• このトピックには856件の返信、17人の参加者があり、最後におおたわけ(埼玉)により1週、 5日前に更新されました。
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    十六夜の月

    昨夜は久しぶりにきれいな満月!と思ったら、残念!十六夜の月でした!アシラバ失格ですね。
    場所によっては、とても大きく見えたそうで一緒に観たかったです。
    雨や曇りの日が多かったので、月が観られるのが特別に思えますね。
    もうレンコンのはさみ揚げを作る元気も無くなってしまいましたが、唯と若君に思いを馳せました。
    若君様~~~!早く続編でお会いがしたいのだ~~~!

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    十五夜 🌕️

    今年の十五夜は天文学上の満月と二日ずれましたね。
    昔の人は十四夜月を “待宵月”とか “幾望”などと呼び、楽しみに待ったそうで‥
    前夜の24日(木)、気にしていると月がちらっと見えて‥
    こんなに欠けていて明日だいじょうぶ?と不安になるほど(笑)でした。

    翌25日(金)、私も雲の合間に十五夜の月を見ることが出来ました。
    よくぞここまで‥と思ったほど(笑)丸くなってました!

    夕方5時台と6時台のわずかな時間でしたが、月の光を見て、アシカフェにいらしていた方達に思いを馳せました。
    次第に雲が厚くなり、夜半には雨になり、それきりでした。
    27日(日) 満月も雨で全く見えず(:_;)でした。

    古代蓮 🪷

    (スマホやPCによって、タイトルに蓮の花でない絵が出たら、すみません。 私のは綺麗な蓮です)
    キジトラさん、思いが叶い、平泉の古代蓮の花を見られて、良かったですね!
    藤原泰衡公の首桶に入れてあった蓮の種が発芽し、栽培に成功して移植まで出来たというのは、壮大なロマンを感じます!

    蓮の花は大きくて、開く時にポンと音がしそうな気がします。
    散る時も、花弁が葉に当たり、パサン パサン音がしそうです。
    仏様の花であり、清らかなイメージとダイナミックな美しさがありますね。

    私、中学生の時に中尊寺と毛越寺は行ったのですが、恐ろしいほど(笑)何も覚えていません。
    若い内に旅をせよとは一概に言えませんね。
    たぶん当時は写真や映像を今ほど簡単に見れませんから、期待が大きすぎて(笑)ガラスの向こうの意外に小さい金色堂にショックを受け、全て飛んだんだと思います。
    今は照明も良くなっているようですね。
    毛越寺の浄土庭園、ここは心が休まった記憶があります。

    貼っていただいた鎌倉市のサイトを見ると、中尊寺蓮は本当に色が濃いですね。
    鎌倉・永福寺跡の発掘調査が終わり、史跡として公開されたのは知っていました。
    中尊寺蓮の話は聞いたかな〜全く忘れていたので、ありがとうございます。
    実はこの近くに縁があり、以前はよく行ったのですが、近年関係者が亡くなり、行かなくなりました。

    場所はよく分かるので見に行こうかと‥ 毎年は咲かないようですけれど‥
    年々酷暑がひどく雨の被害もあり心配ですが、永福寺は 中尊寺二階大堂を模して建てられたそうで、この周辺の住所は鎌倉市二階堂となっています。
    中尊寺から(*正確には平泉町からでしたね)寄贈された古代蓮には、しっかり根を張り生き続けてほしいです。

    八つ墓村 🦇

    長くなるので再度改めますが、先日映画を観てきました。
    1977年•野村芳太郎監督『八つ墓村』と、2026年•清水崇監督『八つ墓村』の二本立てです。
    野村監督作品 4Kデジタル修復版の初上映で、1日だけの特別企画でした。
    二本続けて観れたので良かったのです。
    清水監督が野村版のパロディをさり気なく入れてるのが分かりました!
    ホラー作品として作られてますが、年齢制限無し、ほぼほぼ怖くありません(笑)
    楽しい話はまた後日〜

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    中秋の名月

    各地で荒れた天候が続きましたが、皆さん、お変わりないでしょうか?
    千葉豪雨と聞いて、千葉のアシラバさんは大丈夫かしらと心配になりました。

    愛知はこの夏、40℃越えの日が何日も続き、さすがに疲弊しました。
    その後、東京に行ったら35℃で、いや~涼しいな!と思いましたよ。(笑)

    東京で一泊した後、翌日は東北新幹線で岩手県一関市へ行ったのですが、
    そちらは25℃だったので、こんな気温の場所が日本にあったんだ~と、
    あまりの快適さに浮かれまくりました。

    てんころりんさんに「東北はどうでしたか?」と聞かれてから、
    随分遅くなってしまいましたが、平泉について先に雑文を載せましたので、
    ご興味がありましたら読んで下さいね。

    さて、今夜は中秋の名月。
    満月は二日後と教えていただきましたが、
    取り敢えず今夜の月も見ておきたい。

    こちらは今のところ雲の間から青空が見えているので、
    名月を愛でられるのでは?と期待しています。

    皆さまのところでも、美しい秋の月が見られますように。

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    奥州平泉と泰衡蓮

    ここ数年、奥州平泉(岩手県南西部)を訪れたいと思っていました。
    坂上田村麻呂の蝦夷討伐、奥州藤原氏による仏国土の構築、
    そして源義経自刃の地・・・歴史的な話題に事欠かない場所です。

    平安時代から戦が多かった地域で、松尾芭蕉は平泉を訪れた際、
    「夏草や 兵どもが夢のあと」
    「五月雨の 降り残してや 光堂」などを詠み、
    おくのほそ道の中に残しています。

    2011年には、
    奥州藤原氏が栄えた平安時代末期の寺院や遺跡群のうち5件が、
    「平泉 仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として、
    ユネスコの世界遺産に登録されました。

    私が常々「平泉に行きたいのよ~」と話していたせいもあって、
    「平泉に行くことにした」と言ったら同行希望者が次々と手を挙げて、
    今回5人のツアーになりました。

    この人数で効率的に動くには、
    やっぱり観光タクシーでしょ!と一ノ関タクシー4時間コースを予約。
    巌美渓・達谷窟・毛越寺・中尊寺・無量光院跡などを回りました。

    タクシー会社と交渉し、お迎えはランチを予約した一ノ関の餅料理の店、
    帰りは前沢牛の焼肉店の前で降ろしてもらったので、
    この日は午後の時間を目いっぱい使って、
    観光&グルメを堪能することができました。

    ただ一つを除いては‥。

    中尊寺金色堂は、
    奥州藤原氏の初代・藤原清衡が天治元年(1124年)に建立した阿弥陀堂です。
    内外の壁面すべてに黒漆を塗り、その上から金箔が押されています。

    内部の4本の柱や須弥壇には南洋産の夜光貝を使った螺鈿細工や蒔絵が施され、
    当時の漆芸・金工技術の最高峰が結集しています。

    そして堂内の三つの須弥壇には、
    初代清衡(きよひら)、二代基衡(もとひら)、
    三代秀衡(ひでひら)のミイラ化した遺体と、
    四代泰衡(やすひら)の首が納められている、一族の墓堂でもあります。

    実はこの遺体、1950年に大規模な学術調査が実施され、
    藤原氏4代の血液型や身体的特徴、持病や死因までが究明されているんですよ。
    例えば藤原泰衡は30代、B型で、額には眉間割りの刀傷があるとかね。

    奥州藤原氏は三代秀衡の時代に、
    平家に追われた源義経をかくまった経緯があります。

    義経は秀衡の息子の泰衡と共に育つんですが、
    異母兄の頼朝が平家打倒の兵をあげると、それに参加。
    次々と武功を立て、平家滅亡の立役者となります。

    しかしその後、兄・頼朝との仲が悪化。
    義経は頼朝に追われる立場となり、再び藤原氏を頼って奥州に逃れるのですが、
    既に秀衡は他界して、泰衡の代になっていました。

    秀衡は死の直前、源頼朝との対立に備え、
    義経を大将軍として国務せしめよと泰衡に遺言していました。
    しかし泰衡は義経の首を頼朝に差し出すことで平泉の平和を図り、
    幼馴染の義経を追い込むことを選びます。

    そこまでして頼朝への忠誠を示した泰衡でしたが、
    頼朝は奥州を手に入れるため、理由をつけて泰衡を討つべく兵をあげます。
    泰衡は軍勢に追われ、最後は部下の裏切りによって首をはねられます。

    その首は頼朝のもとに送られて首実検された後、奥州に戻されました。
    中尊寺にある泰衡の首は、そうしたいきさつを辿ったものです。

    1950年の学術調査では、もう一つ大きな発見がありました。
    泰衡の首が納められた首桶の中から、100粒ほどの蓮の種が発見されたのです。

    初代清衡以来、浄土信仰の強い土地柄で、仏国土と呼ばれた平泉。
    仏教と関わりの深い蓮の種を誰が入れたのかは解りませんが、
    泰衡を悼み、その魂が浄土へ行けるように願ったことは明らかです。

    この蓮の種は試行錯誤の末、平成5年(1993年)に発芽に成功し、
    そこからまた5年の歳月を経て、
    平成10年(1998年)に開花させることができました。

    泰衡が亡くなったのは1189年。
    実に809年の時を経て、平安時代の蓮の花が現代に蘇ったのです。

    私が、この暑い時期に平泉を訪れる理由。
    それは中尊寺の蓮池で、この蓮を見るためでもありました。

    観光タクシーで巡った午後、蓮池に到着すると、
    蓮池は思ったより小さくて、山間の田んぼのようでした。
    浄土庭園の中にある広大な池を想像していたので拍子抜けしましたが、
    その中に数本だけ、濃いピンクの蓮の花が見られました。

    この古代蓮は現代の蓮より色鮮やかで美しいのですが、
    開花してから2~3日で散る、儚い花だそうです。
    蓮池では次々に花が咲くので、
    7月中旬~8月中旬まで見られるんですけどね。

    実は蓮の花の多くは午前中に咲き、午後は花を閉じます。
    私にとっては念願の古代蓮(別名・中尊寺蓮、泰衡蓮)ですから、
    数本見られただけでも感激しましたが、
    やはり午前中に、もっと咲いているところを見たい!と思いました。

    それで翌日、またタクシーを走らせ、蓮だけを見に来ました。
    午前中の蓮は確かにたくさん咲いていて、見ごたえがありました!

    スマホを手に夢中で撮影する私たちを見て、
    タクシーの運転手が半ば呆れていましたが、
    歴史的な背景と古代蓮を咲かせた方々の努力を考えれば、
    感激するのは当然ではないでしょうか。

    現在この蓮は中尊寺だけでなく、藤原氏にゆかりのある神社仏閣、
    東北の震災で復興シンボルとなった場所、
    そして面白いのは、敵であった頼朝の本拠地、
    鎌倉市にも株分けされたものが寄贈されているんです。

    https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/treasury/r4_chusonjilotus.html

    中尊寺でなくても、皆さんもどこかでこの蓮に出会う機会があるかもしれません。
    そうしたらちょっと、由来について思い出して下さい。
    すると知らない時よりも、より鮮やかで美しい花に感じられると思いますよ。

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    雨が続いています

    災害が心配ですね、お互い気をつけましょう。
    今年東京は、酷暑は8月2日まで、その後スッキリ晴れた日はなかったかもしれません。
    青空に積乱雲の記憶もありません。
    湿度は高く、気圧の関係か頭が重く、夏も秋もない感じです。

    なんと9/25(金)は、もう中秋の名月🌕️なんですね!
    今年は旧暦の十五夜と、本当の満月(9/27)が二日ずれます‥
    お月見のチャンスが二度あると思えば良いのですが‥
    十五夜🌕️を待つ気持になれず‥ いやいや、こういう時だから月を見たら無事を祈ろうと思い直しました。

    キジトラさんとたがが外れたさんにお会いしたのは、東京が35-6℃だった最後の酷暑日で、夜から急に涼しくなったのです。
    キジトラさん、東北方面は寒いくらいではありませんでしたか?
    旅はいかがでしたか?

    また映画『木挽町のあだ討ち』について少々。
    “あだ討ち”のシーンで、菊之助(演•長尾謙杜さん)の刀が少し短いかな?とは思いました。
    no.3851 映画紹介動画でも分かるかもしれません。
    ところが座付の*殺陣師(演•滝藤賢一さん)の話に注意せず、すっぽり記憶から抜け落ちて(笑)キジトラさんのコメントを読んで、もう一度見直しました。なるほど!

    ☆今日、後から紹介動画を見直すと*殺陣師の字が [立師] でした。歴史的にこう書くのでしょう。原作小説もこの字なのでしょう(補足します)

    この映画の源孝志監督について少し。
    NHK BSで、脚本と演出を手掛け、ドラマをかなり作られてますね。私、観てました。
    ・『京都人の密かな愉しみ 』2015年〜シリーズ
    ・『スローな武士にしてくれ』2019年
    ・『令和元年版 怪談 牡丹燈籠』2019年
    ・『忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段』2021年、他

    ドラマ『怪談 牡丹燈籠』では、描いてくれたお陰で、刀の関係で新しく知った事があります。
    ・[刀の下緒=さげお]物語の進行上、重要な小道具になりました。
    ・[金打=きんちょう]武士が約束を交わす時、互いに刀を少しだけ抜いて戻し、鍔(つば)と鞘(さや)を当ててカチッと鳴らしたんですね。
    ・[居合=いあい]咄嗟に刀を抜いて攻撃し、直ぐ鞘に刀を納める剣術。物語のラストは、始めから刀を抜いて戦う立合と居合の対決になる。場面は*真の仇討ちです! 最初にうっかり書いた*名目はとんでもない誤りです。もちろん正義が勝ちます。

    下駄の音カランコロンとやって来るお露の幽霊の話は、物語の一部で全部ではありません。
    原作は三遊亭圓朝の落語なんですね、だからクスッと笑える所もあり‥
    上記ドラマは全てオンデマンドにあります。

    源監督はNHK BSでは、かなり攻めたドラマ作りされてました。
    そしてさり気なく、時代劇の中で省略されがちな道具や昔の風習を見せてくださるのが嬉しいです。
    今回の映画はエンターテイメント作品として楽しめました。
    私は江戸時代の芝居小屋には、タイムマシンがあったら行ってみたいですね(笑)

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    侍の魂

    てんころりんさんの書き込みを見て、
    早速アマゾンプライムで「木挽町のあだ討ち」を観ました!

    まずは映像が美しい!色遣い、アングル、うっとりしますね。
    真っ白な雪の上に零れ落ちる赤い花びらのような血しぶき。
    映画「国宝」を思い起こさせる部分もありました。

    歌舞伎「仮名手本 忠臣蔵」の千秋楽後に、
    芝居小屋の隣で本物の仇討ち、という流れも面白い。

    私は原作の小説を読んでいませんが、
    話の展開もテンポが良く、仇討ちの背景が次々と明らかにされて、
    ミステリーとしての面白さにも惹き込まれました。

    また、江戸時代の風俗や習慣が、
    映像でしっかりと表現されているところもいいですね!

    特に武士としての立ち居振る舞いや刀の扱い方など、
    現代人が簡単にできるものではないので、
    演じる俳優さんはきちんとした指導の下、
    稽古を重ねて撮影に挑んだことが伺えました。

    ドラマ「アシガール」でも、
    若君を演じる健太郎くんの袴のさばき方、立ち方、座り方が美しく、
    若武者としての佇まいに説得力がありましたよね。

    時代劇は、日本人の伝統的な所作や作法を、
    現代人の脳内に映像としてインプットしていく、
    そういう効果があるんじゃないかなぁと思っています。

    それと、映画の中で「刀」に関係する部分は、
    やはり真剣に見てしまいました。

    これ以降は映画のネタバレになるので、
    前情報なしに作品を楽しみたい方は、すっ飛ばして下さい。

    仇討ち事件の真相を探る総一郎が、
    殺陣師の与三郎に、二人が持っていた武器を問う場面。
    「(作兵衛は)刃渡り一尺ほどの合口(あいくち)でしたな。
    対する菊之助は、一尺八寸の小太刀(こだち)」

    この小太刀は与三郎が菊之助に貸し与えたもので、
    続いてその場面が回想として映し出されます。
    与三郎「この脇差(わきざし)は、腕の長い自分に合わせて一尺八寸ある」

    同じ刀を「小太刀」と言ったり、「脇差」と言ったりしていますね。
    刀剣の区分は時代によって多少呼び方が異なりますが、
    一般的に小太刀は刃渡りが二尺(約60㎝)程度の刀で、
    脇差は一尺~二尺(約30㎝~60㎝)の刀を指します。

    つまり小太刀は脇差の部類に入るので、どちらも正しいのですが、
    この後の「中条流という小太刀の流派がある」という台詞に繋げるために、
    「小太刀」と「脇差」という、二つの言い方をしたのだと思います。

    17歳の若侍、菊之助は体重も軽く、体力もない。
    刃渡り60cm以上の打刀で戦ったら、刀の重さで体力を消耗するから、
    一尺八寸(約54㎝)の脇差で戦うように指導するわけです。

    脇差の長さは30㎝~60㎝だから、54㎝は長い方で、
    小太刀と呼んでもおかしくはない、ということですね。
    もちろん打刀より軽いから、菊之助の体力と体躯に合う。

    但し刃渡りが短いため接近戦となるので、
    斬るよりも突く動作が多くなり、体術との組み合わせになる。
    菊之助が修練してきたであろう剣術とは異なるから、
    小太刀の流派で稽古しなければならないというわけ。

    ちなみに作兵衛が持っていた合口(あいくち)は、
    刃渡り一尺(30㎝)未満の短刀のことで、
    鍔(つば)のない造りになっているのが特徴。

    柄の部分と刀身の鞘口がぴったり合うから、
    合口と呼ばれるんですよね。

    日本における刀剣は単なる武器ではなく、
    神器としての霊的な側面を持っていたり、
    武士道精神と密接に結びついていたりします。

    武家の間で刀剣を贈り合う、というのは信頼の証であり、
    目上の者から下の者へ刀を下賜するということは、
    その者の忠義に対して、最大の礼を尽くしたことになります。

    菊之助の父、清左衛門が、作兵衛に小柄(こづか)を渡す。
    隠さなければならない秘密、欺かなければならない敵、
    その中で、目立たず持ち歩けて、
    侍として最大の感謝を伝えられるものが小柄だったんですよね。

    本来なら刀を渡したい。けれど、それができない。
    だから小さな小柄に思いを込める。この時代の侍の魂を感じました。

    さて、てんころりんさんの投稿にもありましたが、
    8月上旬にお会いすることができたので、
    曾祖母の奉公先や、
    兎と亀の意匠について調べていただいたことの御礼が言えました。

    その際、小柄について尋ねられ、
    「本来は手裏剣みたいに投げるものではない」という話をしました。

    小柄は重さがないので、投げても遠くまで飛ばないんですよ。
    実際に実験した人がいますが、頑張っても9m程度だし、
    そもそも刃先が刺さるように投げるのは至難の業。

    接近戦になった時、首元を刺すくらいはできたでしょうが、
    武器として使用するのは現実的ではなかったようです。
    そうなるとやっぱり、身だしなみグッズですねぇ。

    そうそう、うちの脇差ですが、
    鞘の表裏に小柄と笄(こうがい)を差し込んでおくための凹みがあります。

    残念なことに今はありませんが、
    鍔(つば)にも、中央の茎櫃(なかごひつ)の両脇に二つの穴、
    小柄櫃(こづかひつ)・笄櫃(こうがいひつ)があるので、
    元々はこの二つが差し込まれていたのだろうと思います。

    でも、私が調べたサイトでは、
    「脇差の刀装には、通常、打刀と異なり小柄は付けるが笄は付けない」
    と書いてあって、あれ?と思いました。
    まあ、持ち主の好みで変わることもあるとのことですが。

    籠に入った兎と亀の意匠は、
    曾祖母の婚礼に合わせて実家が付け足したものかもしれません。

    でも、それ以前の刀の来歴については、
    曾祖母の実家のファミリーヒストリーとなるので、
    私には調べる術がないんですよね。

    ただ、鞘や鍔の部分は、
    堅牢な中にも優美さのある「尾張拵え」と審査されていて、
    それに加え、付けなくても良いはずの笄も付けていたとなると・・

    この脇差を持っていた侍は、
    身だしなみに気を遣う、イケメンのお洒落さんだったのかもしれません。
    そう考えるとテンション上がります!(≧▽≦)

    おっと、長くなってしまいました。

    蓮の開花時期に合わせて奥州平泉を訪れ、
    中尊寺で念願の泰衡蓮(古代蓮)を見た話もしたかったのですが・・
    それはまた、別の機会にしておきます。

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    映画『木挽町のあだ討ち』〜アシガール〜刀の話 ①

    熊本の地震、千葉の豪雨災害と続き、先週は深夜に茨城の地震‥ 東京もかなり揺れました。また大雨特別警報が石川•富山•福井に‥
    他人事ではなく気楽に書けなくなりましたが、前から気になっていた話をさせていただこうと思います。
    マニアックな部類の話なので、ご興味ない方にはすみません。

    3/24、千絵さんが 『木挽町のあだ討ち』観てきたと書かれてましたね。
    私はアマゾン prime videoで配信が始まってから観ました。
    ご覧になった方、他にもいらっしゃるかもしれませんね。

    原作は直木賞&山本周五郎賞を受賞した永井紗耶子さんの小説で、芝居小屋近くで起きた《あだ討ち事件》をめぐり、芝居小屋の人々の回想が語られ、真相が見えてくる、新しいタイプの推理小説だそうですね。
    わかり易く映画化されてました👏

    アシガールの木村政秀&木村先生☆正名僕蔵さんが、小道具方/九蔵役で出演されてます!
    寡黙な腕の良い職人ですが抜けた所もあり、正名さんらしい役どころでした。

    映画の感想はネタバレせずに書くのは難しいです。
    で、映画に映っていたある物に「これかぁ!これだ〜!」膝を打った😲その話をします。

    細部の話だけというのは申し訳ないので、面白く見れる映画紹介動画を貼りますね。よろしかったらどうぞ。
    【木挽町のあだ討ち公開記念SP】(23分)
    https://youtu.be/xzFF9MJ0Ja8?si=IHa99Ft1FbFjglNS
    _________*

    さて「これだ〜!」となった物は、映画の中で形見として渡された 小刀=小柄[こづか]です!
    初めて“小柄”という言葉を知ったのは、ドラマ・アシガールの時でした!

    【6話/平成に若君キター!】
    如古坊が、知りすぎた唯を始末しようと、物陰から手裏剣のように小刀を投げ、成之に怒られるところありましたね。
    あそこの音声解説∶花を活ける成之。背後に気配。物陰から小柄が飛んでくる。叩き落とし懐に隠す_と言ってました!

    画面で見る通り、ナイフのような小刀ですが「こづかって何?」となりました。
    室町時代は、刀が太刀から打刀に変わって行きますが、小柄は刀の鞘(さや) に装着したらしく‥
    えっ! ど、どうやって?🤔

    調べてもよく分からず‥
    装着された小柄を抜くシーン、映画で見られないかな〜〜ずっと思っていたのです。
    で『木挽町のあだ討ち』開始1時間5分10秒から映りますよ!(②へ続く)

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    刀の話 ②

    小柄[こづか]の歴史、 用途、 装着の仕組が分かりやすい記事を見つけました。私が皆さんに分かるように書くのは無理なので‥
    また映画でチェックできない‥って方、よろしかったらご覧くださいね。
    【名古屋刀剣ワールド・解説】
    https://www.meihaku.jp/sword-basic/kogatana/
    【小柄の動画】
    https://youtu.be/T6OxV7ANu5A?si=dof4WdFUuN0qBfLA

    刀の鞘(さや)にこんな精緻な仕掛があると知った時は驚きました。
    鞘の反対側には、笄(こうがい)が装着されました。
    時代劇の映像作品の中に、もっと描かれれば、普通に皆が知るのに残念です。
    やはり小道具として作るのは大変で、省かれるのでしょうね。
    _________*

    実は、たがが外れたさんから知らせていただいて、旅行中に東京を通過するキジトラさんにお会いできました。
    お二人は『刀剣乱舞』関連の公演の件で連絡を取り合うそうで‥

    『刀剣乱舞』の影響で、刀剣の展示には若い人や女性が集まるようになり、展示方法が劇的に進化したそうです!
    刀剣の持ち主とその変遷の物語に興味を持つ人が増えて、単に美術品/工芸品として鑑賞する域を超えてきたそうです。

    キジトラさんから小柄の話も聞いて、携帯カッターナイフの用途の他、旅先で髭剃りもしたらしい‥と。
    反対側に装着された笄/こうがい (髷を整えたり、 頭を掻いたりする時に使った)と共に、江戸時代には完全に身だしなみグッズですね。

    さて最後になりましたが、キジトラさんからお家に伝わる刀と、最近譲り受けた刀の写真を見せていただいたのです。(no.3822, 3834, 3844)
    刀の柄(つか)に、どっしりした亀と籠の中の可愛い兎のデザイン∶兎は亀の方を見ているのと、後ろを向き跳ねているような二つのポーズが金で細工されていて‥
    今に残り見られるのはすごいことです!
    たいへん貴重な経験でした。何代も遡る歴史 (ファミリーヒストリー)の重みを感じました。

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    次世代のミュージカルスター

    8月8日(土) 18:00~18:30
    フジテレビの「ミュージックフェア」で、
    帝国劇場ミュージカルで活躍してきた方々が、
    代表的なミュージカルナンバーを歌います。

    ミュージカルがお好きな方、必見ですよ!
    TVerでの配信もないようなので、
    オンタイムで見られない方は録画をお忘れなく。

    私の推しの一人、岡宮来夢くんも出ます。
    名だたるミュージカルスターの中に彼がいるのが嬉しい。

    次世代のスターとなることは間違いなく、
    「立派になったねぇぇ!」と、親戚のおばさん目線で見ています。
    (有澤樟太郎くんの時も同じことを書いたな~)

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    日生劇場とハムレットの舞台裏

    日生劇場見学のサイトを拝見しました。
    何と素晴らしい建築でしょう!
    また日生劇場の舞台のチケットを取ったら、隅々まで見てきたいです。

    先回は開幕直前に中止になったショックで、
    絨毯が赤かったことしか覚えていません(笑)。

    あ、ロビーの椅子と机は見覚えがありましたよ。
    ぽっかり空いてしまった午後の時間をどうするか、
    呆然としながらも、何とか気持ちを立て直そうと座り込んでいた場所です。

    そして帝国ホテルの旧玄関ホール、私は明治村で見ています。

    てんころりんさんは、これを東京でご覧になっていたのですね。
    明治村には玄関部分しかありませんが、とても重厚で荘厳なホール。
    全体の建築は、本当に素晴らしいものだったでしょう。

    明治村とリトルワールドは、
    愛知県内の小中学校では社会見学の定番の行き先です。
    私が明治村を歩き回っていた頃、東京の小学生は日生劇場でご観劇・・
    地域によって目にするものは、それぞれに違いますね。

    そういえば、凌雅くんがハムレットの東京公演中、SNSに、
    「座長の染さんから差し入れもらった。
     バリバリザックザクの、めっちゃ美味しいお菓子だった」と写真を上げていて。
    それが帝国ホテル「ガルガンチュワ」のブルーベリーパイだったんですよ。

    私は一目で気づき、さすが、梨園の御曹司は差し入れも違う!と感嘆しました。

    舞台「ハムレット」は東京・大阪とめぐり、最終公演は愛知県の稲沢市民会館でした。
    名古屋駅から会館最寄りの国府宮駅まで電車で15分程度なんですが、
    周りには水田が広がっている場所です。

    公演のあった土・日はあいにくの雨。
    でも、前日に劇場入りしたキャストの方々は、
    青空と水田という、何とも長閑で美しい風景をご覧になったようです。

    凌雅くんもこの風景を眺めていたそうで、
    そうしたら田んぼ道の向こうから全身黒ずくめにサングラスの若者が歩いてきて、
    地元のヤンキー?と思ったら染さんだったと。

    「何してるんですか?」と聞いたら「気持ちがいいから散歩してる」と。
    「じゃあ一緒に写真撮りましょ」「いいね!」と言って、
    「せっかくなら、ハムレットとレアティーズが和解した感じで」と、
    田んぼ道で二人の若者が握手している写真が、凌雅くんのインスタに載っていました。

    まあ、事情を知ればいい話なんですけど、背景が背景なので、
    最初に写真を見た私は、「え・・どういう状況?」と困惑しました。

    凌雅くんは染五郎さんより10歳年上ですが、
    常に座長として立てて、一歩引いている感じでした。
    決闘のシーンでは、かなり練習を重ねたようです。
    一つ呼吸を間違うと、怪我をさせる可能性がありますからね。

    決闘シーンに次いで難しかったのはオフィーリアをお姫さま抱っこするところで、
    落としたらいけないとガチガチに緊張していて、
    その時、柚香光さんがお姫さま抱っこの指導をしてくれたそう。

    女性に教わるというのに笑いましたが、
    宝塚の男役さんは、そういうことにも慣れているんですね。
    考えてみればみれば確かに。男役さんは筋力も必要ですね。

    石黒賢さんについては、自分が子どもの頃、
    父親と見ていた医療ドラマに出ていた俳優さんで、
    その方と同じ板の上に立ってお芝居できるのが信じられなかったと。

    石黒さんと二人のシーンは楽しくて楽しくて、
    ずっと続けていたかったと語っていました。

    いや、別にお笑いのシーンじゃなくてシリアスなんですけど、
    どんな重いシーンでも、演じる人物の奥底には俳優の本心があって、
    それが面白いなぁと思いました。

    最後のピアノが燃える場面、見逃されたのは残念でしたね。
    とはいえ私には、この演出にどういう意味があるのか、よく解りませんでした。

    デヴィット・ルヴォー氏の演出。

    ハムレットがサッカーボールをもて遊んだり、
    ノルウェー軍の軍服が宇宙服みたいだったり、
    フェンシングの決闘があるかと思えば戦場では銃が乱射されるし、
    それでもってピアノが燃えるし・・。

    ピアノの炎上について検索してみたら、
    「このシーンは、ハムレットの復讐心や、
    彼の行動の背後にある複雑な感情を象徴しています。
    ピアノの燃え方は、ハムレットの行動が
    どのように社会や人々に影響を与えるかを示唆しており、
    観客に深いインパクトを与えます」
    と出てきました。

    なんか哲学的。
    どんなシーンにも演出家のこだわりと意図があるのでしょうが、
    こういう前衛的な演出は、私にはちょっと難しかったです。

    ところで、ハムレットの戯曲の中で超有名なこのセリフ、
    「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」は、
    今回、松岡和子さんの翻訳により、
    「生きてこうあるか、消えてなくなるか」になっていたと思います。

    気づかなくても無理はないと思いますよ。

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    日生劇場「えぇ゙〜ッ!! 」

    キジトラさん、最近サクサク書けず‥ 遅くなりました。
    いやはや劇場まで行って休演とは‥😵あってはならない大変な経験されましたね!
    “日生劇場『十二国記』休演” で見ると、休演やむ無しとなった、そのたった1回に当たってしまったんですね😮‍💨
    そりゃ劇場の中なんか見てられないですよ!
    また良い折があれば、昭和の名建築の一つとされてますし、いらしてくださいね。

    私の年 わかっちゃいますが😅
    日生劇場 (日本生命日比谷ビル) 完成の時、私は9歳でした。隣には帝国ホテルがあり、明治村に一部移築/保存された フランク・ロイド・ライト設計の石造りの建物が、当時まだ現役で営業してました。
    何も知らない子供でしたが、美しい日生ビルと帝国ホテルが並ぶ一角は外国のようで 🚋都電で通り過ぎる時、ワクワクして窓から眺めていました。

    翌年、劇場に入ることが叶います! 劇団四季は都内の小学校を招待する『日生名作劇場〜こどものためのミュージカル•プレイ』を開始し、初年の『はだかの王様👑』に行ったのです!(招待は後に小6生に限られたようです)
    調べてみたら、寺山修司•作、いずみたく•作曲、浅利慶太•演出と、すごいものを見せてもらいましたが、私には夢のような美しい劇場のインパクトが強かったです💦

    後に、松本白鸚さんが染五郎時代に、ライフワークとなった『ラ・マンチャの男』を観たり、蘆原英了=あしはら えいりょうさんのラジオ番組でシャンソンが好きになり、ジルベール・ベコーの来日コンサートに行くなど、幾つも思い出がある劇場です。

    今回 久しぶりに入り、築63年経過して、やはり古く感じる部分も。
    内部の作りがとても〈華奢〉 日本の精緻な工芸品のようで‥ 施工当時と比べて日本人の体格は大きくなりました。

    2016年には強度を考えた大改修が行われたそうですが、必ず来るだろう首都直下地震、無傷では済まないでしょう。
    無事乗り越えられるか? 私が生きている間は、劇場として現役であってほしいです。

    よろしかったらご覧くださいね。
    ◉建築とアートを巡る[日生劇場見学]
    https://www.artarchi-japan.jp/

    ☆トップ頁のリンクを貼らせていただきました。建築関係の方が作られているサイトです。興味深く、知りたいことも知れて感謝してます。
    🔍️検索欄に、建築家名[村野藤吾]または[日本生命日比谷ビル]と入れて検索し、〈日生劇場の見学 2023-2-10〉を選んでください。一手間かかりますが写真たくさんあります。記事直接はリンクが効かないので🙏

    さて『ハムレット』ですが、えぇ゙〜ッ!! 知らんかった。
    キジトラさん、私、 舞台の🔥見てません!
    いえ、私の日もピアノは燃えたんだと思います。
    席は9列目の端ですが悪い席ではなく、でも私の斜め前にとても背の高い方が2人座られて、当然座高も高く、チビの私には舞台に死角ができました。そのせい?
    ラストに『ハムレット』は何が言いたい芝居なんだろうと考えてしまい、実際の舞台から一瞬気が逸れた時だったのか?
    凄い音と煙みたいな記憶はあります😂

    柚香光さんのこと書かれてましたね。 宝塚出身の歴代の方々が、日本の舞台演劇やミュージカルを豊かにしてくださってますね。それは本当に感じるところです。

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    返信
    推しが尊い

    てんころりんさん、ハムレットの動画のご紹介を有難うございます!
    決闘のシーンは迫力ありましたよねぇ。

    最後のピアノが燃え上がるシーンは、本物の炎だったそうです。
    消防法を潜り抜けて、どうやって本物の炎を使ったのか・・
    しかも毎公演で燃やしたわけだし。ビックリする演出でしたね。

    ま、私としては、
    推しがオフィーリアをバックハグしたりお姫さま抱っこしたり、
    兄妹なのにベタベタし過ぎでは?とイラっとする部分もありましたけど。(笑)

    日生劇場は、そんなに素敵な劇場だったんですね。
    昨年、そこに柚香光さん主演の舞台「十二国記」を見に行ったんですよ。

    しかし開演時間を過ぎても幕が上がらず、
    まだかな~と思って待っていたら支配人らしき男性が現れて、
    キャストの体調不良により今公演は中止します、と告げられました。

    はあ?と、一瞬フリーズしましたよ。
    生身の人間が演じる舞台だからそういうこともあるでしょうが、
    あの時の絶望感ったら半端なかった。

    無事に幕が上がっていたら、日生劇場という空間も楽しめただろうし、
    柚香光さんもそこで見ていたはずなんですよねぇ。本当に残念でした。

    でも、今回ハムレットで、王妃役の柚香さんを初めて見て、
    気品のある素敵な王妃だな~とうっとりしました。

    さて、話を戻しますが、動画を見ていて、
    改めてシェイクスピア劇の回りくどい言い回しに感心?しました。(笑)
    あと、作品の随所に出てくるキリスト教の価値観も、
    日本人には解りにくいですよね。

    シェイクスピア劇に限らず、
    日本で上演されるグランドミュージカルは殆どが海外作品の日本版だから、
    キリスト教の教義を知っているかいないかで、
    作品から感じ取るものの深さが違うような気がします。

    前々から、輸入品ではなく日本発の舞台やミュージカルがどんどん作られて、
    世界中で上演される時代になってほしいな~と思っていたんですが、
    2024年にはミュージカル「進撃の巨人」がニューヨークで大成功し、
    2026~28年には、舞台「千と千尋の神隠し」がワールドツアーを行うとか。

    日本原作の漫画やアニメの舞台化なら、100%日本発のエンタメと言えますよね。
    日本のエンタメ界には素晴らしい俳優さんがたくさんいるので、
    今後は海外公演をデフォルトにした展開をしてほしいと思っています。

    追記
    うちのお刀さまの写真、機会を作るので是非見て下さい。
    亀吉くんは立派な黒漆の拵え(ブラックフォーマル)がありますが、
    国春くんは白鞘だけで拵えがないので、ジャージ姿だと思って下さい。

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    返信
    書くの遅れてしまいましたが‥

    ☆キジトラさん 🤗 皆さま
    市川染五郎主演『ハムレット』私も 5月13日、東京公演を観てきました。
    羽木の大殿/石黒賢さんが、ハムレットの仇敵・叔父=クローディアス役と知り、出演者情報板に書くと同時にチケット入手に走り(笑)今はインターネットですが、なんとかゲットしました。

    場所は日比谷の日生劇場でした/1963年オープンのこの劇場は、客席の天井にアコヤ貝が ✕螺鈿のように嵌め込まれ→[正しくは貝殻を薄く削り、貼ってある! 劇場他、あらゆる所でアコヤ貝と説明してますが、 正確には マドガイ(窓貝)なのだそうです。]※気になって後から調べました。
    壁にも曲線が使われた独創的な建築です。
    客席に座ると海の底にいるような特別な気分になり、幕が上がると舞台の光を受け、貝が妖しく光ります! まるで劇場全体が舞台装置のような‥ 大好きな劇場です。

    キジトラさん、
    私も驚きました! ラスト/ハムレットとレアティーズのフェンシングの決闘シーンは凄かったですね。
    染五郎さんがインタビューで、石川凌雅さんと、どう見えるか話し合いながら練習を重ねたと話されてましたね。

    石黒賢さんが演じたクローディアスですが、あまり憎々しげな強大な悪のイメージはありません。
    演出家の意図だったか、原作でも、邪悪だが弱い人物像かもしれません。
    この公演では、ハムレットの父王の亡霊は、石黒賢さんの声と映像で表されました。悪の叔父より亡霊の方が怖かったです。

    ◎ゲネプロ映像
    幾つもアップされてますが、出演者名と役名が出るのを選びました。
    父の亡霊、 決闘シーンが少しあります。よろしかったらご覧になってみて下さい(4分57秒)
    https://youtu.be/hhTNcdtu1Lk?si=FHiUrq0XEoBLI1Hm

    私の印象では男性客が多かったです。ちなみに私の両隣も男性でした。
    翻訳劇は全般に言えることですが、日本語がすっと頭に入って来ないですね。これはどうしょうもないことだと思います。
    ホントに「めちゃくちゃ回りくどい」😄 英語で聞いて分かったら、さぞや美しいでしょう。

    全く予習して行かず、帰り道りに、例の有名な「生きるべきか 死ぬべきか それが問題だ」あれ?どこにあったんだ?となりまして(笑)もちろん翻訳により多少違うでしょう‥
    それで直ぐ、ローレンス・オリヴィエ監督/主演 1948年の映画『ハムレット』を U-NEXTで観て良い復習になりました。

    ☆キジトラ家の刀剣 ⚔️
    キジトラさん、次回お会いできる時、“亀吉くん”と“国春くん”のお写真を、ぜひ見せていただけませんか? どうぞよろしく。

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    返信
    我が家の刀が増えまして

    ↑漫画のタイトル風にしてみました。(笑)

    実は私、所有する刀が二振りになったんですよ。
    曾祖母の脇差の話をあちこちでしていたら、
    「うちにも刀がある」という人がいましてね。

    先代が所有していたそうですが、亡くなった後、手入れもままならず。
    家族にも親戚にも刀に興味のある人がいなくて、
    持て余した挙句にリサイクルショップに持ち込んだそうです。

    そうしたら「特に名刀という訳ではない」と評価され、
    1万円で買い取ると言われたそう。

    リサイクルショップだと刀の行方はどうなるか解らないし、
    迷った末に取り敢えず持ち帰って家にあると言います。

    聞いてみれば、刀剣登録証はあるとのこと。
    それなら私が買い取るわ!と即座に申し出ました。

    一振り手入れするのも二振り手入れするのも同じこと。
    何より、戦後の供出をくぐり抜けてご先祖が遺した大切な財産。
    よそ様の家のものとしても、刀が軽く扱われるのは許せん!ってことで。

    引き取ったのは、うちよりも長さのある脇差(長脇差)で、
    銘は「国春」と刻まれていました。
    「国春」と名乗る刀工は複数存在するため、詳しくは解りません。
    拵えはなく、白鞘に入った刀身のみです。

    まあそんなわけで、今、うちには曾祖母の脇差の亀吉くん(仮称)と、
    養子に来た長脇差の国春くんがいます。
    YouTube動画を見て刀のお手入れを習得せねば、と思っているところです。

    そうそう、『能 狂言 刀剣乱舞』の件ですが、
    チケットは当たらなかったんです。
    友人と何人かで示し合わせましたが、全員落選。狭き門でした。

    考えてみれば、能楽堂って収容人数が少ないですよね。
    倍率が高くなって当然でした。
    配信があるといいなぁと思っています。

    刀剣乱舞のアイスショーは当たりました。
    10月に代々木競技場の第一体育館に行ってきます。
    初めてのアイスショーなので楽しみです。

    6月は舞台「ハムレット」の愛知公演に行きましてね。
    皆さんご存じと思いますが、
    シェイクスピア劇って長台詞が延々と続くんですよねぇ。

    まあ、その台詞が詩的というか音楽的というか、
    魅力の一つでもあるわけなんですが、
    韻を踏んだ原文の英語ではなく、翻訳になるので、
    日本語にするとめっちゃ回りくどい言い方なんですよ~!(笑)

    ハムレット役は市川染五郎さん。
    長い台詞も朗々として聞き取りやすく、
    演技も丁寧な組み立てで、21歳とは思えぬ堂々とした座長っぷり。
    さすが梨園の御曹司でした。

    私の最推しはレアティーズを演じた石川凌雅くんです。
    レアティーズは、大臣である父をハムレットに殺され、
    妹のオフィーリアもハムレットが原因で死ぬから、
    復讐心に取りつかれてハムレットと決闘する役どころ。

    若い俳優は身体能力が高いから、洋剣の殺陣にも迫力があり、
    見ごたえがありました。
    フェンシングのように剣を持つ立ち姿。カッコ良かったです!

    1月には御園座で舞台『忠臣蔵』を観たのですが、
    そちらでは赤穂浪士の一人、大高源悟の役で、
    「明日またるる、その宝船」の歌詠みのシーンもありました。

    赤穂浪士の中では唯一、
    「会ったこともない老人(吉良さま)を、
     集団で襲って殺そうとしている。
     それは果たして正しいことなのか?」と苦悩する役どころ。

    最終的には浪士の一人として吉良邸の襲撃に加わりますが、
    忠義とは何か?を深く自身に問いかけ、
    討ち入りを思い悩む浪士がいるのは、
    今回の演出の中で重要なテーマだったそうです。

    それを大石蔵之助役の上川隆也さんがアフタートークで語り、
    「この難しい役を石川が担ってくれた。彼で良かった」
    と言うのを舞台裏で聞いて、嬉しくて涙がこぼれたと言っていました。

    『ハムレット』も『忠臣蔵』も、数えきれないほど演じられてきた作品。
    その中で、今、この時代に、
    この役者たちだからこそ伝えられるものを、と奮闘しているんですね。

    「やっぱり芝居って面白いよ、ひいばあちゃん!」と、
    若い頃の曾祖母を思い描きながら仏壇に報告しました。

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    返信
    いろいろと 🥰

    ✰ みみみさ〜ん
    お久しぶりです。
    有難うございます!
    『マッサン』結菜ちゃん 見てますよ〜

    ✰ おばばさん
    足軽さんが萬斎さんのお弟子さんになられたとは‥
    『乱』ラストシーンの鶴丸の立ち姿は忘れ難いですね。

    取り急ぎ/出演者情報ですが、こちらに。
    ◉結菜さん∶テレビ朝日系/木曜ドラマ【未解決の女 警視庁文書捜査官 Season3】
    番組ホームページのリンクを貼ると、なぜか投稿が載りません🙇。

    今週最終回!
    先週第8話に、アシガール1話/足軽·熊三こと◉森谷勇太さんが出てました!
    TVerで昨夜遅く見て、今で、すみません。

    わざわざ書いた理由は、結菜さんと森谷(熊三)さんが、バッチリ向き合い、目を見て話すシーンがけっこうあったのです!
    お店のロケでしたから、 ロケバスか現場で• •
    森谷「どうもです‥」
    結菜「あっ!えっとあの 足軽さん⋯」
    森谷「はい、モリヤっす」
    結菜「あぁお久しぶりです」
    二人「アハハハ‥」(照れ笑い)
    みたいなことがあったかも‥と想像し、ほっこりしました(笑)

    字幕付きで見ると、台詞前に“南條保臣”と役名あり、戦国武将のような名ですが 競馬好きのおっちゃん役(笑)存在感ありました!
    登場は 開始11分〜13分頃。
    TVer 第8話は配信終了ですが、TELASAで全話見られます。NHKオンデマンドと同じシステムですね。

    また 森谷勇太さんは、Netflix 配信ドラマ、話題の【地獄に堕ちるわよ】にも出演されてるそうです!(episode 5)
    私、Netflixは見てなくて‥

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    明日から

    こんちは、

    お昼の再放送の朝ドラ「マッサン」
    明日から10代の結菜ちゃん出て来ますよ!

    宜しければ見て下さい。

    「私は亀山エリーです」
    の回は、涙腺崩壊です。

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    今度は投稿できるかな?

    送信したはずなのに表示されない
    という謎現象が数回。

    これは、投稿できるでしょうか?

    キジトラ様
    京都の能楽堂の講演をご覧になったら、
    是非、感想の投稿をお願いします!
    ”押し”の活躍を見守れるのは、
    至福ですよね!
    ご活躍をお祈りしてます!!
    目指せ、大河!

    てんころりん様
    萬斎さん(当時は武史さん)が演じた
    「乱」の”若君”は、当初もっと幼い年齢設定
    だったそうで。
    でも、武史さんがオーデション参戦し、
    一発合格を勝ち取った様です。
    なんとも、切なくて危ういラストシーン
    でしたね。
    ちなみに、乱の撮影でバイト料欲しさに
    足軽を演じた学生は、今や萬斎さんの
    もとで、狂言役者として活躍されています。
    ご縁はどこで繋がるか、分かりませんね。

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    出演者情報読んできました

    てんころりんさん、ごめんなさい!
    たった今、気が付いて読んでいたところでした。ごめんなさい。
    何だかとっても楽しそうな舞台だったのですね!
    時代設定は、ちょっと先輩方でしたが、私の青春時代に近く、丁度その辺りが職場でしたので懐かしいです。陸上自衛隊桧町支部○○は顧客でした。
    健太郎君、永六さんの顎真似みせてくれたのですね?我等の世代にはさぞ受けたことでしょう!
    大鶴佐助さんとは「花のお洒落力士」で共演予定でしたから、ご縁がありましたね。
    この作品には今だから出演できたのかも知れないですね?
    演出の鄭さんも、今しか頼めないと思ってオファーされたのかも?
    楽しそうな作品で、観客と手の届くような舞台で、健太郎君も大いに楽しんで演じられたみたいで良かったです。
    お客さんも間近に作品んを共有できて幸せですね!
    舞台鑑賞報告ありがとうございました。一緒に行った気になれました。

    投稿フォームへ

    返信
    妖怪千年おばばさん、おおたわけさん

    お久しぶりです🤗お会いできて嬉しいです。

    ❍おばばさん ☆野村萬斎さん
    萬斎さんの狂言の舞台は一回だけ、 すごーく昔に観たことがありました。
    確か萬斎さんは 今年還暦では?ずいぶん長い時が経ってしまいました。

    萬斎さんが本名で黒澤明監督『乱』に出演し、世間の知名度が上がった頃、私も『乱』で初めて知りました。
    その後のCM出演ですが、これは全国区のCMではなかったかも‥
    おばばさん ご存知のものかもしれませんが‥
    皆さんも どうぞご覧になってみてくださいね。これが見つかった時は嬉しかったです。

    PARCO 1987年 CM(15秒)
    https://youtu.be/PMfwO1EK0Xc?si=F-XbPRtr2HILkf_l
    キャッチコピー「人間でござる」
    _____*_____

    ❍おおたわけさん ☆健太郎くん舞台
    楽しく観て来ました!
    私自身忘れないよう、出演者情報板(no.2412,11)に書きましたが、永六輔さん役に健太郎くんが選ばれた理由ですよね🤔
    私も そこ‥気になりましたが書けませんでした😅
    永六輔→えいろく.. 永禄!アシラバ(笑)

    やはり脚本/演出の鄭義信さん (チョン ウィシン/てい よしのぶさん)が、健太郎くんを見込んで、希望されたのではないでしょうか。一緒に食事されたそうですし‥

    この芝居の舞台は永さんの晩年と、1960年代の赤坂檜町=現在の赤坂9丁目、 ほぼ六本木ですね。
    健太郎くん演ずる主人公が、晩年2016年と1960年代を繋ぎます。
    私は子供でしたが、出演者の皆さんは、私よりお若く、メインの健太郎くんと大鶴佐助さんは、この世に影も形も無かった頃の話(笑)
    彼らが演じて見せてくれた60年代に懐かしさを感じ、 不思議な気持ちになりました。
    観客はTVの永さんを覚えていて、大竹省二さんとの原作本のファンかもしれず、年齢層は高く、4割は男性だった印象です。

    健太郎くんがインタビューで言ってましたが、永さんのモノマネになったらいけない。でも残された映像をたくさん見て喋り方を研究したそうです。
    永さん身長ありましたね、健太郎くん十分クリア!
    永さんファン=高齢者にある程度知られている!
    そこはアシガールや、 朝ドラ、大河出演あり!

    最後にネット上の感想が面白かったので…
    2.5次元舞台のファンで、 酒井大成さん目当てだった若い女性が書いてました。
    この方は前の良い席だったので、健太郎さんがあまりに近くて、小さ過ぎる顔や、くっきりした涙袋、手の血管に目が釘付け😳になったとか(笑)
    また、私は出演者板(no.2411)「何か豆のようなものが客席にぶん撒かれ」と書いてますが、これはコーヒー豆だったそうです!☕️
    この日は健太郎くんが、 塵取りに集めた豆を最前列の方に渡して、お客さんもいっぱい受け取られたとか‥ 後どうしたのかしら?😆
    日によってアドリブ色々だったんですね。

    健太郎さん、勉強した舞台だったのではないでしょうか。こういう方向で頑張ってほしいです。

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    ご無沙汰です

    てんころりんさん、初日の【赤坂檜町テキサスハウス】はいかがでしたか?
    何度かぴあからお誘いメールが来たのですが、脇の陣営も素晴らしかったのですが、
    健太郎君の永六輔がどうも・・・と入力していて漸く気が付きました!
    何故に健太郎君が永六輔?・・・永六・・・永禄・・・?
    えっ?そういうこと?もしや監督かプロデューサーがアシラバさん???
    違うかな?でも最終的にはSOLD-OUTになっていましたね、良かったです。
    舞台は如何でしたか?永六さんの顎はどうしたのかしら?

    キジトラさんのファミリィヒストリー、凄く面白かったです!
    あのナレーションが聞こえてきそうでした。
    曾祖母さまのお嫁入は、ご本人の覚悟もさることながら、迎え入れるご実家も大変だったでしょうね、月一回は芝居見物でしたっけ?(スミマセン、、どこで読んだか見つかりません!)
    現在だって相当なリッチなお願いだと思いますが、当時にしたら破格のお願いだったのではないでしょうか?
    にも拘わらず「いいよ、いいよ」と目を細めて、女中さんを付けて出してあげる優しいお婿さんやお舅さん、お姑さんが目に浮かびます。曾祖母様もきっとありがたく思われて、自然に打ち解けていらしたのではないでしょうか?
    だからこそ、旦那様が亡くなられた後も頑張られたのではないでしょうか?

    千絵ちゃんはタケノコ仕事、梅仕事と、いつも忙しいですね!
    その合間に熊野三山に焼津ハイキングコース?
    京都南座に木挽町の仇討ち?
    本当にパワフルで、働き者で、好奇心でどんどん大きくなる知恵袋、否、千絵袋!素晴らしい!
    「千絵ちゃんに叱られる!」ではなく「教えて千絵ちゃん!」なんて番組が作れそうです!
    三島由紀夫のエピソードの新橋末げん、おいしそうでしたが、あの日は実は胃を壊していてあまり食べられなかったので、ぜひリベンジしたいです。
    できることなら女将に(さんざん話されたでしょうが)私も三島由紀夫のことを聞きたい!

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    能 狂言

    おばばさま、久しぶりの投稿ですね。お元気そうで何よりです。

    『能 狂言 刀剣乱舞』のご紹介を有難うございます。
    こちらはチケットが取れたら見に行くつもりです。
    京都の金剛能楽堂に。

    刀剣の逸話には、能や歌舞伎で演じられてきたもの多いので、
    相性は良いと思っていました。
    でも、萩尾望都、大和和紀、山岸凉子という大御所漫画家が、
    刀剣男士スペシャルコラボイラストを出したのには驚きました。

    第1弾は髭切・膝丸の物語なんですね。

    髭切は平安時代に源満仲が天下守護のために打たせた刀で、
    渡辺綱が鬼の腕を斬り落としたという伝説が残っています。
    それから「鬼切」と呼ばれ、
    その後も所有者が替わる度に違う名前で呼ばれています。
    源頼朝が所有していた時代もあり、現在は北野天満宮が所蔵。

    膝丸は髭切と揃いの二振りでしたが、別の権力者に贈られ、
    変遷の末に源義経に渡りました。
    義経は平家打倒の戦勝を祈願して箱根権現に納めますが、
    後に箱根別当から曽我五郎時致に渡り、
    曽我兄弟の仇討ちへと刀の物語は続いていきます。

    膝丸も「蜘蛛切丸」「薄緑」など、
    所有者が替わる度に色々な名前で呼ばれ、現在は京都の大覚寺所蔵。

    能狂言ではどのあたりの逸話を軸にするか解りませんが、
    新作となるのは確かなので、楽しみです。
    チケットがご用意されますように。

    それと、刀剣乱舞は10月にはアイスショーにもなるんですよ。
    会場は国立代々木競技場の第一体育館。

    当初、「滑りながら殺陣ができるの?」と思いましたが、
    今はアイスショーもエンタメとしてひとつのジャンルを築いているから、
    演出を含め、素晴らしい作品が多いと聞きました。
    氷上ならではのスピード感のある殺陣が見られそうです。

    https://toukenranbu-iceblade.jp

    刀剣乱舞がゲーム配信されて10年。

    その間に、漫画、アニメ、ミュージカル、ストレートプレイの舞台、
    歌舞伎、能狂言、アイスショーと、様々な分野に広がりました。
    これほど強い影響力を持つコンテンツって、
    他にあるんだろうかと驚きますね。

    ところでおばばさま、
    浅草ラスボスおばあちゃんに出ていた長田光平くんを覚えていますか?

    彼は今、宇宙刑事ギャバンインフィニティで、
    主役のギャバンを演じています。
    人力車の車夫から宇宙刑事に、子どもたちのヒーローになりました。

    その影響で舞台出演が減ってしまったのは残念ですが、
    日曜の朝から光平くんを見られるのは、単純に嬉しいです。

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    返信
    ご無沙汰してます。

    皆様、こんばんは。

    取り急ぎ、こちらをご紹介。
    アシガールキャストの出演はありませんが、
    マンガ好き、刀剣好きな方々には、
    嬉しい情報かと。。。

    よろしければ。。。

    おばば、萬斎さんには、大切な思い出が。
    素敵な方ですよね。
    https://dengekionline.com/article/202605/75371

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    返信
    キジトラさん

    ほんとファミリーヒストリーですね!
    私、曾祖母さまの婚礼支度の中にあった脇差と了解の上、萩の花の模様がお誕生日と合う話は忘れていて、一人の女性の守り刀としてより、“剣術の修行”のイメージで答を書いていました😆

    そのため “籠に入った兎” の解釈は、私の言葉選びが少しズレていたかもしれません。
    修正解釈していただいてありがとうございました。キジトラさんのヒントになれて嬉しいです。

    前回は詳しく書きませんでしたが、“通俗伊蘇普物語”の刊行は 明治6年(1873年)、兎と亀の話は教科書に載り広まったそうで‥
    私はイソップとは露知らず、日本の昔話かと思ってました😅調べて良かったです。

    キジトラさん書かれてましたが、曾祖母さまのご実家が、嫁ぐ娘に守り刀として持たせるため、鞘は新調された可能性もありますね。
    そうであれば、士族の娘の覚悟は忘れず、婚家に馴染み、尽くして生きよ‥ ご両親の想いが感じられますね。 🥲ホロリ

    兎は かわいいキャラクターなので意外でしたが、兎耳など “変わり兜” にデザインされてますね。
    兎は 発展、飛躍、子孫繁栄などの意味があるそうで、古来、 亀と共に吉祥文様なんですね。
    キジトラ家の古式ゆかしいファミリーヒストリーに触れることができて、楽しませていただきました。ありがとうございました。

    それにしてもキジトラさん、築120年以上の家屋を維持管理されていて(今の生活を確保するスペースも敷地内に別にお持ちなのだと思いますが)家族の歴史を伝える貴重な家屋であり、責任があり、大変ですね。
    私は家事嫌いのズボラでして、本当に尊敬します。

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    返信
    ファミリーヒストリー

    てんころりんさん、脇差の意匠について色々調べて下さり、有難うございます!
    私の中で、この刀についての解像度が上がりました。

    朝ドラで描かれていたように、
    江戸から明治へと移り変わると身分制度も大きく変化して、
    変化に合わせられなかった士族は没落したり、きっと大変な時代でしたよね。

    前にも書きましたが、脇差の持ち主と思われる曾祖母は士族の娘でした。
    実家は医者の家だったので、士族としての既得権益がなくなっても、
    裕福な生活を維持できたのだと思います。

    曾祖母は東京のお屋敷での女中奉公(行儀見習い)を経て、
    曾祖父のところにお嫁に来たわけですが、嫁ぎ先はどうだったかというと‥。

    実は曾祖父は、大勢の小作人を抱える大庄屋の家の次男で、
    実家の隣に土地をもらって新築の家を建て、新妻を迎えました。

    この大庄屋、隣村まで自分の土地だけを通って行けたと言われるほどの土地持ちで、
    所有している山林から松の木を切り出して製材し、新家を建てました。
    当時、茅葺屋根の家しかない村で、最初の瓦屋根の家だったそうです。

    庄屋の次男が士族の医者の娘をもらい受ける、相当気合いが入っていますよね!(笑)

    でも、曾祖母の気持ちとしてはどうだったのか。
    士族の娘として厳しく躾けられ、東京でお屋敷奉公までして箔をつけたのに、
    なんで自分より身分が下の、農家に嫁がなきゃいけないの?と思ったかもしれません。

    そんな状況を思い描きながら、改めて脇差を眺めてみました。
    亀の意匠は堂々として風格があり、それに並ぶ兎は一回り小さく、籠に入っている。

    てんころりんさんがイソップの寓話になぞらえ、
    「籠に入った兎は 逸る心を抑え、驕らず、亀のように地道に精進せよ」
    と解釈して下さったので、私の中で一つの答えが浮かびました。

    「士族の娘として驕ることなく、婚家に馴染み、夫を立て、地道に精進せよ」
    そういう意味が込められた脇差だったのではないかと。

    萩の花は、10月生まれの曾祖母に合っていますし、
    花言葉のひとつに「柔軟な精神」というのがありました。
    「花言葉」が日本に入ってきたのは明治時代以降ということなので、
    この意匠にこうした意味まで付け加えられていたかどうかは解りませんが‥。

    しかし、そうやって考えてみると、あの鞘は元々あったものではなく、
    娘の婚礼に合わせて、実家が特別に用意したものなのかもしれません。
    だとしたら、嫁ぐ娘への深い愛情が感じられます。

    さて、庄屋の次男と士族の娘の結婚。
    その後、どうなったかと言いますと‥。

    夫の方、つまり私の曽祖父は、40代の若さで亡くなっています。
    それについては何も伝えられていないので、
    死因も、状況も、まったく解りません。

    曾祖母はそれから息子と娘、二人の子どもを抱え、
    自身で生計を立てていくことになります。
    それで稲作のほかに桑を栽培し、屋根裏で蚕を飼って、養蚕を始めました。

    1946~1950年に行われた農地改革によって小作人制度が廃止され、
    大庄屋だった曾祖父の実家も大きく土地を削られました。
    女性の仕事が限られる社会背景ですし、
    この時代には、曾祖母も金銭的には決して裕福ではなかったと思います。

    息子(私の祖父)は高等小学校を出ると銀行に勤め、
    家計を支えるようになりますが、
    娘は高等女学校に通い、テニス部に所属するなどして青春を謳歌。

    当時の子どもは尋常小学校(義務教育)を卒業すると、
    農業に従事したり就職したりするのが普通でした。
    そんな中でも曾祖母は子どもの教育にお金を惜しまず、熱心だったと言えます。

    さて、我が家の初代から数えて私は4代目。
    明治33年(西暦1900年)に建てられた母屋ですから、
    さすがに建て替えの話が出まして。

    曾祖母の代に蚕を飼っていた屋根裏は、
    祖父の代には農業と養鶏に切り替えたため物置になっており、
    初代~三代のものが大量に詰め込まれていました。

    でね、みんな思うでしょ、古い家だからお宝が眠っているんじゃないかって。
    私もそう思って、探しましたよ~お宝を!
    そうしたら、出てきたのは大量の火鉢!お櫃!見るからに安物の食器!

    冠婚葬祭を自宅でやっていた名残のものばかりで、
    笑っちゃうくらい金目の物がない!

    で、気づきました。
    曾祖母が子ども二人に教育を、と頑張った結果、金になる物は売られたんだと。

    ただ、守り刀である脇差だけは、
    どんなにお金に困っても手放さなかったのでしょう。

    私も曾祖母の箪笥までは漁らなかったので、脇差に気づかずじまい。
    取り敢えず当時の探索でお宝は見つからなかったので、
    ガッカリはしましたが、これで心置きなく建て替えができる、とも思いました。

    だって古い家だから、今のように基礎がちゃんとしていないんですよ。
    束石の上に柱が乗っかって、屋根瓦の下に大量の土。
    屋根の重さで柱を支えている構造だから、耐震性が大問題なんですよね。

    しかし、建て替えが現実化してから、ちょっと待てよ‥と思いました。
    先祖が残してくれたもの、期待したようなお宝はなかったけれど、
    この母屋の、松の木の柱こそが、価値ある遺産ではないのか、と。

    それで計画を見直し、建て替えではなくリノベーションに変更。

    まずは屋根瓦とその下の大量の土を取り除き、
    柱の骨組みだけにして、ジャッキで全体を持ち上げ、
    下にコンクリートの基礎を造って柱を乗せる。
    屋根は下地に防水シートを張り、現代の軽量瓦を乗せて銅線で繋ぐ。

    ざっくり言うとこんな感じですが、
    工期は10か月、たぶん新築より高くついた‥。

    リノベしてからもう13年経ちましたが、驚いたことが一つあります。
    リノベの際に磨き直した松の木の柱。
    数年後、その節目から、松脂が噴き出してきたのです。

    製材されてから100年以上経っても、柱は生きているのでした。

    それと同じように、普段は忘れていても、
    先祖の血は確実に自分に受け継がれているのだと、感慨深かったです。

    てんころりんさん、
    改めて、うちの脇差に関心を寄せて下さり、有難うございました。
    おかげで我が家のファミリーヒストリーが、脳内で映像化されました。
    明治から大正、昭和の時代が、朝ドラのように鮮やかに駆け抜けました。

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    おおたわけさん👋

    お久しぶりです。
    健太郎くんの舞台【赤坂檜町テキサスハウス】どうされましたか?
    劇場は有名な小劇場ですが、私鉄沿線にあるため、やや行きにくい感じかもしれません。
    そのせいか 切符は昼の回から売切れ、夕方の回にまだ少し空きがありますね。
    私は初日の切符ゲットして、夕方〜夜公演ですが行ってきます!

    ☆キジトラ家のお座敷は、
    端午の節句の飾りつけが美しく並んでいるのでしょうね。
    脇差のお話ですが、鞘にあるという兎と亀の意匠は、一般的には、繁栄、飛躍、長寿などを表し、お目出度い意味があるようですね。
    その後 何か分かりましたか?

    二つ並ぶと🐇🐢イソップの寓話を思い出してしまいます。
    あの寓話の結末は亀が勝つわけで‥
    籠に入った兎は‥ 逸る心を抑え‥ 驕らず‥
    亀のように‥ 地道に精進せょ‥ とか。

    萩の模様もあるそうですが、萩の花と兎は十五夜の月を連想させるかもしれません。秋に作られた刀なのでしょうか。と言うより、脇差に直した時に作られた鞘ですね。

    江戸時代の刀なのでどうかと思ったのですが、wikipediaを見ると、イソップ寓話は室町時代以降、日本に入り始めたらしいです。
    ウサギとカメの話が翻訳本に入ったのは明治の通俗伊蘇普物語からだそうですが、江戸時代に既に知られていたかもしれません。
    籠に入った兎からの連想ですが、全く違ったらすみません。

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    返信
    行けましたー!(涙)

    もう二度と入れないかと思っていました!
    今日は安心して寝ます。いずれまた。

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    投稿できるか?

    何度も何度もエラー画面になってしまい、しばらく投稿できませんでした。
    千絵ちゃん、キジトラさん、てんころりんさんの雑談投稿読ませていただきました。
    どきどきして、久しぶりに投稿します。えいっ!

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    返信
    お久しぶりです👋

    少々忙しく、ご無沙汰してしまいました。
    ☆キジトラさ〜ん▷刀剣が研かれて戻ったんですね!実物を知らないのに読むと目に見えるようでした。怪しい想像力かな(笑)キジトラさんの守り刀ですね。
    東京駒場の旧前田家本邸は、まだ行けてないんです。あまり暑くならない内にと思ってます。

    ☆千絵ちゃんさ〜ん▷美味しい話😋、旅の話♨️ありがとうございます/熊野三山ゆかりの八咫烏🐦‍⬛私は黒羽城の掛け軸で初めて知り/サッカー日本代表チームのロゴでもあり/公式掲示板で「アシガール美術さんはサッカーファン?」と囁やかれた記憶が‥

    ご存知の方もいらっしゃると思いますが、東京で毎年5月に【東京建築祭】というイベントが行われます。今年は3回目、聞いたことはありましたが、今回サイトを見つけて!
    日頃一般公開されてない場所の見学や、専門家の解説が聞けたり、街歩きガイドツアーなど、記事を見ると面白そうです。来年は早めにリンクを貼りますね。

    申込が必要な有料企画の大半は、既に締め切りましたが〈無料・申込不要〉の所もたくさんあります。
    学校や大使館など、関係者でなければ入れない所に、こういう機会に行って見るのも良いと思いました。

    ◉東京建築祭2026 公式サイト
    https://kenchikusai.tokyo/
    TOP頁の下の方[もっと見る→]タップして次頁へ進んでいただくと、今年イベントに参加する建物が全て見れます。

    〈補足〉ご興味ありましたら‥
    専門家が話す特別公開は受付終了ですが、私が知る限り次の2つは、休館日を除きいつでも見学可能です。
    まず映像で楽しんでいただけたら嬉しいです。YouTubeの投稿者さんに感謝🙏

    ①港区立郷土歴史館(竣工1938年 旧·国立公衆衛生院の建物を2018年に改修)
    地下鉄·南北線·都営三田線/白金台駅すぐ
    https://youtu.be/PfkP5qa57aE?si=c5MZz1YcfnVheV_f
    企画展示室は観覧料かかります。

    ②旧朝倉家住宅(施工1919年)
    東急東横線·代官山駅から徒歩5-6分
    https://youtu.be/YvKoEGcqWVU?si=Q295a2X8UBJzcL6A
    観覧料かかります。
    ①港区②渋谷区の管理運営になっており料金は僅かです。
    ひとまずこれにて🤗

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    熊野三山〜卒業旅行

    4月19日(日)20日(月)
    和歌山 熊野三山へ
    ①熊野速玉大社⛩️
    ②熊野那智大社⛩️
     青岸渡寺
    ③熊野本宮大社⛩️
    15年程前に妹と①と②へは行きましたが
    ③は遠くて行けませんでした
    前回は🚄新幹線と電車でしたが
    今回はなんと往復バスツアーで
    行きは6時間半 帰りは7時間半
    トイレ休憩3回ずつ挟みながらの旅でした

    実はまだ知り合って一年の方との泊まり旅
    彼女は4才程年下で1人でカフェを
    やっていました
    (普段私が手伝いに行く自宅カフェの友ではありません)
    過去形なのは今月半ばで6年やっていた店を
    閉店したのです
    色々あって最終的にご縁があって
    居抜きで引き受けてくれる方が見つかり
    無事に譲ることになりました

    そして彼女が行きたいと思っていた
    熊野詣旅(一泊二日)が丁度あり
    一緒に行ってくれないかと誘われ
    では「卒業旅行だね」ということになった次第

    往復バスはお尻が痛くなりました(笑)
    小さめのクッションを持参し
    首や腰に当てていましたが正直大変でした
    それなりにアチコチ行っていますが
    乗車時間は最長でした
    昼食が車中でお弁当も初めてでした
    その時間もない位ず〜っと車中

    愛知県を過ぎて伊勢湾岸道へ
    そこから行けども行けども
    ず〜っと三重県 これ程海岸線が長いとは知りませんでした
    ようやく和歌山県へ入り 
    初日は①熊野速玉大社⛩️参拝
    宿は勝浦漁港が目の前でした
    岩風呂が有名らしく その名も「忘帰洞」
    〜家に帰るのを忘れる程の岩風呂ということらしいです
    ♨️温泉は良かったのですが
    何しろ部屋から遠くて真冬ならば湯冷めする距離(笑)

    2日目は②熊野那智大社⛩️ 青岸渡寺
    友達は那智の滝へも行きたいと頑張って廻っていました
    私は前回 那智の滝へは行ったのと
    三重の塔と那智の滝は青岸渡寺から見えるので寺でゆっくりしました
    今回は3箇所の神社がメインですが
    朱色の社殿よりも青岸渡寺の落ち着いた感じが好きでしたから行く前から
    そうしようと思っていました

    2人で参加はしましたが各々行きたい方向へ
    また居たい方に時間を掛けて楽しみました

    ①と②は近いのですが③熊野本宮大社は
    山奥で遠いです
    遥か昔、都から何度も参拝に見えたやんごとなき方々
    私はお付きの人達が大変だっただろうなと思ってしまうのです

    ようやく③熊野本宮大社へ到着 参拝し
    その近くの「大斎原」(おおゆのはら)へ
    そちらが元々の神様が降臨されたと
    伝えられている場所だそうです
    高さ34m幅42mの大きな鳥居⛩️があります

    熊野三山は八咫烏🐦‍⬛ヤタガラス
    サッカー日本代表のシンボルでも有名です
    ①②③どちらにも八咫烏🐦‍⬛の姿がありますが
    ポーズはそれぞれ違います
    興味ある方は調べてみてくださいね
    今年はサッカー⚽️ワールドカップの年
    八咫烏🐦‍⬛ヤタガラスにしっかりお願いしました

    帰途はまた延々と戻り長かったバス旅は終わり
    「行けて良かった ありがとう」と
    喜んでもらい 
    私も今はナントカ登って下りて来られた
    沢山の階段を次回はわからないから
    バス移動でお尻は痛かったけれど
    行けて良かったと思いました

    那智の滝や熊野古道での思い出が
    ある方 いらっしゃると思います
    良かったらお話聴かせて下さいね

    投稿フォームへ

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    お懐かしや あの頃

    アシカフェTOPの検索機能で
    「筍」と入れてみました
    2020年4月 コロナ真っ只中に
    皆さんと筍の話題で盛り上がっていました
    雑板ならばNo.3670前後辺りです
    レシピだけでなく皮に梅干しチューチューとか
    出掛けるな 集まるな 喋るな
    ステイホームの日々をアシカフェに
    慰めてもらいました

    なんと私は ほぼ同じ内容を投稿していましたが
    きっと読んだ方も 勿論書いたこちらも
    すっかり忘れているのでご容赦を(笑)

    結局コロナは完全には収束せず
    私達が慣れたって感じですよね

    昨日は友達がもらった茹で筍が多いからと
    持って来てくれて こちらからは
    丁度炊けた筍ご飯を渡すという
    筍←→筍の交換になりました
    キジトラさんのご指南通り
    お揚げを入れて炊きました
    もらった方は蒟蒻あったのに忘れて
    お味噌汁へ入れてしまったので
    はるさんレシピの蒟蒻との煮物は
    次回にやりますね

    子供の頃 筍は精が強いから食べ過ぎると
    オデキが出来ると云われましたが
    全く問題なく あれは何だったのでしょうね

    投稿フォームへ

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    筍・タケノコ・たけのこ

    今年は当たり年で
    あちらこちらからいただきます
    それも有難いことに茹でてあり嬉しいです
    アク抜きで生を茹でる時は米ぬかと鷹の爪を入れますが
    先日のは灰で茹でたそうです
    皮付きのまま大鍋に10本程入れたとのこと
    家庭では鍋の限界があるからやはり皮は剥きますね

    皆さんはどんな風に食べますか

    薄くスライスして「ぬた(酢みそ)」は
    お手軽で好きです
    筍ご飯も一度は炊きたいですね

    当地 静岡では「アラメ」という海藻と煮ます
    スーパーでは筍の隣りに並んでいます
    昆布の一種で乾物を戻すとトタン板の様な波型になります
    母は更に少し大きめのシラス干しも入れていました
    山の物と海の物を一緒に煮ると美味しいからと云っていました

    わらびやタラの芽など山菜はまだなので
    そちらも楽しみです

    晴れが続いて暑いくらい
    まだ夏にならないで欲しいですね

    投稿フォームへ

    返信
    きっかけ

    東海林さだおさんを初めて知ったのは
    NHK銀河テレビ小説 今の夜ドラ時間帯でした
    覚えてらっしゃる方もおいでかと思います
    ドラマの原作が「ショージ君の青春記」で
    そこから文春文庫「丸かじりシリーズ」へ
    様々な事柄をよ〜く観察し
    小さく細かいこだわりや疑問を
    特に笑わせるつもりは無さそうなのに
    読みながら笑ったり同意したり
    何度も楽しませてもらいました

    もしも無人島へ何か持って行くとしたら
    迷わず
    「丸かじりシリーズ」と 云っていました

    読む機会がなく読んだことがなかった方は
    どれでも良いので1冊読んだら
    クスっと和むことでしょう

    勿論 漫画も面白いけれど
    東海林さだおさんの本もお勧めします

    投稿フォームへ

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    残念です

    大好きな東海林さだおさんが
    亡くなりました
    10日程前にお名前を出したばかり
    発想力 物の見方 どれも楽しく
    どれも共感 納得でした
    作品は残ります
    我が家にも「丸かじりシリーズ」並んでます
    何度読んでもあきずに笑えます
    東海林さん ありがとうございました

    投稿フォームへ

    返信
    若君のお部屋

    先日はまさに春の嵐でしたねぇ。うちの裏庭の桜も殆ど散りました。
    今は若葉が8割。残りは散り桜となって風に舞っています。

    我が家の室礼は3月中旬から桜をテーマにしていましたが、
    今週はそれを片付けて、端午の節句の室礼に替えます。
    実は、この室礼が一年で一番楽しい。
    アシガールの放送時から、若君のお部屋を作る気分でやっています。

    NHKの公式掲示板にも書きましたが、
    「端午の節句の室礼に必要なんだよ~」と家族をだまくらかし、
    模造刀の太刀を買いましたのでね。

    刀身には龍が彫り込まれ、
    帯執(おびとり/太刀緒を通すための金具)は鯉になっていて、
    「鯉の滝登り」を表現した優美な太刀です。

    この太刀を立てかけておくのが「刀掛け台、太刀用」と呼ばれる道具で、
    太刀を縦に置くタイプ。
    千絵ちゃんさんがご覧になったのは、こちらだと思います。

    五月人形の場合、兜を中心に据えたら、
    向かって右側に太刀台に置かれた太刀、左側に弓矢となります。
    兜を付けた武将の左腰に太刀があるイメージです。

    刀は右手で抜くから、刀は必ず左腰になる。
    左利きの場合も矯正されるので、逆になることはありません。

    そして太刀の置き方は、持ち手の部分が下です。鞘の先が天を仰ぐ方向。
    鍔(つば)が重いですから、この置き方でないと安定しません。

    敵襲に遭ったとき、これだと直ぐに抜けないじゃん!と思ったんですが、
    よく考えたら太刀は騎乗戦用でした。

    馬に乗って、左手に手綱、
    右手に鞘から抜いた太刀を持って敵陣に斬り込むから、
    基本、室内戦は想定していない。

    室内で太刀を振り回したら、鴨居やら何やらにぶつけますからねぇ。
    だから若君と兄上も、兄弟ゲンカの時は屋外に出ましたよね。

    どんなところでどう戦うかで、刀の長さは変わります。武器ですから。
    馬に乗る戦国武将は長い太刀だけど、徒歩戦の足軽はそれより短い刀だし。
    闇に紛れての暗躍が多い忍者も、短めの刀を一振り背負っていますね。

    江戸時代になると、侍は打刀と脇差の二本差しになります。
    実は町人も、長めの脇差を1本だけなら帯刀を許されていました。
    これは長脇差と書いて「ながどす」と読みます。
    侍が持つ打刀より、ちょっと短い程度の長さです。

    長脇差を持っているのは旅がらすの渡世人とか・・
    あ、助さん格さんも持っていますね。

    町人姿の時は長脇差一振りで、侍に戻った時は打刀と脇差の二本差しです。
    時代劇をお好きな方、その辺も注目してみて下さい。

    刀の置き方についてですが、
    太刀は横向きだと場所を取るので、縦置きが基本だと思います。
    若君のお部屋でも、太刀は縦置きになっていました。

    それに対して、打刀・脇差・短刀は横置きにするもので、
    刀掛け台もそのようになっています。
    だからうちの脇差は今、横向きの刀掛け台に飾ってあります。

    美術館・博物館での刀の展示は、
    太刀であっても横向きに展示するのが一般的です。
    その方が刃紋や地鉄の模様が解りやすいし、一度に数人が鑑賞できますからね。

    横向きに置かれても、刃が上向き(山型)か下向き(谷型)かで、
    打刀なのか太刀なのかが解ります。
    時代的には太刀のほうが古い形状ですが、
    太刀を打刀に直したものであれば、打刀でも古かったりします。

    明治9年の廃刀令まで、日本刀は日本人の生活のそばにあり、
    平民でも旅や年始の挨拶、結婚や葬式の際には脇差を差す習慣がありました。

    また、日本の歴史が大きく動く瞬間には必ず刀があったので、
    刀目線で時代を見るのも面白いですよ。
    愛刀に命を預けて戦った人たちが、この国には確かにいるのです。

    投稿フォームへ

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    花散らしどころでなく…嵐

    2週間程、楽しませてくれた桜も
    満開を過ぎて昨日はもうかなりの花吹雪
    今日は朝から雨で今は雷やら強風やらで
    もはや嵐 d放送で天気を見たら
    今は 愛知県がピークらしい
    キジトラさんのお宅方面かしら…
    今 それがこちらへ向かっています

    刀のことは 何もわかりませんが
    キジトラ邸のお宝がお手入れが済んで
    戻られ お刀掛けに飾られているとのこと
    以前 お写真で拝見したのを思い出しましたが
    確か 縦に立て掛ける型でしたね
    美術館や博物館にあるような横向きの
    太刀掛台(というのか)もあるのですか
    展示もU字型とその逆と意味があるのも
    初めて知りました
    馬上戦から地上戦へとなり刀の長さも
    遣い易いよう短く仕立て直すなど
    初めて知ることばかりで勉強になります

    想像力が乏しい私は遥か昔
    振袖は未婚の時までで結婚したら
    長い袖を直して付下げにしたら着られると
    云うのが脳内にチラッと浮かびました
    結局 振袖の場合は肝心の柄が
    袖の下方にあるのでどうなのかな?と
    実際にそうした人はまわりには居ませんでしたが…

    刀は貴重な宝ですから巧く直す技術もあって
    そういう工夫がされていたのですね

    まさか締めが食パン🍞になるとは(笑)ウマイ!

    食パンついでに最近のマイブームは
    パン屋で一斤を10枚切(耳付)に
    してもらってます
    スーパーでサンドイッチ用を購入したこともありましたが
    耳が無いと余分に食べてしまうため
    耳付ならば2枚で5枚切の1枚分なので(笑)

    先週は朝まだ冷たい日もあって
    居間にストーブが出ているのに
    明日は夏の様な暑さになるらしいです

    雷が酷くてBSがうまく映りません
    確か先週もそんな天気の日に
    昔の刑事コロンボを見ていて犯人が判らず終い
    今日はジェシカおばさんが途中で映らず
    犯人が判るか結末がどうなるか…

    内容がアチコチなのは嵐の所為ということでご勘弁を

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    研がれてきました

    千絵ちゃんさん、新橋ラララ会(アシラバオフ会)、懐かしいですね!

    末げんに集合する前に、
    烏森神社に「幸福の鈴守り」を買いに行かれた方もいらっしゃったと思います。
    皆さん、その後お元気でしょうか?

    遅くなりましたが、おおたわけさん、
    旧前田邸の思い出を聞かせていただき、有難うございます。
    私も古い洋館は大好きです。当時の暮らしに思いを巡らすことができますよね。

    てんころりんさんは、旧前田邸に行かれたかしら?
    また感想を聞かせて下さいね。

    さて、我が家の日本刀(脇差)のその後ですが、
    無事に研ぎが終わって、現在はうちの床の間に鎮座しております。

    研いだことによって、刃紋や地鉄の模様がよく見えるようになりました。
    白鞘に入った刀身と、竹光(たけみつ)の入った鞘があり、
    刀掛けには二本かけてある状態です。

    実はこの脇差、茎(なかご)を外したら、目釘穴が三つありました。
    目釘穴が複数あるということは、元々はもっと長い刀だった可能性があります。
    刀身を短く切り詰めると、バランスを取るために持ち手の部分も短くします。
    その際、目釘の位置が変わるから、必然的に目釘穴が増えるんです。

    解りやすい例でいうと、
    戦国時代から江戸時代になると騎乗戦から徒歩戦になるから、
    刀の長さが変わります。つまり、太刀(たち)から打刀(うちがたな)へ。

    この時に太刀を短くして打刀にすることが往々にしてあったし、
    刀の持ち主が小柄だったりすると、扱いやすいように短くすることも。
    実はこれ、秀吉がよくやっていました。
    貴重な名刀でもこれをやっちゃうから、刀界隈での評判はよろしくない。

    博物館などで刀を見る際、目釘穴が複数あったら、
    元々の長さじゃない可能性がある、と考えてみて下さい。

    それと、これは基本中の基本ですが、
    太刀は反りを下にして谷型に、打刀は反りを上にして山型に展示します。
    戦国武将は甲冑の外側に下げるから谷型になり、侍は腰に差すから山型になる。

    おっと、皆さんは若君の麗しい甲冑姿をさんざん見ているから、
    言うまでもなかったですね。
    つまり身に着けている状態が展示の形という訳です。

    我が家の刀は江戸期の作刀なので、元々が太刀のはずはなく、
    打刀を脇差に切り詰めたんじゃないかと思います。
    しかし茎に刀工の名前が彫られていても、その部分が切り取られることがあり、
    現在の状態では無銘となっています。

    もっと来歴を知りたいところですが、手掛かりがないんですよね~。

    梨地塗りの鞘には亀と籠に入った兎の意匠があり、
    金属部分には萩の花が描かれています。
    兎がなぜ籠に入っているのか・・
    「かごめうさぎ」なんて意匠、ありましたっけ? 謎です。

    それでも無銘だと寂しいので、なんか名前を付けたいと考えたんですが、
    なかなか良い名前が浮かびません。

    そういえば、よく斬れる刀の代名詞として、
    「〇〇切り」って銘が付くことが多いなぁと思いました。
    それに+して刀工の名前。

    酒呑童子を斬ったという伝説があるのは「童子切安綱(どうじぎり やすつな)」
    山姥を斬ったと言われるのは「山姥切国広(やまんばぎり くにひろ)」とかね。

    でもうちで切れるのは食パンくらいしかなくて。
    そうなると、「六枚切り山崎」・・・
    いや、なんか違うなあと悩む今日この頃です。

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    久々に…そして偶然に

    滅多にないこと&普段やらないことを
    たまたまやると偶然に遭遇するのですね

    もう何年も週刊誌を買っていない
    美容院もご近所だし40年近いので
    喋ってばかりで雑誌読むこともない

    学生の頃は「週刊朝日」
    東海林さだおさんが好きになり「週刊文春」

    過去にほぼほぼ購入した記憶のない「週刊現代」を
    普段 食品しか購入しないCO・OP店舗で
    先週何故か購入した

    帰宅してパラパラと最終ページへ
    「あ!」其処には「新橋 末げん」
    かの三島由紀夫が自決前夜 楯の会メンバーと来店した
    この夜の最後の晩餐の店ですね
    帰り際の三島に女将が「またお越しください」と声を掛けると
    「あの世からでもまた来るか」と返したとのこと
    覚悟は決まっていたのですね

    2019年12月にこちらの皆さんと
    「新橋ラララ会」での会食の店です

    たまたまを漢字にすれば【偶々】
    日頃しないことをたま〜にすると
    偶然なことが起きるのですね

    因みに私は東海林さだおさんの
    丸かじりシリーズ(勿論漫画も)が好きです
    目的なくふらっと入った書店で
    買いたい本がない時は文庫の
    丸かじりを買っていましたが
    一度も被ることがなかったのは✌️
    かなり以前に東海林さんが
    母と同じ年令だと知った時は驚きました
    いつまでも お元気で〜

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    私のおすすめは

    「木挽町のあだ討ち」
    観て来ましたよ〜
    これからの方もいらっしゃると思うので
    感想は云いません
    私は原作を読んでいませんが
    友人が映画→原作がいいと云っていました

    私が一番好きでおすすめしたい映画は
    「運動靴と赤い金魚」です(1999年)
    🇮🇷イラン人マジッド・マジディ監督作品です
    貧しい兄妹 妹の靴が紛失
    親に失くしたことを云えず
    ましてや新しい靴を買ってもらうなど到底無理
    学校へはサンダルでは行けず✖️
    苦肉の策で兄の靴を交替で履き通学していると
    マラソン大会3位の賞品が運動靴と知り
    参加した兄は妹のために懸命に走る…

    初めてのイラン映画でした
    昔ならペルシャですね
    この映画を物に溢れた日本の子供達に
    是非観て欲しいとずっと思っています
    かなり前の作品ですが今だに私のNo.1です

    遠いようで近い国 
    平穏な日に戻ることを祈ってます

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    歩いて歩いて歩きました

    弥生三月今年度も後1週間です
    各地 卒園卒業の季節
    早くも 桜🌸の開花も聴かれます
    十日前の週末は京都で観劇と観光
    2日間で36,000歩程歩きました
    先週末はJR東海の駅出発&駅ゴールの
    さわやかウォーキングに参加しました
    今回は焼津散策コースです
    朝ドラ「ばけばけ」小泉八雲一家が
    東京で暮らしている頃
    避暑(という程涼しい?)と海水浴に
    焼津へ何年か来ていて
    地元の魚屋(山口乙吉さん)と懇意になり
    そちらに滞在しながら 別荘も探していたようです
    今回のコースには「小泉八雲記念館」も
    入っていてドラマも終盤であり
    入場無料の為か中々の賑わいでした
    息子さん達の可愛い写真も展示されていました
    「乙吉だるま」仲良くなった乙吉さんに
    何故 だるまに片目が無いのか?
    元々は無く後から目を入れるというのが不思議だったようです
    自分の目が不自由だったから気になったのでしょうか…

    私の住む静岡市の西隣りの焼津市は
    遠洋漁業の冷凍カツオの水揚げで知られ
    焼津漁港や小川漁港、旧大井川町の
    大井川漁港などがあります
    さわやかウォーキングは集合時間も
    解散時間もありません
    起点の駅でコースの地図をもらい
    各々出発します
    私は5才年上の健脚な友人と参加しました
    コースになっている道路には赤い矢印→が
    目印となっていて終点の駅へ着く様になっています
    まぁ迷ってもリュックを背負った人が
    ゾロゾロ行くのでわかります
    コースの途中には「焼津さかなセンター」があり
    地図と共に300円のサービス券(食事・買い物)も
    配布されたのでそちらへ寄る方も多かったです
    焼津でさかなセンターならば新鮮な魚を
    食べたい所ですが
    友人は生魚が苦手なので煮魚やアジフライなどがある店を
    事前に調べてそちらへ行きました
    彼女は昨年末に入院手術し
    一時は飲み込むのが痛いと
    食欲が落ち 元々細身だった身体が
    更に華奢になってしまったけれど
    焼き鯖と枡に山盛りの鰹節の定食を完食
    日頃から良く歩き、規則正しい生活の成果です
    私は鮪すき身や納豆山芋オクラに卵黄がのった ばくだん丼と
    やはり枡に山盛りの鰹節 美味!
    晴れてはいたけれど風は冷たく
    歩くと丁度良い位でした

    日頃は車でサッと行ってしまう港町
    かれこれ50年来の親友が住んでいるので
    馴染みのある町並みですが
    歩くのは新鮮で途中には親友も来てくれて
    鰹の加工品の店や日本酒の蔵元や
    出汁の専門店などに案内してもらいました
    23,700歩 今迄の最高記録約14km歩きました

    翌日にはいつもの友達カフェの手伝いに行き
    暖かく春休みのせいかお客さんも途切れず
    6時間程 立ちっぱなしで
    60代半ば過ぎにはハードでした
    今日も行って明日は漸く休みです
    観たかった「木挽町のあだ討ち」へ
    勿論映画館へは自転車でゴー!

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    京都南座
    「曽根崎心中」

    一泊して今はひかり🚄車中です
    今回ダブルキャスト(というのか)
    配役交換というのか
    桜プログラムが
    お初を中村壱太郎さん
    徳兵衛を尾上右近さん
    松プログラムが
    お初を尾上右近さん
    徳兵衛を中村壱太郎さん
    それを1日の中で
    午前の部 桜プログラム
    午後の部 松プログラムと交代し
    更に3回公演の日は
    夜の部 桜プログラム
    お二人の中で身体的
    化粧や着付け更に仕草
    腰を落とす姿勢
    更に気持ち的にはどうなのか
    難しい試みですよね
    そしてこの週末14(土)15(日)で
    桜と松の順序替えがあり
    壱太郎さんのお初を是非観たかったので
    昨日(土)は友人と午後の松プログラムを観劇し
    友人は日帰り 私は泊まって
    今日の午後の桜プログラムを観劇した次第です

    ややこしい話ですみません

    京都は思ったより寒くなく
    風がちょっと冷たい位でした
    何より街中は外国の方ばかりでした

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    日本アカデミー賞受賞式

    本日は3月13日金曜日ですが
    我が家は仏教なので気にしません

    今夜の日本アカデミー賞受賞式が
    楽しみです
    【国宝】多部門でノミネートされており
    受賞を期待しています
    昨年6月に公開されていまだ上映中
    ①6月(公開1週間後)
    ②7月(公開1ヶ月後)
    ③12月(初めて観る友人と)
    ④大晦日(大ヒット御礼イベント)
    結局 4度観ました
    毎回 新たな感動がありました

    劇中にはいくつかの歌舞伎演目がありました
    中でも『曽根崎心中』は重要な演目で
    今、京都南座で公演中です

    明日(土)と明後日(日)観劇に行って来ます

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    3月3日皆既月食・・・ゲッ!ショック!

    てんころりんさん、私も皆既月食楽しみにしておりました!
    なのに、なのに、非情な天気予報が・・・雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう~ガックリ💦
    よりによってね~本当に残念です。それでも、もしかしたら奇跡が?一縷の望みは持っておきます。
    ところで、駒場の旧前田邸にいらっしゃるのですね?
    キジトラさんは何度もお出かけとは流石ですね。おまけに「日本民芸館」にも!
    同じ敷地内で行きたいと思いつつ、体が言うことを聞きません。でも、一度は行きたいと思っています。その代わりと言えるか、やはり隣接している「日本文学館」には行きました。終戦前後子供の本がテーマでした。
    私はまだ2回しか言ったことがありませんが、古い洋館が好きな私は、建物そのものがワンダーランドで、目がキラキラしちゃいました。
    客用ダイニングのカーテンはウィリアム・モリスのおなじみのモチーフでゴブラン織り(たぶん)のカーテンが重厚で素晴らしく、すりすりしたくなりました。もちろん現地に発注したもので、5年ほど前の大リフォームの時に交換したと聞きました。(きちんと調べていません。いい加減でごめんなさい)
    マナーの手ほどきをされていた元令嬢の酒井美意子さんが使われていた部屋に、少女時代の美意子さんを思い浮かべたり、女中部屋では当時働いていた女子はどんな風に過ごしたのだろうとか、想像が膨らみました。
    1階の客間のドア付近に、ビロードの紅色のカーテンがかかっていたと思いますが、それをちょっと避けると壁にボタンが2つ3つ付いていて、それぞれ「女」「男」と書いてあります。なんだと思いますか?お判りかも知れませんが、女中・下男部屋に繋がるコールボタンだそうです。
    ガイドが終わった後、特別に教えてもらったトリビアです。

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    3月3日🌕️皆既月食が起こります

    来週火曜日🎎の晩!
    6:50〜部分食が始まり、皆既食の赤い月になる時間が 8時〜9時頃、お天気に恵まれれば東南東から南東の空に見えるはず。

    うちはその方向に高い建物があるんですよ。外へ見に行かないと‥
    ただ天気予報が☔/☁ですね、全国的にあまり綺麗に見えないかも‥。
    観察には好条件の月食なのに残念です。次は 3年後だとか。
    下は東京の空のシュミレーション動画、けっこう楽しいですょ。

    https://youtu.be/v_3RqA6ww6s?si=OCGnSbN92zl5Y3yT

    ✜ 動画 概要欄のリンク
    月食の解説や撮影方法などの記事が読めます。
    福岡、東京、札幌の空を比較したシュミレーション動画他もあり興味深いです。

    当日はライブ配信予定あり!画面が用意されてます。
    あと3日‥ 雨の場所や時間がズレて、綺麗に見える地域があると良いですね〜 🌚
    ___*___
    ☆キジトラさ〜ん
    だいぶ温かくなり、桜が咲き始める前に行ってきます。

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    わ~~い(^O^)/ 

    てんころりんさん、赤坂のお屋敷を調べて下さって有難うございます!
    紀州徳川家、長州藩 毛利家、安芸藩 浅野家、丹波篠山藩 青山家・・
    たくさんあったんですね!

    曾祖母がどこのお屋敷に奉公していたのか知りたいところですが、
    殿さまの女性関係が派手だったことしか手がかりがありません(笑)。

    でも、その時代に財力のある男性は皆そういう感じだったでしょうし、
    「ばけばけ」を見ていると、
    没落した士族の娘が身を売ることも多かったようだから、
    良く言えば、結果的に社会貢献になっていたのかもしれませんね。

    旧前田家本邸には、ぜひ行ってみて下さい!
    私は日本民藝館とセットで、何度も出かけています。

    本邸は駒場公園の敷地の中にありますが、春には公園の桜がきれいでしたよ。
    園内には日本近代文学館もあり、
    館内のカフェでは文豪に因んだメニューがいただけます。

    元々、加賀前田藩の上屋敷は本郷にありましたが、
    明治時代になって隣接地に東京帝国大学(現・東京大学)のキャンパスが建てられ、
    その後の本郷キャンパス拡張に伴い、前田家が移ったのがこの土地。

    本郷の5倍の土地をもらって移転してきたそうで、
    現在の駒場公園や、東大駒場キャンパスを含む広大な土地が前田侯爵邸の敷地でした。
    自分の敷地だけで馬に乗って遠乗りができたというから、
    当時のお金持ちはスケールが違いますね。

    さて、旧前田家本邸の中で一番見てほしい、私の個人的なお勧めは、
    侯爵夫妻の寝室の枕元に置かれた「前田家の守り刀」です。

    今は刀箱だけで中身は入っていませんが、
    刀箱を収める掘り込みの棚の部分が、最初から設計されているのが凄いと思って。

    この守り刀について、ボランティアガイドの方にお聞きしましたが、
    「長さからいって短刀だと思います」というあっさりした答えでした。

    でも私は、この短刀は「前田藤四郎」だと確信しています。
    前田家は数々の宝刀を所蔵していますが、短刀は前田藤四郎だけだし。
    鎌倉時代の刀工・藤四郎吉光(粟田口吉光)によって打たれた短刀で、
    現在は重要文化財に指定され、公益財団法人前田育徳会が所蔵しています。

    実は2026年4月14日~6月7日まで、
    前田育徳会創立百周年記念特別展が、東京国立博物館で開催されます。
    ここに前田家の宝刀である、前田藤四郎、大典太光世、富田江が展示されるんですよ。

    その他にも、加賀百万石前田家伝来の品々が、
    東京では60年ぶりに公開されるということなので、
    これは絶対見に行こうと思っています。

    https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kagamaedake2026/index.html

    旧前田家本邸の話に戻りますが、
    最寄り駅となる京王井の頭線・駒場東大前駅の近くに、
    「ル・ルソール」というパン屋さんがあります。

    私の好きなパン屋さんなので、良かったら寄ってみて下さい。
    特にピスタチオクリームを挟んだパンが好きなのですが、
    冷蔵品なので気温の高い季節には持ち歩きにくい。保冷バックが要ります。

    それと、ご紹介されていた蜂須賀家の中屋敷の門、見たことがあります。
    まったくの偶然なのですが。

    東京の友人から「SUSUCRE」の焼き菓子をもらったことがあって、
    美味しかったから東京滞在中に買いに行こうと思い、
    渋谷駅からバスに乗ってお店に向かったんです。

    最寄りの停留所近くに立派な門構えのお寺があって、それが西澄寺でした。
    山門の由来も書いてあり、阿波の蜂須賀家伝来の門と知って感激しました。

    東京には世界中からトレンドが集まる最先端都市のイメージがありますが、
    実は歴史的・文化的価値のある建造物や庭園も多く、
    中には知る人ぞ知る名品も隠れていたりして、面白いです。

    伝統的な古いものと、最先端のものが共存し、
    生活の中に違和感なく溶け込んでいる国は世界的に見ても珍しいそうで、
    海外の人からすると、それが日本の大きな魅力でもあるということです。

    旧前田家本邸も西澄寺も、ぜひ楽しんでいらして下さいね!

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    ① 遅れ馳せながら 江戸の話を

    短くできず(>⁠.⁠<) すみません。遠慮なく次の話題を上に積んじゃってください。

    今の東京を江戸の街と重ねてみるのは楽しいです。
    キジトラさんの曾祖母さまは赤坂のお屋敷に花嫁修行のため一時入られたそうですが、江戸時代の赤坂には多くの藩邸がありました。
    明治維新後、藩主の屋敷として残った所も多かったでしょう。

    AI検索して主な家を書いてみますね。
    ❍紀州徳川家_現・赤坂御用地
    ❍長州藩/毛利家_現・東京ミッドタウン周辺
    ❍安芸(広島)藩/浅野家_現・TBS・赤坂サカス周辺
    ❍丹波篠山藩/青山家(国道246号線/通称青山通りの名はここから? ブラタモリで紹介された記憶が‥)など

    藩邸は 上屋敷、 中屋敷、下屋敷、 蔵屋敷などあり、高台に武家屋敷、低地に町人がひしめき合って暮していたと思い込んでましたが‥
    そう単純でもなさそう(⁠ ⁠˘⁠_⁠˘⁠)‥

    今はその地と縁が無いので書きますが、私は港区三田四国町という所で育ちました(住居表示改訂前の名称で現在の芝2,3,5丁目辺り)
    ヒットした映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に描かれた街とそっくりでした。

    東京の空襲で家が焼け、戦後落ち着いてから祖父が購入した家で、四国町の謂れは祖父から聞いたかもしれませんが覚えておらず、今はインターネットで案外簡単に分かりました。
    江戸期の俗称が明治に正式な町名になったのです。
    諸説ありますが一つには、四国の大名屋敷が集まっていた!
    藩邸は屋敷替え=移動もありますが、阿波徳島藩、高知土佐藩、讃岐高松藩、伊予松山藩がいた。
    え〜っ(⁠☉⁠。⁠☉⁠)⁠!!
    三田四国町は低地も低地、川が流れ、海も近いです!
    私が住んだ頃はごちゃごちゃと立て込んだ町で、武家屋敷の名残りなど微塵もありませんでした。

    考えてみれば、藩主が住む上屋敷は江戸城に近い方が良く、中屋敷、下屋敷は川や海に近くても、河口から舟で物産を運び込めるので、海路を使う四国の藩には良かったかも。
    しかし今と違い河岸工事はしてないし、海岸線も今より近かった、川の氾濫など水害は免れなかったはず🌊🥴🌧️

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    ② 徳島藩邸とオーストラリア大使館の話

    浮世絵師〈東洲斎写楽〉は阿波徳島藩・蜂須賀家お抱えの能役者・斎藤十郎兵衛で、八丁堀に住んでいた(ほぼ定説になりました)
    調べて分かったのですが、徳島藩の上屋敷は、現在の東京駅•丸の内北口付近にあり、江戸時代の八丁堀は今より中央に近い地域を言ったようで、斎藤十郎兵衛、上屋敷には通いやすかったでしょう(勝手な推測🤭)

    三田四国町にあったのは中屋敷です。下屋敷は白金でした。白金は高台の方でなく、川沿いの今は北里大学北里研究所病院がある辺りだそうです。
    三田四国町の中屋敷は幕末まであり、明治政府の“勧業寮御用地”となりました。
    農産物の品種改良を行う育種場になった!現在の新宿御苑も勧業寮御用地で牧畜していた!
    (⁠☉⁠。⁠☉⁠)!! これは調べると大変な事になりそう、ここで止めます。
    上屋敷跡は後に東京駅ですから、ここも返さねばならなかったでしょうね。

    藩主だった蜂須賀家の明治以降の屋敷は、三田綱町 (現在の港区三田2丁目)にあるオーストラリア大使館の場所にあった事は以前から知っていました。ここは高台で武家屋敷の風情が残る所です。

    蜂須賀邸だった洋館は1988年まで大使館が公邸として使用し、蔦の絡まる洋館は通りからも見えました。
    ☆オーストラリア大使館 HPより建物と庭の歴史
    https://japan.embassy.gov.au/tkyojapanese/aboutus.html#building

    旧蜂須賀邸の玄関車寄せは保存されて、今は“あずまや風”に使われているそうですが、通りからはもう見えなくなりました。
    下の記事の写真がそうです。
    https://www.sankei.com/article/20230815-Y5IR2GL2JBASJP6FZPPJPGAXEI/

    そして三田四国町の中屋敷の門は、大正11年(1922)に世田谷区の西澄寺に移築されて、寺の山門になっているそうで‥
    見て来ようと思います🤗!
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%BE%84%E5%AF%BA

    ☆キジトラさん
    旧前田家本邸のご紹介、ありがとうございました。
    私、隣接地にある日本民藝館は行きましたが、前田邸は見ていません。
    行かれて、赤坂の曾祖母さまを思い描くことができて良かったですね。
    本当に貴重な遺産ですね、必ず行って来ます。

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    ③ 追記

    港区の旧町名と歴史案内、町会HPなど色々覗きました。
    更に【レファレンス協同データベース】というサイトが信頼できて大変役に立ちました!

    「オーストラリア大使館の敷地が蜂須賀邸だったと聞いたが江戸期の絵図が見たい」という質問に対する徳島県立図書館の回答です。
    要約すると「江戸期の地図では“織田出雲守”と“島津淡路守”の屋敷であり、明治20/1887年までに蜂須賀家本邸になった。」根拠となる参考資料が記されています。

    三田四国町という町名が消されてしまったのもあり、徳島藩の三田邸 (中屋敷)を知らないと、明治以降の蜂須賀家本邸 (三田のオーストラリア大使館)の場所に藩邸があったと誤解するのです🤔私もそうでした。

    私の知識不足のため記載に間違いがないことを祈ります。
    長々と失礼しました。

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    「ばけばけ」の時代

    千絵ちゃんさん

    「ぴよりん」の情報をありがとうございます。
    名古屋のひよこがそんなところまで出かけるようになりましたか。

    本体の他にバウムクーヘンやらマシュマロやら、
    色々なスイーツに変化したなぁと思ったら、
    今はハンカチやエコバックにもなって、名古屋駅の一角を占領しています。

    名古屋駅の稼ぎ頭です。
    東京新宿での活躍を祈ります。

    てんころりんさん

    2025年 私のニュースを、
    興味を持って読んで下さって有難うございます。
    刀剣についても調べて下さったんですね。

    「刀剣ワールド」は名古屋にある刀剣博物館のサイトで、
    東建コーポレーションという不動産会社が運営しています。
    元々こちらの社長が刀剣や甲冑のコレクターで、
    「東建」も「刀剣」にかけた会社名だと聞きました。

    博物館は重要文化財を含む名刀を多数所有し、
    加えて戦国時代からの武具や火縄銃、浮世絵などもあって、見ごたえがあります。
    私は来週そこに、「江戸三作」の展示を見に行く予定です。

    小泉セツさんの生母、チエさんの最初の結婚の話はネットで調べました。
    凄まじい体験ですね。これを12、3歳の少女が目にしたとは。
    「守り刀」というのは、持ち主の誇りと覚悟を示すものなのでしょう。

    「ばけばけ」のおトキさんのモデル、
    小泉セツさんは慶応4年(西暦1868年)生まれ。
    私の曾祖母は明治13年(西暦1880年)生まれ。
    ドラマと同じような時代を生きてきた人なんだなぁと思います。

    曾祖母は10代のころ、
    東京赤坂にあるお屋敷に女中奉公していたことがありました。
    今ではどなたのお屋敷だったのか解りませんが、
    その家のご主人は「殿さま」と呼ばれていたそうです。

    私はずっと、おトキさんのように家事をする女中を想像していましたが、
    東京世田谷区にある「旧前田家本邸」を見学した際に、
    想像とは違うことを知りました。

    「旧前田家本邸」は、
    旧加賀藩主で前田家第16代当主の利為(としなり)公が自邸として建てたもの。
    現在は国指定の重要文化財ですが、
    東京都の管理になっているので無料で見学できます。

    https://www.syougai.metro.tokyo.lg.jp/sesaku/maedatei.html

    本邸には洋館と和館があり、洋館には前田家の家族が過ごす豪奢なエリアと、
    住み込みの奉公人が過ごす簡素なエリアがありました。

    女中部屋は6畳程度の和室が2つ。
    そこで数名の女中が相部屋で過ごすのですが、それほど家事仕事は多くないので、
    空いた時間にはお茶やお花、裁縫や刺繍の先生が来て、習い事をしていたのだとか。

    お屋敷に勤められる子は地方の裕福な家の出身で、10代の少女が中心。
    つまり「女中奉公」という名目の「行儀見習い」ですね。
    東京でお屋敷勤めをしていたといえば、お嫁に行くときに箔が付くという訳です。

    なるほど、私の曾祖母も、そういう奉公をしていたんだと知りました。

    曾祖母は私が幼い頃に90歳の天寿を全うして亡くなりました。
    直接ではありませんが、
    お屋敷勤めをしていた頃の話は、少しですが祖母から伝え聞いています。

    赤坂の殿さまには何人もの妾や愛人がいて、
    盆暮れになると、奥さまはその方々に付け届け(お中元・お歳暮)をしていました。

    お屋敷勤めは楽しかったけれど、殿さまの女性関係や、
    女性同士のマウントの取り合い(?)には、どうしても馴染めなかったと言っていたとか。
    当時はそれが普通だったのかもしれませんが、
    10代の田舎出の純朴な少女には、大人の事情は理解しがたいですよね。

    それを除けば、奥さまはお優しい方で、自分(曾祖母)が丸めた餅を、
    「まあ!おたまごのようなおもち」と褒めて下さったとか、
    縁談が決まって地元に帰る際には、
    白絹の反物を幾つか持たせて下さったとか、話していたそうです。

    曾祖母のエピソードを聞くと、毅然とした士族の娘のイメージが湧くので、
    あの脇差はそんな彼女に相応しい刀だな、と思います。

    そうそう、曾祖母と私には、共通点が一つ。

    東京にいた頃、曾祖母は芝居見物にハマり、
    曾祖父のところにお嫁に行く際には、
    「月に一度は芝居見物に行かせてほしい」というのが結婚の条件だったそうです。

    皆さまご存じの通り、
    私も観劇が趣味で、月に一度は何かしらの舞台を見に行っている・・。
    曾祖母にも推しがいたんじゃないかなぁと考えると、
    少女の頃の曾祖母に会って、萌え話をして盛り上がりたいと思います。

    あの脇差が、タイムマシンの起動スイッチだったらいいのに。

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    ぴよりん 情報🐥

    皆さま 本年もよろしく
    お願い申し上げます
    書くこと沢山あるのですが
    取り急ぎ お知らせです
    記事の貼付けが上手く行かず
    コピーの貼付けでスミマセン

    名古屋駅で連日行列を作る、あの可愛すぎるひよこ型スイーツ「ぴよりん」が東京・新宿に上陸! 2026年1月15日(木)・16日(金)の2日間、京王百貨店新宿店で開催される「第61回 元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」に登場。実演販売が行われます。争奪戦必至の整理券配布ルールや、会場で買えるキュートなグッズ情報など、おでかけ前にチェックしておきたいポイントがあります

    と云うことです😊

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    刀剣発見!

    最初に新年のご挨拶を
    アシカフェの皆さま、今年もよろしくお願いします。

    キジトラさん、
    大変興味深く読ませていただきました!
    万が一にも私の周辺で刀が見つかることはないと思います(笑)参考にはできませんが、そういう事が必要なんだと感心しながら、ドキュメンタリー番組を見るかのように一気に引き込まれました。

    警察から〈発見届出済証〉をもらう経緯〜 文化という字が並ぶ長い名の愛知県の担当課で、登録審査を受け〈銃砲刀剣類登録証〉を発行されるまで〜 ドキドキしました。
    審査会の日に来た人が「結構いた」のは、やはりかつての尾張国なればこそと思いました。

    分かりやすく端的に書いてくださってますが、発見は2月! 事前に調べるなど様々準備もあったはず。一年がかりのお話ですね。 2025年の大ニュースは当然!
    ☆刀について何も知らないので、“刀剣ワールド”というサイトを覗いて見ました。
    刀が研ぎ師さんの所から戻るのが楽しみですね。
     
    曾祖母さまの婚礼支度の中にあった守り刀では?とのお話でした。
    使わずに済む方が幸せですね!
    朝ドラ『ばけばけ』史実の小泉セツの生母チエの話を思い出しました。チエは小泉家の前に12-3歳で最初の結婚をしますが、婚礼の晩、守り刀を携え、侍女を従え、義母の部屋を訪ねた、気丈な話を読みました。
    何があったかは余りに悲しく辛い話で書くのは止めます‥(記事は複数出ていたので事実と思います。関心おありでしたら今も読めます)

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