「そうだったかの。」

     「こうすれは、
      もっと美味しくなりますよ。」

    どんぎつねは、着物の袖から
    割り箸を取り出すと、
    いたずらっぽく微笑んで、
    源三郎の目の前でパチンと割った。

    そして、その箸を空にかざすと、
    月をつまみ、掛け声をかけ、
    どんカップに入れた。

     「えいっ!」

    「なんと!」

    源三郎は、どんカップに浮かんだ
    黄金に輝く小さな月を見て、
    腰を抜かす。

    「危ない!」

    どんぎつねは、片手でどんカップ、
    片腕で源三郎を支えた。

    どんぎつねの耳越しに
    見上げた夜空は暗く広がるばかり。

    「月が、消えた?!」

    そして、源三郎は、気を失った。

      「源三郎さんかわいい!」

    どんぎつねは、腕の中の源三郎を
    いつまでも見つめ続けた。
    月下美人が、さらに香りを強め、
    静かに咲いたのにも気づかずに。

    ~~~~~~~~~~

    同じ頃、唯は若君と、
    思い出の場所にいた。
    初デートで、若君から貰った
    菓子の色が、瞼に蘇る。
    あの時、若君は言ったのだ。

    “兄上もお誘いすれば良かった。”
      今はどうなの?

    そして昨日はこう言った。

    “兄上の事は、考えておる。”
      って、いったい何を?

    若君の先を歩いていた唯は、
    訊ねようとして、振り返った。

    若君は、何故か、
    空を見上げたまま、固まっている。

    「これは、なんとしたことじゃ!
     月が無い。
     消えておる。」

    見上げた唯は、ふと、
    前に見たCMを思い出した。

    “はは~ん。どんぎつね。
    アレをやったな。”
    https://www.youtube.com/watch?v=m_C5KfhObpU

    どんぎつねがくれた暗闇。
    唯は、忠清に寄り添うと、
    そっとその手に指を絡ませる。
    憧れの恋人繋ぎ。

    唯は、見えない月に祈った。

    “お願い、満月よ。
    隠れてて、もう少しだけ。”

    投稿フォームへ

    返信先: 雑談掲示板
    寸止め と もしや阿湖姫?

    月文字様
    長澤まさみちゃん、コメデイ―担当だったんですかねえ。
    また見つけました~。
    はる様が阿湖姫に見えた瞬間↓
    https://www.youtube.com/watch?v=LtrtCQsBLEs

    りり造様 こちらもなかなかです。
    寸止め 源ちゃんバージョン↓
    https://www.youtube.com/watch?v=oM4T-wm039E

    寸止め どんぎつねさんバージョン↓
    https://www.youtube.com/watch?v=s5k9kWC0jOw

    投稿フォームへ

    返信先: 雑談掲示板
    月文字様~、ナイス!

    月文字様のURLクリックしたら、こちらを発見!
    はる様がふきちゃんに見えまする。(^_^)v↓
    https://www.youtube.com/watch?v=SUIQGoi3omw

    投稿フォームへ

    返信先: 雑談掲示板
    藁・藁

    発見!
    唯ちゃんとどんぎつねさんがかぶってます↓
    https://www.youtube.com/watch?v=zmUiPkCFa5U

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    そういえば、ゆい様でしたね!

    梅とパイン様
    タイムリーな源・トヨ物語
    楽しかった♡
    どんぎつねさんのライバル、
    チキンラーメンのあのお方は、
    確かに”ゆい”様。
    ガッキーの愛称が強すぎて、
    忘れてました。(;^_^A
    ありがとうございます!(^_^)v

    投稿フォームへ

    返信先: 雑談掲示板
    源ちゃん

    源ちゃんには、どんぎつねさんと結ばれて欲しかった!
    すみません。
    全く関係ないコメントですよね。(;^_^A
    あらぬ、妄想をしてしまいました。m(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    楓 ~「十三夜」続編~ 第一景

      「さあ、お仕度を。」

    侍女の言葉に、
    三の姫は素っ気なく答える。

     「私は、参りませぬ。」

      「その様に申されましても、
       これは、御屋方様の
       お指図にて。」

    「何を騒いでおるのじゃ?」

    鐘ヶ江久政の妻が部屋に入って来た。

    「まだ、その様な成りでおるのか。」

     「何故、私なのです?
      お仕えするのは、
      ふきのはずでは?」

    「ふきは未だ、女の童じゃ。
     お子は望めぬ。
     さあ、早う湯殿で
     身を清めなされ。」

    母にせかされ、三の姫は
    固い表情で部屋を後にした。

    「逆ろうた事など、一度たりとも
     無かった三の姫が、
     何故あの様に。」

    黒羽城の若君、忠清の初陣が
    決まったと、知らせを受けたのが
    二日前の夜更けの事。

    初陣の夜のお世話をと、
    鐘ヶ江家の娘に白羽の矢が立った。

    当主の隠子として
    松ヶ枝村で育ったふきは、
    七歳で父の屋敷に引き取られた。
    男子に恵まれぬ鐘ヶ江家にとって、
    できる事ならば、若君の側室にと、
    望みを託しての事だ。

    しかし、此度のお召しは残念な事に
    ふきにはいささか早かった。
    一方で、久政とその妻は、
    この好機を逃す訳にはいかない。

    そこで、若君よりも年上ではあるが、
    三の姫をと決めたのだ。

    娘の衣装を整えている所へ、
    当の三の姫が湯殿から戻って来た。
    その姿を一目見るなり、
    久政の妻は声を荒げた。

    「如何したのじゃ!?
     凍えておるではないか。」

    三の姫の桃の様な頬は
    血の気が引き、唇も手足の爪も
    紫色になっている。

    侍女は、声を震わせながら、
    答えた。

      「お止めしたのです。
       なれど、姫様は、戦勝と、
       鐘ヶ江家繁栄祈願
       の為とおっしゃいまして
       湯殿にあった手桶の水を
       全てお浴びになり。」

    「何という事を!
     早う、熱い湯を持て!
     体を暖めねば!」

    外廊下にいて、
    その一部始終を見ていたふきは、
    急ぎ厨にむかうと、土瓶を整えた。
    それを三の姫の元へ運ぼうとして、
    ふと思い立ち、自室に入ると、
    しまっておいた和三盆を取りだし、
    土瓶の中に落とす。

    義母の怒りが、
    やや静まったのを見定め、
    ふきは、庭から三の姫の部屋に
    その土瓶を差し入れた。

       「お体が温まります故。」

    侍女が、添えられた茶碗に
    土瓶の湯を注ぐと、
    生姜の香りが立ち上る。
    ほんのりと甘い匂いもした。

    「生姜湯かえ?」

    義母の尖った声に、
    首をすくめたふきを見て、
    三の姫が声をかけた。

     「ふき、こちらへ運んで。」

    三の姫は奥の間で、
    夜具を掛けられ臥せっている。

    ふきは、おずおずと、
    部屋に上がった。
    すると、その中庭に、
    下男が駆け込んできた。

       「御屋方様からの
        急な知らせにございます。
        姫様の今宵のお勤めは
        無用との事。」

    「何じゃと。それは誠か。」

       「はっ。若君様は、
        “手弱女に、戦場は
        相応しゅう無い。
        また、改めて。“
        と仰せられたと。」

    「何と、十三にして、
     その様なお心遣いをなさるとは。
     して、戦況は?」

       「羽木軍の圧勝にございます。
        若君様は、四天王が
        四方を固めてお守りし、
        ご無事。
        御屋方様も、無傷にて、
        明後日には、お戻りに
        なられましょう。」

      「お父上はご無事なのですね。」

    娘たちは、喜びの声を上げる。

    久政の妻は、安堵と落胆の 
    入り交じった深い溜息をつくと、
    二人の娘を交互に見据えた。

    「それに引き換え、
     お前たちときたら。」

    それから、たっぷりと一刻の間、
    家臣の娘として生まれた者の
    心構えを、二人は母親から
    延々と聞かされたのだった。

    義母の退出を見届けて、
    ふきが、思わず声にする。

     「此度は、いつもの倍は
      ございましたなあ。
      お義母様のお説教。」

    「ふきには、とんだ
     災難であったの。」

     「いえ。その様な。
      なれど、何故、
      水ごりなど?」

    「それはの。」

    三の姫は、ためらいがちに、
    言葉を続けた。

    「お前の想うお方の寵を、
     私がお受けする
     訳にはいかぬからじゃ。」

     「姉上様、それは。」

    ふきは、慌てた。

     “誰にも覚られてはおらぬと
     思うておったのに。“

    「初めてじゃの。
     お前が姉と呼んでくれたのは。
     常には、三の姫としか
     呼ばぬものを。」

    夜具の中から手を伸ばすと、
    三の姫は、ふきの指を握った。

    「暫く前の事じゃ。
     お前は、侍女のつると菊を
     摘みに行き、帰るなり
     幾日か臥せったであろう。」

     「あ、あれは。。。」

    「その折、つるから
     聞いたのじゃ。
     若君様が通られた故、
     菊は摘まずに戻ったと。」

     「左様にございまする。」

    「その日より、お前の心に
     若君様のお姿が焼き付き、
     去らぬのであろう?」

     「姉上様。」

    ふきは、頬を染めながら、
    小さな声で応えた。

     「お察しの通りに
      ございまする。
      なれど、この胸に、
      そのお姿が宿りましたのは、
      それ以前の事にて。」

    ふきは、語った。
    松ヶ枝村の外れ、栗の木の上で見た
    白い馬に跨り、
    すすきヶ原を駆け抜ける、
    青い着物の男子の事を。

    「その様に、長き間。
     なれば、なおの事じゃ。」

     「なれど、かような事を
      なさらずとも。」

    三の姫の水ごりは、
    己を思っての事と知り、
    ふきは、身の置き場が無い。

    「では、もし、お前が私で
     あったなら、如何する?」

     「私であれば?」

    ふきは、しばし思案した後、
    こう応えた。

     「私ならば、朝餉に、
      豆や芋をたんと食します。」

    「豆や芋?何故?」

     「はい。
      さすれば、寝所に
      上がる頃には、腹が張り、
      おのずと・・・」

    ふきは、その後の事を
    三の姫の耳元で、
    ひそひそと伝える。

    それを聞いた三の姫は、
    夜具を頭までひき被り、
    声が漏れぬ様にして笑った。

    ふきは得意気に、なおも語る。

     「つるがおれば、
      とんだそそうをと、
      その身に引き受けましょう。
      なれど、閨にまでは
      付いて参りませぬ。
      私が殿御であれば、
      鼻を塞がずにはおられぬ
      女子など、すぐに下がらせ、
      二度と召しませぬ。」

    大真面目な顔のふきを、
    夜具の間から覗いた三の姫は、
    笑いが止まらず、体をよじる。

    笑い転げ、体が火照った三の姫は、
    夜具を払い、体を起こした。
    その頬には、赤みが戻っている。
    それを見て、ふきは
    ほっと胸を撫で下ろした。

     「良うございました。
      いつもの三の姫様に
      お戻りで。」

    「ふきのお陰じゃ。
     先程の生姜湯には、
     お前が大切にとっておいた、
     和三盆を入れたのであろう?
     その礼に、
     良いものをやろう。」

    三の姫は侍女を呼ぶと、
    棚から巻物を取らせた。

    侍女はそれをふきの前に広げる。

     「姉上様、これは?」

    「私が写した、落窪物語じゃ。」

     「その様な大切な物、
      頂くわけには参りませぬ。
      私は、拝見できればそれで。
      如何様なお話なのでしょう?」

    「それはの。
     継母から苛められている姫が、
     頼もしき貴公子と廻り合い、
     幸を得る話じゃ。」

     「まあ、その様な。」

    「お前も辛い事が多かろう?」

     「いえ。私は苛められた事など
      ございませんので。
      ただ・・・」

    「ただ?」

     「かか様に会いとうなる事は
      まれにございまする。」

    ふきは、ニの姫の
    流鏑馬披露の日を思い出した。
    母の胸に飛び込んだ時、
    その粗末な衣の感触に
    胸を突かれた。

    幼き頃には、
    何も思わずにいた。
    それが当たり前の事であった。
    しかし、柔らかな絹に馴染んだ身に、
    洗いざらしの麻布は、
    切なく肌に当たった。

     “せめて一枚の衣だけでも贈りたい。
      生み育ててくれた、かか様に。“ 

    「お前、確か、茜色の端切れを
     集めておったの。」

     「はい。
      縫うてみたいものが
      ございまして。」

    「もしや、かか様のものか?」

    ふきは小さく首肯く。

     「村の冬は寒うございまして。
      せめて、肌着をと。」

    それを聞いた三の姫は
    慰めるように言った。

    「若君様のお側に上がれば、
     衣も、髪飾りも思いのままと聞く。
     たとえ、それが、
     かか様のものであろうとな。」

    ・・・・・・・・

    その後、鐘ヶ江久政の妻は
    ニの姫の縁談にかかりきりとなり、
    ふきにとっては、穏やかな日々が
    過ぎて行った。

    一の姫の和歌の指南は、
    相変わらず手厳しいが、
    三の姫と水菓子を分けあいながら、
    語るのは、楽しい。

    ある日、三の姫がぽつりと言った。

    「女子の幸せとは、
     嫁いで子を成す事だけ
     なのであろうか?」

     「三の姫様?」

    家臣の姫と生まれたからには、
    お城の奥に上り、
    お世継ぎを生む事こそ、至上の誉。

    母の口真似をし、頭を振ると、
    三の姫は溜息をつく。

     「これは、何の写しに
      ございまするか?」

    その溜息には気付かぬふりをし、
    ふきは訊ねた。

    「更級日記じゃ。」

     「もう、写し終えられて?」

    「それがの。
     なかなか筆が進まぬ。」

     「何故に?」

    「書いたお方のお気持ちが、
     よう分かり過ぎて。」

     「それは、如何様な?」

    「これを書かれた姫君は、
     下総の侘住いであった。
     ある日、乳母から、源氏物語の
     粗筋を聞き。読みたいと思うが、
     ままならぬ。
     そこで、京の都の本邸に戻りたいと
     父上に頼むのじゃ。
     本を手に入れる為にの。」

     「京の都へ。」

    「その父上は、お役人での。
     もともと都人であった故、
     上申し、京に戻る事になる。」

     「良うございました。
      願いが叶うて。」

    「確かに、姫の願いは叶う。
     私とは、違うての。」

     「もしや、三の姫様も、
      都へ上がるのをお望みで?」

    答える変わりに、三の姫は立ち上り、
    遠い空を眺めた。

    「都で無うても良い。
     心が浮き立つ様な
     景色を見てみたい。
     そして、皆の心に残る様、
     それを書き記したい。」

     「なれば、お記しになれば?」

    「記す?何をじゃ?」

     「旅人にとりましては、この地も
      珍しき景色なのでは?」

    「確かに、左様ではあろうが、
     日頃、見慣れた景色では、
     興が乗らぬ。」

     「私には、鈴鳴神社の水占いなど
      大層、面白く思われますのに。」

    「水占い?」

     「流鏑馬披露の際には、
      吉を引き当て、二の姫様も、
      見事、勝ちを手にされました。
      まずは、鈴鳴の縁起など、
      綴られては如何でしょう?
      守り人となられるニの姫様に
      お願いすれば、参拝の方々に
      読んで頂く事も出来ましょう。
      縁起を知れば、
      訪れる方の信仰も、
      より深まりまする。」

    「ふき、それは良いの。
     小次郎殿とニの姫の
     縁を結ばれた神じゃ。
     詣でれば良縁を得ると聞けば、
     参拝の方も増すであろう。
     さすれば、小垣は今より
     栄えるやも知れぬ。」

    三の姫は、ふきの手を取り、
    目を輝かせた。

     「お励みあれ。」

    ふきは、三の姫の晴れやかな顔を見て
    微笑んだ。

    ふきは思う。
    己の出自を振り返れば、
    このお屋敷暮らしに不平など、
    思いもよらぬ事。
    なれど、この屋敷で生まれ育った
    三の姫には、満足の行かぬ
    ものらしい。
    ふきは、早速、硯に向かう三の姫を、
    いつまでも見つめていた。

    ・・・・・・・・・・

    それから、二年程が過ぎた。

    三の姫が書き上げ、神社に奉納した
    物語は、次第に評判となり、
    求める人も多くなった。
    今では、社務所の横に仮小屋が建ち、
    参拝者はそこで物語を写していく。
    その噂は、黒羽城の
    奥方の耳にも届いた。

    「その鈴鳴の縁起物語とは、
     如何様な物かの?」

     「大層、趣があるとか。
      禰宜殿に頼み、
      届けさせましょうか?」

      「誰ぞ使いに出し、
       写させては?」

     「それなれば、まずは、私が。」

        「いえ。私が。」

       「いえいえ、私におまかせを」

    奥女中たちは、我も我もと
    名乗りを上げる。

    「まあ。今まで、役目の取り合い
     など無い事であったのに。」

    奥方は、呆れながらも、
    声を立てて笑うのだった。

    奥女中が交代で書き写して来た
    物語は、三部に分かれていた。

    「祠」、「鳶」、「縁」

    季節の移ろいも美しく、
    登場する人々も、生き生きと、
    まるで、その場にいる様に
    描かれている。

    読み終えた黒羽城の奥方は、
    その余韻に浸りながら、呟いた。

    「この見事な物語を記されたのは、
     如何なる方であろう。」

    すかさず、
    まだうら若い奥女中の一人が答える。

       「鐘ヶ江殿の三の姫様と
        伺っておりまする。」

    「ほう。鐘ヶ江殿の。
     一度、会うて見たいものじゃ。」

      「なれば、歌会に召されては?」

    「それは、良いの。
     鈴鳴の青紅葉も美しい頃じゃ。
     皆も参りたいであろう?」

    奥方の言葉に、写本に行けなかった
    若い奥女中たちが、色めき立つ。

     「神社にて歌会を?
      ならば、早う、禰宜殿に
      お伝えせねば。
      梅雨の長雨の前にとな。」

    その歌会の知らせは、
    間もなく鐘ヶ江家にも届いた。

    「三の姫、喜びなされ。
     黒羽城の奥方様から、
     歌会へのお召しじゃ。
     くれぐれも、そそうの無き様に。」

     「まあ、私が?
      我が家の歌の名手は、一の姫。
      お人違いでは?」

    「奥方様はの、鈴鳴縁起を
     お読みになり、お前に会うて
     みたいと仰せなのじゃ。」

     「それは、有り難き幸せ。
      なれど、鈴鳴の縁起を綴る様、
      勧めてくれたのは、ふきにて。
      ふきも共にとお願いできぬ
      ものでしょうか?」

    「ふきも?
     三の姫、あの者の歌は、
     お前も良う存じておろう?
     大恥をかく事になりまするぞ。」

     「なれど、母上。
      ふきを奥に上げるにも、
      奥方様とのお目通りは叶うた方が
      宜しいのでは?」 

    「左様ではあるが、歌会では・・・」

     「今なれば、お題は新緑かと。
      先に、一の姫に御手本を
      詠んで頂き、それをふきに
      覚えさせては?」

    久政の妻は、考えあぐねていたが、
    しぶしぶ、三の姫の申し出を
    承知したのだった。

          ・・・・・・・

    慌ただしくも浮き立つ様な日々の後、
    鈴鳴神社は、歌会当日を迎えた。

    それは、今までにない趣向を凝らした
    ものであった。

    招かれた人々は、順に、見晴らし台に
    案内される。
    その見晴らし台は、
    黒羽城主が寄贈した建物で、
    裏山の斜面に立てられた唐風の
    東屋だった。

    鮮やかな朱塗りの手摺りを辿り、
    階段を上がりきると、
    晴れやかな景色が広がる。

    右手の山肌には、
    岩の間を落ちる小さな滝が涼やかな
    音を立てていた。
    その流れは、幾重にも折れ曲がり、
    せせらぎへと姿を変える。
    そのせせらぎを覆う様に、
    青紅葉が枝を伸ばしていた。

    振り向けば、国境の山々と、
    その麓に広がる草原と村々が、
    一望のもとに見渡せる。
    手前の山の上には、小垣城。
    遠目にも羽木の旗印が見て取れた。

    義母と三の姫と共に、その東屋に
    上ったふきは、真っ先に、自分の
    生まれ育った松ヶ枝村を見つけ、
    歓声を上げた。

     ‘’いつもの母上なれば、
      はしたないと、
      ふきを咎めるはずなのに。“ 

    三の姫は、訝しげに母を見る。
    その母の眼は、
    小垣城に向けられたまま、
    全く動かない。

     「お席も整いました頃にて。」

    案内の奥女中にうながされ、
    階段を下り始めた三の姫は、
    母の小さなつぶやきを耳にした。

    「小垣城の楓も繁っておろうか。」

    ・・・・・・・

    歌会には、主だった家臣の奥方と
    その娘たちが招かれた。
    ただし、筆頭家老の天野家は、
    当主の妻が亡くなり、
    後添えも迎えていないので、
    特別に隠居の信茂と、
    他家に嫁いだ長女が参上した。
    また、次席家老の千原家からは、
    当主の親族である、
    若君付き小姓・源三郎の母が
    参会していた。

    皆が揃った所へ、
    あでやかな打掛を纏った
    羽木の奥方が、上段の座に着いた。

    宮家縁の家柄からか、流石に
    その立ち居振る舞いの優雅さは、
    際立っている。

    天野信茂が一同を代表して、
    招待の礼を述べた。

    奥方は、柔らかな声で、信茂に
    ねぎらいの言葉をかける。

    「この歌会は、
     表立った儀式では無い。
     この爽やかな一日を存分に味わい、
     歌に詠み、心遊ばせて
     過ごされよ。」

    奥女中が、硯箱と短冊を、運び込む。
    先に観賞した見晴らし台からの風景が
    この歌会のお題であった。
    墨を擦る音が聞こえ始め、
    広間は静かな熱気に
    満たされていった。

    やがて、それぞれの短冊が集められ、
    奥方の前に置かれた。
    奥方は、それを別室に控えている文人
    の元に運ばせる。

    その間、参会者には茶菓が供され、
    皆、くつろいだひと時を過ごした。
    口々に、自作の出来栄えを語り合い、
    文人の評価を推し量る。

    やがて、選ばれた歌の短冊が、
    盆に乗せられて運ばれて来た。

    まずは、十首が、作者本人の前に
    置かれ、自身の声で順に披露された。
    詠じる声には、おのずと誇らしさが
    溢れる。
    歌の余韻の後には、参会者の賞賛の
    声が上がる。

    他、三首が選ばれ、それは、
    選者の文人より、詠じられ、
    講評も加えられる。
    それは、詠み手にとって、
    大変、栄誉な事であった。
    特選ではないかと噂されていた、
    天野と千原の作品は、
    この中にあった。

    最後に、特選が披露された。

      「本日の特選は、
       初参の方の作にて。」

    奥女中の声に、場内がざわめく。

      「鐘ヶ江久政殿の三女、花梨殿
       これへ。」

    名を呼ばれ、三の姫は驚きのあまり、
    その場に固まってしまった。

    石のように動かない娘を、
    母親が促す。

       「早う、奥方様の前へ。」

    声も出せない娘を、ふきと共に
    両脇から支え、奥方の前に座らせる。

    平伏する三名に、微笑みを浮かべ、
    奥方が声をかける。

    「面を上げられよ。」

    次に、特選の歌を、文人が朗々と
    二度繰り返し吟じた。

    「まこと、瑞々しき歌じゃ。」

    奥方にお褒め頂き、
    三の姫は、か細い声で、
    御礼の言葉を絞り出す。
    その横で、褒美の品を受け取った
    ふきが、義母と姉の退出より遅れて
    立ち上がった。
    すると、その時、ふきの袖口から、
    ひらりと一枚、紙切れが落ちた。

     「これは・・・。」

    拾い上げた若い奥女中が、
    思わず吹き出す。

    「何事?」

     「遊び歌にございましょう。」

    「これへ。」

    ふきは、慌てて、捧げ持っていた
    褒美の品を義母に押し付けると、
    平伏した。

    「お許しを。お目汚しにて・・・」

    ふきの言葉に、奥方の笑い声が被る。

    居並ぶ一同も、
    楽し気な奥方の様子に、
    訳も分からぬまま、笑い出した。

        ・・・・・・

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    返信先: 創作倶楽部
    またまた、お邪魔します~

    氷が解けて行くように、少しずつ
    アシラバにとっては嬉しい事が
    続いていますね。
    これから、新作を投稿させて
    頂きます~。

    ぷくぷく様
    書式は、誰かの物という訳では無い
    ですから、自由にお書き下さいね。
    大人になって行く宗熊君、
    読み手も嬉しくなる物語でした。
    ありがとうございます。

    夕月かかりて様
    ますます、楽し気な夏のバカンス。
    仲良し速川家、
    楽しませて頂いてます。

    では、投稿作業にうつりまする。

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    返信先: アシガール掲示板
    陣笠

    とある本でちらっと読んだのですが・・・。
    陣笠は、戦場では、”鍋”として使われたとか・・・。
    食すにも、腹を決めねばならぬ。
    やはり、戦は嫌じゃ!

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    返信先: 創作倶楽部
    感想、ありがとうございます!

    てんころりん様
    いつも細かくコメントを下さり、
    感謝してます。
    投稿したものの、意図するところが
    きちんと伝わっているのか、
    書き手はとても気になりますから。
    若君が嘘をついてまで
    平成に唯を帰した、
    その理由の一つを書いてみたくて。
    もちろん、命を助けてくれた
    唯の家族との約束を守る為
    という事で充分かもしれない
    とは思うのですが、
    唯の未来に、自分自身の、
    平和を求める気持ちを重ねる
    シーンをより具体的に書いて
    みたかったんです。
    ”富士山に向かって爆走する唯”
    箱根駅伝の最も風光明媚な3区が
    演じている結奈ちゃんにも、
    良く似合うと思いました。
    ”蝉の声”には、コーチの姿を
    投影しました。

    只今、次回作を書いてます。
    またよろしく
    お願いしますね~(^^♪

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    返信先: 創作倶楽部
    お疲れ様です&おかえりなさい~

    夕月かかりて様
    長編、おつかれさまでした!
    でも、まだまだこれからって感じですね~。
    次も楽しみにしてますね。

    ぷくぷく様
    お待ちしてましたよ~。
    キャスト勢揃いの平成ライフ、
    また、じいのお茶目キャラが
    楽しめて嬉しいです。
    お元気そうでよかった(^^♪

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    返信先: 創作倶楽部
    9月の蝉 後編 その2

    平成での、二度めの満月が
    近づいたある日、
    忠清は、一人、
    黒羽城公園に向かった。

    案内板を眺める。
    初めて来た時は、
    尊に読んで貰ったのだが、
    今は何とか自分でも
    読める様になった。

    「永禄2年、羽木家滅亡」

    残酷な文字を声で辿る。

    “そうはさせぬ。“

    忠清は、唇を噛んで、
    本丸跡にある郷土資料館に向かった。

    展示コーナーを眺めていると、
    不意に後ろから、声がした。

    「おや?
     君は確か、あの時の。」

    立っていたのは、
    歴史教師の木村先生だ。

    しばらく前の事、
    数人の男に襲われて、
    カバンを奪われた木村を、
    尊と忠清が助けたのだ。

    「いやあ、あの時は、
     本当にありがとう。
     ここでまた、会うとは。
     君、郷土史に興味があるのかね?」

     「この城は、焼失したと言うが、
      炎上に至った訳を知りとうて。」

    「そう。
     実は、ちょうど、今、
     その話題が出てた所なんだ。」

    木村先生は、月に一度の、
    郷土史の研究会を終えた所だった。

    一般的な説は三つ。
    一つ目は、敵の火責め。
    二つ目は、城主の命による付け火と
         総自決。
    三つ目は、内部の裏切の証拠隠滅。

    「君は、どう思うかね?」

     「どれも有り得る。
      全てと言う事も。
      高山が仕掛け、それを合図に
      内通者が城内に火を放ち、
      反乱を起こす。
      加えて、北門から野上に
      攻め込まれれば、
      落ち延びるのは困難じゃ。」

    「そうなんだよ。
     君、なかなか詳しいね。
     戦記でなくとも、誰か家臣の
     日記でも残っていれば
     解明できるんだが。」

     「日記とな?
      それなれば、小垣の祥雲寺に
      何か残って居るやもしれぬ。」

    「祥雲寺?
     聞き覚えがありませんな。
     どこの寺です?」

     「鹿之原の先じゃ。
      鐘ヶ江家の菩提寺であるゆえ。
      久政が何事かの折に
      文書を託すとすれば、
      まずはそこであろう。」

    「ほう。あの辺りに寺が?
     そう言えば、私の生徒も
     気にしていましたな。
     鹿之原の事を。」

     「生徒?
      それは、もしや、唯の事では?」

    「おや?君は、速川を
     知っているのかね?
     いや、暫く前の事なんだが、
     千の兵で、三千の敵を
     倒すにはどうしたらいいか、
     なんて、突然、聞いてきてね。
     何の冗談かと思ったんだが、
     本人が余りにも真剣だったから、
     戦法を一つを教えたんだ。
     そうしたら、大喜びで、
     資料室を飛び出して行ってね。
     そうか、戦場の近くの古刹なら、
     再調査の価値はあるかもしれん。
     いや、君、ありがとう。」

    木村は、忠清に礼を言うと、
    まだ例会の会場にいる、
    小垣市の郷土史家の元に、
    戻って行った。

    その後、唯の部屋に戻った忠清は、
    ベッドに横になり、
    唯の写真に語りかけた。

    「唯、鹿之原の合戦前夜は、
     確か、満月であった。
     お前は、あの夜、平成に飛び、
     また戦場に戻ったのであろう。
     あの日の勝ちは、あの者の策。
     後の世の木村の手を
     借りておったとは。」

    目を閉じた忠清の瞼に、
    甲冑姿の正秀が浮かび、
    やがて消えた。

    ・・・・・・・・・・・・・

    永禄に戻り、平成へ唯を
    送り返した忠清は、
    毎日の様に城内を見回った。

    城の焼失の経緯は
    分からなかったが、
    火の備えはせねばならぬ。

    忠清は、陸上部のコーチに会った、
    あの日のグラウンドを
    思い出していた。

    生徒たちが休憩を
    とっている間の事。
    地面から、水が吹き上がり、
    クルクル回りながら、
    水を飛ばし始めたのだ。
    何人かの生徒は、
    わざわざその水を頭からかぶり、
    はしゃいでいる。

    スプリンクラーですよ。

    尊が言った。

    砂が舞い上がるのを防ぎ、
    暑さしのぎにもなるのだと。

    ”あれを作れものか。”

    忠清は、普請奉行を呼ぶと、
    図面を広げ、何日も思案を重ねた。

    「忠清は、何を始めたのじゃ?」

    奉行や匠を連れ、自ら城の屋根に
    登る我が子を見上げ、
    殿は筆頭家老の天野信近に訊ねた。

     「城の修繕の下見とか。
      火を防ぐ為の新たな策を
      考案された様で。」

    「新たな策?」

     「屋根に天水貯めを作り、
      火が出た際には、水を落として
      消し止めるおつもりらしく。
      塀の上には、樋を渡し、
      それより水を放つ仕掛けも
      作られるとか。
      これが大層、風変わりで。」

    「どの様に?」

     「蓮根を割ったような姿の
      口が付いておりまして、
      その先より
      水が吹き出します。」

    「ほう。」

     「戻られてからの若君は、
      まるで、知恵の泉。」

    「まだ、他にも有るのか?」

     「城内に井戸を新に掘りたいと。
      それは、多大な費用と時を
      要しますので、普請奉行が
      お止め申したのです。
      そこへ、庭師の頭が、
      池を広げられてはと。」

    「池を?」

     「早速、奥御殿の池の底をさらい、
      深く広くし、船で池から内堀へ、
      さらに、外堀へ抜けられる様に
      せよとの仰せ。
      いずれは、吉田川に通ずる
      水路造営もお考えの様に
      ございまする。」

    「成る程。
     攻められた折の、
     女子どもの退路の確保か。」

     「若君は、矢傷を癒されて
      おられた間も、城の守りを
      思案されておられたご様子、
      この信近、感服致しております。」

    「うむ。忠清の隠れ家とは、
     如何なる所かのう。」

    それから暫く経ったある日の午後、
    黒羽城の一同は、
    庭で固唾を飲んで
    本丸御殿を見上げていた。

    「いざ!」

    普請奉行の大音声を合図に、
    太鼓の音が鳴り響く。
    その中を、御殿の屋根の鯱が
    盛大に水を吹き上げた。
    水は大きく弧を描き、
    奥御殿や脇の御殿に降り注ぐ。
    それは、まさしく、
    晴天の驟雨であった。

    「おおお、あれを見よ!」

    「虹じゃ!
    虹の架け橋じゃ!」

    家臣たちが指差す先に、
    淡い七色の橋が、本丸と奥、
    二つの御殿を繋いでいる。

    「まこと、吉祥じゃ。
    天女が舞い降りそうじゃの。」

    殿の言葉に、誰もが首肯き、
    感嘆の言葉を口にする。

     「若君様は、
      神の御技をお持ちじゃ。」

    賞賛の声をよそに、
    忠清は、虹の彼方に、別の風景を
    思い描いていた。

    正面には、青空にくっきりと
    浮かぶ富士の高嶺。
    左手には、烏帽子岩が
    白い波がしらを立てている。
    海風に、沿道の観客が持つ小旗が
    揺れる中、波の音に合わせる様に、
    しなやかな足が地面を蹴る。
    一足ごとに短い髪が左右に揺れる。
    滴る汗を、日に焼けた手の甲が払う。
    息は荒い。
    それに反して、目には、
    輝きが溢れている。

    「唯、お前は、後の世で
     成すべき事を成せ。」

    忠清は、ひた走る唯の姿を夢想しながら、
    その場に立ち尽くした。

    虹の消えた城の屋根を、
    夏の終わりを惜しむ様に、
    蝉しぐれが包んでいた。

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    返信先: 創作倶楽部
    9月の蝉 後編 その1

    仕上げに細かく刻んだ
    オレンジピールをパラっと
    かけると、覚は、
    満足そうに言った。

    「よし。上出来だ。」

    そして、美香子を呼ぶと、
    粗めに挽いた深入りの
    コーヒー豆の上に、
    沸き立ての湯を丁寧に注ぐ。

    土曜日の午後は、
    外来診療は休みだ。
    電子カルテの確認を終えて、
    庭に出てきた美香子は、
    花柄プリントのクロスをかけた
    ガーデンテーブルを見て、
    歓声を上げた。

     「素敵~。どうしたの?」

    「この間、お母さんが
     テイクアウトして来てくれた、
     クレームダンジュが
     旨かったから、
     作って見たんだ。
     レシピは、
     意外にタンジュン。」

     「なあに、それ。
      ギャグのつもり?」

    「その分、味の決め手は、
     クリームチーズなんだけど、
     そこは、レストランには
     敵わないからさ。
     オレンジリキュールを
     入れてみた。」

     「流石~。
      でも、それって、
      トシさんから教えて
      貰ったんじゃない?
      ケーキ屋の。」

    「え?」

    言い当てられて、覚は頭を掻く。

    「なかなか、鋭いな~。」

     「そう言えば、尊と若君は?」

    「出かけた。
     若君に自転車の乗り方を
     教えるそうだ。」

     「そう。
      若君が来てから、
      明るくなったわね。尊。」

    「そうだな。
     で、何だったんだい?
     コーチの話って。」

    覚は、なるべくサラリと
    訊ねたつもりだった。
    が、声がうわずったらしい。

     「あら、やだ。
       何か、勘ぐってる?」

    「だって。
     あの日以来、妙に、
     機嫌がいいからさ。
     気になって。」

     「そりゃあね。
      唯を待ってるのは、
      私たちだけじゃないって
      分かったから。
      ちょっと、ホッとしたって
      言うか。」

    「まあ、家族は、どうしても
     感情的になるからな。
     相談できる第三者がいるのは、
     確かに助かるけど。」

     「けど?」

    「相談なら、学校でも、
     家でも良いんじゃないか?
     何も、高級レストラン
     じゃなくても。」

     「だから、それは、
      昔の約束を果たしただけって
      言ったじゃない。」

    「でも、君は忘れてたんだろ?
     コーチの作り話って事も
     無いとは限らん。」

     「あら、呆れた。
      そんな人じゃないわ。
      お父さんも、挨拶位は
      した事あるはずでしょ?
      ほら、去年の新人戦の時。
      宿題は忘れても、
      お弁当だけは忘れない子が、
      空のお弁当箱を
      持っていっちゃって。
      お父さんが届けたじゃない。
      おにぎりを。」

    「ああ。
     なかなかの男だった。
     だから、その、余計にだな。。。」

     「じゃあ、今度、
      相談する時は、
      お父さんも一緒ね?
      それなら、良い?」

    「まあ。それなら。
     で、何だって?」

     「唯の高校卒業後の事を
      聞かれたわ。
      学校への届けを
      馬の飼育の研修って事に
      したでしょう?
      将来、その道に進ませる
      つもりなのかって。」

    「苦し紛れだったよな~、
     あれは。
     若君から、馬番に
     取り立てたって聞いて
     思い付いたんだけど。
     でも、唯の将来とコーチと、
     何の関係が有るんだい?」

     「実はね。
      まだ、具体化はしていない
      らしいけど、尾関君、今、
      あるプロジェクトに
      携わっているんですって。
      箱根駅伝の100年記念の。」

    「箱根駅伝っていったら、
     大学生の大会だろ?
     しかも、男子の。
     何で高校の部活のコーチが、
     そんなビッグプロジェクトに?」

     「そう思うでしょ。
      でも、100年記念は
      2024年なのよ。
      つまりは、参加者は
      今の中・高校生が対象になるの。
      それに、彼、前は、
      スポーツ用品の営業マン
      だったから、その
      繋がりもあるらしくて。」

    「そうか。
     でも、2024年なら、
     順調に進学すれば、唯は、
     大学卒業してるはず。
     しかも、女だ。
     もともと出場資格がない。」

     「まあ、それは、
      そうなんだけど。
      今の成績では、一浪は覚悟
      しといた方が。留年もね。
      それにね、尾関君の狙いは、
      99回大会の方らしいの。
      100回大会をアピールする為の
      企画を練っているらしくて。」

    「もしかして、
     女子を走らせるとか?」

     「ビンゴ!その、まさか。」

    「それで、唯にどうしろって?」

     「兎に角、高校中退だけは、
      避けてくれないかって。
      できれば、大学進学は
      させて欲しいって。
      もちろん、本人の気持ち次第
      って答えておいたけど。」

    「企画が通った時の為に、
     出場資格獲得の可能性だけは、
     残しておくって事か?」

    「そうなるわね。」

    覚は、サーバーのコーヒーを
    クラッシュアイスが詰まった
    グラスに注ぐと、美香子に渡す。

    実は、その時、早めに帰宅した
    尊と若君が、リビングで
    二人の話を聞いていたのだが、
    覚も、美香子も全く
    気付かなかった。

    尊が二人に声を掛けようと
    したのだが、若君が止めたのだ。
    二人だけの寛いだ時間を
    邪魔したくなかった。

    午後の風が吹き込み、
    吊るしたばかりの風鈴が、
    風にゆれて、チリンと鳴った。

    ・・・・・・・・・・

    それから数日が過ぎた。

    戦国時代に戻るはずの前夜、
    感染症で倒れた忠清は、
    病室の窓ガラス越しに見える
    入道雲を眺めていた。

    警備は万全だったはずの吉田城。
    しかも、本城の黒羽に
    もっとも近い出城で、
    忠清は命を狙われた。
    それは、まぎれもなく
    城内に裏切者がいる事を
    白日の元にさらす事でも
    あったのだ。

    小平太は兄上を疑ごうておろう。
    早まった事をせねば良いが。
    源三郎は、寝食も忘れて、
    わしを探しておるはず。
    爺が騒いでおろうな。
    父上のご心労は、
    いかばかりであろうか。
    高山が、しらを切るのは、
    目に見えている。
    黒羽の内紛だと、
    言い逃れる腹であろう。
    いずれにせよ、和議は白紙。
    この機に乗じて、
    一気に攻め込むつもりか。
    わしの不在が長引けば、
    兄上擁立の話も出るであろう。
    しかし、天野は拒むはず。
    爺が、聞き入れるはずもない。
    動くとすれば、千原か。
    兄上が黒幕で、
    わしの座が狙いであれば、
    今は只、千原から
    近づいて来るのを、
    待てば良いのだ。
    しかし、それでは、
    家臣たちは分裂するであろう。
    もう少し先と思うていたが、
    その時が、来たのやもしれぬ。

    それは、兄、成之を
    城に招き入れると決めた時から、
    いずれはと考えていた事だった。

    兄に家督を譲る。
    それは、如何にしたら、
    成せようか?

    永禄に思いを巡らせていると、
    不意に病室の扉があいた。

    「あらあら、どうしたの?
     そんな難しい顔をして。」

    入ってきたのは、美香子だった。
    白衣を着た美香子は
    別人に見える。
    背筋がピンと伸びて、
    実に頼もしい。

    「眉間にシワを寄せていると、
     幸運の神様が逃げるわよ。」

    美香子はそう言って、笑った。
    忠清もつられて頬笑む。

    「そうそう。その調子。」

     「母上、わしは、次の満月には、
      永禄に戻れるであろうか?」

    「その前に、まずは唯の部屋に
     戻りましょうか。
     焦らずゆっくり
     体を慣らす事が肝心。
     永禄と平成では、
     環境が違うから。」

    美香子の言葉に、
    忠清は素直に頷いた。

    そして、早速、
    尊が貸してくれた、
    “肉食系のふて猫“が
    プリントされたTシャツに
    着替えると、若君は
    唯の部屋に向かった。

    中に入ると、
    すぐに写真を手に取る。
    そう。
    あの“金メダルをかじっている“
    写真を。

    唯、無事でおるか?
    今暫くの辛抱じゃ。

    そこへ、尊が入ってきた。

     「病室から戻ったって聞いて。
      少し、外に出てみます?」

    「そうじゃな。
     そう言えば、尊は、
     学問所には行かんのか?」

     「色々あって、
      今は家で勉強してますから。
      それに、もう夏休みだし。
      でも、もし、若君が
      行ってみたいなら、
      お連れしますけど。学校へ。
      気になってるんでしょ?
      この前の、陸上部のコーチの話。
      今なら、指導してるかも。
      僕なら、大丈夫。
      たぶん。。。」

    そして、二人は学校に向かった。
    忠清の自転車の練習もかねて。

    「のう、尊。
     箱根の駅伝とやらは、
     どの様なものなのじゃ?」

     「僕は、詳しくないのですが、
      二日に分けて、東京から、箱根の
      芦ノ湖まで往復するんです。
      距離は往復で220㎞。
      5区間づつ、合わせて10区間を
      10人で走ります。
      タスキを渡しながら。」

    「一人、五里程か。」

     「そうなりますね。
      開催が正月なので、
      凄く人気がありますよ。」

    「つまり、それを走るのは、
     栄誉な事なのじゃな。」

     「そうです。」

    学校の駐輪場に自転車を
    止めると、グラウンドに向かう。

    トラックを10人ほどが
    塊になって走っている。
    その手前のストレートコースでは、
    数人がスタート練習を
    繰り返していた。

     「やってますね。やっぱり。」

    「うむ。」

    二人は、隣接している体育館の
    外階段に腰を下ろした。

    グラウンドの脇の芝生で、
    一人の生徒に姿勢の指導を
    していたコーチが、二人に気づき、
    走って来た。

    「君達、見学者?
     入部希望かな?」

     「あ、いや、
      そう言う訳では。。。」

    尊が慌てて答える。
    尾関が、忠清のTシャツの
    ”猫”に目を留めた。

     “唯が弟にプレゼントした、
     Tシャツのイラストにそっくり“

    美香子の言葉が、
    尾関の頭をよぎる。

    「君、もしかして、速川の弟?」

      「あ、いや。
       弟は僕です。」

    忠清の代わりに、尊が答えた。

    忠清は、真っ直ぐに
    尾関を見つめる。

     「実は、ちと、お尋ねしたき
      儀が御座る。」

    それから、小一時間、忠清と尊は、
    尾関が語る“箱根愛“を
    聞く事になった。
    尾関はタブレットを持って来て、
    グーグルマップやストリートビュー
    を駆使し、駅伝の名勝負を
    解説してくれた。
    部員の一人が呼びに来なければ、
    尾関は陽が落ちても
    語り続けたに違いない。

    駆け競べを、あの様に
    熱く語る者があるとは。
    唯は、良い師を持って
    いるのじゃな。

    喜ばしい事のはずだった。
    なのに、心の隅に
    淋しさが忍びよる。

    今まで感じた事の無い、
    己の心の揺れに気付いて、
    忠清は、戸惑った。

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    返信先: 創作倶楽部
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    すみません。
    送信ボタンが、壊れたでんでん丸のスイッチ状態です。
    押しても、押しても、作動せず。

    投稿される方がいらっしゃいましたら、ご遠慮なく。

    では、後ほどm(__)m

    投稿フォームへ

    返信先: 連絡掲示板
    反映されません(´;ω;`)

    マスター様
    只今、創作倶楽部に投稿したのですが、
    反映されず。
    もし、届いていましたら、
    復活をお願いいたします。
    タイトルは、”9月の蝉 後編”です。

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    楽しそうなパーティ

    夕月かかりて様
    楽しそうなパーティ、始まりましたね。
    若君も唯も、平成ライフを満喫している様子。
    暖かな速川家の団欒、目に浮かんできそうです。

    では、私もまた、投稿させて頂きますね~。

    投稿フォームへ

    返信先: 出演者情報板
    ありがとうございます!

    みみみ様、てんころりん様
    そうですか~!
    ラストのあのシーンですね。
    細かくみてらっしゃるんですね。
    おばばは、あのシーンは
    もっぱらサントラの声で
    楽しんでましたが、
    録画、また見てみますね。
    幸せいっぱいな名シーンですね。

    投稿フォームへ

    返信先: 出演者情報板
    みみみ様~

    書き込み、拝見しまして、
    ”若君の産毛キラリンのシーン”がとっても気になりました。
    何話のどのシーンか、教えて下さいな~。
    おばばは、個人的には、
    兄上の部屋で、酔いつぶれた唯が兄上に抱えられているのを見て、
    目を見開くシーンですかね。息をのむ様に、喉が少し動くんですよね。
    細かい演技に目を奪われました。
    唯の好きなシーンもたくさんありますが、
    やはり、”ドキドキの夜”の「ほい!」ですね。
    ひたすら、かわいい。

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    9月の蝉 前編

    はじめに。
    唯ママと陸上部コーチの意外な
    エピソードを書いてみました。
    設定は、若君が平成で療養中の間
    としました。
    お楽しみいただけましたら、
    嬉しいです。
    ~~~~~~~~~~~~~~~~
    蝉の声が聞こえる、ある日の午後。
    歴史資料室の扉が、突然、開いた。

    「木村先生。
      ちょっといいですか?」

    現れたのは、陸上部のコーチ。

    「おや、尾関君。何かね?」

     「二年の速川の事、
      何か、ご存知ですか。」

    「ああ、速川。
     今日、保護者の方が見えて、
     届を出されたそうですね。
     二学期まで、休むとか。

     「何故です?
      体調が悪そうには
      見えなかったんですが。
      むしろ、その逆。」

    「なんでも、馬の飼育の研修に
     行くとか。山村留学の様なもの
     でしょうかね。」

     「は?馬?
      速川は、今、一番
      大事な時なんですよ?
      で、校長は受理したんですか?」

    木村先生は、曖昧な表情で首肯く。

    「多様性の時代と言われて
     久しいですからな。
     生徒や保護者の価値観も様々です。
     我々も柔軟な対応が必要です。」

     「それにしても、
      何故この時期に。」

    「早目の夏休みって所でしょう。」

     「インターハイや、
      強化合宿もあるんですよ?」

    「インターハイ出場は、
     3年生が2名と聞いてます。
     速川は、出場しないのでは?」

     「確かに選手としては出ません。
      でも、サポートメンバーとして
      連れて行く予定だったんです。
      来年の為に。」

    「来年?」

     「そうです。大会の雰囲気を、
      経験させる為です。」

    「足だけは早いと、
     皆、認めてますが、
     そんなに有望なんですか?」

     「ええ。実は、私も入部当初は
      気づきませんでした。
      元気なヤツが来たなと
      思う程度で。
      ところが、去年の秋の新人戦で、
      度肝を抜かれました。」

    「ほう。」

     「あいつの本番の爆発力は、
       ハンパ無いです。」

    「では、何故、今年のインターハイ
     予選に出さなかったんです?」

     「出したかったですよ。
      でも、本人が、辞退したんです。
      三年生のラストチャンス
      だからって。
      そういうヤツなんです。」

    「そうでしたか。
     いや、実は私も残念なんです。
     速川は、少し前から、急に
     郷土史に興味を持ち始めましてね。
     夏休みには、黒羽城址の
     ボランティアガイドをすすめ様か
     と、思ってたんですよ。
     推薦で進学を考えるなら、
     郊外活動も、
     考慮されますからな。」

     ・・・・・・・・・・・

    尾関は自席に戻り、部員の
    写真ファイルの編集を始めた。
    コーチに就任してからというもの、
    三年生の送別会では、毎年、
    三年間の活動記録を
    スライドショーで披露している。
    パソコンのマウスを次々に
    クリックしていた尾関の手が、
    とあるファイルで止まった。
    それは、去年の新人戦のものだ。

    「コーチ!写真撮って~!」

    表彰式の後、
    そう言いながら駆け寄り、
    自分の目の前で
    金メダルを齧った唯の、
    満面の笑顔が蘇る。

    「いったい、
     どうしちまったんだ?
     速川。」

    尾関は、大きな溜め息をついた。
    木村先生の話では、唯はすでに
    自宅にはいないらしい。
    挨拶の一言位、有っても
    良さそうなものだが、担任すら、
    父親からの電話で初めて知った
    と言うから、何か、
    事情があるのだろう。
    納得できない自分を宥める様に、
    生ぬるいコーヒーを
    喉に流し込む。
    蝉の声が、ひときわ大きく
    なった様な気がした。

    そう言えば、あの日も、
    蝉が盛大に鳴いていた。
    夏合宿を終え、高2の尾関は
    一週間振りに、自宅に帰る
    途中だった。
    住宅街の、車の少ない抜け道を
    トレーニングと称し、
    チャリで爆走する。
    やがて、交差点の信号が
    見えてきた。
    緑の光が点滅し始める。

    “まだ、間に合う。“

    加速しようと、ペダルを強く
    踏み込んだ、その時、
    仔猫が並木の影から現れた。
    尾関は慌ててハンドルを切り、
    そのまま、道路に倒れこんだ。
    とっさに自転車からは
    飛び降りたが、
    足首を捻って転び、
    左側の骨盤を強打した。
    車が来なかったのは幸いだった。
    尾関は痛みに耐えながら、
    仔猫を探した。
    仔猫は、倒れた
    マウンテンバイクの
    後輪の脇で鳴いている。
    すぐ横の銀杏の木の根本に、
    底の広い紙袋が
    横倒しになっていた。
    辺りには、キャットフードが
    こぼれている。
    使い古したタオルも、
    紙袋の口から飛び出していた。

     「お前・・・
      捨てられたのか?」

    尾関は、猫に向かって言った。

    「どうしたの?大丈夫?」

    突然の声に、尾関の肩が
    ビクッと震えた。
    振り返ると、
    女の人が心配そうな顔で
    こちらを見ている。

     「いや、なんでもないっす。
      ちょっと、コケただけ。」

    その人は、自分のママチャリを
    歩道の脇に止めると、
    尾関の足首に触れた。

    「折れてはいないわね。
     念の為、レントゲン撮ろうか?
     私の勤め先、
     すぐそこだから。」

    美香子は、昼の休憩時間に
    コンビニで買い物をした
    帰りだった。
    通りの反対側に居たのだが、
    目の前で自転車ごと
    転んだ高校生を、
    放っては置けなかった。

     「え?
      もしかして、お医者さん?」

    「そう。
     らしくないでしょう?」

    美香子は笑いながらそう言うと、
    木の脇の紙袋を拾い上げた。
    中のタオルを取り出し、
    こぼれたキャットフードを包む。
    それを紙袋に戻し、鳴きながら
    震えている仔猫も袋に入れた。
    それをママチャリの籠の中に
    そっと置く。
    そして、倒れたマウンテンバイクを
    銀杏木に立て掛けると、
    尾関に言った。

    「これは、
     後から取りに来るとして、
     君はこっちに乗って。」

    美香子は自分の自転車の
    荷台を掌でたたいた。

     「あ、いや、全然、大丈夫。
      帰ります。家に。」

    立ち上がろうとして、尾関は何故か、
    尻餅をついてしまった。
    骨盤の左側に痛みが走る。
    足首に全く力が入らない。
    美香子は、尾関の腕をつかんで
    引き上げた。

    「全然、大丈夫じゃないでしょ。
     ほら、しっかりつかまって。」

    尾関はやっとの事で立ち上がると、
    仕方なく、ママチャリの荷台に
    跨がろうとする。
    すると、突然、
    目の前の自転車が
    グニャリとゆがみ、
    意識が飛んだ。

    気がつくと、そこは病院の
    ベッドの上だった。
    白いカーテンが開いて、
    名前を呼ばれた。
    看護婦に付き添われ、
    ドアを開けると
    白衣を来た女の人が振り向いた。

      「マジで、医者だったんだ。」

    「そうよ~。そこ、座って。」

    尾崎の顔色を確かめる様に
    見つめながら、美香子は尋ねた。

    「気分はどう?」

    女医とはいえ、大人の女性に
    まじまじと見つめられると、
    ドギマギする。
    尾関は、美香子の
    視線を外すように
    うつむくと、
    素っ気なく答えた。

      「ま、フツーかな。」

    「痛みは?」

      「有るけど、
       湿布して貰ったから
       大分、楽です。」

    「吐き気は、有る?」

      「いいえ。」

    「さっき転ぶ前に、
     目眩、しなかった?」

      「しなかったです。
       アイツが急に出てきて、
       ハンドル切って、それで。」

    「部活の帰り?」

      「合宿の帰りです。
       インターハイの強化合宿。」

    「種目は?」

       「3000メートル走。」

    美香子はうなずくと、
    小さなマイクに向かった。

    「尾関君のお母さんを
     呼んでください。」

    すぐに母親が不安げな顔で
    入って来た。

     「先生、お世話になりまして、
      ありがとうございます。
      こちらに連れてきて
      下さったのも、先生だとか。」

    「ちょうど、真向かいに
     いたものですから。」

    美香子はレントゲン写真を
    かざしながら言葉を続けた。

    「骨は、問題無さそうです。
     腰の内出血は、消えるまで
     暫くかかりますが、
     心配はありません。
     足首は軽い捻挫。
     腫れが退いて
     痛みが無くなるまで
     安静にして下さい。」

      「安静?
       これ位、何でもないっす。」

    「いいの?走れなくなっても。」

      「え?」

    美香子の言葉に、尾関が驚く。

    「お母さん、尾関君は、
     朝、顔色は良いですか?」

     「え?ええ。
      前より寝起きは
      悪くなりましたが、
      部活の練習で、
      疲れてるのかと。」

    「いつ頃からですか?」

     「高2になってから。
      春期大会の前位かしら。」

      「母ちゃん、余計な事、
       言うなよ。」

    尾関が、母の言葉を遮る。

    「分かりました。
     尾関君は、誰にも言わなかった
     かも知れませんが、
     時々、目眩があったはずです。
     スポーツ貧血ですね。」

      「え?」

    尾関が、息を飲む。
    母親は慌てて、美香子に聞く。

     「治りますか?」

    「ええ。今なら、
    食事療法で改善できます。」

      「食事?
       何食えばいいんですか?」

    「まずは、レバーね。
      ニラ炒めはどう?」

      「マジで?だっせえ。
       他に無いんすか?
       俺、苦手で。
       あの、ネチャッとした食感。」

    尾関は、今にも吐きそうな表情だ。

    「そうね。胡椒を効かせた
     レバカツなら、イケるんじゃない?
     良く焼いてタレにたっぷり浸した
     ヤキトリのレバーとか。
     レバーペーストのカナッペなら、
     お洒落よ。
     ワインに良く合う。
     って、まだ、飲めないか。」

      「おっさんメニューばっかり。」

    尾関が顔をしかめる。

    「そうね。でもフォアグラは、
     フランス料理の最高級食材
     なんだけど。」

    美香子は笑いながら、
    尾関の腕を軽く叩いた。

    「仔猫にお礼を言いなさい。
     早期発見は、あの子のお陰よ?」

      「そう言えば、アイツ、
       どこに?」

    「守衛室。」

    尾崎は、母親に言った。

      「飼ってもいいだろ?
       なんか、恩人みたいだからさ。
       俺の。」

      ・・・・・・・・・・・・

    結局、尾関のその年のインターハイの
    結果は散々だった。が、
    翌年は何とかメダルに手が届いた。
    尾関は、そのメダルを手に、
    あの病院に向かった。
    美香子に報告して、
    礼を言いたかった。

    受付の前に立つと、
    何故か自分の心臓が、
    バクバクし始めた。
    メダルを握りしめた手が
    汗ばんでいる。
    やっとの事で、声を絞り出す。

      「あのう。み、美香子先生に
       会いたいんですけど。」

     「美香子先生?」

      「そうです。
       去年、助けて貰って、
       そのお礼を言いに。」

     「あら、そうなの。
      でも残念ね。
      実は美香子先生、
      今日は御不在で。」

      「え?」

    その時だった。
    病院の入り口が開いて、
    誰かが飛び込んできた。
    白いレースをなびかせている。
    止める守衛の手を振り切り、
    ベールを脱ぎ捨て、
    その人が叫んだ。

    「これから、緊急オペ開始!」

       「美香子先生?!」

    受付の女性がつぶやく。

      「先生、今日、
       結婚式のはずなのに。」

       「けっ・・・こん。」

    尾関は、病院の外に出て、
    バス停のベンチに腰掛けた。
    淡い思いが、
    蝉の声に送られて、
    遅い夏の空に消えて行く。

       「それにしても、スゲー。
        結婚式放り出して、
        手術って、
        美香子先生、
        ぶっ飛んでる。」

    何故か、笑いがこみ上げて来た。

       「よっしゃー!
        俺も、頑張るぞ!」

      ・・・・・・・・・・・・

    「ああ、尾関君。
     ここにいたんですか?」

    体育教諭の声に、尾関は我に返った。

    「どうしたんです?
     ボンヤリして。」

     「あ、いや。
      陸上部の写真を整理していたら、
      色々思い出しまして。」

    「珍しいですね。
     らしくないなあ。
     それより、良い知らせです。」

     「え?」

    「今度、搬入されるはずの、
     トレーニング機器、
     陸上部に朝練時の使用許可が
     下りました。
     良かったですね。
     これまでの努力の賜物ですよ。
     インターハイの成果次第では、
     体育科の教師として正採用って
     事にもなるかもしれませんよ。
     君に教科を持って貰えるなら、
     私も嬉しい。」

     「あ、いや、まだそこまでは。」

    尾関は、大学卒業後、スポーツ用品の
    メーカーに就職したが、数年で退職。
    スポーツ生理学の分野では、
    よく知られた大学院を受験した。
    恋人もいたのだが、それを機に,
    彼女は次第に離れて行った。
    そのまま、会社に留まっていれば、
    結婚して、つつましいながらも幸せな
    家庭を築いていたかもしれない。
    でも、尾関には、学生時代に
    残した悔いが一つ、あった。

    尾関の出身大学は、
    箱根駅伝の常連校だ。
    入学すると、何の迷いもなく
    陸上部に入部し、起きて寝るまで
    すべて練習の寮生活を送った。
    一年生の頃は、その他大勢の部員の
    一人にすぎなかったが、
    二年の後半から、粘り強い勝負感が
    認められる様になり、
    控ではあるものの、
    選手の一人に名を連ねた。
    四年生でやっと、
    ビッグチャンスが訪れた。
    夢の箱根駅伝出場。
    しかも、走るのは花の2区。
    トップランナーが、
    ぶっちぎりのゴボウ抜きを
    披露する区間として
    知られている。
    地味な走りの自分が
    何故選ばれたのか、
    信じられなかった。
    監督はこう言った。

    派手なパフォーマーより、
    ここは、お前の様な、
    動じない勝負師に任せたい。

    監督の期待に答えようと、
    尾関は、いつも以上に練習を重ねた。
    ところが、それが裏目に出た。
    本番直前で、左足の中足骨の
    疲労骨折が判明したのだ。
    涙ながらに、監督に報告し、
    当日はサポートに回った。
    そして、卒業。

    就職して3年目の正月。
    箱根駅伝で、自分と同じように、
    疲労骨折で出場できなかった選手が
    いる事をニュースで知ったのだ。

    尾関は、常々思っていた。
    選手を育てるには、
    良いトレーナーが必要だと。
    ところが、今の状況は、
    選手育成の環境が整っていない。
    その思いが、押え込めない程、
    大きくなった。
    “誰かがやらなくちゃ。誰かが。
     でも誰かって、誰だ?“
    翌日、上司に相談した。
    そして、年度末の仕事を
    全てこなし、引き継ぐことで
    退職を了解して貰った。

    志高く、無事に大学院に入学、卒業
    したものの、その後、職を得るのは
    想像以上の厳しさだった。
    自分の研究成果を実践するには、
    できれば教育現場で働きたかったが、
    公立校の部活のコーチは、
    ほぼ、卒業生のボランティアだ。
    かろうじて、スポーツジムの
    トレーナーとして採用されたが、
    時給制で生活はカツカツ。
    大学院時代にしていた、
    予備校の講師の時給の方が、
    正直、高かった。
    そんな時、私立高の、スポーツ系
    部活のコーチ募集情報が入った。
    週3日の非常勤で、陸上以外の部活の
    基礎トレーニングも担当する。
    文武両道をモットーとする学園の
    周年事業の一環だった。
    尾関は、迷わず応募し、採用された。
    そして、出会ったのだ。
    速川唯に。

      ・・・・・・・・・・

    「そう言えば、速川ん家って、
     医者だったな。」

    尾関は、勢いよく立ち上がると、
    ロッカーに向かった。

    1時間後、尾関は速川医院の
    待合室にいた。

       「尾関さん、どうぞ~。」

    診察室に入ると、
    尾関は丸椅子に腰かけた。

    「今日は、どうされました?」

     「あ、古傷の状態を
      確かめておきたくて。」

    「古傷?どんな?」

     「中足骨の疲労骨折です。」

    答えながら、尾関は思った。

      “この声、どこかで
      聞いたような・・。”

    「何か、気になる症状が?」

     「いや。ただ、確認したくて。
      指導者が故障してtたら、
      仕事になりませんから。」

    「指導者?」

     「ええ、私、コーチなんです。
      この街の私立高校の陸上部の。」

    電子カルテに問診内容を
    打ち込んでいた手を止め、
    美香子が振り返った。

    「コーチ!
     これは、失礼しました。
     娘がお世話になりまして。」

     「あ、いや。
      突然、すみません。
      そのお嬢さんの事
      なんですが、日を改めて、
      お時間頂けません
      でしょうか?
      実は、ご相談したいことが
      有りまして。」

    「何でしょう?」

     「あ、今、
      ここではちょっと。」

    「そうですね。
     では、診察を。
     痛みはありますか?」

    答えながら、
    尾関は美香子から、
    目が離せない。
    蝉の声が、診察室にも
    響いていた。

    それから数日の後。
    隣町のレストランの
    窓際の席で、尾関は美香子と
    向き合っていた。

    「まさか、唯のコーチが
     尾関君だったなんてねえ。」

     「偶然というより、
      奇跡ですよね。
      僕は、いまでも、
      美香子先生は、
      あの病院にいると
      思ってましたから。」

    「そうね。
     まあ、色々とね。」

    そこへ、フォアグラのソテーが
    運ばれて来た。
    美香子が驚いて、目を丸くする。

    「大丈夫なの?
     こんな高級品!」

     「心配ないですよ。
      約束ですから。
      あのまま、会社に残ってたら、
      三ツ星のフレンチにご招待
      できたんですが。」

    「約束?」

     「したじゃないですか。
      僕が苦手なレバーを克服したら、
      二人でフォアグラ
      食べようねって。」

    「そうだったかなあ。
     そう言えば、あの猫、どうした?
     確か、尾関君が
     引き取ったのよね。」

    「母が飼ってくれました。
     僕が世話したかったんですけど、
     大学では寮だったので無理で。」

    「そうなんだ。」

     「母が甘やかして、
      こんなデブネコに
      なったんですよ。」

    尾関はスマホの写真を
    美香子に見せる。

    「あら。ホント。
     何だか、唯が弟にプレゼントした
     Tシャツのイラストにそっくり。
     で、相談て、何?」

     「実は・・・。」

    尾関の話を聞いて、
    美香子は、驚いた。
    自分の娘の才能を、
    見込んでくれる人が目の前にいる。
    その事自体が信じられなかった。

    「唯が、尾関君の期待に応えられるか
     どうかは分からないけれど、
     戻ってきたら、
     話してみるから。」

     「確かに、本人次第です。
      よろしくお願いします。」

    デザートの、ホイップした
    クリームチーズの最後の一匙を
    口に含むと、美香子は、
    優しく微笑みながら言った。

    尾関は、ホッとして微笑み返す。
    会計を済ませた所で、
    尾関に美香子が封筒を差し出す。

    「これ、私の分。」

     「え?いいですよ。
      ここは僕が。」

    「約束は、一緒に食べるって事
     だったんでしょう?
     フォアグラを。
     ご馳走になるとは
     言わなかったはずよ。」

    美香子は、自宅の最寄り駅で
    タクシーに乗った。
    車が城址公園の前を通りかかる。
    ふいに美香子はタクシーを止めると、
    運転手に少し待っていてくれる様に
    頼んだ。

    見上げた月はまだ、少し欠けている。

    「唯。今、どうしてるの?」

    美香子は、数百年の時を隔てた
    この場にいるかもしれない娘に
    話しかける。

    「ちゃんと、食べてる?
     ぐっすり眠れてる?
     全く、親に黙って、
     何やってんのよ!」

    美香子は思わず涙ぐみそうになる。
    心配で、心配でたまらなかった。

    でも、自分が落ち込んでいたら、
    尊を責める事になるかもしれない。
    引きこもりの尊が、家さえ
    居心地が悪くなったら、
    どこかに行ってしまうかも。
    尊までいなくなったら、
    悔やんでも悔やみ来れない。

    美香子の悩みは尽きない。

    正直な所、
    帰ってきてからの唯の事も、
    美香子は心配だった。

    「でも、唯の事を
     考えてくれている
     尾関君もいるんだから、
     きっと、大丈夫ね。」

    美香子は、気持ちを引き上げる様に、
    自分の頬を両手で叩く。
    そして、その手で、城址の石垣を
    そっと撫でると、
    タクシーに戻った。

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    返信先: 創作倶楽部
    お邪魔します~

    夕月かかりて様
    クライマックスの所、
    割り込みましてすみません。
    これから投稿させて頂きますね~。

    てんころりん様
    いつも感想有難うございます。
    陸上部コーチのお名前の件も、
    ありがとうございます。
    役名なしとのことでしたので、
    芸名を使わせて頂きました。

    投稿フォームへ

    返信先: 雑談掲示板
    山火事

    皆様、おはようございます。
    足利市の山火事の話は、
    皆様、ご存じかと。
    足利市は、映画のロケ地として
    ”聖地巡礼”される映画通の方々も
    おられます。
    今回の山火事では、大変残念な事が。
    ”刀剣乱舞”の”聖地”の一つであった
    神社が、焼失しました。
    名刀、”山姥切國広”が作られた
    とされる場所の一つです。
    山中にひっそりとある、
    小さな祠だったようですが、
    とっても残念です。
    行ったことは無かったのですが、
    妄想作品を書く上で、
    イメージを貰った場所の
    一つではありました。
    いつか、再建されると良いなと
    思っています。

    投稿フォームへ

    返信先: アシガール掲示板
    ありがとうございます!

    てんころりん様
    早速の情報、助かります。
    大河にも出演されていたんですね。
    しかも、主人公の父親役!
    新作、また頑張ります~。

    投稿フォームへ

    返信先: アシガール掲示板
    お疲れ様です~!

    月文字様
    大きなお仕事、達成、
    おめでとうございます!
    そして、本当にありがとう
    ございます!!
    楽しませて頂きました。

    読んで、あらためて
    思い出したことも沢山。
    NHKの出演者インタビューで、
    長澤城へ唯救出に向かう若君を、
    阿湖姫が送り出すシーンについて、
    若君を演じながら、
    泣きそうになったと、
    某氏が答えていたような。
    そんなに、”唯がいいのか!”
    と、ツッコミそうになったとか。

    私的には、
    立木山山頂での唯に顎クィ、
    「お前、ふくか?」
    のシーン。
    ふく=ゆいのすけ=男子
    とはならなかったのかなあ。
    などど、思ったりしました。
    (;^_^A

    話は変わりますが、
    どなたか、唯の高校の、
    陸上部コーチの役名
    をご存じでしたら、教えて下さいな。
    よろしくお願いいたします。

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    兎角この世は その5 尊編 ~十三夜続編(未投稿)こぼれ話~

    ~~~~~~~~~~~~
    はじめに
    この物語は、先に投稿した
    ”兎角この世は その4 唯編”
    の続編になります。
    唯の将来を案ずる先生方や両親。
    現代でも才能を開花させる若君。
    それに巻き込まれる尊を
    描いてみました。
    原作を背景にしていますので、
    唯は高校2年生の設定です。
    ~~~~~~~~~~~~

    冬季練習の目標を書き上げ、
    陸上部のコーチに渡すと、
    唯は、トラックを走り始めた。
    軽く一周したところへ、
    コーチが血相を変えて、
    やって来た。

    「速川~!
     お前、これ、ホントか?」

    コーチは、唯がさっき渡した紙を
    握りしめている。
    練習目標の記入用紙だ。

     「はい。
      負けてられませんから。
      吹雪に。」

    「吹雪?
    そんな選手、いたか?」

     「馬ですよ。馬。」

    「馬?」

    コーチは訳が分からず、
    ぽかんとする。

    「あ、いや、そうじゃなくて。
     俺が聞きたいのは、
     この、自主練のとこだ。
     これ、ほんとに走ったのか?
     この距離を、このタイムで?」

     「ああ、それ?
      ホントです。
      マジで、ヤバかったです。」

    織田with高山軍に囲まれ、
    僅かな兵で守っている小垣城の
    若君救出の為、
    夜を撤して走った事を、
    唯は自主練として記入したのだ。

    敵兵を避ける為、
    羽木との境にある野上領の山中を
    走ったので、最短ルートと比べると、
    その距離は軽く3倍以上。
    それを三日で走破したのは、
    忠清への一途な思いからだ。

    「黒羽城公園の北口から、
     北領山遊歩道経由で
     小垣城址までって、
     このとんでもないルート、
     良く走る気になったな。」

     「命、かかってましたから。」

    「命?」

     「捨て身で走りました。」

    「お前、ホントに好きなんだな。」
      ”走るのが”

     「はい!超好きです!!!」
       ”若君が”

    「よし、分かった!
     後は、俺に任せろ!」

     「へ?」

    “ああ、勘違い”な会話に
    気づく事も無く、
    コーチは来た時以上の勢いで、
    校舎へ戻って行った。

     「コーチ?任せろって、
      いったい何を???」

    唯は、ただ、その後ろ姿を
    見送るしかなかった。

      ・・・・・・・・

    いつもより、気合の入った走り込みを
    終えて、自宅に戻った唯は、
    リビングに入って、驚いた。

     「何これ?!」

    そこにあったのは、
    天井まで積まれた“うま〇棒”。
    しかも、全種類の味ぞろえ。

      「さっき、店長が持って来た。
       “よろずや”の。」

     「“よろずや”?」

      「お礼だって。若君に。」

     「ふうん。で、その若君は?」

      「出かけた。店長と一緒に。
       お母さんも。」

     「え?まさか、また、バイト?」

      「さあ。」

    尊と唯が、うま〇棒1年分の壁を
    見上げている頃、
    忠清と唯の母、美香子は、
    駅ビルのカフェで、
    Z〇R〇黒羽店のマネージャーと
    向き合っていた。
    “よろずや”の店長は、
    二人をマネージャーに
    引き合わせるやいなや、
    そそくさと帰ってしまった。

    目の前には、
    今や忠清の好物の一つとなった、
    抹茶アイスが置かれている。
    しかも、そのカフェの
    オリジナルアレンジで、
    濃茶がかけられていた。
    バニラアイスにエスプレッソを注ぐ
    アフォガードの、緑茶バージョンだ。
    美香子は、ストロベリーアイスに
    添えられた、大粒のイチゴに
    目を輝かせていた。

    マネージャーは、
    “よろずや”の店長の、
    大学時代の先輩らしい。
    俳優の小〇旬そっくりな
    ”よろずや”の店長は、
    その先輩に頼まれて、断り切れず、
    忠清を紹介する事になり、
    山盛りの“うま〇棒”持参で、
    速川家を訪ねたのだった。

    たった一日で、開店セール用の棚を
    空にしたという忠清の噂は、
    今や“幻のアルバイター”として、
    商店街の店主たちに広まっている。
    エリア統括から、
    売上アップに繋がるプランの
    プレゼンをせかされている
    Z〇R〇黒羽店のマネージャーは、
    その噂を聞き逃すわけには
    いかなかった。

    マネージャーは、
    人当たりの良い笑顔で、
    二人に勧める。

      「どうぞ、御遠慮なく。
       溶けてしまう前に、
       召し上がって下さい。」

     「そうですか?
      では、頂きましょうか。」

    美香子が、大きなイチゴを口に運ぶ。
    それに倣って、忠清も濃茶に
    溶けかけた抹茶アイスを口にした。

    二人の口元がほころぶ。
    スイーツは、幸せを運ぶ天使だ。

    二人の皿が空になったのを見計らって
    マネージャーが、さらに
    ラテを注文する。

     「あら、お気遣いなく。
      私たちは、もう充分
      頂きましたから。」

      「あ、いや。
       ここのラテアートは、
       なかなかのものなんです。
       是非、お試しください。」

    マネージャーの言葉通り、
    運ばれて来たラテは、
    実に見事だった。
    美香子のカップにはバラが、
    若君には、白い馬が描かれている。

    「吹雪。」

    忠清が、つぶやく。
    すかさず、マネージャーが言う。

      「忠清さんは、
       馬がお好きだと、
       “よろずや”から聞きまして。」

    今回のアルバイトの話は、
    断わるつもりでやって来た
    二人だったが、
    マネージャーの心使いに、
    すぐ席を立つわけにもいかず、
    結局、話を聞くことになった。

      「実は、ライバルの長澤店では、
       姉妹都市の熊〇から、
       ゆるキャラ全国区の熊モ〇を
       呼んで、大々的に
       キャンペーンをする様でして。
       すでにコラボ商品を何種類も
       準備中らしく。
       こちらでも、地元から
       掘り起こそうと、
       この街出身の
       有名人を当たったのですが、
       なかなかで。」

    「長澤は熊?
     その長澤とは、高山の本城の
     事であろうか?」

      「高山?実は私、
       こちらに赴任して
       間もないもので、
       よくわからないのですが、
       確か、長澤にも城跡がある
       とは、聞いてます。」

    忠清の目が、
    見る見るうちに鋭くなる。
    それに気づいた美香子が囁く。

     「若君、落ち着いて。
      今は、平成よ。
      宗熊も、宗鶴もいないわ。」

    「そうじゃの。しかし、
     聞き捨てる訳にはいかぬ。」

     「ええ?」

    不安げな美香子をよそに、
    忠清はマネージャーに言った。

    「まずは、こちらの
     今の有り様を捉えて、
     足元を固めぬと、話は進まぬ。
     すまぬが、まずは、そちの城、
     を拝見いたしたい。」

    「は?城?
     ああ、店の事ですね?」

    その後、三人は、
    駅ビル1階のZ〇R〇に向かった。
    店は、改札口の手前、
    駅前広場にも面していて、
    イベントを打つにも好都合だ。
    駅ビル内の店としては、
    一番良い場所と言える。
    これで、売り上げが
    伸び悩んでいるというのが、
    不思議な位だ。

      「正直な所、今、この業界は、
       安売り競争激化で、
       薄利営業が長期化してまして。
       店舗数の削減も
       間もなく始まります。
       どこの店も生き残りに必死。
       そこで、長澤店は、熊モ〇で
       ファミリー層をまるごと
       取り込む作戦に
       出たって訳です。」

    「では、その長澤の客をも
     取り込む策を練らねばのう。
     ところで、松丸や、
     野上の地にも店はあるのか?」

      「えっと、それは、
       どちらの事でしょう?
       この近隣では、
       二店舗だけですが。
       ここと、長澤と。」

     「さようか。
      松丸や野上は、その名すら
      残らなんだのか?
      なれば、蘇らすのみ。」

       「はあ?」

    忠清は、暫くの間、
    店内の商品を眺め、
    何事かを考えていた。
    やがて、何かひらめいたらしく、
    美香子を交え、店の奥で、
    マネージャーと話し込んだ。

        ・・・・・・・・

    それから暫く後の事。

    「ねえねえ、唯。
     今度の日曜日、駅ビルの
     Z〇R〇に行かない?」

    朝練を終え、教室に戻った唯に、
    まゆが、声を掛けた。
    まゆは、1年の時からの
    クラスメートだ。

     「Z〇R〇?」

    「お店でキャンペーンするらしいよ。
     F4が来るんだって。」

     「F4?あの“花より男〇の”?」

    「そう。もっとも、モノマネ芸人の
     そっくりさんみたいだけど。
     なんか、懐かしくない?
     唯は、“花♡類”押し
     だったでしょ?」

     「そうだけど。
      その日は、
      コーチと木村先生が、
      家に来ることになってて。」

    「え?」

     「なんか、話があるんだって。
      進路の事で。」

    「ふううん。珍しいね。
     家庭訪問とか。
     引きこもりでも無いのに。
     じゃあさ、
     終わったらおいでよ。
     先に行ってるから。
     これ、キャンペーンのチラシ。」

    まゆから手渡されたチラシを、
    ろくに見もせず、
    カバンに突っ込むと、
    唯はため息をつく。
    せっかくの日曜日、
    若君と楽しもうとしていた
    あれやこれやが消えて行く。

    「今さら進路って言われたって、
     困るんだけど。
     先生方に、何て言おう。」

    “戦国武将に嫁ぎました。”
    なんて、言えない。
    言ったところで、
    信じて貰えるわけがない。

    上の空の数日が過ぎ、
    とうとう日曜日がやって来た。
    若君は、朝早くから
    出かけて行った。
    また、あの“よろずや”の店長が、
    迎えに来たのだ。

      「ホントについて行かなくて、
       大丈夫?」

    美香子が心配そうに、若君に言う。
    若君は、黙って頷くと、
    “よろづや”の車に乗り込んだ。
    美香子がつぶやく。

       「車には、すっかり
        慣れたみたいだけど。」

      「なんだか、出陣を見送る
       母親みたいだな。」

    冗談交じりにそう言って、
    唯の父、覚が笑った。

    やがて、先生方がやって来た。

    コーチは、そわそわと落ち着かない。
    出されたお茶に手も付けず、
    覚に向かって切り出した。

     「進路指導の先生のお話では、
      速川君はまだ、
      決めかねているそうですね。」

      「ええ、実は、ちょっと体調を
       崩していた時期がありまして。
       受験対策がままならない
       状況だったんです。」

    「それは、こちらでも
     承知しております。
     私の所には、昼休みに
     良く来てますから。
     羽木家の話をしている時だけは、
     気力が戻るようだったので、
     最後の惣領、忠清の墓が
     見つかった事も、
     すぐに知らせました。
     当初は、ひどく落ち込んで、
     逆効果だったかと、
     慌てたんですが、
     その後は、前より元気に
     なった様で。
     速川、本当に
     心配してたんだぞ。」

       「木村様~。」

    木村先生と唯の言葉に、
    覚も美香子も飛び上がりそうになる。

      「唯ったら!
       ここにいるのは、
       正秀殿じゃないのよ!」

    美香子のささやきに、
    唯は我に返り、礼を言う。

      「あの時は、本当に
       ありがとうございました!
       先生には、感謝しても
       しきれません!!
       そのおかげで、私、わか・・」

     「わ~、わわ、わか、
      分かったんだよな。
      今が大事な時だって。
      そう、これからの、
      人生を考える為に。」

    覚が慌てて、唯の言葉を遮った。
    まさか、その“羽木忠清”を、娘が
    戦国から、かっさらって来たとは、
    とても言えない。

    覚は、唯に目くばせするが、
    唯は全く気づかなかった。
    それを見た美香子が、
    唯をキッチンに立たせる。

       「そうそう、唯。
        まだ、先生方にお出しして
        なかったわ。
        ”よろずや”さんのお菓子、
        持ってきて。」

     「ところで、お父さんは、
      駅伝にご興味は?」

    会話に割り込む隙を窺っていた
    コーチが、ここぞとばかりに
    身を乗り出す。

      「は?」

     「箱根を走るお嬢さんの雄姿を、
      見たいとは思いませんか?!」

      「箱根って、あの正月恒例の
       箱根駅伝?」

     「そうです!!!あの箱根です。
      お嬢さんなら、
      区間賞だって夢じゃない。」

      「でも、あれは、男子学生の
       晴れ舞台でしょう?」

     「はい。確かに今は。
      でも、僕は、常々それは
      おかしいと思ってるんです!
      女子にも出場権を
      与えるべきです。
      唯さんなら、きっと
      やってくれます。!」

      「あ、いや、しかし、
       今日は、進路のお話では?」

     「はい。まさにそれです。
      僕としては、是非、
      スポーツ推薦をと言いたい
      ところなんですが、
      実は、速川君、
      夏、秋と大会成績が
      残念ながら不振でして。
      でも、まだ、
      記録会があります。
      実は、その記録会に、
      あの青学陸上部の名監督が
      来てくれる事になりまして。」

       「はあ。。。」

     「速川君の走りを見て貰う、
      絶好のチャンスです。
      懇親会も、予定されてますから、
      話しもできます!
      そこでですね・・・。」

    その後は、コーチの熱弁が
    延々と続いた。
    唯が書いたあの自主練メモが、
    まわりまわって、
    青学の名監督の耳に入り、
    当の名監督も興味を
    示しているらしい。

    木村先生は、それを
    辛抱強く聞いていたが、
    喉を枯らしたコーチが、
    湯呑に口をつけた隙に、
    こう切り出した。

    「このコーチの熱意も汲んで、
     いくつか資料を揃えて来ました。
     陸上の強化練習に参加となれば、
     受験勉強の時間も限られます。
     そこでですな。
     学部推薦で進学し、その後、
     可能であれば、青学に編入
     という方向で、検討されては
     如何かと。
     青学編入が無理だった場合でも、
     こちらであれば、郷土史の勉強が
     続けられます。
     いずれ、歴史の教師として、
     教壇に立つのも良いのでは
     ないですかな?
     むしろ、そうなってくれたら、
     私としては、
     教師冥利に尽きますが。」

    木村先生は、分厚い書類のコピーを
    覚に手渡した。

        ・・・・・・・・・・・・

    コーチと木村先生を見送った後、
    唯は駅ビルに駆け付けた。
    出来れば、若君を誘いたかったが、
    帰ってくる気配がない。
    仕方なく、唯は一人で来たのだった。

    「唯、遅いよ~!!!」

     「ごめ~ん。コーチの話が、
      めっちゃ長くて。
      で、F4そっくりさんは?」

    「もう、とっくにイベント終了。
     でも、唯の分も、
     サイン貰っといたから。
     はい、これ。」

    まゆから手渡されたのは、
    軍配型の色紙だった。

     「んん?」

    唯は、その表に掛かれている
    キャッチコピーに目が釘付けになる。

    “Z〇R〇“&”よろずや” 初コラボ!
       羽木家四天王見参!
      あのF4(そっくりさん)が、
     戦国武将として黒羽に
       帰ってくる!!!

    “なんか・・・ヤな予感が
     するんですけど・・・。”

    恐る恐る、唯はその軍配を裏返した。
    すると、そこには、6人の武士の
    コスプレ写真とサインが。
    最上段には、ひときわ大きく、

    “信長来襲、どうなる、羽木軍団”

    の文字が踊っている。

     「こ、これって・・・若君様?!
      しかも、信長?!何で???」

    信長コスプレの若君の写真には、
    見事な花押が書かれていた。

    思わず、唯の目が点になる。
    それに構わず、まゆは
    熱に浮かされたように
    しゃべりまくる。

    「すっごく楽しかったよ~、
     歌あり、踊りあり、ゲーム有。
     特に、銀さんと信長の殺陣が
     凄い臨場感で、もう最高~。
     また見たい~。絶対~。」

     「ははは・・・そりゃ、そうだ。
      だって、ホンモノだし。」

    「それに、あの刀剣〇舞の歌合。
     イベントのお客さんを
     二手に分けてね。
     羽木軍と、武田軍で合戦したの。
     歌合の、振付を間違えた人から
     抜けて行って。
     一曲終わって残った人が
     多い方が勝ち。
     盛り上がったよ~。」

     「で、まゆは、
      どっちについたの?」

    「私?超、迷った~。
     なにしろ、特別ゲストの信長が、
     超絶、イケてたし~。
     でも、やっぱり、
     地元のあいつの方にした。
     F4の羽木四天王、かわゆくて!!!
     何故か、銀さんが羽木の総大将
     だったけどねえ。」

     「は?かわいい?!
      まさか、あの爺たちが?
      で、勝負は?」

    「もちろん、地元の勝ち。
     で、これ、ゲットって訳~♡」

    まゆは、手に持っていた
    白いチャームを揺らす。
    それは、馬の形だ。

     「吹雪!」

    「唯ももう少し早く来れば、
     貰えたのに。
     これ、フリースやダウンの
     ファスナーのスライダーに
     なるんだよ~♪
     ね。超良くない?ほら!」

     「いや、私は。。。
      指、嚙まれそうだし。
      もう、これ以上、痛い目に
      あいたくないっつーか。」

     「はあ?
      じゃあ、フリースの予約してく?
      今なら、好きな家紋を
      刺繍してくれるって。
      なんでも、この当りにいた
      武家の紋が選べるらしいよ。
      先着、200枚限定。
      ほら、結構並んでる。」

       ・・・・・・

    自宅に戻った唯は、これまた、
    お菓子の壁を見る事になった。
    今度は、
    キョ〇ちゃんチョコボールの山だ。

      「これって、また
       “よろずや”から?」

     「そうなのよ!
      イベント大成功ですって・・・
      って、あらやだ。
      唯には内緒だったわ!」

      「内緒も何も、今、駅ビル、
       行って来たし。
       駅の中やら、商店街やら、
       このチラシが
       張り巡らされてて、
       びっくり!
       もう、若君も、お母さんも、
       何考えてんのよ!!!」

    唯は、美香子に、
    まゆから渡されたチラシを突き出す。

     「唯。若君はね。
      若君なりに、一生懸命なのよ。」

      「それは、
       そうかもしれないけど、
       何もこんな。。。」

     「そうね。初めは、
      唯がファンだった、小〇旬への
      子供っぽい嫉妬だったかも
      しれないけど。
      でも、今回は、Z〇R〇黒羽店の
      役に立ちたいって頑張ったのよ。
      それは、分かってあげないと。」

      「でも、ずるいよ。こんなの!
       私も見たかったのに~!」

     「え?唯がキレてるのって、
      そっち???」

    美香子はあきれ顔で唯を見上げる。

      「で、若君は?」

     「ソファーで眠ってる。
      さすがに疲れたのね。
      今日は、大仕事だったから。
      でも、若君って、案外、
      こっちの世界でも、
      やっていけるんじゃないかしら。
      イベントクリエイターの
      才能充分。」

    チョコボールの壁を崩さないように、
    足音を忍ばせて、唯はそっと、
    ソファーに近づく。
    眠っている若君を見て、唯は驚いた。

      “は、花♡類?!”

    マイクロファイバーの
    ピンク色のフリースで、
    白馬のぬいぐるみを抱いて
    眠っている若君は、まさに、
    幼心に憧れた王子様そのものだった。
    そのフリースには、
    羽木家の紋が刺繍されている。

     ”そう言えば、フリース、
      完売だった。
      2時間足らずのイベントで、
      200枚予約。
      おまけに、店内の
      フリースコーナーも空っぽ
      なんて。”

    ふと見ると、
    ソファーの下にDVDが落ちていた。

     ”信長協〇曲”

    その主演は、言わずと知れた、
    ”小〇旬”。

    信長役の人気俳優ランキングに、
    堂々のベスト3入り。

      「若君、これ、見たんだ。
       それで”信長”に。」

    夕食後、若君は早々と寝室へ。
    それを待っていた様に、
    覚と美香子は、唯と向かい合う。

    「今のお前には、若君しか
     目に入らないだろうけど、
     自分の将来だ。
     ここは、冷静に
     考えるべきじゃないか?」

     「実はね。お母さん、
      今日はちょっと、
      感動しちゃった。
      先生方が、唯の事、
      あんなに真剣に考えて
      下さってたなんて。」

      「でも。
       コーチが言うほど、
       甘くないと思う。
       結局、冬季大会の
       結果次第だし。」

    「珍しいじゃないか。
     お前が慎重になるなんて。
     いつもなら、考えるより先に
     突っ走るのに。」

     「ほんとね。
      “戦国武将の妻”が現実で、
      “箱根駅伝”が夢なんて、
      何だか変。」

    美香子の言葉に、覚が笑う。
    唯もつられて笑った。
    その唯を、美香子が真顔で見つめる。

     「ねえ、唯。
      もし、永禄で暮らす事に
      なったとして、
      若君が、いつか、その・・・
      討ち死・・・なんて
      事になったら、どうする?」

      「え?何それ。
       そうならないように、
       私がそばにいるんじゃない。」

     「お母さんね。少し、
      調べてみたの。戦国時代の事。
      信長が暗殺された後の秀吉って、
      かなり残酷な方法で、
      各地の城攻めをしてる。
      たとえ、城が落ちなくても、
      攻め込まれた城の奥方や子供は、
      人質にとられたりするらしいし。
      信長って、女性関係は、
      帰蝶様にずいぶん遠慮してた
      みたいだけど、
      秀吉は、手あたり次第。
      特に、信長の妹のお市の方に
      執心して叶わず、
      余程悔しかったのか、
      その娘の茶々を側室にしたの。
      だからね。悪い事は言わない。
      唯は、平成でも、、
      生きていける様に
      しておいた方が良い。絶対に。」

       「お、お母さん、
        そんな心配してたの。
        私が秀吉の人質になるとか?
        ありえない!考えられない!
        そんなの、あるわけ・・・」

      「実際、あったんでしょ?
       高山の人質になった事。
       阿湖姫の身代わりに。」

       「確かに、そうだけど。」

    「いずれにせよ、今後も、
     行き来できる様にしないとな!」

    そこへ、風呂上がりの尊がやって来た。

    「尊!」

     「尊!!」

      「たけるう~!!!」

       「な、何?揃いも揃って。」

    父と母と姉の迫力に、尊がたじろぐ。

    「お前、姉が、箱根で走る姿、
     見たくないか?
     俺は見たい!」

       「は?」

    「唯が人質になったりしたら、
     大変でしょ?!
     それより、教師の方が良くない?
     歴史の!」

      「人質?
       教師?」

     「絶対イヤ。秀吉なんて!
      考えられないから~!」

       「何故、そこで豊臣?
        若君の当面の敵は、
        織田だろ?
        っていうか、とうとう、
        家族がおかしなことに!」

    「早く作ってくれ!」

     「省エネ高性能の!!」

      「タフな新型起動スイッチ
       次世代家族対応型!」

       「えええええ????」

       ・・・・・・

    その年の秋、何故か尊は馬上にいた。
    ずっしりとした兜に、首が沈み込む。

    10月とはいえ、
    日差しはまだまだ強い。
    重い甲冑の中は、サウナ状態だ。

    “甲冑が、こんなに重いなんて。
    予想を超えまくってる。
    若君、良く戦えますね。
    こんな格好で。
    戦術を練るより、
    甲冑の軽量化が先なんじゃ。“

    朦朧とする意識の中で、
    幻覚の中にいる尊は、
    若君に語りかける。

    そして、とうとう、気を失った。

    「カーーーット!!!」

    福〇監督の野太い声が響く。

    “よろずや”の店長が、
    尊に駆け寄った。

     「凄いじゃないか!尊君~!
      迫真の演技だったよ!
      尊君。尊君?
      おい、どうした?」

    尊の体が、
    頭から落ちそうになるのを、
    店長が抱え込む。

     「やべえ!
      誰か、大急ぎで
      濡れタオルと氷持ってきて!
      脱水みたいだ。」

    撮影スタッフがわらわらと
    尊の周りに集まってきた。

    ここは黒羽城公園。
    若君が提案したZ〇R〇のイベントが
    大当たりで、とうとう地元の
    観光協会まで乗り出し、
    プロジェクションマッピングで、
    黒羽城を再現する企画にまで
    発展したのだ。
    その中に取り込む映像の一つとして、
    羽木九八郎忠清の出陣シーンが
    選ばれた。

    企画当初は、その若君本人が撮影に
    参加するはずだったのだが、
    映像監督のスケジュール調整で、
    撮影が遅れに遅れ、
    とうとう姉と若君は、
    撮影前に永禄に飛ぶ事に。

    そして、アレが再発動されたのだ。
    そう、速川家一同の必殺技。

     「尊!」
      「尊!!」
       「たけるう~!」

    ここまでは、僕もなんとか
    かわす術を身に着けた。
    ところが、今回ばかりは、
    とどめの一撃が僕を襲った。

    「許せ、頼む。尊。」

    若君に見つめられ、
    金縛り状態になった僕は、
    引き受けてしまったのだ。
    そう、まさに、うっかりと。

    重い瞼をやっとの事でこじ開けた
    尊の視界に、羽木家四天王、
    筆頭家老天野に扮した“よろずや”の、
    銀の字ではなく、花♡類キャラの
    店長のどアップが飛び込んできた。

    “わーーー!近い!近すぎる!!
    てか、やっぱり、よく似てる。
    キュンポイントつかみ放題って
    こういう事?”

    呆然としている尊に、
    ”花♡類”が甘い声で囁く。

    「気が付いた?
     ごめんね。無理させちゃって。
     でも、いい絵が取れたって、
     福〇監督、すっごく喜んでたよ。
     もう早速、次回作のプラン
     立ててる。
     街ぐるみの大イベントに
     なりそうだね!
     尊君、次も頼むね♡」

     “まじっすか?
     無理っす。
     次はもう勘弁して。
     それには、呼び戻さないと。
     若君を。
     頼む!未来の僕!
     早く、一日でも早く
     タフな省エネ新型高性能次世代
     ・・・あれ?あとなんだっけ?
     もう、なんでもいい。ともかく、
     新型起動スイッチを平成に・・・“

    うわごとをつぶやきながら、
    尊は、また気を失った。
    “花♡類”の腕の中で。

    「お、そのショットいいねえ。
     そのまま。そのまま。」

    福〇監督が、なにやら嬉しそうに、
    自らカメラを回す。

    その後、出来上がった
    プロジェクションマッピングの
    映像を見て、
    唯が嫉妬の焔と化す事を、
    この時の尊は、まだ、知らない。

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    返信先: 創作倶楽部
    ちょっとトラブル

    投稿作業中に、操作ミスで消えました。
    先に投稿される方がおられましたら、
    どうぞ、ご遠慮なく~。
    夕方、またチャレンジします。

    追伸:何とか編集できたので、
    投稿しました~。

    投稿フォームへ

    返信先: 創作倶楽部
    これから投稿します。

    投稿直前に、大きな地震。
    避難中の方がおられましたら、
    お見舞い申し上げます。
    停電で、信号が消えてしまうのは、
    何とかならないものでしょうか。
    改良して欲しいものです。
    未来の尊にお願いしたい位です。

    てんころりん様
    いつも感想を有難うございます。
    励みになります。
    お礼が遅くなりすみません。
    目次やこれまでの要約は
    まだ作成していなくて
    そちらもごめんなさい。

    ぷくぷく様
    作品が消えてしまうのは
    呆然自失ですよね。
    アップされるのを楽しみにしてます。
    悪丸は、ナイスキャラですよね。
    夜討ちに出かけた爺たちを
    救出に向かうシーンを
    思い出します。
    煙玉の煙の中、千原様を背負い、
    唯にぶつかるシーンの、
    セリフがリアルで。
    本当に痛かったんだろうなと。
    ゴーグル付けてるのは、
    悪丸だったはずなのに。

    夕月かかりて様
    連作に続き、新作も!
    凄いパワーですね。
    敬服いたします。
    ドラマSPでは、若君は11月に。
    でも原作では2月に亡くなった事になっています。
    若君と唯が、二人で現代に飛んだ
    日付は、原作では
    明記されていません。
    なので、原作をもとに
    二人が平成に2月前後に
    戻って来たとすれば、
    バレンタインを二人で過ごすのも
    違和感はないと思います。
    ますますラブラブな二人。
    楽しませて頂いてます。

    では、これよりおばばも、
    投稿いたします~。

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    返信先: 雑談掲示板
    大停電

    千絵様
    ご無事の様で、何よりです。
    停電は、その後、如何でしょう。

    皆様に被害が無い事をお祈りしております。

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